召喚されて、魔王になりました。
ハロハローハロウィン!
ここはどこのハロウィンパーティーだろうか。いや、ハロウィンパーティーに向かった記憶なんてない。
仕事帰りで目眩が起きたかと思えば、落としてしまったパズルみたいに次々と足元が崩れて、私は真っ黒い穴の中に落ちた。
気付けば、薄暗い大広間に、座り込んでいる。
周りには、ハロウィン仮装にしてはクオリティーの高い怪物がいた。私が崇拝したいくらい好きなゾンビドラマの最高のゾンビメイク並みにクオリティー高い。
どいつもこいつも、腸を引きずり出して食べそうな獰猛な怪物の顔をしている。ある者は突き出た顎から牙が出ていたり、額にも目があったり、長いベロが床まで垂れたり、なんの仮装かさっぱりわからない容姿。
これが怖い夢なら、私は逃げ惑うか戦うかのどちらかがいつものパターン。
夢じゃないから、私はポカンと座り込む。それに怪物達は襲ってこなかった。
「やったー! 召喚成功だ!!」
「これで我々は救われるぞ!!」
ただ無邪気に喜んでいた。見た目は邪気に満ちているけど、声だって掠れていたりしている者もいるけれど、とりあえず喜んでいる。
「せーの、でいくぞ?」
「いいか?」
「せーの!!」
子どもか、お前ら。
「我々の魔王になってください!!!」
邪気を纏ったような姿の怪物達に、私は頼まれた。
どうやら私は、彼らに異世界から召喚されたらしい。――――魔王として。
ちょっと現実を受け止めるために待ってもらう。でも、すぐに用意された椅子に座り、彼らの事情を聞いてみた。
世界を救ってもらうべく、異世界から勇者を救う。そんなありがちな物語のネタ。
この世界の人間達は、危害を加える魔物達を滅ぼしてくれる者を召喚した。彼は人間達を救う救世主となるのだという。
そんな救世主の存在に、魔物――――つまり、私の目の前にいる彼らは、恐れおののいた。
滅ぼされてしまうとあわてふためき、集まって話し合った結果。
「我々も救世主を召喚しよう!!」となったそうだ。
魔物には王はいない。この際だから、魔王になってもらおう。救世主改め、魔王を召喚しよう。という結論。
アホだ。アホだこいつら。
禍々しい顔立ちで微笑みながら経緯を話してくれる魔物諸君を見ながら、私は絶句していた。
外見に反して、能天気な魔物を滅ぼす理由はなんだ。訊ねてみた。
すると、魔物達は人間に害を加えたことがないと言う。なんでも、別の種族と混合されて忌み嫌われているのだ。同じく禍々しい顔立ちで獣みたいな連中を、魔物達はモンスターと呼んでいる。
モンスターの主食は人間だという。時々魔物。
アホで哀れな魔物達だった。
今まで嫌われていることにしょうがないと割り切っていたが、滅ぼされるとわかりあわてふためきだしたと言うわけだ。
魔物が魔法を広めた創造者のため、相応しいものを召喚することに成功した。らしい。
私が果たして、魔王に相応しいのか、謎だ。
勇者の方も魔王を倒すべく――魔王はいると思われている――魔法を学び剣の腕を磨いているのだとか。
「魔王様には我々の魔法がついております!!」
勇者に対抗して、私も力をつけるのだと言われた。わぁーと歓声を上げるが、やはり見た目は邪気に満ちている。
「話し合いで解決する気は……あれば、こんなことにはなってないわね」
人間側は、聞き耳を持たないらしい。魔物の姿を視認するやいなや、逃げるか攻撃してくるか。
なんて不憫な魔物達。
「勇者を倒せれば、我々は救われます!」
勇者さえ消えればいい発言が、さっきから聞こえる。
わりと見た目通り物騒な連中みたい。
勇者を倒せば、問題解決ってわけじゃないけど。身を守る術は得るべき。魔法使いたいという好奇心もある。人間である私が説得することも頭に入れつつ、勇者と対抗する力を得ることにした。
しかし、本当に私でいいのかと問う。
すると怖いというより、可愛くて小さな怪物が「いいえ! ふんぞり返って説明を求めるお姿、相応しいと思います!」と答えた。
単に呆然と問い詰めてるだけなんだけど。
そもそも、召喚は条件に合う者を呼び出すと言う。魔物を救える力が、あるのだと言うのだ。
次々と私を褒め称えてくる。私をワッショイする魔物達。
「いざって時は、勇者を倒せるくらい強くならないとね。さっさと始めましょう」
私は魔王になってあげることにして、一先ず魔法の習得から始める。
長女で少し姉御肌だと自覚している私は、禍々しく凶悪な外見をしているくせにとてつもなくアホな彼らを放っておけなかった。
召喚された通り、私は相応しいのかも。
彼らを救いたがるもの好き。
元祖魔法使いだけあって、山ほど覚えるものがあった。簡単に言えば、魔力は念力。それに手を加えるのは、魔方陣や呪文だ。
私自身の能力を上げる魔法や儀式までされた。
魔物達は、温厚な性格で何度も言うがアホである。けれども、彼らだけで国を一つ滅ぼせる力を持っていると思った。
人間側が滅ぼそうと考えるのは、わりとれっきとした自己防衛なのだろう。いや、逆に喧嘩を売って、返り討ちで滅びそうになっているのか。
人間のように二足歩行。廃墟同然の城や、洞穴が住みか。服は着たり着なかったり。
魔王の城は、私のためにと綺麗にされた。
黒っぽい絨毯が敷かれ、黒いカーテンが垂らされ、全体的に「ザ・魔王の城」感が醸し出されている。
私に用意される服すらも、魔王っぽい。というか、さながら「闇の女王」感溢れるドレスである。
「やりすぎだろ、おい」
バルコニーから鬱蒼とした森を見下ろしながら、遠い目をしてしまう。
肩や胸元の肌を晒し、クビレを見せ付けるコルセット。前開きのスリットロングドレスは、引き摺るほど長い。ロングブーツとガーターベルト。どれもグロテスクな深紅色。
二十代後半を迎えつつある私には、非常に難易度の高いコスプレ。しかし、日に日に慣れていってしまう。その事実に遠い目をしてしまうのだった。
いや、いいのよ。メイド役の魔物達が美肌にいいものを色々用意してくれるし、もうこの際、絶世の美女の魔王になってやるわ。遠い目。
魔物の趣向を疑うけれど、日頃観察していても、大半はアホだと感じる。よく言えば、無垢だ。見た目に反して。
見た目で損する、は彼らがまさにそうだ。
例えば、魔物も襲うモンスター達を相手に戦う練習をした際のこと。
「しょっちゅう来るわね。いっそのこと、死体を串刺しにしてここに飾れば? 近寄らなくなるんじゃないの」
「な、なんて恐ろしい!! 流石、魔王様!! かしこまりました!」
「待て冗談なんだけど!」
いちいち護衛と出向くことに疲れて愚痴を溢しただけなのに、串刺し公の真似をやりかけた。
物騒な発言をする私も私だけれど、魔物達はそれを尊敬する眼差しを向けるという反応をする。
「あのモンスター、息臭!! 腸をえぐり出してやって!」
「かしこまりました!」
「冗談だって!」
ハイテンポで魔法を磨き上げている分、私はストレスをぶつけることもあった。モンスターに。
発言が物騒なのはそのせい。
私に魔法や戦い方を教えてくれるのは、中でもダントツに優れた戦士。護衛を務める。
彼らの誰かが魔王になればよかったのではないかと言ったが、誰一人として魔王のトップに立つ気はなく、束ねることも出来ないと答えた。だからこそ、私を召喚した。
魔物は従順である。私を祭り上げてばかりだけど、慕ってくれている。
よし、人間と戦争だ! ってタイプの人間を召喚したら、この世界の人間は滅びていただろう。
人間は感謝しなさいよ、この私に。
姉御肌だから、慕われるのは満更でもない。
「アンナ様は我々が恐ろしくないのですか?」
常にそばにいて、私にこの世界の常識などを教えてくれる魔物が訊ねた。
全体的に青。二つの目はくりっくりしていて大きい。まるで小鬼で、長い尻尾の先には毛玉。可愛い怪物くんだ。声も幼い男の子って感じで可愛い。
「仮装と思えば……見慣れれば平気よ」
中身はアホ……いや、無垢だし、見慣れれば仮装集団程度の認識。
「怖くないわよ」
小さい頭を撫でれば、彼は綻んだ。耳まで届きそうな大きな口の中には、ずらりと牙が並んでいる。
魔物が美形揃いなら、更にやる気が出たところだが。どんな容姿でも、彼らを救うつもりでいる。
魔王様に、任せなさい。
ある日。
「あら。姿を変える魔法があるじゃないの。人間になってみてよ」
姿を変えてと護衛の一人に頼んだ。
まるで毛の生えた竜の人型の魔物で物大人しい彼は頷くと、すぐに変身した。
私が見上げるほどだった身長が、ほんの僅か縮む。青と白い毛は抜けるみたいにじゅわりと消えていくと、さっきとよく似た鋭い眼差しの人間となる。青と白が混ざり込んだ前髪が垂れる顔は、少し面長だけれど美しすぎた。
「変……ですか?」
私が口をあんぐりとして呆けて見ていたら、無表情の顔に不安が滲んだ。
「そ、その顔は、なに!? す、好きな顔に変身しているの?」
「いえ。普段の顔立ちから、人間の顔に変わっただけです。……あの、近すぎませんか。アンナ様」
護衛くんの顔を両手で挟んで凝視しながら、心の中で悲鳴を上げる。
「いっ、今すぐ、皆っ、人間の姿になりなさいっ!!!」
試しに城にいる魔物達を呼び出して、人間の姿になってもらった。
予想は的中。
まるで野獣が美女のキスで魔法がとけてしまったかのよう。
地獄図から一転、天国。
見目麗しい美女美男達が、私の玉座の前に勢揃い。
表情が崩壊してしまいそうなので、玉座に項垂れるように顔を俯く。
「ど、どうなさいましたか!? 魔王様!」
青い小鬼は、きらきらきらきらと輝きを放つ美少年になった。つぶらな瞳で私を覗き込もうとする。
「いいか、皆の衆!! 人間に危害を加えられる前に、人間の姿となって欺き、身を守りなさい! これは命令だ!! 全国民に告げよ!」
「は、はい!! 魔王様!」
立ち上がって広間に命令を高らかに響かせた。
禍々しい怪物達から一転、煌めいた容姿端麗の美女美男が元気のいい返事をする。
可愛すぎかお前達!!
護衛くんの名前は、アクセル。
少し天然なところを時々垣間見るけど、冷静で真面目で大人しい。
もう一人、護衛くんの名前は、ラク。
裂けたような大きな口が常ににやけていて、フードを深々と被っていた魔物だけど、人間の姿だとニヤニヤと笑顔の美少年。白く長い髪がフードの隙間からちょろりと出て、首を傾げる癖が可愛い。
なんでも、魔物は不老らしい。ある程度で成長は止まる。
つまりは、美女美男は継続される。半永久的に。
つまりは、この美女美男は私のもの。
俄然、やる気が沸いてきた。
「……やっぱり、魔王様も、人間がいいのですが?」
青い小鬼のリセルクが、美少年の顔を俯かせながら小さく問う。
「私は人間だし面食いだし、やっぱり姿が似ていると安心している節はあるわね」
リセルクがアヒル口になって、しょんぼりした。
「でも私は魔王。貴方達の王よ。例え、人間達が刃を向けようと、皆殺しにしてでも、貴方達を守り抜いてあげるわ」
「ま……魔王様!」
魔物の味方だと言いたかっただけなのに、かなり物騒な発言になってしまったが、それが効果的だった。
「愛しております!!」
リセルクは大きな目をうるうるさせ、そして私のお腹に抱きつく。
はいはい。ポンポンと頭を撫でてやれば、そばにいたラクが容赦なくリセルクを横から蹴り飛ばした。
「なにしてんだよ!」
「!? な、何故蹴るのですか、ラク!」
「抱きつくからだろ!!」
蹴られたことが信じられず、泣きそうなリセルクに、ラクは毛を逆立てそうなほど怒鳴る。
「ラクも抱きつきたければいいのよ?」
「アンナ様っ! そういう話じゃないし!!」
カモン、と腕を広げたけれど拒まれた。残念だ。
そんな魔物達と戯れながらも、魔法の腕を磨き上げて、三ヶ月。
あらゆるチート魔法で魔力を上げて、身体能力を上げて、当然ながら最強。
最強戦士のアクセル達も、ひれ伏すほど強いらしい。
勇者がどれ程かはわからないけれど、一人で人間の国に乗り込んで弾丸や砲弾の雨からは身を守れるので、話し合いに向かうことにした。
腰まで伸びた髪はダークレッドに染め上げ、軽くウェーブさせたものを右肩から垂らす。
黒寄りのグロテスクなダークレッドのドレスは、胸とウエストをくっきりと表し、また前開きのロングスカート。そしてヒールの高めのロングブーツ。
「ほ、本当に、お一人で行かれるんですか?」
「魔物は入れない結界があるんでしょ? 大丈夫よ」
王都まで送ってくれたリセルクが泣きそうな顔をした。
護衛のアクセル達も、ここで待つしかない。人間の国の王都に張られた結界に入れるのは、人間である私だけ。
「危なくなったら飛んでここに戻る。決裂しちゃったら、勇者の首だけは取ってきてあげる」
冗談を言って笑えば、リセルクの顔が緩んだ。
「はい! 今夜の晩餐は勇者ですね!!」
「冗談だって」
笑顔で言えちゃう貴方が、魔王になったらどうなの。
「私に任せない」
美形な側近達に見送られ、私は王都に足を踏み入れた。
王都と言っても、わりと小さく思える。それは自然があまりにも大きいせいか。
建物はギュウギュウに並べて、城は聳え立つ。石の煉瓦の道や、壁や建物は、古いイタリアの街並みみたい。
すれ違う人達は、質素なドレスやズボンだけれど、なに不自由なく暮らしているように見えた。魔物を殲滅するほど、追い込まれているとは思えない。
私の格好は目立つようで注目されたけれど、前開きのドレスを閉じるだけで、躊躇なく闊歩した。
城に向かっていれば、女性達がきゃあきゃあ話す声が耳に入る。どうやら広場で勇者達が剣術の稽古をしているらしい。
私はその女性達の後ろをついていくことにした。
城のそばの広場で、騎士達や女性達が集まっている。覗けば中央には、見目麗しい男達が剣を交じり合わせていた。
「嗚呼、殿下……」
「英雄様……」
「剣士様っ、嗚呼」
「どなたも麗しい」
「頑張ってっ!」
黄色い声援を上げる女性達から察するに、彼らの誰かは王子であり、剣豪であり、勇者であるようだ。
一番若いのは、プラチナブロンドの青年。剣豪騎士に挑んでは、軽くいなされているが、健気に挑み続ける。
私より年下、たぶん二十歳くらい。可愛い……。あれが勇者だろうか。美味しそう。
私と年齢が近いとは聞いていたけれど、ブロンドとは聞いていない。てっきり、日本人かと。同じ地球から召喚されたのなら、話し合いはスムーズにいけると思ったけれど、ちょっと難しいかしら。
ああ本当に、可愛いわ。
剣豪騎士も、赤毛でニヒルな笑みを浮かべたいい男。背が高くて、筋肉もがっつりついてそう。そばでアドバイスやヤジを飛ばす男達も、また体つきがよく、いい顔をしている。
私の国民は美形揃いだけれど、流石に手は出さない。微笑み浮かべて、可愛い彼らを見守るつもりだ。
だから、和平交渉が上手くいけたら、彼らと戯れ……ケホンケホン。
「……綺麗な髪だ」
いきなり、後ろから声を吹き掛けられて、驚く。私の髪に指を入れられた。
睨めば、私より少し大きな身長の男が立っている。黒の切れ目と、顔を隠すほど長い黒髪。
「君、名前は?」
「気安く触らないで」
何様よ。迫る男は嫌い。落とす派なの。
手を振り払い、私は歩き出す。二人の元に行こうとしたけれど、騎士が阻んだ。
「大事なお話があるのです。魔物について」
私はにっこりと笑みを作り、穏やかに告げる。
「僕が聞こう」
後ろの黒髪の男が応えた。胸元まで開いたYシャツと黒いズボンとブーツ。高貴な役職の者には見えないけれど、阻んだ騎士は下がった。
「……あなた、誰です?」
「僕を知らないの?」
「生憎私は異世界から来た者ですので、知りません」
「へぇ、地球人?」
無表情を保った男が微かに目を見開いたけれど、私の方が面食らった。まさか、嫌な予感。
「……あなたが勇者?」
「僕が勇者」
的中。あのプラチナブロンドボーイがよかったのに。手懐けやすそう……。残念。
「……私は、杏奈」
「雪斗」
一応、握手をしておく。すると、雪斗と名乗る勇者は私の手を握ったまま放さない。
「……噂によれば、貴方は魔物を滅ぼすために召喚されたとか。その件について是非とも考え直してもらいたいのですが?」
「いつからこの世界にいるの? どこ出身?」
「この世界の人間は魔物を悪と認識していますが、それは間違っています」
「僕は四ヶ月前。アメリカから東京に移住したんだ」
「話聞いてます?」
手を振り払おうとしても放してもらえない。にこやかと本題を持っていっても聞いていない。
このハーフ勇者、叩き潰しちゃいけないだろうか。いや、落ち着くのよ。可愛い可愛い国民のために、我慢しましょう。
「ユキト、どうしましたか?」
プラチナブロンドの青年達が、剣を納めて歩み寄ってきた。
「どうも。雪斗さんと同じく異世界から召喚された杏奈と申します。彼にも言いましたが、魔物について皆様は誤解をなさっています」
近くで見たら本当に好みで可愛い。私は心から穏やかに微笑みつつ、簡潔に告げる。
その間も勇者は私の手を放さない。勇者じゃなければ、平手打ちを食らわせるのに。
「今、口説いているところだから、外して」
勇者はまるっきり話を聞かず、ブロンドボーイを追い払おうとした。
「ふふ、タイプじゃないの」
笑顔でフってやる。
「諦めない」
しつこい。本当にタイプじゃない。
「珍しいな、ユキトが女を口説くなんて……初めてじゃないか? それより、彼女の話を聞こう」
赤毛の騎士は勇者を笑いつつも、真面目な眼差しで話を戻してくれた。ああ、絶対にこっちの方がタイプ。
「魔物は人間に危害は加えていません。獰猛なモンスターとは全く異なる種族なのです。姿形で恐ろしいと思われがちですが、皆が温厚な性格です。どうか、魔物の殲滅の計画は考え直してください」
続きを言いつつも、手を振るのだけれども、勇者はまた放そうとしない。
「あの、貴女は何故そのようなことを……」
プラチナブロンドボーイが問う。あ、もしかして、この子が王子かしら。
「私は魔物に頼まれて、魔王になりました」
笑顔で告げれば、そのあとは早かった。赤毛騎士は王子とともに勢いよく下がって距離をとる。
勇者だけは私の手を握り無表情のまま立ち尽くす。
赤毛騎士が「魔王だ! 勇者を守れ!!」と叫び、攻撃の指示をする。
こうなったのならば、勇者を吹き飛ばしていいだろう。軽く魔法を放って、勇者の手を振り払う。
騎士達から放たれたのは、光の弓矢のような雨だ。
私には大抵の魔法を弾き返す守りの魔法がかけられているから、触れる前に光が弾き飛ぶ。
続いてなにかを仕掛けてきそうだったから、指を鳴らして呪文を唱える。
付近から影が集まり、それが私を囲った。鋼のように鋭く、形をなす。
騎士達が放つ炎の魔法は、それが飲み込んで打ち消した。
「落ち着いてください。私は人間ですよ、勇者と同じく助けを求められて召喚されたのです。誰かの命を狙って来たわけではないです。話に来たのですよ」
いつでも戦えるように、じゃなくて逃げられるように、スリットは開いておく。
「魔物は魔法の創造者。魔法の対決では、人間は敵わないと思いますよ? 危害を加えているのは、魔物ではないのですから、そちらに戦力を注いでも無意味かと。魔物もモンスターに襲われておりました。いっそのこと平和協定を結び、魔物とともにモンスターを倒しましょう」
私を取り囲う影から、1つ掬い上げて粘土のようにこねくり回す。
「人間であり、魔王である私が魔物を統一しております。今では大事な国民なのです。どうか、彼らを傷付けないでください。ご検討をよろしくお願いいたします」
ロングスカートを軽く摘まみ上げて、お辞儀をする。敵意はありません、と王子に笑いかけた。
集中砲火を無傷で済ませたから、戸惑わせてしまっているけれど、もう刃向かおうとはしないから、望みはあるかしら。
「平和協定を結ぼう」
返答したのは、王子ではない。間に立った勇者だった。
お前に決定権はないだろうが引っ込め。そう思いながらも、笑みは保つ。
すると、勇者の右手に光が渦を巻きながら剣が現れた。振り上げるものだから、何をするのかと思いきや、純白の斬撃を放つ。
影の盾が飲み込みにいくと、双方が弾き飛び、相殺されてしまった。
思わず、息を飲む。
アクセルは最強の盾になると言い、どんな魔法からも守ってくれると示してくれたもの。
魔物を滅ぼす者として召喚されただけはある。笑みをなくして、ムッとして睨む。一対一では、勝敗はわからないかもしれない。
「魔王杏奈――――君に交際を申し込む」
「……は?」
勇者は淡々と私に交際を申し込んだ。
その場は、一旦静まり返る。
「貴方のことは振りました。今はそんな話をしている場合じゃないでしょ」
「惚れた」
「断るって言ってんの」
「僕は君より強い」
「試す?」
いちいち気に障る男だ。本当に首を持ち帰ってやろうかと拳を固めれば、王子が勇者の腕を掴み、止めた。
「ユキトっ!」
「僕は平和をもたらすためにこの世界に呼ばれた。彼女の言う通りなら、協定を結び、ともに獰猛な敵と戦う。その前に彼女に惚れたから、口説かせてくれ」
「君は好きなものには猛突進ですね……でも今は先に話すことがあります」
どうやら、無表情フェイスのくせに、好きなものには猛突進タイプらしい。魔法の腕も猛突進するように学んだのか。
王子の言う通り、今は大事な話をしているのだから、引っ込んでなさい。
「彼女には君達が束になっても勝てない。僕しか彼女には勝てないけれど、僕は彼女を倒す気はない。だから、君達は滅ぼされないように協定を結ぶしかないだろう。決まりだ」
勇者は決定する。
王子達にとって、勇者は最終兵器。彼が言う通り。
「僕は彼女が欲しい」
「それは協定を結ぶまで待ってくれないかと言っているのですがっ」
「断るって言ってんの」
王子は必死に止め、私も断っているのに、勇者は諦める気はないらしい。
「あの、アンナさん! ここは一度、お引き取り願います! 後程、ご連絡をいたしますので」
「僕、まだ話がしたいんだけれど」
「ユキト! ここは我慢しろ!」
「お、お逃げください!」
王子も騎士も、勇者を押さえ始めた。なにこの状況。
ポカンとしていたら、勇者は魔法を使ってまで王子達を振り払ったので、私は逃げることにした。影を集めて、作り出したドラゴンに乗り、待ち合わせまで全力で飛び去る。
「アンナ様!」
「……人間、滅ぼそうかしら」
「交渉決裂ですか!?」
「いえ、違うのよ。大丈夫。ちょっと、失言」
頭を押さえてグッと堪える。
気持ちは人間を滅ぼす気で勇者を叩き潰したいところだけれども。
勇者じゃなければ、もう全ての力を使って潰しにかかるのに。
立場上、それだけは堪えないといけない。
「に、人間に、何かされたのですか?」
リセルクが不安げに見上げる。可愛い可愛い国民のために、私は堪えたわ。私、頑張った。
「想定外なことが起きたけれど」
勇者が起こしたけど。
「前向きに考えるみたいだったわ」
不安材料は、勇者だけ。
もう勇者だけでも消すべきでは。
とりあえず、目の前にいるリセルクとアクセルとラクを両腕でしっかりと抱き締めた。
嗚呼、愛しの国民達。
その後、魔物が敵じゃないことを理解してもらえ、和平交渉はスムーズに済んだ。
そして手を結び、モンスターを殲滅する計画が進んでいるのだが――――。
「また来たのか、勇者」
勇者は、しょっちゅう私の城に乗り込むようになった。
「雪斗でいい。杏奈」
「気安く呼ぶな、消えろ」
「今日はデートの申し込みに来た」
「昨日もだろうが、消えろ」
何度フッても、めげない。引くほど、迫る。そもそも迫る男は嫌いなんだ。
そんな勇者を、私の可愛い可愛い国民達は敵と認定。魔物の姿で全力で威嚇。
おかげで、常に魔王の城では、また禍々しく邪気に満ちた姿の国民に溢れた。ま、いいけれども。たまに人間の姿を拝ませてくれさえすれば。
「アンナ様には指一本触れさせねぇ!!」
「今日こそ、息の根を止めてやるっ」
ラクもアクセルも、「ザ・魔王の側近」感全開で勇者を阻む。
流石の勇者も、手練れの魔物達に束になられると引かざる終えなくなる、がめげずにまた来るのだ。
「魔王杏奈!!」
「また来たのか、しつこい勇者」
「結婚を申し込む!!」
「くたばれ勇者!!」
魔王の城でそんな戦いが日々繰り広げられている、ことさえ除けば、魔物の国も人間の国も平和である。
end
ある疲れ切った夜に、眠る前に思いついたものです。ハロウィンにぴったりと書き出したら、こんな終わりになりました!
ハロウィンにちょっと楽しんでいただけら幸いです。
私のハロウィンは、人外が出てくるものを書くだけです。
それではよいハロウィンを!
20151031