愛称を決めましょう
「愛称は大事ですよね!」
満面の笑みで俺に詰め寄る田中和子さん。
先日、いきなり抱きついてきて一目惚れしたと言ってきた後輩だ。
彼女は今日も朝からホームルームが始まる前に俺のクラスへ突撃をしてきていた。
この前の告白事件が早々に学校中に知れ渡り、美少女なのに名前しか特徴のない奴に一目惚れした不思議な子としてクラスメイト達もその言動に注目している。
「え、あぁ、そうかな?」
「そうなのですよ!」
俺の曖昧な返答が気に入らないらなかったのか、口を尖らせ机を叩く彼女。
なんだろうこの可愛い生き物は。
そう、お友達からと返事したものの自分を慕ってくれる女の子からアタックされたら靡かない男なんかいないわけで……もう俺は彼女の魅力に落とされつつあった。
いや、この子可愛すぎるんだよ、ちょっとおかしいけど。
「ということで先輩の愛称、つまりあだ名を考えてきました」
「うん、ありがとう」
「えへへ、もっと褒めてもよいのですよ?」
嬉しそうに笑いながら頭を差し出す後輩。
撫でろということか、とりあえず撫でてみると嬉しそうに「うへへへへ」と笑い出したから正解だったらしい。その笑い方はどうなんだろうか。
「なに、あのバカップル」
「あれで友達っておかしくない?」
「うぅぅ、朝からダメージが……」
「しっかりしろ、佐々木ー!」
周りからの声で撫でていた手を止めた。
というか佐々木くんは大丈夫か?
「考えてきてくれた愛称って?」
「よくぞ、お聞きくださいました!先輩のお名前は花篭葵ですので」
「うん」
改めて聞くと本当に名前負けしてるよな……。
名前だけだと、それこそ女の子に間違われることが多い。
可愛い女の子だと思っていたのに覇気のない目をした普通の男だった時のがっかりされた表情は飽きるほど見てきた。
「はなさん、かごさん、あーさん、あおさん、はなっち、あおいっち、あおぽん。私としてはあおぽんがおススメです!」
イチオシです!と得意げに言う彼女は大変可愛らしいのだけれど、俺にそんな可愛いあだ名は似合わないだろう。
ほら、クラスのあちこちからあおぽん……っ!と噴き出す声と抑え気味の笑い声が聞こえてくるじゃないか。
「……気に入りませんでしたか?」
「い、いや、そういうわけじゃない。ただ、ほらあまりに可愛いから驚いて」
「先輩は可愛いのでピッタリと思いました次第です」
あ、得意げになっちゃった。どうしよう、これあおぽんになっちゃう感じだ。
今までにない程、頭をフル回転させてあおぽん回避策を練った。
あと女の子から可愛いって言われるのは微妙に嬉しくない。
「あー……あおぽんもいいんだけど、あおさんの方が呼んでもらいたいかな?」
俺の頭はフル回転させてもこの程度だ。
あおさんも彼女が考えてくれたあだ名だし、大丈夫だろう。
「そのかわりにさ、かずぽんはどうだろう?」
「かずぽんですか?」
「ほら田中さんのあだ名だよ。可愛いあだ名なら俺より田中さんの方が似合うだろ。田中さん可愛いし」
「……っ!」
必死で俺至上最高に爽やか笑顔をし言うと(口元はひくついてたのはご愛嬌)、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。なんかプルプル震えてるけど大丈夫か?
「ま、またお昼休みに来ます!あおさん」
「あ、あぁ」
顔を上げた彼女は赤い顔のまま席を立ち上がったので、自分のクラスに戻るのかと思ったら黙ってこちらを見つめてくる。
「………」
「………」
なにかを求める視線は感じるんだけど、なにかがわからない。
自分の顔も赤くなってくるのを感じる。
なにこの新しい拷問。
「花篭くん、あだ名だよ、あだ名」
「あだ名で呼んでほしいんだよ、鈍感め」
「カップルは滅び…ろ……」
「佐々木ー!しっかりしろ佐々木ー!」
クラスメイトたちからの小声で彼女がなにを望んでいたのかやっとわかった。
本当、佐々木くんは大丈夫か?
「またお昼休みに……か、かずぽん」
「は、はい!あおさん、またです!」
嬉しそうに手を振って彼女、かずぽんは去って行った。
は、恥ずかしかった……。
突っ伏すると顔が熱いせいか、机がひんやりと気持ちよかった。
「俺は…もう…ダメだ……」
「佐々木を保健室に!」
「保健委員ついていってやってくれ」
「はいはーい」
佐々木くんにはゆっくり休んでほしい。