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 セルテルでの逗留は長かった。


 此処までこの街が栄えた理由が良く分かった。天然に湧き出る温泉宿や施設などが至る所にあったのだ。それを目当てに各国からも観光客がやって来る。人が多い割には治安も良い為、ますます街は活気づくのだ。


 イリアとエクレアの二人は連日引きずられる様にして各施設や温泉宿に行った。


 目をランランと輝かせたリンディに何を言っても無駄だと過去の経験から分かっていたからだ。


 そんなセルテル逗留から二週間、リンディは後ろ髪引かれる思いで、イリアとエクレアの二人はホッとした様にその場所を離れた。


「ああ~。さようなら私の楽園……」


「リンディ……。温泉なら充分に楽しんだと私は思うのだが…」


「そうだよ…。殆どの温泉制覇したじゃない…」


 未だに湯疲れが残っている気がしなくもない。


 だが、これ以上この街に留まっている時間も無いのだ。だから諦めてもらうしかない。


「自国に帰ってまた温泉に入れば良いだろう」


「……そうよね…。やっぱり家の国が本場ですものね…」


 イリアの言葉で漸く諦めが付いた様だ。


「それでは次の街までは三日位だ。山越えとか無いひたすら街道を辿って行くだけだから以前の様な盗賊退治に巻き込まれる事も無いだろう」


「そうだね~。この街道沿いは人も多いみたいだし、途中に休憩小屋みたいなのもあるらしいね。魔物も襲って来ないから順調に行けるよ」


 そうして三人は愛馬をゆっくりと走らせて順調に帝国への旅を楽しんでいた。


 


 当初の予定通り三日ほどで次の街に着いた。


 小物の魔物に出会したりもしたがそれも殆ど蹴散らし、怖いほどに順調だった。街の中に入るまでは……。


 最初にそれに気が付いたのはエクレアだった。


「こ、この匂い……」


 フラフラ~っと愛馬と共に先陣を切って街の中に入る。ついでイリアとリンディもそれに気が付いた。


 何処からともなく漂ってくる甘い甘い香り。


「う…っ。ま、まさか…」


「この街は……」


 街の中を見渡せばその匂いの発信源がそこかしこに存在した。


 ガラス越しの向こうには趣向を凝らした色とりどりの菓子やケーキ。芸術品の飴細工。更には自国では輸入に頼っているチョコレート。


 屋台売りでは揚げ菓子たる一般家庭のおやつも安値で売られている。


「此処は菓子で栄える街か…」


 げんなりとイリアは呟いた。


「商人にもっと情報を仕入れて置くべきだったわね…」


 リンディも深いため息を吐いた。


「って、あら?! ちょっとエクレア??!!」


 ふらふらと中に入って行ったエクレアの姿を二人は慌てて捜す。そしてちょうど揚げ菓子屋の前で揚げ菓子を注文しているエクレアの姿を見付ける。その手には既に山の様な菓子類が…。


「ちょっと何時の間にそんなに注文しているのよ?!! 買い過ぎよ!!」


「え? いつもより少ないと思うんだけど? それよりもイリアちゃん、リンディちゃん!! この街凄いね!! 色んなお菓子がいっぱい!! 私にとっての天国だよ~~」


 エクレアは菓子が大好物だ。自分の愛馬にも菓子の名前を付けている位だ。それに三度の食事は甘い物でも平気と豪語する程。しかもこの街にはかなり腕の良い職人の店が並んでいるらしく、自国でも見た事の無い菓子もある。


 温泉天国に続きお菓子天国。


 二人の侍女にとって帝国の大陸は天国だった。


(この国の皇帝陛下は温泉好きの菓子好きなのか……?)


 微かな疑念がイリアの頭に過ぎった。


「こら! そんなに買わない! お菓子溢れてるわよ! 食べたいならその袋の中の物全部食べてからにしなさいよ!!」


「え~? これ位すぐに食べ終わっちゃうよ~」


 二人の会話は続いている。


 本来の目的は他にあるのだが、やはり観光色が強い旅だとイリアは思った。


 しかし、あのまま二人に会話を続けさせる訳にはいかない。周囲の視線がイリア達に突き刺さっているのが確かに感じられた。


 細くて三人の中で一番背の小さいエクレアが腕一杯に菓子を抱えてそれを一人で食べている姿は嫌でも人目を惹く。ならばさっさと宿屋を見付けて、言い争いはその宿屋の中でやって貰おう。


「二人とも、そこにいないで取り敢えず今日の宿を探すぞ…」


 イリアがそう声を掛けると一応は言い争いを止めたので、そのまま再開しない内に人目を避ける様にして宿探しに向かった。


 そして帝都に向かうまでの三日間、エクレアはありとあらゆる店で菓子を購入しまくり、それを宿屋の部屋で食べ尽くすと言う光景を披露させてくれた。普段の甘い物好きの枷がここに来て一気に外れたのかとにかく普段の倍以上は食べていた。


 甘い物は食べれるがそこまで好きでもないイリアとリンディはその光景をため息を吐きながら見守った。


 温泉街と良い菓子街と良い、何だかイリアの疲労感が少し増した気がした。




 温泉街を出る時のリンディと同様に残念がるエクレアを引きずってイリア達は漸くその街を出た。後は帝国まで一週間程で街道沿いに何事も無ければ無事に辿り着ける筈だ。


 そうして時々休憩を入れ、野宿をし、ようやっと帝都ボルスティアまでやって来た三人だった。




 帝都たるボルスティアはやはり大陸で尤も栄えている。


 どこもかしこも人、人、人混みで溢れかえっていいた。この国で働いている者達や住人、出入りする商人の数もそれこそシュッセルの倍以上なので目まぐるしい程だ。だが誰も彼も皆生き生きとした表情をし、輝いている。


 良い皇帝に恵まれている証だ。


「凄い人混みね~」


「本当。はぐれたら再会するまでが大変そうね」


「流石帝都だな」


 馬を下り、手綱を引きながらゆっくりと歩いて行く。


「さて…帝都に着いたは良いが…。このまま王城に行った方が良いか?」


「そうねぇ…。期日も目の前だし行った方が良いかも知れないけど、一日くらい余裕があるでしょう? だったら体の汚れとか落としてちゃんとした格好で行った方が良いかもね」


「うん。それにイリアちゃんのその髪と目の色変化魔法も解かなきゃね」


 リンディとエクレアの言葉にイリアは頷く。


 確かに体の汚れは落としたい。それは重要だ。それに水色の髪はシュッセル王族の証でもある。変化したまま行けば相手方に失礼になるかも知れない。招待状と一緒に帝都の王城で身分を示す証も帝都から送られて来ているから、怪しまれはしないだろう。帝都から送られて来た招待状は特殊な魔法が掛けられていた。


 招待主以外の者が触れば招待状は赤く変化し王城にも入れないのだ。


 だから姉達も何も出来なかった。


 そこで少し考えてからやはり宿屋に行くべきと判断を下し、今日泊まれる宿を探しに行こうとしたその時だった。


「誰かそいつ捕まえてーーっ!! 窃盗犯よ!!」


 女性の声が辺りに響き渡る。


 振り向くと遠くの方から一人の男が器用に人込みを避けながら全速力で走ってくるのが見えた。突然の事に周囲は唖然としていてその男を捕まえようとすらしない。よく見てみると男の手には窃盗したらしき荷物と銀色に光る物がある。


「…あれは」


 ナイフだ。


 果物ナイフの様だがヘタすれば命の危険に晒される場合もある。だからこんな人込みでは手の出しようも無いのだ。


「イリア、どうする?」


「どうしよう?」


 リンディとエクレアの二人が視線を送る。


「…目立つ事は避けたい所だ…が」


 次の瞬間、二人の間からイリアの姿は消えていた。


「窃盗犯とあっては見過ごす事は出来ないな」


「なっ?!」


 男が驚きに声を上げた途端にその場に凄い音を立てて崩れ落ちていた。男のてからは窃盗物らしき物とナイフが投げ出されている。イリアはそれを冷めた目で見下ろしていた。


「ふん…」


 その途端に周囲に驚きの歓声が沸きあがる。


 見た目は何処にでもいる極普通の少女がナイフを持った男を目にも止まらぬ速さで地面に叩き付けたのだから。驚きは瞬く間に感染して、それらは自警団の耳にまで届くのはそう掛からなかった様だ。もしかしたら既に窃盗犯を追い掛けていたのかも知れないが。


「ちょっとごめんよ」


 そう言いながら制服の姿が微かに見える。


 しかし、その声には聞き覚えがあった。それに見えた制服は自警団の物と少々型が違う気もする。


 人込みを掻き分けてやって来た人物を見てイリアは目を微かに見開く。


 そこには此処にいるには余りにも可笑しい人物がいたのだから。


「クノーラ殿?」


 イリアの呟きが相手に聞こえた様だ。彼はん? と首を微かに傾げると呟きが聞こえた方を見やり、イリア以上に驚きの表情を見せた。


「ってイリア嬢ちゃん達?!!」



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