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 イリアの前で男の刃を受け止めた別の全身黒ずくめの男はそのまま剣に力を込めるとなぎ払う。


「うおっとと」


 しかし、剣を振り払われた男の方は軽い口調で言うと後ろの方へと少し後退するのみである。そして赤毛の男…黒ずくめの男が言った言葉を信じるのならばジルザールは割って入った男を見やる。


「やっべーー。近衛騎士団直々のお出ましかぁ~」


 その口調は何処までも至って軽々しい。困っている風にも見えない。


 イリアがその言葉で黒ずくめの男の方を見ると、確かに黒のマントに隠れて見えなかったがその下に近衛騎士団の制服に身を包んでいる。その制服は資料で見た事があった。


(…帝国の騎士団か…)


 何故こんな所に騎士団がいるのか。


 イリアには既にその考え付いた。


(私達が囮だったと言う訳か…)


 一般人だったらどうするのだと思うのだが、こんな時間帯にのこのこと山道を行こうとする者はそれこそよっぽどの間抜けか腕に覚えのある実力者のみだと言う事は誰だって考え付くだろう。


 旅人の大半は腕に覚えのある者達が多く、こんな山賊程度で怯えて居ては旅など出来はしない。魔物だって数多くいるのだ。尤も腕の覚えがある者でも夜は魔物が凶暴化するのもある為、よっぽどの事が無い限り極力夜は行動を控える者も多いが。


(まあ、夜に差し掛かった時間帯に女三人だけで山道を行こうとしていた私達が尤も囮に適した者と当たりを付けたのも頷けるな)


 だが、騎士団自らが此処にいると言う事は…盗賊団の頭はやはりかなりの実力者だと見ても良いだろう。街の管轄である自警団では無く帝国直属である筈の騎士団が動く位なのだから。


(手配犯と呼ばれていた位だからな)


 イリアが考えを巡らせている間に情けない男達の声が当たりに響く。


「お頭~やばいですって」


「とっとと逃げやしょうよ~」


 先程まで威勢の良さを発揮していた男達は逃げ腰だ。騎士団は流石に王城を守る精鋭で編成されている為に実力者ばかりが揃えられている。屈強な体を持つと盗賊と言えど逃げ腰なるのも仕方がない。


 しかし、その頭たるジルザールは未だに暢気なものだ。


「あーまぁ、ちょっとやばいかな。折角面白い女見付けたのに…仕方が無い。野郎共、此処はズラかるぞ!!」


 ジルザールの言葉を合図に一斉に盗賊達は逃げ出す。


 だが


「逃げ切れると思うのか?」


 頭と相対して居た黒ずくめの男がサッと片手を上げる。


「一人も逃がすな!」


 冷たい声が当たりに響くと、今度は盗賊団を囲う様にして騎士団が姿を現す。皆、闇夜に紛れ込み易い黒衣を身に纏っている。


「掛かれ」


 その声と同時に当たりは盗賊団と騎士団の混戦模様と一気になった。


 砂埃と男達の怒号が静かな山の中に響き渡る。


 そんな中、頭たるジルザールと黒ずくめの男は互いに相対したままだった。が、ジルザールはニッと笑みを浮かべると笑いながら言った。


「残念だけど、今日は此処で引いてやるさ。俺でもあんたと相対するの面倒そうだしな~」


 黒ずくめの男に視線を合わせて、それからその視線をイリアに向ける。


「あんたとの勝負はまた今度な」


 そう言うとジルザールは混戦模様の中に姿を消す。


 それを見送りながらイリアはため息を零す。


 こんな時まで余裕綽々の男だ。あまり会いたくは無い。騎士団の腕は確かだろうがあの男はそれよりも一枚か二枚も上手だ。多分捕らえられる事は難しいだろう。


 そんな風に考えているとイリアは声を掛けられる。


 掛けた人物は黒ずくめの男だ。


「お前は此方だ」


 ジルザールと相対していた男は既に剣を腰に収め、イリアの腕を引くと、混戦の邪魔にならない場所まで連れて行かれる。


 その瞬間。イリアの中で眠っていた物がいきなりどくんと脈打つ。


 それは一瞬の事。すぐに男の手は離れそれは消えていた。


(何だ…。今の……? あれが反応した…のか?)


 イリアは男の後ろ姿を見やり、己の胸に手を当てる。


(あの男に反応した…?)


 それに内心イリアは驚愕していた。自分の中にある物がこんな反応をして見せたのは過去に二度きり。一度目は自分がそれを手にした時。二度目は顔も忘れてしまった誰か…。それ以降誰に触れられ様と自分の中にある物は反応をした事は無い。


 イリアは男を見上げようとしたが、それは声によって遮られた。


「イリア!」


「イリアちゃん!!」


 リンディとエクレアの二人が駆け寄って来る。二人も同じ様に別の騎士団によって連れて来られていた。


「大丈夫?」


「問題ない」


 問題はあった気がしなくも無いが取り敢えず今はその事を保留にしておく。


 二人の言葉にイリアは短く返す。


「ごめんなー。嬢ちゃん達~。もうちょっと待っててくれよな~」


 そこに今度はまた別の声が三人に掛かる。


 此方は黒衣を身に纏っておらず、適当に着崩されているが制服を着ている事からその男も騎士団の一員だと分かる。


 イリア達は暫し騎士団と盗賊団の混戦模様を見ていたが、次第にその混戦は収まり、圧倒的な実力を誇る騎士団の手によって盗賊団は半分以上が捕まっていた。


「クノーラ隊長! 盗賊団のほぼは捕縛できましたが手配犯、ジルザール・ジルベックだけは捕らえる事が出来ませんでした」


 部下の報告を聞いてやっぱりねと言った様子で答える。


「あーまあ、奴は捕らえられる確率は低いのは分かってた。だが、これで奴の率いる盗賊団は解体だろう。それだけでもよしとすっか。あ、とっとと連中を牢屋に連行しておけよ」


 そこまで部下に指示を出していた男はため息を吐くと、隣にいた男を見やる。


 それは先程までイリアを庇うようにして立っていた男だ。


「こーなったが、これで良いか?」


「まあ、奴が簡単に捕まるとは俺も思っていない。取り敢えず軽く辺りを捜索はさせるが無理だろうな。そうなれば見付けるのも難しくなる。盗賊団が解体しただけ充分だろう」


 そう言うと、二人はイリア達の方を見やった。


 そこで二人の容姿が漸く良く見えた。


 一人は、先程から軽い口調の男。短く刈った髪は赤茶で緑のバンダナが巻かれている。規律に則った軍服だが袖を通しているとは言え、やはりそれを着崩しており、個性が伺える。だらしない感じはしない。むしろ親しみを感じやすく、明るい雰囲気が伝わってくる。顔も整っているが寧ろ笑顔の事が多く、どちらかと言うと親しみやすい。


 そしてもう一人。全身黒ずくめ。髪の色まで黒なのでそう見えたのだ。目の色はごく一般的な琥珀色。だが、その貌は恐ろしく整っていた。自分の姉達と並んでも引け劣らない程だ。背もクノーラより高く、体付きも筋肉が均等に付いており、無駄な脂肪等は一切付いていない。顔は彫りが深すぎず浅すぎず、何とも絶妙で正に色男。


 その証拠に普段はそこそこ顔の良い男を見ても普通の反応を示すリンディとエクレアの表情が唖然としていた。それに気が付いたのかその色男は二人に向けて微笑む。そうしたら珍しい事に二人の顔に赤みが増した。


(…無理もないか……。しかし本当に珍しい)


 イリアはそんな二人に顔を赤く染める程の笑みを向けた男に別の意味で感心していた。


「あーーーせっかくの女の子もやっぱりこいつにイチコロかよ~」


 赤茶の髪の男ががっくりした様に言うと、リンディとエクレアはハッとしてあわあわと言う表情になる。それ程までに衝撃的だったのだ。


「危険な目に遭わせてすまねーな。嬢ちゃん達。俺は一応近衛騎士団第一団長やっているクノーラ・アスコットだ」


「同じく近衛騎士団デュオニュースだ。デュオで良い」


 二人は傍らの他の団員達に指示を出しながらイリア達に自己紹介をしてくれる。


 そこでイリアは気が付く。


 この男…クノーラ・アスコットと名乗った男近衛騎士団第一団長と今言った。イリアの記憶が正しければ第一団と言えば皇帝陛下直属の騎士団では無いか!


 しかも団長とは皇帝軍の第二位の位置にいるかなりの大物。


 それがたかが盗賊退治如き姿を現すとは。


「ね、イリア」


「イリアちゃん」


「ああ……」


 二人もその事に気が付き目を見開いている。


 本来ならこんな場所で会う筈の無い人物である。だが、本人はその肩書きを気にした風では無い様で軽くイリア達に声を掛けてくる。


「いや~。危ない目に遭わせてすまねーなぁ。本来なら俺等だけでって思っていたんだけど盗賊団も馬鹿じゃなくてね、なかなか捕まえられ無かったんだ。けど丁度そこにあんたらが通り掛かって…。悪いとは思ったんだけどよ囮にさせて貰ったんだ」


 心底申し訳無さそうな表情をで言うものだ。別段イリア達はその事で責め立てる気もない。もし自分もそちら側にいたら誰かを囮にして目的をおびき出す事だろう。


「いえ、怪我も無いので構いません」


「そうか? そー言ってくれると助かるわ~」


 イリアの言葉にクノーラはホッとした様な表情を見せる。


 とてもその様子からはこの国の軍の中心にいる軍人には思えなかった。だが、好感は持てる。


「お前達は旅の途中か?」


 次に問い掛けて来たのはデュオニュースの方だった。


「はい。隣街まで行こうと思いまして」


 まさかの帝国側のしかも中心に近い人物と遭遇してしまったのが予定外だが。


「詫びも兼ねて隣街までは送ろう。どうせ通り道だ」


「いえ、そこまでして頂かなくとも」


「いんや、そうさせてくれよ。嬢ちゃん達が旅慣れした冒険者とは言えど女の子三人でしょう? 女の子を無事に連れて行くのも騎士の役目ってもんだ」


 そこまで言われてしまえば断る理由も無い。イリアはサッとリンディとエクレアの二人に視線を送ると二人は頷き返す。


「そうですか。…それでは申し訳ありませんがよろしくお願い致します。私はイリア、こちらはリンディとエクレアです」


 身分を明かさずにイリア達は通す事にした。このまま明かせばそのまま帝国王城へなんて事態になり兼ねないからだ。


 不測の事態を想定してイリアの髪の色も今はシュッセル国ではごく一般的な茶色い髪をしている。目の色も合わせて茶色になる魔法を掛けてあるのだ。かなり強固にそして分かり辛い術式を編んで作った魔法だから見破られる事も極希だろう。


 だから王城に着くまではこの魔法を解くつもりも身分を証すつもりも無い。それは旅に出る前から三人で決めていた事だ。


 王族とその護衛兼侍女と言う立場からただのイリアとリンディ、エクレアになる。


 それが彼女達にとっての楽しみでもあったからだ。


「そっか、そっか。んじゃあどーんとお兄さん達に任せなさいって」


 クノーラが軽く言い、その横でデュオはため息を吐いた。


 三人は二人に付き添われて隣街に予定よりも早く行く事になった。



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