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 リンディとエクレアが執務室の部屋の戸を叩くと中かの主から返事が返る。許可を得て二人は扉を開く。そして同時に頭を垂れる。イリアは仕事中の真っ最中で、周りにはその側近達も仕事をこなしていた。


 仕事中にこの二人が姿を現すのは休憩時間以外には珍しい事だ。


 それに微かに目を見開くとイリアは問う。


「どうした? お前達がこの時間に来るのは珍しいな…何かあったか?」


 二人は側近達もいる手前、他人行儀の様に用件を述べる。


「イリア姫様、国王と王妃様がお呼びで御座います」


「…父上と母上が…?」


 珍しい呼び出しにイリアの片眉が上がる。


 幸い執務はほぼ終わりに近い。自分の分も殆ど終わらせている為席を離れても問題は無いだろう。それに一応己の父と母の呼び出し。何時も下らない事で呼びつける事の多い父王の呼び出しなら無視しても構わないが、これまた珍しい母の呼び出しには出向かない訳には行くまい。


 イリアはため息を吐くと、側近達に仕事が終わり次第下がっても良いとの旨を伝え、リンディとエクレアを伴って謁見室へと足を運んだ。








 豪奢な謁見の間の扉前まで来ると、その前を守る兵士に片手を上げ挨拶をするとそのまま中へと入る。


「父上、母上お呼びとの事でイリア参上致しました」


 するとそこには臣下一同と国王と王妃が待ち構えていた。珍しい事に重臣まで揃っているとは。これはただ事ではない。国王は何処かがっくりとした様子で頭を垂れているし、母親とそして家臣一同の目が異様に輝いている。何だか偉く面倒そうな予感がする。


 イリアが入ってくるのを見やり、ついでイリアの格好を見るなり、その瞳の輝きを一旦、押さえて王妃はため息を吐く。


「イリアったらまたその様な格好をして…。年頃の娘としてどうかと思うのよね…」


「それは諦めて下さい、母上。それでご用件は?」


 イリアは母親の言葉をサラリとかわすと、さっさと本題を話せとばかりに王妃の横でいじけている父親を見据えた。


「はぁ…。お主が王子だったらどんなに良かった事か…」


 さめざめと落ち込む様子の国王。イリアはその国王の様子に訝しむ。これは本格的に面倒事だ。イリアはそう決め付けた。


「いきなり何を言い出すんです?」


 言いたい事があるならはっきり言えとばかりに言葉を促すが一向に国王が復活する様子を見せない。そんな国王の代わりに先程の興奮した様子を取り戻し、そして嬉しそうに王妃はイリアに言い放った。


「喜びなさいイリア。貴方はボルスティア帝国皇帝の正室候補の一人となりました」


「…………はぁ? もう一度言って頂けませんか?」


 その言葉に一瞬耳を疑い、母親に聞き返す。


「ですから、ボルスティア皇帝側が貴方を正室候補の一人として宮廷にご招待して下さるのです」


「………何で私なんですか? 私よりも上にそれこそ相応しい者がいるでしょうに」


 ボルスティア帝国。世界最大の帝国で、巨大な権力と軍事力を誇る国であり、いくら土地柄有利でもこんな国など一晩で滅ぼせてしまう程の力を持った国。


 その国の皇帝はまだ年若い。たしか十九歳だった筈だ。圧倒的な存在感と何よりもその美貌も相まって、此方も后候補がどっさりだと聞いていた。


 確かに世界最大帝国の皇帝の后となればその権力は絶大だ。その座を狙う者が大勢居るのも分かる。そして魅力はそれだけではない。皇帝の后はなるのは特殊な意味を持つ。


 それが何故こんな弱小国の、それも噂されている馬鹿姉二人でも無く、まったくと言って良い程、噂にもならない自分が世界最大の帝国のしかもその皇帝の正室候補の一人と言う有り得ない事態になっているのか。


「……訳がわからん」


 ぼそりとイリアは呟く。


「しかし、あちら側が貴方を名指しで指名したのもまた事実なのですよ」


「……私を正室候補の一人にした所で良い事等は何もないだろうに…」


 これは何かある。イリアが考え込む前に未だ気落ちした国王の言葉が遮る。


「兎も角、この話はお前に決定した。先ほど大臣等とも話し合った結果だ…」


「はぁ…」


「何故その様な反応をする? 一番皇帝の后に選ばれるだろう位置におると言うのに。皇帝一族は古の龍族による恩恵を受けて、長命が約束されている。その命は五○○○年から六○○○年にも及ぶとされているのだぞ?」


 そう、各国が挙って花嫁候補に群がるのはそこだ。


 皇帝の一族は特殊で代々龍族によって守られている。それは花嫁となる者にもその恩恵が与えられるとされているのだ。


 現に皇帝の先代…。つまりは現皇帝の父も母も健在だ。代替わりをした理由は定かで無いが先代皇帝も約八百年もの月日、国を治めていたとされる。


 他国とは一線を越した存在なのである。


 ある者は長寿を求め、ある者は己の美貌を保つ為。欲望のままに皇帝に近寄ろうとするのだ。


 ただし、その恩恵を受ける為には正室と極一部の側近のみに限られている。


 だから挙ってその枠を勝ち取ろうとする。何百年に一回、あるか無いかの皇帝の嫁取り。今回を逃せば次は一体何時になるのか。それも手伝って各国が火花を散らしている。それに何より、皇帝の嫁の座を手に入れればその姫の国も長い繁栄を約束される様なものなのだ。


 だから各国は我も我もと花嫁候補を送りたがる。いや、その花嫁候補自身がその地位を望むのだ。


「貴方に拒否権はありません。良いですね? イリア」


「……………私も王族の一員、拒否はしません。どうせ行ったにしろ候補の一人と言う事は私が選ばれる確率は雀の涙ほど。何処の国の姫が皇帝の后に選ばれるかを見届けたら早々に帰って来ますよ」


 国民の為の仕事が出来なくなるが致し方がない。ここで逆らえばこの国はボルスティア帝国に楯突く事になってしまう。それはあってはならない。悪ければ被害を民にまで及ぼしてしまう。


 だから受け入れるしかないのだ。ただ、言って帰って来るだけで良い。それだけで面目は保たれる。


 しかしこんな現実はあり得ないのが有り難いのだが。


 イリアはため息を吐いて踵を返す。


 が、それは遮られる事になった。


「それでは……」


「お待ちなさい!!」


「お父様、お母様!!! どういう事ですの??!」


 イリアが些か頭痛を覚え、頭を振る。二人分の金切り声が謁見室に響き渡たる。謁見の間の広さ故にその声が執務室の時以上に反響して鼓膜を突き破る勢いだ。


(…また厄介なのが来たな……)


 中に入って来たのは勿論イリアの二人の姉マーテルとシャルティだった。


「お前達、大声等発してはしたない。それでも姫君ですか」


「そんな事、今は関係ありませんわ!」


「そうですわ!! どう言う事ですの?! イリアが皇帝の正室候補とはっ??!」


 何処から聞きつけたのか、怒りに顔を歪ませて、キッとイリアの方をマーテルとシャルティが睨み付ける。


「落ち着きなさい。これはあちら側からの要請なのです」


「信じられませんわ!! 私かシャルティなら兎も角、何故イリアなのです?!」


「納得いきませんわっ!」


 二人の声が頭に響く。喚き立てる二人の相手はこう言う所で疲れるのだ。


「お前達が楽しみにしていたのは私達も知っておる。だが、あちら側の要請ではイリアなのだ。これはもう覆せぬ事実」


「あなた達には他の縁談もあるでしょう。今回ばかりは諦めて貰う他ありません」


「そんな!」


「他国と皇帝では違いますわ!」


 未だに納得がいかず、きんきんきゃんきゃんと小型犬の様に吠える。イリアはいい加減、頭痛が酷くなって来た様な気がしたのでそそくさとこの場を退散する事にした。これ以上は付き合い切れない。


「それでは私は失礼致します」


 そして彼女たちの追求を受ける前に、リンディ、エクレア共々謁見の間の扉をさっさと閉め、その場を後にした。


 閉まった扉の向こうからは未だに騒ぎが聞こえる。


 それを耳にしながらイリアはため息を吐いた。




 執務室に戻って仕事をする気が起きず、イリアはそのままの足で自室に戻るとソファに座り込む。


「何だか、凄い展開になったわね?」


「イリアちゃん大丈夫?」


 リンディとエクレアはその状態を察し、手早く紅茶の準備をするとすかさずそれを疲れ切っているイリアの前に置く。


「…まったく皇帝側は何を考えているのか…。馬鹿姉のどちらかを選んでくれれば良いものを… …」


 そう言うと紅茶を一口含む。


「でもそれはそれで何か嫌よ? 考えても見なさいよ、あの二人の内どちらかが皇帝の后にでもなって見なさい? まあ、美貌だけじゃ選ばれないでしょうけど、万が一選ばれたとしてその権力を傘に何を言ってくるか分かったもんじゃ無いわ」


「それもそうだよね。それにイリアちゃんは候補なんでしょ? だったら気楽に他国の見物と思って行けば良いんじゃないかな?」


「…まぁ、それもそうだな……。しかし行くのは構わないが…」


 そこでイリアの言いたい事を二人は瞬時に理解する。


「嫉妬に狂ったあの馬鹿娘達はきっと何か仕掛けてくるわよね」


「仕掛けて来ても返り討ちにしちゃうけどね」


「……兎に角めんどうなのには変わりないな…」


 それはこの場にいる他の二人も思った事だ。


「そ、そう言えば帝国に行くのはいつ頃なの? それなりの準備もしないと」


「聞き忘れていたな…。まあ、追って連絡位あるだろうさ」


 イリアの言葉通り兵士の一人が後に訪ねて来て、母王妃の伝言。三ヶ月後の后選定の日に間に合う様に国を出発しろとの事だった。








「のんびり出来るって良いわね」


「本当~。此処には口うるさい人達もいないしね~」


「そうだな。これ程のんびり出来るのもお祖父様に付いて国を出た時以来だ。その事には感謝しても良いかな」


 あの衝撃命令の日から二週間。イリア達の姿は船の上にあった。


 伝言を聞いたイリアは次の日から慌ただしく出掛ける準備に追われる事になって各部署などへの対応に追われる羽目になってしまった。しかもその間に嫌みを振りにやって来る馬鹿姉の相手をし、放ってくる暗殺者の相手と多忙を極めたものだ。


 諸々の手配が終わった後、イリアはリンディとエクレアの二人を連れてそそくさと国を後にした。仕事は側近に後を任し、両親には置き手紙を残し自分達の愛馬を連れて出て来たのだ。


 本来一国の姫ともなれば他のお供の者や侍女等を引き連れて華々しく出掛けるものだが、こんな馬鹿らしい事に金は使えない。供の者等二人も居れば十分だし、それ程引き連れて一体何になる。


 国の体面がどうとかこれに関してはイリアの知った事ではない。


 逆に感謝して欲しいくらいだ。こんな事に時間を割くくらいなら国で民の為に仕事をしていた方がよっぽど有意義だ。


 だからイリアは自分の側近達以外には出る日付も教えず、置き手紙のみで国を後にした。目に浮かぶのはそれを阻止出来なかったと鬼の形相で顔を歪めた二人の姉の顔だったが、そんな事は頭の片隅に追いやった。


 皇帝の后の座など興味はない。しかし断るのにも些か厄介な相手国だ。


 エクレアに言われた通り、観光気分で行かなければやってられない。


「国を出たからには楽しみましょ。仕事はあんたが選んだ優秀な側近達が支えてくれるんだから問題は無いわよ」


「そうそう。それに側近さん達も気晴らしになると良いですねって言ってたよ? イリアちゃんは働き過ぎ」


「そうか…?」


「そうよ!」


「そうだよ!」


 即答で返された。


「ま、それもそうだな」


「でしょ? これから丸々二ヶ月は帝国までの短い旅ですもの。羽を伸ばしましょ」


「そうそう! あ~折角なら帝国から少し離れた場所で下船しない? 后選定までまだまだ時間あるでしょう? こんな機会でもなければ遠出なんて無理なんだし」


 二人の心底楽しそうな提案にイリアも内心納得して話を聞いていた。


「ーーーーー?」


 そこに頭の片隅に何やら一瞬奇妙な気配を感じる。


 イリアはその気配がした方を振り向くもその気配は既に無い。眼前に広がるのは夕日に照らされた地平線の向こうまで続く橙色に薄く染まった蒼が広がるばかり。


(……気のせい…か?)


 しかしどうにも気になる様な気配だ。


「イリアちゃんどうかした?」


 エクレアに声を掛けられハッとする。


「いや、何でもない………」


 そう言ってから彼女達との話に戻った。先程の気配を意識の片隅で気にしながら。








「おっと危ない、危ない。察知能力すげーな」


 男は遥か遠くに微かに見える船影を見ながら呟く。その姿は海の真上。空中に浮かんでいる。男は暫くそれを無言で見詰めてからにいっと笑う。


「ま、そーじゃなくっちゃ面白くないよなぁ」


 今にも鼻歌を歌い出しそうな声音。それ程までに機嫌がいいのだ。そこまで機嫌が良くなるのはこの男には珍しい事。この男を知る者が見たら仰天してそのままひっくり返る事間違いなし。


「やっぱあいつはあいつのままって事かな~」


 周りには誰もいないが男は尚も機嫌良く呟いている。


「でも、これじゃあ何かつまんねぇなぁ…」


 暫くその場で何かを考え込む。そしてまたにやりと笑う。その笑みは先程よりも更に残酷さと凶悪さを兼ね添えた笑みだった。


「良い事思い付いた。見付かった祝いは盛大に…ね」


 呟くともう一度船のあった方を見やる。船影は既に見当たらない。


 その方向を満足げに見詰めた後、その場から男は姿を夕暮れの中に消した。



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