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 何故…?


 


 何故なの?




 何故私が罰せられなければなりませんの!!




 一人の女が鏡を前に醜い表情を晒していた。化粧が施された顔は醜くゆがみ、その表情はまるで悪魔の様だ。だが、女は気にせずに鏡を睨み付けている。


 女は姫だった。


 今、大帝国であるボルスティアに皇帝の花嫁候補の一人として招かれていた。


 己の顔には自信があった。


 だから皇帝陛下も己に落とす自信があった。


 何より、あの憎きシュッセルの美人姉妹だと豪語する者達は来ず、来たのはあの姉妹の妹。しかし彼女は取るに足らぬ存在だった。平凡な容姿。性格はきびきびとして無表情で可愛げも無い。唯一目立っていたのはシュッセルの王族に稀に見られるあの水色の髪と瞳だった。


 だからと油断していた。


 流石はあの憎き姉妹の末妹。


 未だにどの国にも繋ぎを取っていない皇帝側に浅ましくも自ら取り入った。


 その報告を受けた時、私は即座に国の暗殺者を用立てした。側近には止められたがあの国の姫は憎い。


 だから次の日には心晴れやかになるだろうと思っていた……。


 なのに……っ!!


 何故かあの憎き女は無事で、深夜にも関わらず私は皇帝側より退去の命令を下された。


「何故です…??! 私は何もしておりませんわっ!!」


「白を切るのも好い加減にして下さい。セリア・アルラティア様。我が国で暗殺者達の取調べをした所、貴方の事を吐かれました。証拠もあります」


「それこそ誰かが私を陥れる為に…!! そうよ! あのシュッセル国の姫の方が……!!」


 だが、返って来たのは冷ややかに満ちた皇帝陛下の側近の声だった。


「好い加減にして頂きたい。此方の検分でも既にイリア様は被害者だと判明しているのです。そのイリア様が今回は貴方を訴えないと仰るので、貴方は国外退去になるだけですみました。ですが、我が国は貴方の国の信用を既に失っています。これからの取引に多大な影響を及ぼすと考えて頂きたい」


 話は以上です…。そう言って相手が立ち去る。そして間際。


「明日の明朝城をお立ち下さい。それまでは猶予を差し上げます」


 そして今度こそ部屋の扉は閉じた。


「何故…??!」


 


 わたくしはただあの浅ましい女を皇帝陛下の為に始末しようとしただけなのに…!!




「…あの女が憎い……?」


 その突如頭の中に響いた冷ややかなそれでいて何処か楽しげな男の声。


「どなたですの??!」


 次の瞬間、客室にいたわたくしの部屋が暗闇になる。


 何も見えない、純粋の闇。


「な…っ?!!」


 だが、男の声は尚も響く。


「あの女を殺したいか?」


 それは囁く。まるで蜜の様に私の思考を絡め取っ手行く。


「ええ…あの女が憎いわ。あの浅ましいだけの女」


「力が欲しいか?」


 だんだん、理解力も周囲と一緒の暗闇に沈んで行く。








「だったらお前に力をやろう………」


 そして私の意識はそこで沈んだ。








 騒ぎは翌朝に起こった。


 寝る時間が遅かったとは言え、何時も通りの時間に起きた三人は朝食を取りながら、何やら外から騒がしい気配を感じ首を傾げる。三人が起きている時間にこんな気配を感じる事は、此処に来てから無かったものだ。


「何だろう? 私ちょっと様子見てくるね」


「ああ」


 エクレアが席を外し、部屋から出て行くのを見送る。そして数分してからすぐに戻ってきた。


エクレアはそのまま自分が座っていた席に着く。


「どうやら深夜のお客様を放った国が退去を命じられたみたい」


「あら? 随分早い動きね。デュオさんが手を回したのかしら」


「その様だな。まあ、あの出来事は帝国側も見過ごす事が出来ない物なんだろう。これで何も無かった事にすれば不祥事を見て見ぬ振りをし、更なる被害をもたらすからな。他の国への見せしめでもあるんだろう」


 言いながら紅茶を飲み干す。そこへいきなり部屋に扉を激しく叩く音が響き渡る。


「はい?」


 リンディが席を立ち応対に出る。そして扉を開けると同時に誰かが勢い良く部屋に雪崩れ込んで来た。入って来たのは他国の姫。それは昨夜イリアに向けて招かれざる客を送り付けたであろう国、アルラティアの姫だった。


 その姫の顔は怒りに歪んでいる。


「これは…確かアルラティア国のセリア姫。どうしましたか? この様な朝早くに」


 イリアはしれっとした表情で言う。すると更に彼女の顔が怒りに歪んだ。


 だが、そのアルラティア国の姫の様子が可笑しい。


 目が酷く淀んでいる。


「イリア!!」


「イリアちゃん!!」


 リンディとエクレアの声が響くと同時にアルラティアの姫はイリアを目掛けながら走りこんで来る。


「お前何ぞ…お前何ぞ………死んでしまえええええぇぇぇぇっ!!!!!」


 目が血走り、通常の人間とは思えぬ奇怪な速さで近付いたかと思うと、徐に取り出したナイフを振り翳した。


「………ちっ!」 


 イリアは素早くそれを避ける。が、相手は尚も考えられぬ動きでイリアを攻撃して来る。


(この動き…。それにこの淀んだ瞳に禍々しい気配は……)


 そこでこの騒ぎに気が付いた、帝国の者が駆け付けて来た。


「姫さん??!」


 クノーラの登場により、一瞬、アルラティアの姫の体がびくりと動く。


 その隙を見逃さず、イリアはその背後に回り込むと、首筋に手を叩き込むと相手を気絶させた。


 同時に禍々しい気配が離れ、その姫の手からはナイフが零れ落ちた。


「大丈夫か??!」


 クノーラが駆け寄って来る。


「イリア!」


「イリアちゃん!!」


 リンディとエクレアの二人も駆け寄って来て口々に己の身に傷が無いかを確認して、ようやっとホッとした様だ。その様子を見て、クノーラが口を挟む。


「こりゃあ、一体……」


「どうやら嫉妬に駆られてのご様子でした」


「アルラティア国の姫君か……」


 姫を見て、クノーラが難しそうな表情をしたのが分かった。が、イリアにはそれ以上に気に掛かる事があった。


(あの様子は何かに操られていた様な様子……。それにあの禍々しいまでの気配は……)



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