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部屋に戻ると三人は揃って座り心地の良いソファに座り込む。
「……疲れた…」
こう言ってソファに座り込むのは何度目になるだろうか。場所が変わってもこうも疲れるとため息しか出ない。イリアの言葉に二人もすかさず同意する。三人の前にはエクレアが煎れた紅茶が温かな湯気を立ち上らせている。
「ご苦労様。あんな狸と狐ばかりの集団の相手を良く頑張ったわ」
「本当~。これでイリアちゃんに絡んでくる姫様方が減ると良いね~。あんな中にいるとこっちも疲れちゃうよ」
そう言ってエクレアは紅茶に口付ける。二人はイリアの食事の世話をしていた為、遅めの夕食となった。横にはリンディが何時の間にか何処からか調達して来た食材でサンドイッチを作って、それを食べる。
「まあ、少なくともあれらの中で私は第一落第者の認識になっただうから、大丈夫だろう。これで一ヶ月の間、こっちでの予定に費やす事が出来る」
「そうね。あのお姫様達も敵情視察とか言って私達の部屋を訪れる可能性は殆ど無いだろうし。来たとしても嫌味を言うだけ言って去って行く位かしら?」
「じゃあ、明日から早速離宮内の外れにある書庫に行って見ようよ。イリアちゃんの好きな本いっぱいあるんじゃないかな? しかも帝国だもの。珍しい蔵書もいっぱいあるよ」
「そうだな。本も大事だがこの国の城下を見て周りたい気もする。来た時はそれ程見て回れず、クノーラ殿と直接此処に来てしまったからな。許可が取れたら城下にも行ってみよう」
「エル達でこの土地の何処か広い草原に遠乗りなんかも良いわね。こう頻繁に出掛けていたら、訪問者に出くわす事も無いだろうし。う~ん。休暇って気がする~」
エルとはリンディの愛馬の事。
確かに短い旅で彼女達に乗ってが、休暇の意味での遠乗りはしていない。リンディの言う通りそれも良い案だ。
「あはは。そうだよね。あ、でも私達頻繁に出掛けて、その間に皇帝様とか来ちゃう事とかあるよね。大丈夫かな?」
「まあ、その時はその時じゃない? だってイリアは后になる為に来た訳じゃ無いもの。出会わなかったら出会わなかっただけでなんら支障は無いわよ」
「それもそっか」
そんなやり取りを三人は笑いながらしたのだった。
兎に角明日からの暇つぶしは今、それぞれが口にした事をしていれば時間等あっと言う間に過ぎ去るだろう。
「まあ、今日はお前達も疲れただろう? 早々に寝よう」
言って話の終了をイリアは告げる。
「そうだね。あ、イリアちゃん、明日は何時も通りの時間に起きる?」
「そうだな。その時間に起きて、朝食を取ったら朝の内に離宮内の庭に出よう。それだったら朝に弱い姫達に合わなくて済むしな」
「賛成~。じゃ、お休みイリア」
「おやすみなさい。イリアちゃん」
「ああ、お休み」
そうして三人はそれぞれの部屋へと引き上げていった。
疲れも無く、イリア達は爽快な目覚めを迎えていた。
自国にいればこの後すぐに執務があり、それだけならまだしも馬鹿な姉達の相手をして疲れるのだ。
執務は兎も角としてそんな馬鹿姉達の相手をしない朝が何と静かで平和な時間なのだろうか。
それでは自然と機嫌が良くなると言う物だ。
リンディとエクレアが用意した朝食を前にしながら三人はその優雅な一時を存分に味わう。
そして朝食を終えると昨夜、寝る前に話し合った離宮内の庭に三人で降り立つ。
与えられた部屋から直に降りられる庭は隅々まで手入れが行き届いており、職人の腕の良さを伺えさせる。
「見事な庭だな」
「本当ね。空気も爽やかだし」
「他の国の誰も見当たらないし良い気分だね~」
三人はそうして隅々まで庭の散策を楽しんだ。他国の姫達は文字通り未だ夢の中にいる時間帯だろう。誰の気配も感じさせない事からそれが当たりだった事を三人は確信する。
そしてこれから滞在時の朝のこの時間帯に散策をしようと三人は決めたのだった。
散策から戻るとイリアはすぐに書庫の入室許可を得る為に、帝国側の兵士に言伝を頼む。離宮内の書庫とは言え城に多く住んでいる魔導師やその他学者達が多く利用していると言うのは知っていた。
だが他国の者である自分達が許可を得ずに行く訳には行くまい。
そう思って許可を得る為に申し出たのだ。
程なくして言伝を頼んだ兵士が戻って来ると了承の返事を貰い、三人はその足で兵士に案内されながら書庫に向かった。
書庫の入り口で兵士に礼を述べてからイリア達は中に入る。
「ほう…」
足を踏み入れて、イリアは感嘆の言葉を漏らす。
目の前に広がるのは沢山の本。その量は半端ではない。自国以上の量だ。
本が無ければかなり広い部屋なのだろう。だが、隙間無く、イリア達の二倍はある本棚に所狭しと本が並んでいる。更には室内階段もあり、壁一面に本が並んでいる。
その光景は見事だ。
時間が時間と言う事もあり、書庫室にはイリア達以外見当たらない。
「これだけの量があれば暇をする事も無いな」
「本当」
「すっごーい」
リンディとエクレアの二人もその光景に目を見張っていた。
「おやおや、これはまた珍しいお客様じゃのぉ~」
背後から老人の声がする。
驚く事に気配を感じさせず老人は三人の後ろにいたのだ。
その事に内心イリアは驚く。
帝国に来てから本当に驚かされる事ばかりだ。
「貴方は…?」
老人はその手に何冊かの書を持っている。皺の深くなった目を細め、イリアの問いに穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「おや失礼したかの。儂はこの書庫の番人と呼ばれておる、しがない管理人じゃよ」
「書庫の管理の方でしたが。失礼致しました」
「ほっほ。礼儀正しいお嬢さんじゃの」
「イリア・シュッセルと申します。此方はリンディとエクレア。帝国滞在の間書庫の本を読ませて頂けないかと訪ねさせて頂いたのですが」
イリアがそう言うと老人はふむと頷く。
「そうか、そうか。シュッセル国の姫様か。見事な水色の髪をしておるの」
老人はイリアが名乗った事とそして髪の色で何処の誰かを瞬時に判断した様だ。
「やはりこの髪は目立つ様ですね」
苦笑しか浮かばない。
「何、他人より多くの時間を書庫で過ごしておると知識ばかりが増えるだけじゃて。お主の国の書物も此処にはあるでの。情報だけは膨大じゃ」
そこで老人は言葉を切ると、近くにあった机の上に数冊の本を置く。
「この国に居る間、好きな様に書庫を見て回ると良いでしょう」
「良いのですか?」
「重要な書物は流石にイシュ坊の許可が無くては無理じゃがの」
「イシュ坊…?」
聞き慣れぬ名にイリアが首を傾げる。
「おおこれは失礼。皇帝陛下の事ですじゃ」
皇帝陛下の事をイシュ坊と呼ぶこの老人。もしかしたら先程気配を感じさせなかった事と言い、ただ者では無いいかも知れない。
しかし、イリアはそれ以上の質問をする事無く有り難う御座いますと言って礼を述べると書庫を見て回る事にした。たとえ老人が何者であろうと構わない。そのイリアに習ってリンディとエクレアの二人も自分の好きな書物を探す為、書庫内に散って行った。
その様子を書庫の管理人たる老人は面白そうに眺めていた。




