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 リンディが上がり、エクレアも風呂から出ると、早いもので時間と言うものはあっと言う間に過ぎて行く。


 窓から差し込んでいた光が暁色に変化し、徐々に青紫色へと変化して行く。


「ねえ、本当にドレスじゃなくて良いの?」


「王妃様から一応イリアちゃん用にって預かってるんだけど…」


「ドレスでは動き辛い。私に似合うとも思っていないからな。普段の貴族連中のパーティに出る時に使う何時もの服で充分だ」


 これから戦場に行く為の準備を三人はしていた。リンディとエクレアの二人は自国でも着ている侍女用の服装で充分なのだが、イリアはそうもいかない。一応王族と言う事もあるし、何より政治の場にもなり得る場所に出なくてはならない為、それ相応の服装が必要となる。


 自国でも滅多にドレスを着る事無く、イリアは良く貴族の男子がする様な格好でその場に出ていた。しかもパーティ用の為、普段着ている服装より装飾品が多く付いた、しかし華美になり過ぎない格好で、相手方にも失礼になる様な格好でも無かった為、周りも何も言わない。それは寧ろ一番イリアに似合っている格好だったと言うのもあるかも知れない。


 だが、今回は帝国のしかも各国が勢揃いする、欲望と陰謀が渦巻く婚約者選びの為に集まった姫君達が一同にかえす場所。これでも少々悩んだのだ。だが、今更と言う思いもあるし、イリア自身が望んで来た訳でも無い。それに皇帝の婚約者の地位を狙っている訳でも無いのだ。


 だったら自国でもしているスタイルを通すのが一番気楽だ。


 きっと変わり者の姫と呼ばれるだけで、興味がそれるだろう。イリアの狙いはそこだ。


 楽しくもない狸と狐の化かし合いの場に進んで加わろうとも思わない。


 自分はただ傍観者として事の成り行きを見届ければ良い。


 その結果を見て、早々に国に帰れば良い事だ。


 イリアの答え等最初から分かっていた二人は苦笑すると、イリアの母が多分押し付けたであろうドレスを荷物の片隅に追いやり、持って来て居た、パーティ用の服をイリアの目の前に用意する。


 イリアは手早くそれらを着ると、髪やその他目の届きにくい所を二人が手伝う。


 一人でも完璧に用意は出来るが、今回は普段よりも一段と気を使う場所に出る事になる為、手伝ってくれているのだ。


「はい、これで準備整ったわよ」


「ああ、済まないな」


「……来たみたいだね」


 微かに聞こえる足音と気配を察知したエクレアがそう言った数秒後に部屋の扉が叩かれる。それは城に来た時に宰相が言っていた帝国側の迎えの者だった。


「イリア姫様、パーティの準備が整いましたのでお迎えに上がりました」


 外からの兵士の声にイリアはため息を吐く。そして立ち上がり、姿勢を正す。


「それでは、戦場に向かうとするか」


 その言葉を合図に三人は余所行きの表情を作り、外へと出た。












 予想以上に煌びやかで豪奢な部屋へと通される。


 同時に。


「シュッセル国イリア・シュッセル姫様お着きになられました」


 兵士が部屋全体に響き渡る様に声高に告げる。すると一斉に視線が集まるがイリアはそれらの視線を無視すると深々と一礼すると、部屋にいた給仕の者に自分の座席へと案内される。


 既にイリア以外の国の婚約候補者が集まっていた様だ。


 席は円卓になっていた。それはどの国も均等な扱いと言外に帝国側が示している物だが、この部屋でイリア達以外に気が付いた者が何人いただろうか。


 結構な人数が一同に返している。それも何処の国も姫と名の付く階級の者ばかり。


 色とりどりに思い思いに着飾ったドレスが目に眩しい。


 一体何処の国の祭りだと心の中で呟くと、案内された席に座る。


 リンディとエクレアの二人は他の国の従者や侍女同様に自国の姫の側から遠くない範囲に程良い場所へと下がる。


 そしてイリアが座ると、それを見届けていた昼間に会った宰相、ラドルフ・ロックウェルが立ち上がった。


 彼の声が会場全体に響き渡る。


「各国の姫君方、良くこの国にお越しくださいました。私は当帝国の摂政を務めさせて頂いております、ラドルフ・ロックウェルです。今宵、各国の后候補たる姫君が揃いました。ご交流も兼ねての晩餐会です。どうぞ各国それぞれで親交を深めて下さい」


 その言葉を合図に晩餐会と言う名の戦の火蓋が切って落とされたのだ。








 各国が相手の出方を見定めながら話し掛け始めて、イリアは給仕によって酌まれたワインに口を付けながら各国の状態を静かに見守っていた。


 そして振り向きはしないものの、先程部屋で感じた透視の術の気配を感じる。しかも先程より、より強固で分かり辛い物になっている。オマケに今度は音声自体も伝わる物だろう。イリアが気が付けたのも気配だけだった。


 他の姫君たちは気付かずに腹の探り合い真っ最中。言葉こそ優雅だがそれぞれの意図が感じやすく、分かりやすい。酒の席とは本性も現しやすいものだ。


(この様子を透視の術の先で皇帝が見守っていると言う訳か。合理的だ)


 イリアの読みは当たっていると見て間違いない。何故ならちらりと気付かれぬ程度に視線をやった先にはラドルフがいる。表面上は微笑んでいるもののその目は真剣で冷ややかだ。


 それを見ながら、ワインを口に運びイリアは姫君達の会話に耳を傾けるだけで、己からは一切声を掛け様とはしなかった。


 すると聞こえてくるのはやはり腹の探り合いの言葉の数々…。


 うんざりしながらも尚も酒に口を付ける。これ位の酒で酔う事などイリアには有り得ない。そう言った訓練も積んだ。たかだかパーティで出される量で酔っていては話にならない。そう言ったイリアにも先程から痛い程の視線が突き刺さっている。


 理由は簡単だ。


 イリアがあの噂に名高い傾国の美人姉妹の妹姫だから。


 自分の存在を今日初めて知った者ばかりだろう。イリアは自分の存在が他国で噂に上った事が無い事位情報で把握している。


 あの姉二人は随分と他国の姫に恨みを買っている様だ。


 注がれる視線にありありと嫌悪の感情が含まれている。そして値踏みされている感覚。自分を見た後の姫達の感情はあからさまで分かりやすい。自分が優位に立てている事を実感しているのだ。


 だが、それでもイリアは素知らぬ表情で黙々とワインに口を付ける。


 出来る事なら馬鹿馬鹿しい合戦には参加したくない。


 このまま興味が無くなってくれればそれはそれで良し。


 しかし、そんな思いも通じる事も無く、一通りの探りを終えれば標的がイリアに向かって来た。


「そちらは確かシュッセル国のイリア様でしたわよね」


 それは自分の真隣にいた姫君だ。今まで自分をいない者の様に無視していたのに他国への探りを入れ終わると同時に話し掛けて来たのだ。


「ええ、貴方様は?」


 内心うんざりしながら礼儀上相手の名を尋ねる。既にこの場にいる姫君の顔と名前は分かっていた。だが、その事をあえてイリアは口にする事は無かった。


「わたくしはロディア国の第一姫ティルローゼと申しますわ。以前貴方の姉上方とも親しくさせて頂いておりましたのよ?」


 表情は穏やかだが、不穏な空気を隠し切れていない。貴族としては完璧に隠し通している様だが、イリアには通じない。その雰囲気だけで分かる。彼女も上の姉達を敵として見なしているのだ。さんざん辱めを受けたに違いない。でなければこれ程の憎悪をいくら婚約者候補と言うだけで向けられる筈が無いからだ。


(馬鹿姉達はやっぱり外交には向かないな。寧ろ問題に発展しそうだ)


 場違いな事を考えながら、イリアは一応王族としての仮面を被る。


「あら? 貴方様はシュッセル国の第三姫でしたのね。御免あそばせ。貴方の事を存知あげませんでしたわ」


「あら、私も」


「私もですわ」


 それを皮切りに他の国の姫君達も賛同する。要するに候補者を落とせる内に落として置こうと言う魂胆なのだろう。揃ってイリアの事を知らなかったと言い、お前の存在など気にも留めないと言外に言っているのだ。先程兵がイリアの名と国を発したのにそれを敢えて無かった事にしている。


 そして他の姫君達の表情をちらりと見やれば誰も彼も似たような雰囲気。


 それぞれがあの馬鹿姉達に何かしらの感情があるのだろう。


 だが、その好敵手たる姉達は現れず自分の様な者が来た。あの性格でも二人の美貌に勝てる者等そう易々といない事は知っている。手酷くやられた者もこの中には多いのだろう。格好の餌食として仕返しをして来たのだ。


「それはそうですか。生憎私もこう言った公式の場には殆ど出た事が無かったので貴方方が何方か存じ上げませんでした。お許し下さい」


「気になさらなくて結構よ。私、姉上方のどちらかが来ると思っておりましたわ。何故イリア様がいらっしゃったのかしら?」


(これだったら国の狸爺達を相手にしていた方がよっぽど気が楽だな)


 そこでイリアは早々に下手に出る事にした。これ以上この者達に関わり合って居たく無い為だ。


「自分が何故この様な場所にいるのか自分でも不思議に思っているのですよ」


「あら、何故かしら?」


「父上と母上に私が行くようにと言われたのです」


 嘘は吐いていない。ただ皇帝側からの指名があったからとは言わない。行く様に父と母が強要したのも本当の事だ。


「まあ、姉上方を差し置いて?」


 信じられないとばかりに頷きあう。全員好敵手だと言うのにこう言った時は良く同調しあう。


 何とも滑稽だ。


「ええ、まあ。本当は来るつもりは無かったのです。実を申せば興味が無かったので」


「興味がおありにならない?」


 ざわり、と先程以上に周囲がざわめく。それはこの場に幸運にも候補として招かれた者達にとっては信じられないイリアの言葉。誰もが羨む皇帝の后の座、そして手に入れられる長命のどちらにも興味が無かったとは信じがたいのだ。訝しげな視線が一斉に突き刺さるが気にしない。此処で各国の者に自分の意志は明確に伝えておかなくてはこの晩餐会以降も何かと突っかかってくるのは間違いない。


「ええ。私は早く自分の国に帰りたいのですよ。仕事を残していますし」


「お仕事…? 何かやってらして?」


「そうですね。国の政治の手伝いを少々」


 少々所では無い。手中に収めていると言っても過言では無いが、それはそれで余計な憶測を呼びそうで言わないでおく事にした。


「まあ、貴方の様な方が政治を?!」


「信じられませんわ」


「ですので、早々にも国に帰って仕上げたい案件も山ほどあります。早く皆様方の中からお后様が選ばれる事を切に願います」


 イリアはこの事を自分の意志としてはっきり伝える事によって、自分は皇帝対して何の目論見も無い。さっさと帰りたいのだと知らしめた。それはこの場にいる姫君や宰相のラドルフ。そしてこの馬鹿げた宴を遠く別室で見守っているであろう皇帝に対して。


 言い切ってからイリアは残っていたワインを全て飲み干す。メインディッシュもデザートも終わり、紅茶での話しに移っていた。そろそろ頃合だろう。


「ラドルフ殿、そろそろ退席して構いませんでしょうか? 今日此方に着いたばかりで疲れも抜け気っていないので…」


 ラドルフに隙を見て声を掛けると彼はにこりと笑みを浮かべて優雅に頷く。


「ええ。時間も程よい所でしょう。皆様方は随分と会話も弾んでいらっしゃった様です。離宮内での交流も是非お持ち下さいませ。それでは今宵の晩餐会は終了致しましょう。まだお話になられる方がおりましたらこのお部屋をお使い下さい」


 ラドルフが立ったのを見て、イリアもリンディとエクレアの二人に視線で合図をすると立ち上がる。


「まだ旅の疲れが残っています。申し訳ありませんが、私は早々に退席させて頂きます。他の皆様方はごゆるりと。それでは…」


 そうして二人の侍女を引き連れて、息詰まる会場から抜け出す事に成功した。



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