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その言葉を聞き、クノーラの顔はこの世の物を見たとは思えない程の悲惨な顔をしていた…が、取り敢えずそれらのやり取りはこっそりと行われていたので、イリアは見なかった事にした。
そして見事に黒いオーラを隠しきり、にこやかな笑顔でイリア達に向き直った。
「ようこそお越し下さいました。シュッセル国第三姫、イリア・シュッセル様。私はこの国の摂政を務めさせて頂いております、ラドルフ・ロックウェルと申します。遠路はるばるお越し下さって感謝致します」
「よろしくお願い致します。ロックウェル殿」
「ラドルフで結構ですよ。長旅でしたでしょう。部屋の用意はさせて頂いております。早速ご案内致します」
「有り難う御座います」
「さ、此方です」
促されてイリア達はラドルフの後に付いて行く。クノーラも冷や汗を流しながらイリア達の前を行く。
しかし、摂政自らが案内をしてくれるとは破格の扱いだ。その事に訝しく思いながらもイリアは部屋に案内される途中に失礼と分かっていながら問う。
「失礼ながら皇帝陛下の妃選定は何時なのですか? 私達はギリギリに来たので既に始まっていると思いますので」
イリアの問いに気を悪くした風も無くラドルフは答える。
「いえ、招待国揃ってからと言う事でしたので。貴方様方が来られたのでこれから約一ヶ月後位と申しましょうか。その間に我が国の皇帝陛下ともお会いになられる事でしょう」
「成る程。早くお決まりになられると良いですね」
そのイリアの言葉にラドルフは笑う。
「イリア姫殿は御自分が妃となられるとは思っていらっしゃらないのですか?」
「…実を申せば何故私なんかにこの話が来たのか疑問を持っているのです。何せ家には傾国の美女と世間に騒がれている姉が二人もおりますし、私はそこまで存在を知られているとも思っていません。ですので、私以外の誰かが候補として高いでしょう。私には身に余る程の事です。ですから早くお決まりになられば良いと…そう思ったのです」
正直な感想を言ってのけるイリア。そんな言葉に微かに目を見張ったラドルフであったが、その表情は徐々に笑いを堪えきれないと言う様子になっていた。
「く…っくく…っ。し、失礼。その様な感想を聞かされたのは初めてでして…。それでは貴方様は皇帝の妃に付随するものにも全く興味は無いと仰られるのですか?」
ラドルフの問いはクノーラも思っていた事なのだろう。クノーラも些か驚いた様子で、しかし興味深そうにイリアの言葉を待っていた。
「龍族の恩恵による長命でしたら、興味が無いと言えば嘘になります。ですが私には必要性をそれ程感じてはいません。確かに寿命が長ければその分国民の為に何かを成せる時間が増える…私にはその程度の認識です」
そのイリアの言葉にラドルフとクノーラは驚きの表情を作る。
彼等にして見ればこう言った感想を聞くのは初めてだったのだろう。今までどんな事を言われて来たか知らないが、それ程までにイリアの言葉は衝撃的だと言える。
「…成る程…。イリア姫殿には国民の幸せより他は必要ないと仰るのですね」
「ええ」
そうして話している内に離宮でイリア達に与えられた部屋に案内された。
「到着致しました。此処がイリア様達がお好きに使って頂けるお部屋です」
「わざわざの案内痛み入ります」
「何か御座いましたら城の者にでもお言いつけ下さい。それと今晩ですが貴方様が此処に到着した妃候補の最後のお方。その貴方様が到着なさったと言う事も兼ねて候補者が一同に返して晩餐会となります。その事をご了承下さい」
「分かりました。此処までお手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
「いえ、貴方様の様な方とお話し出来てとても有意義でした。晩餐の際には迎えの者を寄越しますのでそれまではおくつろぎ下さい」
そう言ってラドルフは幾人かの側近達と共に戻って行った。
それを見送り、三人は案内された部屋へと入る。
するとそこには小国に過ぎない自分達には勿体ない程の広い部屋が与えられていた。部屋は見渡す限りで全部で五部屋。中心となる応接室に簡易式厨房もここから様子が伺える。そして自分が寝泊まりするであろう部屋とリンディとエクレア専用の部屋まで完備されている。おまけに窓の外にはテラスがあり、そこで景色を眺めながらお茶を楽しむ事も出来る様だ。
その室内にリンディとエクレアは素直に感想を述べていた。
「うっわ~。流石帝国ね~」
「すごーい。此処に厨房があるからお料理も作れるね」
「まさか、これ程の扱いとは…」
流石のイリアもため息を吐くしかない。
「兎に角休憩にしましょう。見た所お茶に必要な物は既に揃っている様だし」
「あ、じゃあ私も準備するね。イリアちゃんは座っていてね」
「お風呂の準備をして来ましょう。一応一国の姫君ですものね」
「汚れ落とさなきゃね」
「ああ…」
そうして侍女の二人は忙しなく準備を始める。
その間イリアは室内を見回す。そして微かに視線の様な物を感じてそちらに顔を向ける。そして不自然な気の固まりを見付けた。
(これは…遠視の術……。成る程、こうして各国の様子を伺っている訳か)
遠視の術とは文字通り遠くの様子を視る術だ。
良く、偵察をする時に使われる、が高度な魔法技術を持つ者に取ってはそれはすぐに敏感に感じ取れる物であまり役に立っているとも言えない物だ。しかし、イリアが感じ取った遠視の術はその精度を更に極めた物。熟練の魔術師と言えど見付けるのはっかなり難しい術式になっていた。
(流石は帝都王城…。此処まで精度を上げた遠視の術を感じ取ったのは初めてだ)
イリアは取り敢えずソファに座る。
すると茶の用意が出来たのかエクレアがお盆に茶式セットを持ってやって来る。リンディは室内に設置された浴室の準備をしているのだろう。
エクレアは次々とイリアの目の前にお茶を用意して行く。と、エクレアは何かに気が付いた様にこっそりと小声でイリアに問いかける。
「ねぇ…イリアちゃん」
その視線は先程イリアが感じ取った遠視の術が施されている場所だった。
「見張られている。かなり精度の高い物だ…。だが、気にする事の程でも無いだろう? 寝室とか浴室には施されていない様だ」
「そうね。寝室も浴室も大丈夫だったわよ?」
いつの間にかリンディも戻って来た。
「そう。ならこの部屋だけなんだね。視られても別に平気だけどね」
「まあ、やましい事をするつもりは無いしね。あ、イリアもう少しで浴室の準備が整うから一息吐いたら先に湯浴みして来てね。その間エクレアと一緒に荷物の整理とかしちゃうから」
「ああ、分かった」
精度の高い遠視の術でもリンディとエクレアにも通用しない。彼女達はこう言った方面で特に訓練を積んでいるのだ。それはイリアも同様だったが。
本当に様子を視ているだけの様なのでイリアはその見張られている事も気にする事無く何時も通りに過ごす事に決めると、イリアは紅茶に口を付けた。




