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「いや~、城に帰って来てちょっとした事で嬢ちゃんの名前が出たんだよ。そん時はまさかな~って思ったんだけど、その通りだったなんてなぁ…」
しみじみと城に向かう途中でクノーラが言う。彼の表情は怒って等いなく苦笑していた。
「それは…申し訳ありません。騙すような形になってしまったみたいで」
「あ~良いって。身分隠して旅して来たって事は何かあったんだろ? 詮索はしないさ」
まさか后選定の催し物に参加する気が進まなかったから気ままに観光気分で来る期間を遅らせていたとは流石に言えない。ので三人は苦笑するに止めた。
「っと。そういや、嬢ちゃんは姫さんだったな。こんな言葉遣いじゃ不味いか」
「いえ、構いません。それ位に言葉が砕けていてくれた方が此方としても有り難いです。何せ私も堅苦しい事は苦手ですので」
「そっか。んじゃあ姫さんって呼ばせて貰うぜ。…所で姫さんは髪と目の色は水色じゃ無かったっけか? 確かそう聞いていたんだが…」
クノーラの言葉にああとイリアは答える。
「変化の魔法を掛けているので。私の持つ色は派手で目に付く。何より水色は我が国にしか存在しない色ですからね。一発で正体がばれるし身分を偽るにはこうするしか無いので…。本当はこの変化の魔法を解いてから城の方に行こうとしていたのですが」
「そこにタイミング良く、あの窃盗騒ぎに俺の登場が重なっちまったって訳か」
「はい」
「いや、まあ帝都に来てまで面倒事に巻き込んで本当に申し訳ねぇな」
「それこそ、先程も言いましたがお気遣い無用です」
「そう言ってくれて本当に有り難い」
軽く話している間にどんどん王城が近くに見えてくる。リンディとエクレアの二人はイリアの後ろに馬を連れて控えめに付いて来て、その周りをクノーラの部下達が周囲に視線を送りつつ、しかしイリアとクノーラの道を確保する様に警護にあたっていた。
彼等もまさか他国の姫がこうして庶民に混じっているとは思いもよらなかっただろう。身分を明かした時の彼等の表情は気楽な表情から一転して何処か青ざめた表情にもなっていた。
その時の表情は端から見ていて面白い変化だったが、その原因が自分にあるだけにイリアはその事に触れずにいる。
そうこうしている内に緩やかな坂が目の前に広がり、それは王城の入り口へと繋がっている。流石は世界最大帝国の王城。シュッセルとは比べ物にはならない程に巨大で豪奢な作りの城だ。
坂道には行き交う人々で溢れかえっている。王城の一角を一般人にも開放していると聞いていたからそこを利用している人々だったり、献上品を届ける人だったり様々なのだろう。
そうしてイリア達もクノーラと共にその坂を登っていく。
他国の姫ならば沢山のお供を引き連れ、自分は馬車の中に乗り込んで行った事だろう事は想像に付く。それはかなり人目を引くだろうし、目立つ。そしてそれはさぞかし通行人の邪魔になった事だろう。
仕事で来ている人間も沢山足を運ぶのだ。
そう言った他国の偉い者達が通る度に足止めさせられていてはたまったものではないだろう。一般の者達にとっては関係ない事なのだから。
それに対してイリアはお供と自らを含めて三名にそれぞれの馬達。そして帝都内で会ったクノーラ達と少人数なのでたいして邪魔にもならない。
尤も帝国騎士団の筆頭たるクノーラと制服に身を包んだ騎士達と共に居るからちらちらと視線は送られていたが、この際気にしない事にする。大群引き連れてやって来るよりは余程良い。
そして城門まで辿り着くとクノーラが振り向く。
「ようこそ、帝国ボルスティア王城へ」
それは歓迎の言葉だった。
「…お世話になります」
取り敢えず乗って来た愛馬達はクノーラの部下に任せ、イリア達は一般人が入り込めない場所まで案内される。そこには兵士が居て、クノーラの姿を認めると敬礼を返す。
「シュッセル国第三姫、イリア・シュッセル殿がお着きになられた。確認を」
「はっ! 招待状を拝見させて頂きます」
いくらこの国の騎士団最高頭であるクノーラと一緒にいるからと言って身分確認されない訳が無い。それは心得て居たのでイリアは頷くとリンディに視線を送る。リンディは持っていた招待状とそしてボルスティアから共に送られて来たボルスティアの紋章が入った半分に割られた欠片をイリアに差し出す。
イリアが手に取ると招待状は青い淡い光を放つ。それはイリア本人が来たと言う紛れもない証。更には半分に割られた欠片。
既にクノーラの部下によって報告を受けていたのだろう。
兵士は慌てる事無く、招待状をイリアの手から受け取り確認をし、持っていた片割れの欠片を取り出し、くっつける。それらは見事に一致した。
「確認致しました。どうぞお通り下さいませ」
その言葉を受けて、頷く。
クノーラを先頭にして中に入ると、それまで居た場所とはまた雰囲気が一転して更に豪奢な内装になっている。だが、悪趣味では無い。品良くデザインされ、白で統一されたそこに赤い絨毯はとても映えていた。
クノーラを先頭にしてイリアはその後に付いていく。と、突然クノーラの足取りが止まる。その先を見ると柔和な印象で、眼鏡を掛けた知的な男性が立っていた。
「ラドルフ」
「クノーラ騎士団長ご苦労様でした」
ラドルフとクノーラに呼ばれた男性はイリアの記憶が正しければラドルフ・ロックウェルと呼ばれたこの国の若き摂政の名だ。若い。二十六歳と聞いていたが、その年齢よりもまだ若く見える。
穏やかな笑みを浮かべた知的で若い、しかも美形の男、更には地位はこの上なく高い。さぞかし女性に持てる事だろうなと暢気に考えていた…が、目にチラリと入ったクノーラの顔色が可笑しい。
何故か冷や汗を大量に流している。
それを見てからラドルフに視線をやった。
「………………」
その柔和な笑みが何故かとてつもなく黒く見える。一般人には決して悟らせぬ様な完璧な笑みだが、それが逆に嘘くさい。伊達にイリアも国の古狸達と渡り合って来たのでは無い。
あれは相当怒りを隠した笑みだ。黒い雰囲気がだだ漏れだ。
それをクノーラも感じ取っているのだろう。だから冷や汗を流していのだ。
「…事務整理を放り投げ何処に消えたかと思えば…貴方自ら他国のお客様をお迎えするとは感心しました。… 取り敢えずその話は後でゆっくりと致しましょうね、クノーラ騎士団長」
後でゆっくりの部分が強調されていた。




