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何故彼の様に立場が上の人物が此処にいるのか。それに驚きを隠せないでいた。自分も人の事は言えないが、彼ほど重要な位置に居る訳でもないし、第一狭い小国と帝国では規模も違う。
何時の間にか側に寄って来ていたリンディとエクレアもこの偶然に驚きに目を見開いていた。まさか王城で会うかも知れないとは予想していたが城下でしかもこんなに人が多い所で再会するとは思っても見なかった。
「いや~こんな人込みなかで再会するなんてな~」
驚きから先に復活したのはクノーラの方だった。
「クノーラ殿、何故此処にいらっやるんですか?」
「そうですよ~。本来なら此処にいない筈の方なんじゃ?」
リンディとエクレアが疑問を口にすると、ああと苦笑しながらクノーラが言う。
「俺、腰が軽い方なんだよね。書類整理ばっかりだともう、肩凝って、凝って」
つまりは政務の方に飽きて、城下の方で騎士団総団長自らこの役を買って出たらしい。確かに見るからに書類整理なんかは苦手そうな雰囲気はあるが、まかさその通りだとは。
「んで? 窃盗犯ってのは、此処で伸びている男で良い訳?」
その言葉にイリア達が口を開く前に周りの者達が口々に言い出す。
「そうですよ、クノーラ総団長!」
「そこの女の子が伸しちゃったんですよ!」
「凄かったです!」
「目にも止まらぬ速さとはああ言う事を言うんですね」
と、言うものだから彼は事態を把握して、頷く。
驚いた。既に市民にまでその正体を知られているとは思っても見なかった。クノーラは軽い感じでその市民達に答えていると、漸くクノーラの部下らしき者達がやって来る。
「団長~、一人で先に行かないで下さいよ~」
「そうですよ」
「あ! 団長何仕事サボって女の子ナンパしてるんですか!」
「ずるいっすよ」
団長が団長なら部下も部下。
その部下達も何名かは見覚えがあった。何時ぞやの盗賊団退治にいた者達だ。
上司を上司とも思わない部下達の口振りにその態度。裏を返せばクノーラがどれだけ部下に慕われているかが良く分かる一幕ではある…あるが、何とも型破りだった。イリア達の想像以上だ。
「馬鹿かおめーら。これの何処がサボってナンパしてる様に見えるんだよ。ちゃんと仕事してるぜ。因みにそこで伸びてる男が窃盗犯でそいつ伸したのはこの嬢ちゃんだよ」
クノーラがそう返すと、流石騎士団と言うべきか。驚きながらもサッと行動に移し、男の手を後ろ手に縛り上げ、危険物を押収。そして窃盗物の確認を行う。
「この荷は誰のですか?」
「あ、あたしのです!」
息を切らせて、一人の女性市民が人込みを掻き分けて名乗り出る。
「中身は何ですか?」
「えっと…」
そんなやり取りを見ていると流石だ。
クノーラの部下の一人はそれの確認を終え、荷物の中身と女性が言っている事に間違いが無いかを確認するとそれを渡す。すると女性は何度も騎士団員に向かって頭を下げている。
「お礼はあちらの方に。窃盗犯を捕らえたのはあの方ですので」
しかし、団員はそう言ってイリアの方を示す。その示されたイリアを見て女性は驚きに目を見開いたものの、先程から周りでイリアのした事に騒ぎ立てている見物人の声が聞こえたのだろう。イリアの方までやってくると頭を下げる。
「あの、窃盗犯捕まえて下さって有難う御座います。この荷が無いと家に帰れなくなる所でした」
「いえ、大事に至らず良かったです。今度からは気を付けて下さい」
「はい。本当に有難う御座いました」
よほど大切な物が入っていたのだろう。何度も何度もイリアに対して感謝の意を述べ、頭を下げる。程なくして団員が促すと、最後に深く頭を下げると、その場を離れた。
「誰か、その女性に付いて行ってやんな」
「はい」
たかが一般市民の女性で、窃盗未遂にあっただけで騎士団に送らせるクノーラ。部下も嫌な顔一つせず、それ所かにこやかに女性のを送って行った。その光景はやはり目を見張るモノがあるが、とても素晴らしい。
上に立つ者達がこうして進んでそうする事は評判に繋がる。そしてその評判はそのまま皇帝の評価へと繋がるのだ。
(我が国の騎士団も帝国を見習うべきだ)
残念ながら此処まで徹底してはいない自国の騎士団を思い出し、イリアはため息を吐きたくなる。しかし、人前である為、それも出来ない。だが、今回は良い刺激になった。国に帰った後、早速騎士団の根底から見直すべき問題点が見付かったのは有難い。
全ては帰ってから。そう言い聞かせると、イリアはクノーラに向き合う。
「なーんか、この帝国では厄介事に巻き込まれてるな、嬢ちゃん達。…もっとも最初の盗賊団退治にはこっちから巻き込んじまった様なもんだけど…」
「気にしないで頂きたい。こう言う事態には慣れているんで」
「そー言って貰えると助かるぜ。んで? 嬢ちゃん達は帝国まで足伸ばしてくれた訳なんだ?」
その問いにイリアは苦笑する。
「はい。元々最大の用事はこの帝国にあったので」
「あり? そうなの? だったらあん時言ってくれれば帝国まで送ってやったのに」
「いえ、セルテルにも用事があったので、あそこで良かったんです」
「そうなんか? それにしても帝国に用事って? 場所は何処なんだ? 送っててやるぞ?」
その言葉にイリアはリンディとエクレアに視線を送る。
本来なら断るべきだが、彼が勤めている先が今回のイリア達最大の目的場所。風呂に入って身なりを整え、そして瞳と目の色の変化魔法を解いてから行こうと思っていたのだ。
それがこうして帝国王城への最速道が出来てしまった。
イリアは暫し考え、後ろの二人に視線を送るとため息を相手に気付かれぬ程小さな物を吐く。色々とすっ飛ばすが仕方が無い。失礼云々の前にこのまま王城に向かった方が手っ取り早そうだ。
「それでは…王城までお願い致します」
「へ…?」
クノーラの口から間抜けな言葉が漏れるがそれは聞かなかった事にする。
リンディに視線をやるとリンディは懐からサッとクノーラに見える様に白い封筒を見せる。それが何なのかクノーラはすぐに分かった様だ。すぐに視線はイリアへと向けられる。
「シュッセル国第三姫、イリア・シュッセルです。クノーラ殿、どうぞお見知りおきを」
そうして深々と三人揃って礼を取った。




