育成期間0年0ヵ月2週間
・・・はぁ
息苦しさのあまり目を覚ます。
ここ最近、満足に眠れていない。
・・・4年間だ。
俺は、ここで4年間過ごしてきた。
その間、あらゆる苦痛に耐え忍んできた。
辛い時期もあったが、それが原因で
体に不調をきたしたことなど、一度もない。
こんな事は初めてだ。
重い瞼を閉じ、二度寝しようかとも思ったが、時間が惜しい。
だるい体を無理やり動かし、ベッドから起き上がる。
部屋にはベッドの他に、小さな机と輝水晶で作られたランプ、
そして私物を保管しておく収納ケースのみ。
質素なものだ。
同じ農民の候補生でも、他はもう少し飾り気のある部屋に
住んでいるというのに。
目を擦りつつ、マジックアイテムの一種である収納ボックスから
水瓶と洗面器、それにタオルと衣服を取り出していく。
収納ボックスは一度中へ入れてしまうと、内部では時間が経過しない
のか、収納した時の状態がキープされる。
つまり温かいものは、温かいまま。逆も然り。
水瓶に汲んでいた冷たい水で顔を洗う。
淀んでいた頭の中が、徐々に覚醒していく。
身支度を終えたところで部屋の隅で寝ているコッコを
抱き抱え、朝食を食べるために食堂へと歩き始める。
今日は、精霊8曜日でいうところの休日だ。
候補生の多くは、この日だけは従魔士候補生としての本分を忘れ、
町へ繰り出し束の間の休息を楽しむ。
・・・だが、俺にそんな暇など、無い。
周りが遊び呆けている間に少しでも差を縮めなければならない。
圧倒的に離れた、差をだ。
故に、俺は今日も鍛える。勝つために。
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食堂へ入ると、やはりというべきか。
俺以外には数人ほどしか客はいなかった。
豆のスープを一杯。こいつには煎った豆を小皿に一掴み。
入口近くのカウンターで手早く注文を済ませ、朝食を受け取る。
盆に乗った朝食を受け取る際に、抱えていたコッコを落としてしまったが、
それでもこいつは目を覚まさない。
まだ、寝息を立てて熟睡している。
・・・コッコは「睡眠」に対する異常耐性が低いのだろうか?
テーブルに肘を付き頭を抱える。
また、頭が痛くなってきた。
ただでさえ、基礎能力値が壊滅的であるのに加え、
コッコは異常耐性まで抜け落ちている。などとは、考えたくない。
・・・考えないようにしよう。
今、考え始めたら、きっと日が暮れてしまう。
意欲と共に、食欲まで無くなってきたが、無理やり腹に詰め込む。
食事は日々の活力に繋がる。
訓練の途中で俺がばててしまうわけにはいかない。
ふと、視線を魔獣へと向ける。
コッコは、眠たそうににコツコツと豆を啄んでいる。
寝ぼけているのか、豆を捉えることができずに小皿をつついているだけだが・・・。
・・・・・・・
何故か。何故か分からないが。
その姿が無性に、腹立たしく感じる。
俺は無意識の内にコッコの脳天目掛け、拳骨を食らわせていた。
警戒など、一切していなかったのだろう。
見事にクリーンヒットした俺の拳は、コッコをテーブルに沈み込ませる。
コッコがテーブルにぶつかった衝撃で、豆の入った小皿が宙を舞い。石畳の床に落ちる。
木製特有の音が響き渡り、周囲の注意を惹く。
室内にいた数人の視線を感じる。
・・・その視線に耐えきれず、俺は気絶したコッコを抱えその場を立ち去った。
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結局、今日は訓練らしい訓練を行うことはできなかった。
俺が伸してしまったコッコは、夕方近くまで目を覚まさなかった。
意識を瞬時に回復させる瞬起薬は手元にあったが、それを使う気には
なれなかった。
・・・コッコは「気絶」に対する異常耐性も軒並み低いという事実を確認できた。
いや、異常耐性自体現状では、戦闘に耐えうるものじゃないのかもしれない。
うん、早い段階で気づくことができて良かったじゃないか。
そう、悪い部分は徐々に改善していけばいいさ。
徐々に、改善・・・すれば
・・・・・・
何言ってるんだよ・・・俺は。
部屋で、頭に立派なたんこぶのできたコッコを前にブツブツと独り言を言うなんて。
自分で言うのもなんだが、気持ち悪い。
・・・・最近の俺は、変だ。
でも、何がおかしいのか。それが分からない。
何がおかしいのか、見つけられない。
自分自身の事でも、自分では見つけられないというのはよくあることだ。
なら、どう見つければいいのか?
簡単だ。他人に見てもらえばいい。
他者の視点なら、俺が見えていないことも見えてくる。
ただ、これには1つ問題がある。
それは。
この学校には。
俺を見てくれる他人など、いないということだ。