育成期間0年0ヵ月1週間
ヴィングル従魔士育成学校の一画に設置された魔獣育成所。
俺こと、ロイ・マニカルは魔獣コッコを引き連れ、目的の場所へと向かっていた。
コッコとの出会いから一週間。
訓練すればするほどコッコという魔物の弱小性が身に染みて分かってしまう。
正直なところ、今すぐ他の魔獣とチェンジしてもらいたいくらいだ。
はあ・・・
俺は最近多くなった今日何度目か分からないため息をつく。
一方、ため息の原因である魔獣コッコは小さな足を忙しなく動かし、
必死に俺を追いかけている。
別に俺は走っているわけではない。
早歩きしているわけでもない。
普通に歩いているだけだ。
普通に、だ。
これだけでコッコの俊敏性がどの程度か見て取れる。
従魔士のスキルレベルが1の俺では、
まだ魔獣のステータスを表示させることは叶わない。
だが、そんなものが無くとも、コッコという魔物の能力値が
壊滅的であることだけははっきりと分かる。
きっと底辺擦れ擦れのステータスなのだろう。
俺は、こんな奴で1年以内に最低でもEランクの
トーナメントを優勝しなければならない。
・・・考えるのは止そう。
俺は、今をやり遂げていけばいい。
目先の事を片付けられないのなら、
先の事など、できるはずがない。
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育成所へ到着した俺は、さっそくコッコを鍛えるべく
適当な場所を探すことにした。
育成所は、周りを塀で囲われた200m四方の敷地内に
様々なトレーニング器具が設置されており、候補生達が魔獣の訓練を
効率良く行える環境が整っている。
教官の話によると、近隣では最も設備の充実した場所、らしい。
まあ、今の俺には関係のない話なので気にしてはいない。
理由は2つ。
1つは、俺の魔獣がそんな御大層なトレーニング器具などを使った
訓練など、今は到底できないということ。
そして、もう1つの理由は・・・
『ハハハッ!おい、見ろよ!優等生気取りがきたぞ!』
『優等生さんよ!今日もその自慢の魔獣を僕達に見せつけに来たのかな?』
『おやめなさいよ。あんな農民と関わると芋臭さが移っちゃうわよ?』
・・・・・・ちっ
俺は舌打ちしながら敷地内の隅へと足を運ぶ。
後ろからは、耳障りな笑い声。
本人たちは上品に笑っていると思い込んでいるようだが、
とてもそうは聞こえない。
豚の鳴き声の方が、まだ品性を感じられるくらいだ。
性根の腐った集団。
一般世間でいう「貴族」呼ばれる者達。
親の財力とコネを頼り、ここまで上ってきた軟弱者共。
そして、人一倍プライドだけが肥え太った彼らは、
農民である俺がこの4年間、常に上位の成績者であったことが
気に食わない。
だから、俺を排除しようとする。
俺を、自分達の目の届かない場所へ。
自分達が優越感に浸るために。
・・・・・・・
馬鹿馬鹿しい。
お前達は、その場でふんぞり返っていられるために、
一体どれほどの事柄を積み重ねてきたと言えるのか。
俺は、積み重ねてきたぞ。
お前達がやってこなかった事を、
お前達がこの先も経験しないであろうことを、
俺はッ! 積み重ねてきた!!
・・・くそ
顔を怒りで歪ませながら、俺は歩き続ける。
以前は、この怒りを拳に込め、連中の顔面に叩きつけてきた。
だが、今はもう・・・・言い返すことすらしない。できない。
「個」では、「群」に勝てない。
それを、俺は知ってしまった。
・・・情けない。
俺の心の中で、俺自身が呟く。
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俺は育成所の隅へ向かって歩く。
雑草が伸び、手入れも十分に行き届いていない。
こんな劣悪な場所が、今の俺に使えるスペース。
俺の足元には、コッコが一羽。
俺の、夢を乗せた、か弱き魔獣が一羽。
敷地内を見渡す。
自身の体をより強靭なものへと作り変えるために訓練する魔獣。
己が内に秘めた能力を引き出すべく訓練する魔獣。
すでに仮想敵相手に戦闘訓練している魔獣もいる。
全ての魔獣が活力に溢れていた。
ここからでも、それが分かる。
あの魔獣達なら、いずれトーナメントにも優勝できるだろう。
それだけの力が、すでにあの魔獣達には備わっているように見えた。
例え、自身の従魔士がどんな奴であろうと。
あの魔獣達は、己の力のみで勝つことができるだろう。
だが、俺の魔獣は、違う。
俺の魔獣は、何も備わっていない。何も持っていない。何も、無い。
今から取り返せるものなのか?
俺の魔獣は、コッコは、あの魔獣達に追いつくことができるのか?
俺は、この魔獣で試験を・・・
無理だ。
優秀で在り続けた故に。俺の知りうる知識がそう告げる。
しかし。
諦めるわけにはいかない。
諦めてはいけない。
俺は、夢を掴む。
掴まなければならない。
あんな有象無象の雑音に心を乱されている暇などない。
他の魔獣の事など知ったことか。
早く、俺の魔獣も訓練を始めなければ。
俺に与えられたスタートラインは。
奴らのよりも遥かに、致命的な程、かけ離れているのだから。
・・・・だが。
今日は、何故か。気が滅入っている。
今日の訓練は・・・身に入りそうに、ないな。
その呟いた俺は、しばらく俯いたまま、その場を、動くことができなかった。