育成期間0年0ヵ月0週間
何だこれは・・・?
眼前の光景に理解が追い付かない。
いや、理解したくないと言った方が正しいか。
部屋中に響き渡る笑い声。俺への侮蔑を含んだ笑い声。
とても耳障りだ。不愉快だ。
・・・だが今は、周りの反応など、どうでもいい。
重要な事は、今、目の前に映る光景。
俺、ロイ・マニカルが従魔士として、初めて手にした魔獣が。
生涯を共に生き、苦難を分かち合い、
どちらかが命尽きるまで強い絆によって結ばれる魔獣が。
ゴブリンにも劣る史上最弱の魔物だった。
それだけだ。
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『・・・これにて、従魔士候補生への魔獣譲渡を終了する。』
最後の候補生へ魔獣が渡されると、
白髪交じりの教官は少々疲れ気味に言い放つ。
時間も経ち、幾分かショックから立ち直ることのできた俺は
周りを見渡してみる。
どうやら大部分は獣系や蟲系の魔獣が占め、他にも不死系や機系、
中には竜系の魔獣を引き当てた幸運な者もいるようだ。
魔獣。
それは世界中に蔓延る魔物に対抗すべく創り出された模倣品。
無限の可能性をその身に秘めた紛い物。
夢幻の卵を呼ばれる磨き上げられた大理石を彷彿させる独特の
光沢を放つ物質を媒体とし、世界の理に干渉することで現世に
留まる魔物の魂を着霊させることで生み出される人口生命体。
・・・着霊させる魔物の魂は選ぶことができない。運を天に任せる他ない。
俺はどうやら天から見放されてしまったようだ。
俺が手にした魔獣。
俺の足元に佇む純白の物体。
柔らかそうな羽毛に包まれ、ボールのように丸いフォルム、
そしてその白い外見の中で一際存在感を放つ赤い鶏冠と黄色い嘴。
見ているだけで頭が痛くなる。
どう見てもニワトリにしか見えないその魔獣は、「一応」魔物として
認定されている鳥系モンスター
「コッコ」である。
人間に害する存在。
これが魔物が魔物たる所以だ。少なくとも俺はそう考えている。
一般的に雑魚として扱われている獣系モンスター「ゴブリン」ですら
時に国を揺るがすような大事件を引き起こす。
だが、コッコは違う。魔物でありながら、人間はおろか、
小動物すら殺すことのできない非力さ、
他の魔物には無い従順さも相まって家畜として飼育されている個体もいる。
コッコが何故魔物として登録されているのか、
疑問の声も上がっているくらいだ。
そんな最弱の魔物を模した魔獣が俺のパートナー。
いや、ただパートナーが弱い魔獣であったというだけなら、
こんな苦悩は無かっただろう。
何も従魔士が従えることのできる魔獣は一体だけではない。
次の魔獣に期待して、こいつはマスコット的なポジションに据えるおく。
そんなことも、できるのだろう。
しかし、今の俺は従魔士候補生で、この先待ち受けている
ヴィングル従魔士養成学校卒業試験がそれを許してはくれない。
『これより、従魔士候補生は魔獣を育成を開始せよ。
最長1年以内にEランク以上の魔獣トーナメントの優勝をもって
本校の卒業試験を合格とする。』
教官はそう言い残し部屋を後にしていった。
・・・分かっていた。事前に通知されていたことだ。
俺なら、卒業試験は突破できるだろうと、そう思っていた。
例え、何度も負けたとしても、最後には勝つことができると。
甘かった。1時間前の自分を殴り飛ばしたい気分だ。
今、俺が従えている魔獣が、
俺の慢心を鏡のように映し出し、俺に見せつける。
少し間を置き、教官に続くように、
候補生達も次々と部屋を立ち去っていく。
去り際には、俺へ心無い声援を送る者や、
俺を指差しながら笑い飛ばしていく者。
誰も、俺を気遣うものなど、その場にはいなかった。
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いつの間にか部屋には俺と、頼りなき魔獣コッコだけになっていた。
日は傾き、窓からは赤みがかった日差しが室内に差し込む。
俺は自身の拳をあらん限りの力で握りしめていた。
視界が霞む。
この卒業試験を受けるチャンスは一度きり。不合格になれば
従魔士としての道は閉ざされてしまう。
従魔士としてのスキルを持っていようと、資格が無ければ、
従魔士として職に就くことはできない。
従魔士のスキルは意味の成さないものとなる。
俺の、4年間は無為なものと化してしまう。
いつの間にか俺は笑っていた。
声が枯れるほど、声高らかに、
気でも狂ったかのように、いつまでも。
部屋中に俺の声が響き渡る。
・・・日は地平線に沈み、室内は暗闇に包まれた頃、
俺はやっと笑い終えた。
笑い終わった後は、自分の中の何かが吹っ切れたように感じた。
ふと、足元のコッコを見つめる。
そして、つぶやく。
いいさ、やってやる。
0から始まろうと終着点は同じ。
それなら俺は、この史上最弱の魔獣に、賭けてみるさ。