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第二幕

 どうぞご覧くださいませ。我らは異国の風を運ぶ旅団。

  道化の奇術に、怪力自慢の大男。スリルがお好みでしたなら、目隠しナイフで的投げを。

   猛獣使いの子供に空飛ぶ美男美女!

    締めは我が旅団の花! 可憐な踊り子の舞。

     さあさご覧くださいませ! 我らは異国の旅芸人。  ──【暁の王 第二幕】


 少女は自らをリトルロゼと名乗った。

「そうじゃなくてね、君の名前……」

「リトルロゼだもん」

「いや、だからさぁ。はー」

 恰幅の良い吸血鬼の青年が頭を抱えている。その様子は、傍から見れば滑稽でなかなか面白い。

 演技練習中は劇団の用心棒である彼がリトルロゼの面倒を見ている。そうでもしないと、彼女は『王子様』にくっ付いて離れないのだ。

 台詞合わせの最中に乱入されては、皆も集中出来ない。だがら、ホールの外に二人で丸まっている。団長の命令だから、青年は渋々従ったのだ。

 吸血鬼になる以前から、彼は子供が苦手だ。強面の彼が一瞥すれば、子供は泣くわ喚くわで面倒なことにしかならない。

 しかし、リトルロゼは最初怯えた表情を浮かべこそしたものの、後は何かにつけ青年に話しかけていた。リトルロゼ曰く青年は「近所のスティーブおじさんに似ている」ということらしい。

 懐かれたら懐かれたで、青年は困ってしまった。

 話し相手になれと言われても、舌足らずな少女の言葉は上手く聞き取れない。内容が分かっても、会話が成立しない。困惑の表情を浮かべていても、リトルロゼは気にせず次から次へと話しかけてくる。

「ねぇーおじしゃん、ねぇってばぁ」

 太い腕を引っ張る少女を邪険にも出来ず、青年は困り果てていた。

 すると扉が乱暴に開かれた。鼻息荒く出てきたのは、ジェラルドであった。

 ホールでは、彼の名を呼ぶ団長の声が響く。それを遮るようにジェラルドが扉を叩きつけた。

 その状況だけで青年は何が起こったか瞬時に理解出来た。立ち去ろうとするジェラルドの前に、リトルロゼを抱えて立ちはだかる。

「何だ、貴様」

 真紅の目は狐のように釣りあがっていた。今なら視線だけで彼は人を刺せそうだ。

「休憩にいかれるなら、この子連れてってください」

 そう言いながら彼の顔面にリトルロゼを突き出す。たちまち青年を見上げるジェラルドの表情に熱が解けてゆく。眉をひそめる彼に青年はそのままリトルロゼを押し付けた。

「な……」

「退屈してるみたいなんで! いいよな、リトルロゼ」

「えーリトルロゼ、モンドしゃまのが」

「それじゃ、気をつけて!」

 ジェラルドの怒りを呼び起こさないように、子供の声をわざと遮った。勢いついでに青年はジェラルドの背中を押し出す。

「お、おい! 待て、俺は了解した覚えは……」

「んじゃ、よろしくっす」

 聞こえないふりをして、大きく手を振る。こうなってしまえば、こっちのものだ。

 渋々歩き出す看板役者の背を見送り、青年は腹の底からため息を吐き出した。

 少々の罪悪感はあったが、それよりも強敵から開放されたという安堵感の方が勝ったのだ。


  * * *


 出て行ったとしても行く当てなどなく、ジェラルドは無人の衣裳部屋に入り込んだ。

 リトルロゼは初めて入った部屋が珍しいのか、大きな目を輝かせている。これなら放っておいても大丈夫そうだ。

 一瞥して、ジェラルドは壁にもたれ掛かる。

 額を押さえ、数分前までのことを回想する。どうしても役に入り込めない。

 丸めていた台本を広げる。皺のよった紅蓮の表紙には『暁の王』と記されている。

 ジェラルドは主演、王の役だ。

 王は美貌、知識、名声、富とこの世の望まれるもの全てを手にしている。彼の言葉一つで国は沸き、彼の眼差し一つで民はの命すら投げ打つ。望めば全てを手に入れられる。王の中の王。

 退屈で栄光な日々。白亜の宮殿に呼ばれた異国の旅一座。

 その中の踊り子に王は心を奪われる。

 煌くような顔立ちではない。情欲をそそる肢体でもない。その今、ゆるやかに開かれる薔薇のような笑顔に王は惹かれた。

 三日月の晩、王は踊り子に愛を告げる。しかし、彼女はそれを受け入れない。王の心を奪った微笑みで、踊り子は恥らうように語る。

 一座の曲芸師と愛を誓い合っていると言うのだ。曲芸師は醜くく背も低く、王よりも明らかに劣った男だった。

 曲芸師を罵る王に、踊り子は怒りを見せた。彼を悪く言わないで欲しいと。

 王は嫉妬に狂い、彼女を軟禁した。豪華な装束。拳よりも大きな宝石。贅を尽くした食事。全てを彼女に与えた。

 それでも踊り子の心は王に向かない。だが、王は諦めなかった。

 ついには王は、言われなき罪で曲芸師を処刑した。

 無罪を叫ぶ彼が最期に口にしたのは、愛する踊り子の名であった。

 嘆き悲しむ踊り子を、王は抱きしめて想いを果たす。

 王妃となった踊り子は感情を捨てた。泣きもしない、笑いもしない。ただ黙って天に祈る。

 愛する妻に笑顔を取り戻そうと王は様々な道化、流行り歌を彼女に与えた。他国に珍しい品が有ると聞けば、軍隊をしかけてそれを奪った。

 少しずつ軋んで行く王国。王を諌める者達は全て粛清させられた。

 やがて、王妃は死ぬ。最期まで彼女は王を見ようとはしなかった。しかし、王は幸福であった。死した王妃はもうあの男を思うことはない。

 王は骸に口付けを与えた。周りは喧騒と業火。民衆たちの怒りで焼かれる宮殿。その色は暁の色。

 高笑いをする王。暗転。

「馬鹿な男だ」

 ジェラルドには何故、王がここまで一人の女に入れ込んだのか理解出来なかった。王の境遇は彼と酷似している。だからこそ、だ。

 言い寄る女性なら両手でも足りないほどいた。靡かない女でも甘い言葉一つかければ、たちまち彼に身体を差し出す。もしも振られたとしても、他に女はたくさんいる。

 全てを捨てる恋なんて愚かなこと他ならない。何故、踊り子でなければならないのか。

 ──その部分が分からないのなら君に彼の役は無理だ。

 団長の言葉を思い出し、唇を噛む。役を降ろされるなど屈辱でしかならない。

 恐らく彼らは今日の出来で今後の方針を決めるだろう。無理もない。初演まで日が近くなっている。

 宣伝はすでにうってある。その上で降板となれば、ジャラルドの役者としての評判も地に落ちる。

 だが、彼が焦れば焦るほど彼と王は剥離してゆく。こんな困難に逢うのは初めてだ。それが悔しくて堪らない。

「じぇるぅー。じぇるぅー」

 小さな手がぺちぺちとジェラルドの膝を叩いた。

「じぇるぅー。リトルロゼ、つまんない」

 人が真剣に悩んでいるのに。チョコアイスにジェリービーンズをばら撒き、さらにその上にメイプルシロップをこれでもかとかけたかのような甘ったるい声がジェラルドの勘に触る。

 かといって怒鳴ろうにもまたあの時のように泣かれたら溜まったものではない。しばし思案に暮れたあと、ジェラルドは無理やりな作り笑いを浮かべる。

「ねぇ、ちょっと静かにしててくれないか。僕は今すっごく忙しいんだ」

「うん。わかった」

 リトルロゼは大きく頷く。ホッとジェラルドは安堵の息を吐く。そして、また台本に視線を戻した。

 だが。

「じぇるぅーあしょぼうよ」

 思わず脱力してしまった。分かったって言ったじゃないか。

 子供の理不尽さに嘆く。しかし、当の子供はそんなことお構いなしで衣裳部屋をちょこちょこと動き回る。壁に掛かった舞台衣装の裏に隠れて「リトルロゼはどこでしょー」とかほざいている。

 無視しても良かったが、絶え間なくかけられる「じぇるぅー」コールについにジェラルドは音を上げた。台本をそのへんの棚の上に置くと、リトルロゼの隠れる衣装目指して大股で近寄る。

「ふん、それで隠れたつもりか!」

 バッと純白の軍服を翻す。しかし、その裏には大きな姿見が壁に立てかけられているだけであった。

「じぇるぅー、こっちだよ」

 姿見越しにクスクスと笑う子供の姿を確認する。一呼吸するよりも早く、ジェラルドは彼女の前に移動した。そして、逃げ回らないよう捕らえようと腕を伸ばす。

 一瞬だけ呆気にとられた表情を浮かべた子供であったが、すぐにその身をよじって逃げ出そうとする……が。

「あ!」

 すぐそばに設置されていた小道具棚に激突した。そのまま床に転がり倒れた。それだけならまだ笑い話になる。だが、棚は今にも子供を踏み潰そうと揺らいでいる。

 考える前にジェラルドは身体が動いた。伸ばした腕で子供を抱きしめ棚に背を向ける。間を置くことなく小道具を撒き散らせながら色あせた木棚がジェラルドに圧し掛かった。

 大小様々な落下音。背中に響く打撃痛。胸の中で動く柔らかな温もり。

「じぇるぅー」

「大丈夫、だ」

 不安げな声を安心させるために微笑む。リトルロゼに泣かれる方が痛みに耐えることよりも厳しい。主に鼓膜的に。

 そっとジェラルドは他の団員たちがそうするように彼女の小さな頭を撫でた。子供特有の柔らかな癖毛。子猫の毛並みに感触が似ていた。

 リトルロゼをなだめると、ジェラルドは足に力を入れて立ち上がる。背に圧し掛かる棚は武骨な大道具係がこつこつと完成させた物だ。力を込めれば、難なく下敷きから解放される。

 再び棚を元の位置に建て直し、辺りに散乱した小道具を眺めて肩を落とす。これを全て元通りにするのは骨が折れる仕事だ。気を落とすと背中の痛みが自己主張を始めた。恐らく痣になっているだろう。今夜は女性からの『お誘い』が無くて良かった。

「ごめんなしゃい」

 眉間に皺を寄せて黙り込むジェラルドが痛みに耐えていると結びつけたのだろう。あからさまに落ち込むリトルロゼの姿があった。

 その落胆ぶりに何だかジェラルドは良い意味で脱力してしまう。

「謝るな。これぐらい平気だ」


     【続】

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