イース・幻と慟哭
サイドカーまで付いた、相当重量があるはずのバイクを軽々押し進めていくシルヴィの後ろに、眉間にしわを寄せたままのカルミラと、ひたすらに機嫌の悪いルカが続く。
昼食を取った場所から、おおよそ五分ほど歩いてきただろうか。
まだ高い、だが少し傾き始めた太陽を眩しげに見上げたまま、カルミラが口を開いた。
「ねぇ、シルヴィ、一体どうやって確かめるつもりなの? 天くんがイース崩壊を生き延びた方法、なんて」
カルミラがシルヴィに視線を戻すとほぼ同時に、ガチャン、と重々しくバイクのスタンドを立てる音が響いた。
「どうぞレヴィとお呼びください、カルミラ様」
振り返ったシルヴィが、行儀よくにっこりと笑う。
その姿にカルミラは思わず、ため息にも似た深い息を吐き出していた。
このシルヴィの、凝り固まってさえ見える行儀の良さは、決して故意や悪意から来ているものではない。
彼女が仕え敬う「賢者」ヒカリが姉と慕うカルミラに対して、敬意を抱いてこその態度であるが故だということは、よく理解出来る。
だが。
「それじゃあ私も、カルミラ『様』は止めてもらおうかしら。大して歳も変わらないだろうし」
辟易とした思いを隠すように笑いながら、カルミラが言う。
実際二人の年齢は、外見のみから判断すれば、明らかにシルヴィの方が年上に見えた。
カルミラの方が若干、幼さの残る顔立ちをしており、シルヴィは歳相応の大人の女性らしく見える。
……もちろん、口を開かなければ、の話だが。
「自信はありませんが、努力しますわ」
困ったな、と思ったことが丸分かりの態度で、シルヴィは答えた。
「それじゃ、レヴィ、質問には答えられる?」
「ええ、もちろんですわ」
そう言って意気込み、気を取り直したシルヴィが、今歩いてきたばかりの道を長い指で指し示す。
「この通りがイースの中央ストリート、あちらが東門で、この辺りは、ちょうど西門にかかる辺りになります」
シルヴィは容易く説明をしてくれるのだが、どう注視しても自分たちの居るこの場所は、強固な門の在った街の一部だとは思えないほど、ただただ広がる荒野の一部だった。
ルカは黙って、相変わらずの睨みつけるような、挑みかかるような眼差しで、シルヴィを見ている。
「イース崩壊直後の調査でも、西門は既に粉々に破壊されていました。ですが、東門はかろうじて形を保っており、その他の建物等の倒壊具合から推測しても、イースを崩壊せしめた力は西から襲い来た、と取れます」
ごそり、と、シルヴィは大きく開いたライダースーツの胸元に手を突っ込んだ。豊満な胸の間に揺れる、黒水晶の十字架が光る。
そして下に着込んだ浄化者独特の薄手の衣のポケットから、何やら取り出してその手に握った。
「当時の天くんの証言とも合致します。そしてその瞬間に、天くんが居た場所が、ここ」
西門であった場所からまた少し歩を進め、ある場所で足を止めたシルヴィは、そこで手の中に握っていた小さな瓶を二人に向けて見せた。
小さな透明な瓶の中には、見覚えのある赤い液体が揺れている。
「超能力の中に、サイコメトリという、物質に残る残留思念を読み取る能力があります。正確にはそれとちょっと違いますが、これはそういった術を使える者の血です」
瓶の蓋を開けると、ほんの微かに、血液独特の匂いが感じ取れた。
「残留思念? ……サイコメトリは、確かに有効な手段かもしれないけど、それにしてはここに在ったものは風化し過ぎているじゃない」
眉を寄せ、辺りをわざとらしく見渡すカルミラに、シルヴィはにこやかに笑う。
「そうですわね。でも、この術に必要なのは物や思念じゃなくて、場所です。この術は、正しくは『過去視』。過去に在った時間を目撃するもの。必要なのは、コントロールをする力と、この体に流れる、『時間枠から少しずれた血』だけ」
「時間、から…?」
己の言葉に困惑の色を見せるカルミラに、シルヴィは静かに手を伸ばした。
「カルミラ、貴女の『意図的に時間枠から外れた』体を持つ今なら、私と一緒に見ることが出来るかもしれない。さぁ、手を」
差し出されたシルヴィの手を見つめ、カルミラは一瞬言葉を失くし、何か深く思慮に沈んだかと思われた。
だが、それもすぐに振り払われ、心を決めたかのように潔く顔を上げる。
そして、浄化者の手を取る前に、物言わず黙り込んだ英雄の少女の手を取った。
「カルミラ殿…」
驚いたルカが、カルミラを呼ぶ。
「……ルカにも、伝わればいいと思って」
そう言って、カルミラはいつものように微笑んで、片目を瞑って見せた。
『意図的に時間枠から外れた体』
シルヴィがカルミラに向けたその言葉が、気にならなかったわけではなかった。
握り込まれ、握り返したカルミラの手が、いつも体温を感じさせないほどに冷たいことも知っている。
だが今は、そのことに関して問う時ではないだろう。
黙ったまま、真っ直ぐにこちらを見つめてくるルカの黒曜石のような瞳を見つめ返してもう一度微笑んだカルミラは、差し出されているシルヴィの手を取った。
手を繋ぎ合った二人の確固とした意思の光を湛えた目を見て、シルヴィは深く息を吐き出す。
そして浄化者はおもむろに、その手の中の小瓶を地面に叩きつけた。
ガラスの割れる音と、花のように乾いた大地に広がる、鮮血の赤。
そして三人の意識は、急激に、眩暈さえ覚えるほどの何かに飲み込まれていった……――――。
――――……開いた目に、最初に飛び込んできたのは一面の紅。
それが空だということを理解するのに、少しかかった。
空が燃えている。
その全てに照らされた、大地さえ赤い。
真夜中であるはずなのに、熱を含んだ空気で景色が歪んでいた。
目の前にあるのは、現実と見紛うほどの『幻影』。
そのあまりの鮮やかさに、思わず背筋を、凍えるほどの戦慄が走り抜けていった。
それでも、ハッキリと、目の前にある全てを幻と感じるのは、全ての温度を感じ取ることが出来なかったからだった。
空気の流れさえ感じない。
あらゆるものの熱を感じない。
鮮明すぎるほど鮮明な、極彩色の夢の中にいるような感覚だった。
背後には、イースシティを守る防壁と、固く閉ざされた西の門。
目前に立つ多くの人影は、誰しも戦闘装備に身を包んでいる。
赤く燃える闇の中、見えざる敵に向かい戦闘陣形を組む魔物退治者たちの中に、カルミラは見知った顔を見つける。
イースシティ管理統括、王管理所の王太浩。
王の姿に、間違いなくこの場所がイースシティであることを確信した。
彼の目が、こちらへ動いて、見開かれる。
王と視線を交えたかと思ったことが、錯覚であったことをカルミラはすぐに理解した。
どこか弱々しい足音と共に現れた、新たな魔物退治者の姿。
振り返るほどの距離もない場所、すぐ後ろに、一目で万全な体調ではないと分かる天が居た。
「伊吹! 何故来た…っ!?」
誰かが、声に出して彼の名を叫ぶ。
「僕も…っ、戦います…!」
色濃く疲弊の見える天の、大剣を構えようとした手が微かに震えていた。
『…………ぃに、思え!』
果たして、この時、この場所に居た魔物退治者たちの中で、その声に気付いた者はいたのだ
ろうか。
その声が、この世で一番殺したい相手のものでなければ、カルミラとて気付くことは無かっただろう。
声の主を探して、カルミラが再び赤い空を振り仰いだ時、目の前には既に炎を伴った衝撃波が、イースシティの全長をゆうに超えるほどの大きさの壁となって押し迫ってくるところだった。
息を呑み、身構える意味も持たない。
強大ずぎる力に、大地がめくれて飛び散っていく。
彼らを取り巻いていた音さえも焼け果てていく。
叩きつけてくる豪風に、背後の防壁が崩れ、先陣を切っていた魔物退治者が、まるで紙のように燃えて消えた。
ただただ容赦のない、一方的な絶望。
状況を打破する光明など一片さえ見えない、失意の底。
その場所で、……彼らは動いた。
時間にすれば、ほんの数秒もない極僅かな間。
仲間たちの手が、次々に天に向かって伸びていた。
意を決したように、天を庇う、魔物退治者たちの姿。
「お前は生きるんだ、伊吹」
誰かの声がした。
誰かの大きな手が、確かに天の頭を撫でた。
――――それは確かに、たった一瞬の出来事だった。
天を庇った全ての仲間の命を確実に奪い、炎の壁と化した衝撃波は凄まじい勢いで街全体を薙ぎ払っていった。
その轟音はあまりに凄まじく、音として耳に残ることもない。
だが確かに、壊れ果てていく街の轟きは、イースシティに生きていた人々の最後の叫びのように響いていた。
それは惨劇だった。
瞬き一つで見逃してしまうであろう、一瞬の間に起った災厄だった。
イースに起こった一瞬出来事の一部始終を見取った三人は、唇を噛み締め、拳を握りしめて全てを目に焼き付けていた。
衝撃波は自分たちを通り過ぎ、街を飲み込み、瓦礫と変えた後、明らかに何ものかの意思によって繰り出されたものだと分かるほど、あっけなく消え失せた。
取り戻された視界に広がったのは、いつもの闇と夜空だけ。
残ったものは何もなく、多くの命を抱えていたはずの街は崩れ果て、大地さえ死して横たわる。
皮肉にもそこは静寂ではなかった。
崩れていく建物がガラガラと音を響かせ、街のどこかに灯った火が燻り、パチパチと音を飛ばす。
どこかで、辛うじて命を取り留めたらしい、幼子の泣き叫ぶ声がする。
それを耳にしてか、……天は目を覚ました。
髪先が焦げ、服の先もすすけて黒く焦げ落ち、大剣を握っている手や肌は火傷を負っている。
そんな状態であるとも知らず、天はただ、数瞬の意識の欠乏に困惑しつつ、体を起こす。
額に触れようと上げた腕に絡みついていた灰が、ざらりと天の服の上を滑り、散る。
その灰が、今自分の全身を覆うように被さる灰が、仲間たちの肉体であったものだということに、天は気付けなかった。
ただ、上体を起こした天の目に映ったのは、誰かの姿ではなく、仲間が手にしていた巨大な戦斧が、まるで彼を庇うように地に突き立っている様だけだった。
他には何もない。
いつもの夜があるだけ。
だがそれも、天が手を伸ばし、震えた指先で触れた瞬間に、無残に、跡形も、音もなく砕け散った。
落ちた戦斧の欠片を追って地に両手を着くと、そこに積もっていた灰が一度舞い上がって、また静かに地に降り落ちる。
「……っ、…う、…あ……っ」
零れ落ちる、掠れた声。
ざり、と爪を立て、大地を握った天の拳に、砂と地表と灰とが混ざったものが握り込まれる。
そして、火傷を負った天の頬に、涙が滑り落ちていった。
『もういいわ、戻りましょう』
突然、シルヴィの声が頭の中に響いた。
もちろんそれはただの錯覚で、隣に立っているはずのシルヴィにカルミラが視線を移した時には、全ての映像は消え失せ、現実に引き戻されていた。
……紅い、崩壊の夜から一変して、真昼の強い日差しの下に帰ってくる。
清々しいほど晴れた青空と白い雲が、これほど恨めしく思えたことは無かった。
「ぐ、ふ、…ごほっ、ごほっ、あ……?」
また手を握り合ったままのルカが、激しく咳き込み、その場に崩れ落ちる。
自分の体に一体何が起こったのか、ルカ自身困惑しているようだった。
カルミラが慌ててルカを抱き寄せると、衣服越しにさえ分かったルカの体温は、自分よりも遥かに下回るものだった。
「冷たい…!」
見る間に、ルカの顔は蒼白していく。
真っ白になったルカの頬に手を当てて、カルミラも青ざめてしまっていた。
「反動だわ! 英雄ルカは生身ですもの、無理もない!」
シルヴィは手早くテントを用意して影を作ると、その中に慎重にルカを横たえさせた。
「少し安静にしてください。大丈夫、命に関わる事はありません。普通の人が『この力』に関わると、このようなことになるんです。……分かってはいましたけれど、ね」
シルヴィはひどく申し訳なさそうに表情を曇らせるが、カルミラもルカもそれを知っていてルカごと『力』とやらを使ったシルヴィに対して非難を浴びせる気はさらさらなかった。
「…平、気、です、…平気、です、カル、ミラ殿……」
横になったまま、ルカがうわ言のように小さく呟いた。
その真っ白な頬を、銀色の雫が落ちる。
カルミラは取り出したハンカチを少しだけ水で濡らすと、ルカの目の上にそっとそれを置いた。
「分かったわ。少し大人しくしてなさい」
小さな黒髪の頭をわしわしと撫で、カルミラはルカの側から離れた。
腕を組み、神妙な面持ちでイースシティ跡を睨みつけるシルヴィの隣に、カルミラも並んで荒涼とした風景を見やった。
「レヴィ、私には分からないわ。幾重にも被さった人さえ簡単に灰にする攻撃を、どうして天くんだけは回避できたの? あんな状況で」
隣に立つカルミラを僅かに見下ろして、シルヴィは腕組みを解いた。
「……たぶん、私の考えが正しければ、……庇われたからでしょうね、命を懸けて」
「たったそれだけ? ……いえ、失言だったわ。ごめんなさい」
即座に謝ってきたカルミラの潔さに、シルヴィはくすりと笑った。
「いいえ、仰るとおり、たったそれだけなのです。私たち浄化者が持つ禁術の中にも、己の命を賭すものがいくつかあります。確実に死を迎える代わり、その効果は絶大……」
息を深く吐きだしたシルヴィは、サイドカーの中に転がしてあった水を取り出して、乾いた喉を潤す。
「天くんを除いて、イースの生き残りの多くは東方面に住む者たちでした。赤子、子供、夫婦の片割れ、恋人の片割れ。……これも想像ですが、東方面のみ、衝撃波が届くまでほんの僅かな時間があった。だからこそ彼らも同じようにして守られ、生き残ったのでしょう。両親、家族、そして本当に愛されていた恋人の命によって……」
そう全てを理解したかのように口にするシルヴィの表情に、濃い影が射す。
カルミラはただ黙って、そんなシルヴィを見ていた。
ごそりと、テントが揺れて、中からまだ血の気の戻らない透き通るような白い肌をしたルカが現れる。
「あら、英雄ルカ、無理をなさらずに」
「いえ、もう大丈夫です」
心配げな視線を向けてくる二人に対して、全く持って大丈夫ではない顔色だというのに、ルカは頑なに大丈夫だと言い張った。
ロンギヌスに寄りかかるようにしながらも、ふらつくことなく立つルカの様子に、シルヴィはどこか呆れている。
どうやらその頑固さがシルヴィでさえ知り及ぶものだということを理解して、カルミラは苦笑した。
「ねぇ、レヴィ、折り入って頼みたいんだけど」
「はい、何でしょう?」
シルヴィはにっこりと笑いながら、カルミラに向き直る。
「あの血、一回分譲ってもらえないかしら?」
至って真剣なカルミラの、この青空とよく似た美しい青い瞳を見つめ返したまま、シルヴィは驚きで目を丸くした。
「どうしても知りたいことが一つあるの。その血の力を私ではコントロール出来そうにないだろうし、出来れば協力してもらえれば大いに助かるんだけど」
どこか照れた様子で助力を求めるカルミラの姿に、同性であるシルヴィですらときめく物を感じてしまったのは、一重にシルヴィがカルミラに、もちろんルカにもすでに大変な好意を抱いていたからだった。
……自分の能力を的確に把握し、決して傲慢にはならない。
その気になればウインズゴッドを自由にできる権力を持ちながら、それを行使しないカルミラの欲の無さと素直さ。
主である「賢者」ヒカリから聞くカルねぇ様の話。
昔に聞いた、英雄樹朔ご自慢の美人妻の話。
前々からお近づきになりたいと、親しくなりたいと思っていた自分は、まだここに居る。
出来うることなら、「はい」と即答して協力を惜しみませんと強く手を握りしめるくらいの気持であったが、いかんせん、それは出来なかった。
何故なら。
「お力になりたいのは山々ですが…、申し訳ありません。あの血は、あれで最後なんですの」
そう告げると、カルミラは明らかに落胆した様子で、その表情が曇るのが分かった。
「そうか、なら仕方ないわね」
気にしないで、と笑顔を浮かべる。
そんなカルミラの潔さにさえ、シルヴィは心動かされてしまう。
「あの血も、手に入れるのに少々苦労しまして、でも、……事情を話せば分かってくれると思う、……思うんですが…」
言葉を続けるシルヴィの顔に、不安と疑念が広がっていく。
眉間に深くしわを作って、うーん、と唸って頭さえ抱えた。
どうやら、事情を話したところで、易々と協力に応じてくれるような、一筋縄ではいかない者の血なのだろうか?
心配げに覗き込んできたカルミラと目が合って、シルヴィは我に返った。
「本来、この『過去視』の能力に必要なのは、血ではありません。この血の持ち主、もといこの能力の使い手でしたら、いつでもどんな時も完璧にこの力を操れます。ですから、やはり事情を話して協力を仰いだ方がいいでしょうね……」
そう言い切ったものの、シルヴィの表情はやぱりパッとしない。
もう一度低く唸ると、鞄から取り出してきた紙に、手早く何かを書き込んでカルミラに渡した。
「近いうちにセントラルへお越しになって、その住所のバーで『ゼロ』という者を尋ねてください。……あ、英雄ルカやカルミラ様は目立つので、天くんが無難ではないかと思います」
「無難?」
「はい!」
にっこりと笑って、シルヴィは返事を返した。
一体どういう意味だ? とカルミラが首を捻っている横で、ルカは黙って自分の身なりを眺め見た。
『……目立つ? ……私が?』
真っ黒なローブを指先で摘まんで、ルカもまた疑問に首を傾げた。
「さぁ、任務は終わりました。帰りましょう」
シルヴィの言葉に二人が考え込んでいる僅かな隙に、シルヴィはテントを片付け、バイクのキーを回した。
エンジンの重低音が、再び荒野に響く。
笑顔で促すシルヴィに従って、二人は来た時と同じように、タンデムとサイドカーに乗り込んだ。
シルヴィが軽快にバイクを走らせ始める。
慌ててヘルメットを被るルカの頬を、イースの乾いた風が打った。
……太陽に照らされた、一面の荒野。
タンデムシートに乗ったカルミラは、シルヴィの肩越しに続く帰路を真っ直ぐに見ている。
その青空色の瞳は、頑なに、崩れ去った街を振り返らないと決めたかのような強さを秘めていた。
ルカはそんなカルミラに気付かれないようにと思いながら、静かに消え去った街を振り返った。
かつての、イースシティ。
一夜にして滅ぼされた、惨劇の街。
ルカの目には、あの夜の闇に、仲間を失い、悲しみに泣き叫ぶ天の幻が見えていた。
――――……見なければ、よかった。
心からそう思って、ルカは唇を噛み締めた。
『この事実を知る必要があったとしたら、私は、私だけは、……天殿、貴方から聞くべきだった。……貴方の過去を勝手に覗いてしまった。貴方の悲しみを……、私は……』
遠ざかっていくイースシティ跡を最後に目に焼き付け、後悔にも似た感情を胸に、ルカは静かに目を伏せる。
来訪者たちの乗ったバイクのエンジン音さえ、彼方へと消え失せ、そして滅びた西の街は、再び静かな荒野へと還るのだった。




