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プロローグ

 巨大な渓谷を、縫うように翔る影があった。その数は八。どれもが時折淡い燐光を放ちながら抜きつ抜かれつを繰り返し、南へと向かっていく。

 渓谷は歓声に包まれていた。全長10キロメートル以上に及ぶ深い渓谷には、よく見れば断崖に幾つもの穴が開き、そこには無数の人がひしめき合い、声を張り上げていた。

 誰もが熱狂し、その瞳を向ける八つの影はその全てが速さを競い合うレーサーであり、誰よりも速く終着点に辿り着こうとしていた。

 箒を模したような小型の魔導機にその身一つで跨がり、互いの速さの限界を競い合う。

 剥き出しの体は高速で翔ている。一つ間違えて渓谷の壁面に衝突でもすれば紙細工も同然に体が砕けても疑問はない。

 それでも尚、危険に身を晒し、それしか知らないかの様にひたむきに速度を追い求める姿はあらゆる人を魅了する。

 老若男女がレースに熱狂した。

 影の一つが更なる加速を見せれば、一際大きな歓声が上がり、それに追いすがる影があれば歓声は更に増す。

 沸点の無い熱気はこのレースに対する人々の情熱そのものだ。

 曲がりくねった渓谷を進み、やがてレースが終わりに近付く。その先は渓谷が海へと開いており、巨大な船上の頂に用意された旗がたなびいている。

 それを掴む者こそが王者を示す御旗。

 八つの影全てが、その旗に向かって最後の加速をしていく。それぞれの魔導機が次々と臨界を迎え、機関部から先程から散っていた燐光とは違う、激しい光を放ち始める。

 長く尾を引くような光の群れ。その様はまさしく箒星だ。

 長く尾を引く彗星が王者の証目掛けて飛来する。

 シューティングスターレース。その名をそのまま示すような情景は観客を更なる熱狂へと押し上げる。

 流れ星の一つ。誰よりも鋭い加速を見せた蒼い光が遂に旗を掴み取った。

 歓声は割れんばかりに響き渡り、怒号、悲鳴、嬌声と入り混じる様は混沌そのものだった。

 観る者も、参加する者もこのレースに全てを傾けていた。誰も彼も熱狂する中で、それを冷たい目で見る者が居るとしたら、それは一体何を思うのか。

 ――これは。

 世界に取り残された天才と、時代に取り残された落ちこぼれが出会う。そんなお話。




 かつて人々を苦しめた世界全てを巻き込む戦乱が過ぎ去り幾歳月。

 その傷痕がなくならなくとも、人の記憶は薄れる程度には時間は偉大な癒し手であった。

 時間は、かつては限られた人間の特権であり、軍事利用されていた「魔法」というものを、世間の人々の生活にまで浸透させた。

 人々の命を奪う為に発展した技術が、今や人々の生活の根幹を支える一柱にまでなれたのは人々が魔法というものへの畏怖以上にその利便性を受け入れたからだろう。 かくして世界は一応の平和を手に入れ、めざましい復興を遂げた。

 やがて平穏が退屈に変わると、魔法は娯楽に転用され始めた。

 魔法を用いて飛行する魔導機による競争。

 最初は子供の駆け足のようにささやかな物だったに違いない。

 しかしそれに楽しみを見出した者が、速さを競い始めた。比較的に生活に余裕のある者が速さに優れた魔導機を特別に作る。

 それを他の人間も真似を始め、広がる波紋は魔導機を生産する者にも影響を与えた。

 魔導機が速さを追求し始めた頃には、街中は彼らが走るには狭すぎていた。

 目を付けられたらのは戦乱時に大規模な戦略級大規模魔法により世界中に開いた、「悪魔の口」と呼ばれる地の裂け目だった。

 魔法の名残で魔素を多く含んだ大気が断崖に溜まり、複雑に罅割れた地形はそのまま天然のコースとなった。

 速さを競い合う者達が集まり、集落を成し、時に渓谷を改造した。

 やがてそのレースを見ようと観客が集まり集落は巨大化、都市化に向かっていった。

 レースは競技人口が増え、観客を巻き込んだ娯楽化が進み、やがて多くの人により運営が為される大会へと進化した。

 そして、戦乱後に腫れ物を触るように扱われた魔術師達はレースに魔導機の乗り手として次々に参加。かつての軍人達はレーサーとして返り咲くに至る。

「だから?」

 昼時の大衆食堂。目の前の中年男の解説をひとしきり聞いて、少年は率直な感想を口にした。

 真昼の内から酒に酔った中年男に今日のレースを観たか聴かれ、率直に「興味がない」と少年が答えた事で、熱心なレースファンであるらしい男は長々と講釈を垂れ始めた。

 一から十まで、この街の人間であれば誰でも知っていそうな事を語られ、少年の表情はうんざりと言った風情だった。

「だからって……だからだなぁ、シューティングスターレースをつまらないだなどと抜かすのはレースの歴史を知ってからのたまえって事を俺は」

「うん。歴史を知った上で言うよ。つまらない」

 中年男の言葉を遮って少年は目深に被ったフードの下、灰色がかった前髪から覗く怜悧な瞳を幾らか眠そうにさせながら答えた。

「……のガキ」

「大体、レースの歴史とレースの面白さは無関係じゃ?」

「ほぉう……ならお前がつまらないと思う理由を言えよ」

「……絶対的王者による独裁」

「あ?」

「どのレースにしたって「蒼雷のリィン」の一人勝ちだ。結果が見え透いてつまらない」

 溜め息混じりに少年が答えると、中年男は更に鼻息を荒くして食って掛かる。

「良いじゃねえか! 絶対的王者! みんなの英雄だぜ!?」

「……確かに今はみんなのヒーローだ。でもそれはレースを廃れさせるよ? ……そうだな、明日のレースは誰が勝つと思う?」

「そりゃあ「蒼雷」に決まってらぁ!」

「そうだね。僕もそう思う。だから明日のレースは観ない。あんたは?」

「いや、俺も明日はなぁ……今日観てきたし」

「それだよ」

 少年がしたり顔で続ける。

「結果の分かりきったレースじゃ、観客の興味も薄れていく。番狂わせのないレースなんてつまらないからね」

「だがしかしだな!」

 中年男が興奮に声を荒げた所で飛来した円盤が中年男の頭に後ろから直撃した。

「んがっ!? んなぁにをしやがる!」

「うるさい」

 円盤の飛来した方向から冷たい声が飛んでくる。床にカラカラと音を立てて落下した円盤は店の料理を運ぶトレイだった。

「他のお客さんに迷惑」

「てめぇ! 客にトレイぶつけてなんつう言い草だ! この爆発娘!」

 爆発娘と言われた張本人――この店の店員らしい赤毛の少女は無表情のまま方眉をぴくりとさせた。

 どうやら不機嫌を表す仕草らしいが如何せん感情に乏しい表情の為、読み取るのは難しい。

 少女はつかつかと中年男に歩み寄ると、腰を落としていた男の頭に、そっと手を添えた。

「爆発……させようか?」

「は……いや、冗談だよな?」

「どう思う?」

「……は、ハッタリだな! 俺を脅かそうたってそうは――」

「えい」

 少女の小さく掛け声を上げると共に、男の頭から小さな爆発音と煙が上がった。

「ひゃぁああ!? え? あ? 生きてる?」

 目を瞑って悲鳴を上げた男だったが、数秒の硬直の後、自らの頭に手を伸ばす。

 それと同時、男の頭を隠すように上がっていた煙が空気に流され消えていく。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 そこには無造作に伸びていた髪の面影はなく、頭を倍以上に大きく見せる、ちりちりと縮れて丸い茂みとなった頭髪があった。

「サングラスが似合いそうね」

 無表情の口だけを酷薄な笑みの形にして少女が言う。

「ま、頭があるだけましでしょ?」

「おま、おま、おまえ……覚えてろよ!」

 慌てふためき立ち上がった男は、捨て台詞を吐くと脱兎の如く店から逃げていった。

 ふと男が居たテーブルの上を見ると、しっかり代金は置いてあり、意外と律儀な男だったらしい。

「……あなたも、余り人を挑発するような事は言わないで」

 今度は冷たい美貌を少年に向けて言う。しかし、少年の顔には好奇の表情と笑みが浮かんでいた。

「爆発娘?」

「そう呼ばれるのは好きじゃないわ」

「……フェイリス・アルバートさん?」

「――どうして私の名を?」

「これは失礼。僕はリロイ・バーニンガムと言います」

 大人びた口調で少年が答える。軽くお辞儀をしながらフードを外す仕草も落ち着き払ったもので、それもまた大人びていた。

「実は……貴女を探していたんです」

「あなた……なに?」

 少年からフェイリス・アルバートと呼ばれた少女は訝しげに問い質す。

「僕が何か? 僕が何かと尋ねられたならばこう答えましょう」


「僕、リロイ・バーニンガムは……科学者であると」




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