チョコレートデー
バレンタインの【チョコレート】を題材にした読み切り小説です。
青春の甘酸っぱさを味わって頂ければ嬉しいです。
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チョコレート会社の戦略で始まったとかいうその日。
だけど、そんなイベントがあるからこそ、勇気を出せる事もあるんじゃないだろうか。
なんて言ってみたところで、俺にその【特別な勇気を出せる日】が関係した事はない。
16年生きて来て、親類以外全く縁が無かった。
どうせ今年も何事も無く終わるんだろう。そう思ってたんだが・・・・・・。
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~読み切り小説~
【チョコレートデー】
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その日は、ダイヤモンドダストと樹氷がやけにキラキラ輝いていた。
「さっみー!!」
思わず口にしながら、いつもと同じ通学路を行く。
中敷きを入れた長靴の靴底から伝わる冷たさに、足の指がジンジンする。
慣れちゃいるけど、今日は特に冷え込みがキツイ!
手袋をした指先もジンジン痛む。
かじかむ指先を少しでもあっためようと、手袋をすり合わせたその時だった。
「おっはよっ!シュウ!!今日はさっむいねー!!」
背後からした声に振り向くと、幼馴染のアキラが立っていた。
分厚いフード付きコート。太い毛糸で編まれた紅いマフラーに、でっかい手袋。
毛糸の靴下を愛用し、おしゃれの欠片もない裏起毛のでっかい長靴を標準装備。
両手にはしっかりとカイロ袋が握られていたりする。
こいつの冬装備は、いつ見ても抜かりがない。
以前聞いた話だと、中には腹巻やらも装着しているらしい。
筋金入りの寒がりだ。
「カイロ標準装備のお前が寒い言うな!余計に寒く感じるわ!!」
「うらやましい?仕方ないなぁ。一個貸してあげる。ほら!」
ひょいと渡されたのは、可愛らしいくまちゃんのカイロ入れだった。
「いらん!こんなファンシーな代物使えるか!」
突っ返した俺に、アキラは恨めしそうな顔で唇を尖らせた。
「なんだよぅ。せっかくボクが好意で貸してやるって言ってんのに~」
「どうせ貸すならもっとマシなやつにしてくれ。そんなやつを俺が持って登校したら、今日という大事な日がパーになるじゃねぇか!」
思わず出た俺の言葉に、アキラはにやっと笑みを浮かべた。
「ほほぉ~。シュウ、お前、日頃どうでもいい顔してたくせに、やっぱり気になるんだ?」
――――うっ!
痛いところを突かれ、俺は慌てて口を開いた。
「やっ、違うぞ!!別に期待とかは全然してないんだからな!!」
アキラはにっこりと笑みを浮かべ、ポンと俺の肩を叩いて言った。
「まぁまぁ。シュウも男の子だもんな~。そりゃ気になるよな~」
「~~~~~~っ!!」
俺はぷるぷる拳を震わせ、なんとか屈辱に耐えていた。
言い返したいところだが、図星なだけに何を言ってもからかわれるだろう。
ちくしょう!これだから幼馴染ってやつは嫌なんだ!!
小さい頃からずっと一緒にいたから、考えてる事はほとんどわかっちまう。
「まあ、あれだ。高校生になった事だし、シュウもそろそろ春が来るかもしんないよね。今年こそ貰えるといいね、チョコ」
にやにやと笑いながら言われ、思わずパシッと肩の手を払いのけた。
「ううう、うるさいわいっ!どうせ俺はこれまで一度もチョコ貰った事が無い非モテ男子だよ!ああそうさ!笑いたきゃ笑えばいい!!ちくしょうっ!!」
「あっはっは!シュウく~ん、精神鍛錬が足りんよ~。この程度で動揺してちゃ、まだまだですな~」
勝ち誇ったように笑うアキラに、ちくしょうと悪態をつきながら、コイツにはやっぱり勝てないと深い溜め息を吐いた。
何しろお互いオムツをしてる幼児の頃から付き合いのあるお隣さん同士なのだ。
一緒に過ごした恥ずかしい思い出は山ほどある。
今さら恥も外聞もあったものではないのだ。
「・・・・・・はぁ~、まったく。そういうお前はチョコの予定ないのかよ?」
そう言った途端、アキラの頬に赤みがさした。
「え!?いや、その・・・・・・」
急に押し黙ったアキラに、俺はニヤリと口の端を持ち上げた。
「ほほぅ。アキラさん、君にもとうとうバレンタインチョコのお相手が?そいつはまぁ、うらやましいこって」
どこのどいつかな?クラスメイトの木村か?
三学期に隣の席になって以来、けっこう二人でわいわいやってるみたいだったし。
それともバスケ部の川井か?
あいつも趣味が一緒とかで、よく教室で一緒に盛り上がってたよな。
いやいや、もしかしてアキラの部の高木部長か?
あの人も部活中アキラとよく笑って話してたよな。
うーん、こうして考えると、アキラってけっこうモテるタイプなのかもしれん。
などとアキラのお相手に頭をめぐらせていたその時だった。
隣を歩くアキラが、何やら思い詰めた表情をしているのに気付いた。
「どうしたアキラ?何か暗いぞ?」
「いや、その、何でもないよ!うん!」
慌てたように言うアキラに、俺はちょっと変だな~と思いながらも明るくつっこんだ。
「はは~ん。いざ当日になると緊張してきちゃったってか?大丈夫。お前ならきっと、向こうもまんざらじゃないさ」
「う・・・うん・・・・・・。ありがと・・・・・・」
いつになく気の無い返事だ。
元気の塊みたいなアキラでも、やっぱりこういう時は不安になったりするんだろうか?
俺は出来る限り明るい笑顔を造り、アキラの肩をポンと叩いた。
「心配すんなって。大丈夫。お前の良さは俺が保証してやる。な!」
「う、うん・・・・・・。ありがと、シュウ」
やっぱり元気の無い笑顔を返された。
まあ、コイツだって色々考える事はあるんだろう。
とりあえず俺はそれ以上その話を引っ張る事なく、どうでもいい過去の笑い話なんかを持ち出しながら学校までしゃべり倒した。
その甲斐あってか、教室に着く頃にはアキラもしっかりいつもの笑顔を取り戻していた。
「じゃ、またな~」
「おぅ!それじゃあな」
挨拶を交わし、お互いの席に着いた。
―――――― 数時間後。
耳慣れたチャイムが鳴り、最終下校時間のアナウンスが流れた。
部活の片付けをし、学校を出たその時だった。
「シューウ!!」
叫びながら駆けて来たアキラは、白い息を吐きながら俺の隣で足を止めた。
「はぁはぁ・・・・・・。やっと追い付いたぁ~~!」
「よぉアキラ、何だよ、そんな走って来なくてもいいのに」
笑いながら言った俺に、アキラは何だかはにかみながら口を開いた。
「はは・・・だって、その・・・、ちょっとさ、シュウに用事あったから」
そう言って、アキラは胸に手をやって荒い息を整えると、ごそごそと鞄に手を入れ、何かを取り出した。
「これ!!」
突き出されたのは、可愛いハート柄の包み紙に包まれた小さな箱だった。
「え?何、これ?」
思いっきり?マークを浮かべた俺に、アキラは顔を真っ赤にして呟いた。
「何って・・・その・・・・・・、チョコ・・・・・・」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげちまった。
だって、アキラが・・・・・・俺に!?
「やっぱり分かってなかった。言っとくけどね!ボクがチョコあげたいのは、昔も今もシュウだけなんだからね!!」
真っ赤な顔で叫んだアキラの唇には、今まで見た事ないキレイな桜色のリップグロスが塗られていた。
「アキラ・・・・・・」
胸が熱くなった。
男の子みたいに元気なアキラが、普段は絶対しない化粧なんかして、俺にチョコくれるなんて。
「俺で、いいの?」
「シュウだからいいんだろ!!ばか!!」
涙目で叫んだアキラに、俺はカーッと顔が熱くなるのを感じながら言った。
「・・・・・・あ、ありがと」
鞄を開けて箱を仕舞った俺に、アキラが言った。
「うん!ちゃんと食べてよ?その、一応ボクの、手作り・・・だからさ」
照れたように笑うアキラは、何だか凄く可愛く見えた。
「さ、じゃ、渡す物も渡したし。帰ろっかな~」
サッと背を向け、早足で歩きだしたアキラに、思わずバッと手を伸ばした。
「――――――っ!?」
驚くアキラの手を掴んだまま、ぼそっと呟いた。
「その・・・この方が、あったかいかなって」
俺の言葉に、アキラは頬を染めたまま、コクリと頷いて呟いた。
「・・・・・・なんか、子供の頃みたいだね」
「ん、そうだなー。これから毎日、こうして歩くか。あったかいから、さ」
アキラの顔がますます紅くなり、俺もカーッと顔が熱くなった。
寒いのもいいかな、なんて思いながら、繋いだ手をギュッと握りしめた。
星も凍りそうなチョコレートデー。
俺とアキラの思い出が、また一つ、増えたのだった。