鈴は鳴らなかった
その神社は、駅までの近道として、いつも通り抜けていた。
田舎の神社と違い、最低限の管理は行き届いている。
それでも小さな社で、境内に人の気配は薄い。
いつ来ても、静けさだけが残っている。
私にとっては、ただの通り道だった。
「……あれ?」
足を止める。
そこに、今日は小さな露店が出ていた。
いつもは何もなかったはずの場所だ。
白髪の老婆が、簡素な椅子に座っている。
「えっと……。ご商売をなさっているんですよね?」
興味を引かれて、思わず歩み寄る。
だが、露店に並んでいるものは妙だった。
眼鏡、ジッポライター、鈴、古びた鍵、片方だけの手袋。
どれも用途の違うものばかりで、並びに規則性はない。
ガラクタにしか見えなかった。
「もちろんだよ」
老婆は笑うように喉を鳴らした。
その言葉のあとで、視線が自然と鈴へ引き寄せられる。
小さな金と銀の鈴。
紅白の緒で結ばれている。
じっと見ていると、老婆は少しだけ目を上げた。
「嘘が分かる鈴さ」
老婆の声は、冗談のように軽かった。
セールストークの類だろうと、そう思った。
「おいくらですか?」
「100円」
「えっ!? ……100円ですか?」
だが、その安さにもかかわらず、なぜか視線は離れなかった。
気づけば、手に取っていた。
******
小さな鈴が二つ。
緒を手首に巻き、ミサンガのように結んだ。
最近のお気に入りで、外出のときは必ず身につけている。
だが、その鈴は一度も鳴らなかった。
大学にいるときも、バイトのときも、友達と遊んでいるときも。
ただの飾りのままだった。
彼氏との電話でも、それは変わらなかった。
私たちは高校の頃から付き合っている。
進学を機に、お互い地元を離れ、東京と大阪の遠距離になった。
「元気?」
「うん、元気」
鳴らない。
「最近、忙しいの?」
「断れないバイトがあってさ」
鳴らない。
「それで眠そうなのかな?」
「実は、少しな」
ただの飾りなのだから、鳴らないのは当然だ。
最近、電話に出ないことが重なっていた。
そのことを思い出して、少しだけ安心した。
******
春休みに、私たちは東京と大阪の間で会うことにした。
二泊三日の名古屋。
どちらからも遠くなく、近くもない場所。
久しぶりに会った彼は、思ったより変わっていなかった。
「よう、久しぶり」
「うん」
それだけで、少し笑った。
鈴は鳴らなかった。
ずっと鳴らなかった。
******
名古屋での三日はあっという間だった。
人で行き交う新幹線の改札前。
私は地元の長野に帰る。
彼はバイトがあるらしく、大阪へ戻る。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
大阪行きの発車時刻が近づいてきた。
スーツケースを引く彼の背に、声をかける。
「元気でね! あと浮気しちゃ駄目だよ?」
ちょっとした冗談のつもりだった。
「ははっ、安心しろって」
彼は笑った。
その瞬間。
シャリ、シャリ、と小さく鈴が鳴った。
「……えっ!?」
私は一瞬だけ、息を止めた。
でも彼は気づかない。
そのまま、軽く手を振る。
「じゃあな」
「うん」
笑えていたと思う。
顔は、ちゃんと作れていた。
彼の姿が階段の向こうへ消えてから、ようやく頬の力が抜けた。
二度、三度、腕を振る。
鈴は鳴らなかった。
それなのに、少しだけ安心できなかった。




