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実験場

鈴は鳴らなかった

掲載日:2026/07/05




 その神社は、駅までの近道として、いつも通り抜けていた。


 田舎の神社と違い、最低限の管理は行き届いている。

 それでも小さな社で、境内に人の気配は薄い。

 いつ来ても、静けさだけが残っている。


 私にとっては、ただの通り道だった。



「……あれ?」



 足を止める。


 そこに、今日は小さな露店が出ていた。

 いつもは何もなかったはずの場所だ。


 白髪の老婆が、簡素な椅子に座っている。



「えっと……。ご商売をなさっているんですよね?」



 興味を引かれて、思わず歩み寄る。

 だが、露店に並んでいるものは妙だった。


 眼鏡、ジッポライター、鈴、古びた鍵、片方だけの手袋。


 どれも用途の違うものばかりで、並びに規則性はない。

 ガラクタにしか見えなかった。



「もちろんだよ」



 老婆は笑うように喉を鳴らした。

 その言葉のあとで、視線が自然と鈴へ引き寄せられる。


 小さな金と銀の鈴。

 紅白の緒で結ばれている。


 じっと見ていると、老婆は少しだけ目を上げた。



「嘘が分かる鈴さ」



 老婆の声は、冗談のように軽かった。

 セールストークの類だろうと、そう思った。



「おいくらですか?」

「100円」

「えっ!? ……100円ですか?」



 だが、その安さにもかかわらず、なぜか視線は離れなかった。

 気づけば、手に取っていた。




 ******




 小さな鈴が二つ。

 緒を手首に巻き、ミサンガのように結んだ。


 最近のお気に入りで、外出のときは必ず身につけている。


 だが、その鈴は一度も鳴らなかった。

 大学にいるときも、バイトのときも、友達と遊んでいるときも。


 ただの飾りのままだった。

 彼氏との電話でも、それは変わらなかった。


 私たちは高校の頃から付き合っている。

 進学を機に、お互い地元を離れ、東京と大阪の遠距離になった。



「元気?」

「うん、元気」



 鳴らない。



「最近、忙しいの?」

「断れないバイトがあってさ」



 鳴らない。



「それで眠そうなのかな?」

「実は、少しな」



 ただの飾りなのだから、鳴らないのは当然だ。


 最近、電話に出ないことが重なっていた。

 そのことを思い出して、少しだけ安心した。




 ******




 春休みに、私たちは東京と大阪の間で会うことにした。


 二泊三日の名古屋。

 どちらからも遠くなく、近くもない場所。


 久しぶりに会った彼は、思ったより変わっていなかった。



「よう、久しぶり」

「うん」



 それだけで、少し笑った。


 鈴は鳴らなかった。

 ずっと鳴らなかった。




 ******




 名古屋での三日はあっという間だった。


 人で行き交う新幹線の改札前。


 私は地元の長野に帰る。

 彼はバイトがあるらしく、大阪へ戻る。



「じゃあ、そろそろ行くよ」



 大阪行きの発車時刻が近づいてきた。

 スーツケースを引く彼の背に、声をかける。



「元気でね! あと浮気しちゃ駄目だよ?」



 ちょっとした冗談のつもりだった。



「ははっ、安心しろって」



 彼は笑った。


 その瞬間。

 シャリ、シャリ、と小さく鈴が鳴った。



「……えっ!?」



 私は一瞬だけ、息を止めた。


 でも彼は気づかない。

 そのまま、軽く手を振る。



「じゃあな」

「うん」



 笑えていたと思う。


 顔は、ちゃんと作れていた。

 彼の姿が階段の向こうへ消えてから、ようやく頬の力が抜けた。


 二度、三度、腕を振る。


 鈴は鳴らなかった。

 それなのに、少しだけ安心できなかった。




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