転生して三種の神器を授かったけど家電の方だったみたい
『三種の神器』って、日本神話のあれじゃなくて家電の方……?
体は五歳児で泣き虫の寂しがり屋。甘やかしてくれるママ募集中。
転生した。
これまで生きた記憶を消し、また地球のどこかに産まれ変わるか、それとも記憶を保持したまま違う世界に転生するか選べと神様から告げられて、俺は────。
降り立ったのは死霊の大地だ。
火事の跡のような黒く煤けた土地で、暗雲立ち込める殺伐とした雰囲気の、あっちにもこっちにも白く透けたナニカが視える幽霊スケルトン何でもこーいな、誰もいない誰のものでもない土地である。
もちろん、緑なんてない。
草も木も無ければ、動物すら生息していない。
正に不毛の大地。なんならちょっと黒い靄みたいなものも浮かんでいる。何だろなアレ?
黒い靄……手を伸ばして取ってみる。
うわ、ぐにっとした!
丸めたり引き伸ばしたりしてみた。ちぎってもみる。更に平らにして型抜きなどしてみた。
チーン。キッチンの電子レンジが鳴る。
「良い匂い。いい感じに焼けたぞ。ほんと何だコレ?」
見た目、黒かったのに今はこんがり。きつね色な焼き色がついてクッキーみたい。
食べてみる。サクッ、ホロっとした食感。
たまに柔らかいカントリーマーム風もできる。
仕上がりにムラがあるの謎。
ほんのり甘く、入れてないのにバニラの風味がする。たまにチョコ味。
味にもムラがあるの謎。
それでも、環境が暗雲すぎる俺の日常生活の中で、光り輝く三時のおやつとなった。
今日も窓の外を眺めれば黒い大地と暗い雲ばかり。
この世界に来てからというもの、晴れた日など一度もない。
そう、俺は前世の記憶を持ったまま違う世界──ファンタジー世界へと転生を果たしたのだった。
どうして、こちらを選択したかだって?
だってな、転生したら『三種の神器』をくれるって神様が言うんだ。
日本で三種の神器と言えば、神話に出てくる八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉だろう。
日本神話をモチーフにしたファミコンゲームが昔あった。夏休みにやり込んだ記憶。
きっと、あのゲームに出てくるような三種の神器を、伝説級アイテムとして授けてくれるということだろう。
ゲームは三種の神器を集めるものだったが、中盤で強い武器のインフレが起き、後半で神器は売れた。
そう、とても、よい値段で、売れたの、だー!
ゲームと一緒くたにするのもなんだが、生前は金困にもほどがあったので、転生に際して換金資産など頂けるならば、ありがたく貰い受けたい。遠慮はしない。
まあ、それ以前に、もう前世の世界に産まれたくないというのが本音だ。日本だろうが他の国だろうが、ノーセンキュー。
平和で平等な社会を謳う日本ですら金困していた俺だぞ。どの国で暮らそうが負け組確定だ。金儲けの才能なんか皆無だってばよ……。
それを言ったらば転生先の世界で成功できる保証もないけど、通常転生と違って資産が貰えるという。それならば換金して、それを元手に安定した職に就き、こんな俺でも無難に生きれるのではと考えたのだ。
だから、異世界でも、なるべくなら戦争のない国に生を授かりたい。これだけが希望。
******
俺は前世で死んだ時、五十代のオッサンだった。
氷河期世代だ。四大卒なのに就職先がなく、貼り出される求人用紙は雀の涙。なけなしの商社の面接に行っては圧迫面接をされ、酷いと人格否定もされた。
正規雇用ナニソレおいしいのを現実に体験し、嫁を養う甲斐性もない俺は結婚もせず、人生の殆どを非正規雇用つまり派遣業務だけで食い繋いできた。
毎月の稼ぎは、大学ローンを返しながら生活費、住居費、光熱費、保険に税金そして親への仕送りに消えた。
稼いだら稼いだ分だけ吹っ飛ぶから貯金の余裕はなく、ペットを飼う癒しすら赦されなく、禿げ散らかすだけの人生だった。
働けど働けど、派遣だとバカにされ、派遣だからと安易に首キリされ、挙句の果てに派遣会社は何らかの不正を働いていたとかで行政の監査が入り……潰れた。
転職を試みては難航し、やっと雇われた会社はブラックで……働いても働いても……。
俺の人生って、なんて虚しいんだろう。寂しいもんだなあ……。
そう思ったのは死んでからだ。
死因は知らない。きっと栄養失調だ。摂食障害だったし、健康体ではなかったから。
振り返れば、食べるのも生きるのも辛かった。
人生の幕を引いた今、新しい世界に転生、だと?
神様から丁寧に説明を受け、俺の転生の意味や、これが救済処置であることを知った。
救済処置────『三種の神器』。
「こちら、先に渡しておきますね」
そう言って神様がくれたのはガラケーだ。
生前、俺が愛用していたやつ。
ガラケーと侮るなかれ。スマホより本体価格も料金プランも安いから、重宝するんだこれが。
それで、どうしてこれを神様はくれたのだ?
三種の神器の話だったのでは?
「それも三種の神器のひとつですよ。私との連絡にお使い下さいな。貴方のステータスや健康状態も表示されます。レベルが上がれば他にも様々な機能が増えることでしょう」
ガラケーが三種の神器、とな?
こ、これは……異世界で換金できるビジョンが見えない。
俺は余っ程しょぼくれた顔をしていたのだろう。神様は追加説明で、ステータス画面から数々の『三種の神器』を召喚でき、転生先でも役に立つだろうとおっしゃった。
三種の神器って、三つじゃない……?
三の意味…………。
イマイチ理解できずに神様を見上げる。
なんせ神様、宙空に浮かんで光っているので眩しい。目を眇めて逆光に耐えながら、首を傾げるしかない。
「やはり可愛いが正義ですね。可愛い姿にしちゃいましょ。そうしましょ」
かわ、いい?!
謎発言をする神様。こんなしょっぱくも禿げたオッサンに向かって可愛いとおっしゃいました?!
神様、なぜかクネクネ動きつつレッサーパンダの威嚇ポーズみたいな格好で「えいっ」とする。
「……は?」
戸惑う俺に構いもせず、神様は近づいてきた。
そして────
────キス。
ちゅっと。軽くであるが、マウストゥーマウスである。
「え、えっ、ええええぇぇぇぇ」
「それでは愛し子よ。可愛い姿で、楽しんでらっしゃいな」
驚いている間にフェードアウト。
俺は地球とは異なる世界へと、転生したのだった。
神様との思い出を振り返り、ふと気づく。
神様は男なのか女なのか────。
女性なら嬉しい。男性なら……ちょっとキスは勘弁して欲しかったとこだ。
つくづく、逆光で顔が見えなかったのが悔やまれる。
それに、全身をカーテンで巻いたようなヘンテコな服装だったので、身体的特徴での性差判別は難しかった。
シルエット的に何かのサナギみたいだったし。
『虫じゃないですよ』
手元のガラケーに文字が並ぶ。
神様からのメッセージだ。
ブルブルっとバイブレーションでお知らせしてくれた。
『私に性別はありません。神に性別を問うなんて、ナンセンスですよ(^-^)ニコッ』
……すみません。
笑顔の顔文字が怖くなり、謝罪のメッセージを送信した。
転生先が死霊の大地だったのは、先に述べた通りだ。
常にどんより暗く、心做しかじめじめとした湿った空気が漂い、地面に何か刺さってるなあと思ったら骨と剣だったなんていう、なんとも侘しい場所である。
こんな場所に、俺一人。
ぼっち寂しいな。
数々あるという『三種の神器』を召喚したら賑やかになるだろうか?
ガラケーを開く。プロフィールボタンを長押ししたらば、ファンタジーでお馴染み、ステータスがオープンした。
<マイプロフィール>
名前︰なし
性別︰無性
年齢︰生まれたて
種族︰神様の愛し子
職業︰救世主
能力︰人類に当て嵌らず
状態︰とても健康
所持品︰『三種の神器』
俺、名無しの権兵衛だったのか。
いや、それより何よりも、無性とか生まれたてとか神様の愛し子で救世主とか、訳分からんのですけどおぉー!
人類じゃないってのは、分かった。
人間やめてしまったのか俺……。
ふと、手を見つめる。小さい。ちっさい。というか、幼くないかコレぇ?!
顔を触ってみる。ぷにぷにほっぺだ。
脂ギッシュなのにカサカサという干上がった大地のようなヒビ割れた硝子の50代な肌とは、全然違う……!
か、鏡──ないっ!
そ、そうだ、三種の神器といえば、八咫鏡がある!
俺はまだ、他の三種の神器が神話のアイテムだという可能性を諦めていなかった。
ガラケーはさておき。ガラケーはさておき!
『三種の神器』の項目は他の文字と色が違う。そこはリンクである証拠だ。
矢印ボタンをポチポチと押し、真ん中の丸い決定ボタンを押したら、次のページが開いた。
選択召喚
▶全召喚
シンプルな二択。考えるまでもない。考えるけど。でもちょっと考えただけだ。
俺は今、寂しい。全部を召喚して賑やかにしてしまえ。
そんな益体もない考えだ。
よし、全召喚。ポチっとな。
決定ボタンを押した途端、眩いばかりの光源が画面から次々と飛び出し、それらは俺の目の前に、雑然と並んだ。
──────と、こうして出てきたのが、今住んで窓から景色を眺めている、この家ってわけ。
他にも電子レンジとか冷蔵庫、洗濯機、掃除機やらの白物家電なんかもね。
肝心の鏡は出てこなかった。
と言うよりも、『三種の神器』は三種の神器でも、家電の方だったみたい。
神の武器やら伝説のアイテムじゃない。
只々、昭和の時代より進化発展してきた文明の利器である耐久消費財、行政用語でいうところの家庭用電気機械器具だったのである。
びっくりだ。すっかり神様に騙された。これでは換金できない。
ぽかーんと口を開けた間抜けな俺の姿が、家のガラス窓に映る。
俺、ちっさいわ。多分、五歳児くらい。
サラサラとした黒髪にパチクリとした二重の瞳、小鼻、ぽてっと唇。小顔のパーツは東洋人らしいのに、それぞれが整っているから前世より美幼児だ。
250%割増で。
******
召喚した三種の神器たちは全15種類。全召喚した後、ぽかーんとしている間に自動で各所へ配置された。
それぞれを紹介しよう。
先ずは、よく知られた高度経済成長期に突入した頃の昭和な三種の神器みっつから。
【昭和】三種の神器
・冷蔵庫
・洗濯機
・掃除機
掃除機が白黒テレビになるパターンもあるらしいが、元祖は掃除機らしい。
次に3Cと呼ばれるもの。
いざなぎ景気──東京オリンピックがあった頃に普及した家電たちだ。
【3C】
・カラーテレビ(Color TV)
・クーラー(Cooler)
・自動車(Car)
【新3C】
・電子レンジ(Cooker)
・別荘(Cottage)
・セントラルヒーティング(Central Heating)
英語の頭文字をとって3Cである。
ここにコテージが入っていたおかげで住むところには困らない。
【平成】三種の神器
・携帯電話
・薄型テレビ
・ロボット掃除機
神様が手ずからくれたガラケーがここに入る。
ポケベルじゃなくてよかった。ポケベルだったら電話が必要だからな。
ファンタジー世界に固定電話や公衆電話があるとは思えない。
【キッチン】三種の神器
・食器洗い乾燥機
・IHクッキングヒーター
・生ごみ処理機
IHのおかげで、我が家の台所がシステムキッチンなのだろう。
ただ、前世では使ってなかったものばかりだ。貧乏だった俺が食洗機や生ごみ処理機など買えるわけもなく、使い方が分からない。
使い慣れるのに一苦労した。
******
カラーテレビを点ける。
幼い頃に実家で見たことある脚立がついたチャンネルもカチカチ回すダイヤルタイプのやつだ。懐かしいなあ。
この世界に放送局があるとは思えないが……。
とりま、3チャンだな。国営放送から観るのは前世からの癖だ。
チャンネルをダイヤル3に合わせた途端、壮大なBGMと共に空と大地と城塞と……て、城?
邦題は『世界の城塞都市めぐり』で、ここから一番近い国の城塞都市の紹介が始まった。
国の名はダフネシブト王国。舌噛みそうな名前だ。
その首都ダフネッタ、副都市サフネッタ。更にその周りの衛星都市と、地図を交え、交易路を辿り、人々の営みも見せてくれる。
首都の文化・文明度は英国のヴィクトリア朝期くらいかな。
馬車っぽいものを使ってお城に集まる人々の服装が、紳士はスリーピースにコート、淑女は羽根のついた帽子とドレス姿。華やかな催し物が行われているらしい。ダンスしたり美味しそうなものを食べたりしている。
お城の衛兵たちは赤やら白やら紺色やらの制服姿。腰にサーベルがデフォルトのようだ。
あ、あれはメイドさん、メイドさんだあー!
濃い色のお仕着せで頭のキャップはサニーレタスみたいな、シックな装いで俺好みなメイドさんタイプ。素敵だ。
生垣がシンメトリーな庭園を通って城上空へ。
お城は白亜の宮殿。所によっては金ピカ。金箔や宝石が施されている。貴金属の壁や天井とは贅沢だなあ。ギリシャ・ローマよりオスマンな飾り方だなと思った。
首都の上空を周遊するカメラワーク。ヘリコプターやドローンの影が見えない。
これが俗にいう神視点というやつか。
神視点で空から都市部を眺める。都市中に上下水道や舗装道路が張り巡らされ、衛生状態が良さそう。
どうやらダフネシブト王国はまともな国らしい。
人々の暮らしを見てみよう。
お城や家々の煙突からは煙が立ち上り、各家庭に暖炉があり、燃料は木炭か土灰で、着火には何某かの道具を使っているようだ。
大きな通りにはガス灯?のような……あ、自然と火が灯った。不思議だ。電力じゃなさそうだけど……ああ、わかった。魔法だ。杖を持った人が手持ちの灯篭に火を灯す仕事をしている。
その手持ち灯篭……提灯というか洋燈を持って警邏する兵士、鎧を着た人たち、フード付きのローブを着た人たちもいる。
多分、魔法使いとか冒険者と呼ばれる人たち。
街道沿いに武装集団も見えた。どういう集団だろう?
一応、ナレーションは付いている。
下に説明文も流れている。でも、読めない。知らない言語だ。日本語じゃない。英語でもない。
「はーん、でもこれ、響きが綺麗な言葉だ」
意味は分からずとも、発音と抑揚が歌うように奏でられていくこの国の言葉は、とても綺麗だ。
他にも神話や宗教、政治に地政と色々な番組を視聴していたら、物の名前の単語が頭に入るようになった。
「へえ、あっためっぺ? あだためっぺたーるで形容詞かな。ぷってぃが単数。ぷっぷ ぺたーる ぱだぱ ぴーよりよ」
教育番組もある。子供たちと一緒に歌って踊って単語を覚えた。
「まっふまっふぴーよりよ りーよりみよ とってけさーる まっふるんるん♪」
手の動きや足の動きが何かの生き物の真似らしい。
踊りながら黒い靄を引っ掴み、捏ね回し、引き伸ばしてみたら手打ち麺が出来ていた。
「いただきまーす」
ずぞぞっと、今日は蕎麦。
出汁の材料は冷蔵庫にある。これ欲しいな食べたいなと思って冷蔵庫のドアを開ければ、食べたい料理の食材が入っているので便利だ。
ただし冷凍庫が初期段階では付いて無かった。これではアイスが食べれない。
しばらく冷蔵庫だけ使っていたら、レベルアップで上の段に冷凍スペースができ、今では霜がびっしり生えている。
昭和時代、実家の冷蔵庫がこうだったな。霜取り作業は祖父の仕事であった。
今は俺一人だから俺がやる。知っていたのに霜舐めて舌をくっつけてしまったので、またやらかさないよう、誘惑の霜は取り除かねばならない。
******
お茶飲みたいな。
お湯の準備。IHコンロにIH対応小鍋を置いて、沸かす。
小鍋やらの調理器具がどうしてここにあるのかと言うと、食洗機や生ごみ処理機を何回も使っていたらレベルが上がり、ポコポコと生み出されたのだ。
気づいたら食洗機の中に食器が増え、食器棚代わりになってしまったのには笑えた。
しかしここ、システムキッチンなのに水道は無い。蛇口自体が取り付けられていないのだ。
なので水は冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを出す。
地元の滝の水だ。全国名水百選にも選ばれていた。前世はこの水で育ったのに、成人して地元を離れてから久しく飲んでいなかった。懐かしみつつ喉を潤す。
淹れた緑茶もうまい。
茶を飲みつつ思う。
そういやこの家、水周りが乏しい。
風呂と水洗トイレがないのだ。
三種の神器じゃないからだろう。
水洗ではなく、ぼっとん。排泄物は、この世に解き放ったら即消える。不思議。
風呂は洗濯場の隣に排水設備付きの部屋があることはあるのだが、風呂タブがない。代わりに盥を置いている。
体が小さくなった今、盥に湯を張り入浴するのは可能だけど、底が浅いので下半身浴だ。
「これなんかちゃう……全身浸かりたいのに……」
洗濯機を使えば使うほど、盥はもちろん洗濯石けんやタオルにボディソープ、洗濯ばさみに洗面器も生えてきてありがたい限りだが、肝心の風呂桶は出てこない。
レベルが足りないのかとも思ったけど、昭和の手動洗濯機から二槽式洗濯機になり、全自動洗濯機になり、ドラム式洗濯機になっても風呂桶は生えてこなかった。
「風呂、風呂、風呂はどこだ……」
盥で下半身浴に限界を感じた頃、近所の黒い靄も少なくなってきたので、ちょっと風呂を探して三千里しようと思い立つ。
「カローラIIに乗って~、君とでかけたら~♪」
陽気に歌う黒空の下~、そのままドライブ~♪
五歳児が無免許で自動車に乗るなって?
大丈夫、ゴーカートですよ、これ。
あと、異世界ですよ、ここ。
国際法なんか知ったこっちゃない。
五歳児の体にジャストフィットした運転席でアクセルを踏む。
ちなみに車種は初代カローラ、色はプルトー・ベイジ。土の色である。
歌とは関係なくて草。
最近の黒靄食べ放題で、ご近所の空気は少しスッキリしていたのだけど、しばらくすればまた湿った空気に包まれ黒靄パーティーの始まりだ。
「ひゃっはー!」
どこまでも続く白線の無いアウトバーン。平らな黒い大地だらけなので、時速百キロ超しても怒られなーい。
どこに向かっているのか──。
平成の三種の神器である薄型テレビくんが進化し、カーナビとなって目の前にある。
検索で行きたいところをインプットし、推奨ルートを走っているので不安は無い。
目的地は、ここから一番近い都市マフネッタだ。
ダフネシブト王国の辺境都市らしい。
到着予想時間は約二時間後。
途中でドライブ休憩。サービスエリアは無いので、再度、コテージを出してお家の中でティータイム。
三種の神器はガラケーに収納されているようだ。
出掛ける際、ガラケーをふりふり左右に揺らしたら、携帯電話の画面に吸い込まれるようにして収納された。便利。
ふりふりの仕方は初代プリキュアを参照にどうぞ。
休憩して五十キロくらい走行した頃、暗雲立ち込める不気味エリアを抜けた。
黒靄も薄く、灰色靄となっている。
大地にも斑だが草が生い茂り、岩がゴロゴロ、木も所々に見える。
更に十キロ、二十キロと進めば巨大な岩の台地が現れた。
「グランドキャニオンみたいだなーと」
元薄型テレビのカーナビくんが、台地のド真ん中を突っ切れとおっしゃるので、その通りに行く。
どうやら中心に空洞があり、そこがトンネルになっているようだ。風穴かな。風が通って自然とできた穴の壁には波形の模様が描かれ、芸術的だ。
神秘的なその風穴道路を通り抜けたらば、空には一気に青空が広がる。
「ヒュ~ゥ! 久しぶりのお日様だあ」
目いっぱい、太陽の光を浴びながら口笛を吹く。
窓を開けて風を取り込む。透明な風だ。黒靄は消えていた。
その代わり、草だらけ。見渡す限り草原。俺の背丈ぐらいある長い草が所狭しと前方を覆っている。
「なんてこった。これじゃあ進めない」
カローラの車高も優に越える草群だ。
刈りながら進むしか……。
「そうだ! いでよ『三種の神器』──掃除機たち!」
ガラケーふりふり、ポムポムッと現れたのは掃除機たち。
一つは、吸引力の変わらないたった一つの掃除機、その名もダイソーン。
もう一つは、丸型お掃除ロボット、天埜さんだ。
「天埜さん、ダイソーン、ゆくぞ、合っ体っ……!!」
天埜さんの上にダイソーンが乗り、俺はダイソーンの本体に足をかける。
「んっしょ、んっしょ、……」
頑張って乗る。五歳児の体にはキツイぜ。
なんせ天埜さんとダイソーンの体高を合わせたら、俺の足の長さとほぼ同格だ。
頑張らないと、の、のぼ、のぼれ、ぬぁい。
うんとこしょ、どっこいしょ、ふい~。
まあ、これでも小さくなった方で、ダイソーンの初期型など真っ赤で炊飯器みたいな形をしており体高は五十センチくらいあった。
そこから日々のお掃除によりシリンダー型になったり流線型になったりと変化し、今ではキャニスター型の黒メタリックなダイソーンとなったのである。
「天埜さん、発進だ!」
俺の掛け声で天埜さんの下部からアームが出て、地面を捉える。四足だ。そしてスムーズに歩き出した。
「よし、ダイソーンも、吸引!」
強ボタンを押すと、ホースとスティックが勝手に動いて左右の草を吸い込み始めた。
しゅるしゅるしゅるしゅる、淀みなく長い草たちを吸い込みまくる。詰まる様子は微塵もない。
前世の掃除機だと回転ブラシに髪の毛が絡むから、毛を切って除かないといけなかったよな。埃キャッチフィルターも洗って乾かしてと、実に面倒くさかった。
掃除機のくせに掃除するとこ多過ぎるんだよ。
しかしそこは神器、ノズル掃除もフィルター掃除もダストカップの掃除も、もう必要ない。
神的なサイクロンエンジンで、その辺の雑草なんか楽々と吸い込むぞ。根こそぎだ。
ロボット掃除機の天埜さんも、アームを駆使して歩きながら地面を均してくれている。
天埜さんには、走行機や埃吸い取り機能の他にも水拭き機能が備わっており、神器となった今、水拭きは神がかって地面の均しまで可能なのだ。
俺の後ろには、幅1.5メートルくらいの、ちょっと濡れた舗装道路が着々と出来上がっていった。
途中でおやつ休憩して、また再開した時だ。
「キュルにゃぁ~ん」
「どした? 天埜さん??」
天埜さんが猫になった。
何を言っているのか分からねえと思うが、俺もこの進化には戸惑う。だって、天埜さんたらレベルアップして体高が高くなり、いきなり俺を放り出すんだもんよ。
「うわー」
ぽてり、地面に転がりつつ天埜さんを見やれば、円形だったロボット掃除機は円柱型に伸び、その天辺はドーム型で猫耳が付き、側面にはつぶらで大きなどんぐりおめめが並んでいた。
「天埜さんが猫、猫になったあぁ」
「キュルキュルにゃおーおおぉぉん」
遠吠えに近い鳴き声を上げ、ここに進化系お掃除ロボ猫型天埜さんが爆誕した。おめ。
猫型天埜さんは強かった。本体に内蔵されているらしい鎌を振り上げ、道行く雑草をザックザク刈りだしたから。
更に浮いて、飛んでいる。
「待ってえ、天埜さーん」
どこまでもどこまでも、飛び跳ねながら草を刈って進む天埜さんに、走っても追いつけないと思ったのでカローラ出す。
「ピーピピピ、ブオ、ブオオオンン」
ダイソーンも負けじと自走し、天埜さんが刈りっ放しにしたそこらにある草束を吸い込んで、片付け始めた。
「ありがとダイソーン!」
心做しかダイソーンが張り切り出した。
草の根まで吸い上げて、でこぼこしてしまった土も、いつの間にか生えた自律走行キャピタルで均してくれる。
た、タイヤが進化して、いる……!
俺が命じなくても天埜さんの後始末をしてくれるなんて、すごい。優秀。ダイソーン、そこに痺れる憧れるぅ!
******
背高草原エリアを抜けたら、城壁が見えた。
城壁から突き出す尖塔、赤い屋根の家々を段々に辿ると、そこには巨大な城が……。
「あれが、白星城かな」
辺境都市マフネッタの白星城。『世界の城塞都市めぐり~辺境編』で観た通り、高い石垣の上に立つ巨大な要塞城だ。
白星の由来は、多くの戦乱を経てなお負けなし、常に勝利し続けてきた城であるから、らしい。かっけえな。
そんなお城を目指して、幾分か短くなった草をカローラで掻き分けつつ進む。
掃除機たちも、これまで通りに草刈りと整地──天埜さんは槌まで持ち出してドッスン──に精を出してくれるが、カローラの方が早いので先に行く。
帰りのことを考えると舗装道路はあった方が便利だ。掃除機たちには是非、頑張ってもらいたいところである。
俺のそんな思いまで汲み取って働いてくれるのは、やはり神器だからだろう。まるで最先端のAIが組み込まれているんじゃないかと思うことがある。
神様パワーだとは思うけどね。何にせよ、ありがたい。神様はこんな俺を救ってくれたのだ。感謝しかない。
「ブロロン、ブロロンロンロン」
心做しか張り切って俺を運ぶカローラにも感謝しつつ辺境都市を目指していると、とある武装集団に出くわした。
「おい、そっち行ったぞ! 止めろ!」
目の前に鎧を着た人が飛び出てきたので、慌ててハンドルを切り、避けたと思ったら違う人が俺を捕まえようとする。
「素早いぞっ」
「クソッ、しくじった、ヤネット!」
「あいよ、捕獲───ぅ」
頭上に網が舞う。遅いので避けれたけど、危ないなあ。
「プップーッ! パパパパーッ」
勢いでクラクション鳴らしたよね。
「うわっ、威嚇してきたぞ、こいつ!」
「変な音だす魔獣だ」
「新種か?」
「捕まえたら高く売れる?!」
わらわらと人が集まってきた。その全てが武器を持って武装した人たちだ。
俺を捕まえようと網で引っ掛けたり、刺叉みたいなので突いてきたり、矢が飛んで来たりもしたがカローラには効かない。
見えないバリアみたいなのが機能して、その全てを弾いている。
カローラ、やはり君も優秀。
「あぶにゃいよう! おれ、なに、したってゆうのお」
カラーテレビで学んだ異世界言語を思い出し、頑張って舌を紡ぐが、なんせ五歳児の体。舌っ足らずな上に、これまで誰とも会話してなかったのが仇となり、言葉になっているかどうかすら怪しい。
それでも、現地民には現地語で話しかけるのが一番だと思ったので、『レッスン① 挨拶』をしてみる。
「はーじめまちてえ。おれのなまえは、」
あ、名前ない。名無しの権兵衛だった俺……!
「うわああんんなまえ、にゃいいいい、なまえ、にゃいのお、うええんんんん」
さすが五歳児の体。心にショックを受け、悲しいと思ったら直ぐに涙が出た。
名前がない上に、更に、この世界では一人ぼっちだと気づいたらまた涙でた。
五歳児の涙腺、ゆるい。ゆるすぎるぞ。
「え、泣いちゃったぞ」
「というか、喋った」
「喋ったよな」
「よく見ろ、子供だ」
「むしろ幼児だ」
「てめえら、幼気なお子様を追いかけ回してたのか!」
「か、頭ぁ」
「ち、違う」
「魔獣だと思ってえ」
「魔獣じゃねえだろ、どう見ても……! くっ、こんな、こんな……!」
びえんびえんと泣く俺の前に、一人の女性が腰を下ろした。
俺と目線を合わせてくれたのだ。
「ちび助、大丈夫か? 怪我してないか?」
泣きながら、こくこく「だいじょぶ」と頷く。
怪我は毛頭ない。カローラのおかげで。
なんとなく、カローラが誇らしげに胸を張っている気がする。車の胸がどこにあるか知らんが。
「本当か? 本当にか? うーん……なあ、さわっていいか?」
怪我を確かめてくれるようだ。
幼児の言う大丈夫は大丈夫じゃないと知っている人なのだろう。
俺の場合、本当に大丈夫なのだが、この世界に来て初めて人と触れ合えるのかと思うとこ~撫でて欲しいとか思うわけで……。
すっ、と頭を差し出す。なでなで、お願いします。
ゆっくりと、女の人が手を伸ばしてきて、俺の髪の毛に触れる。
「ふわふわ……」
髪の毛を梳いてくれる手が、あったかい。
ほわ~となって涙は引っ込んだ。そのおかげで目がクリアになり、目の前の豊満な実りに気づく。
胸当てに阻まれているのにこの谷底の深さよ……D、E、いやF……まさかGまでいくか……?!
そんなことを考えていたら、「可愛いな」と女の人が呟く。
次の瞬間、両腕に抱き込まれた。
「むぎゅ」
「なんて可愛いお子様か……!」
おお、おおおお、鼻先に谷間がジャストーお! ジャストヒット、ナイスノウズ、スメルいいにお~い!
ふふふふ、ここが天国だったのか。異世界だけども。
俺の脳みそはそこで思考放棄し、お花畑にダイブした。
******
前世の救済だと神様は告げた。
異世界に転生して、既に報われた気になってしまったのは、Gカップに溺れて気を失うという幸せに見舞われたからだろう。
「あいがちょーごじゃいましゅ」
目覚めし一発目に異世界の言葉で感謝を述べる。異世界おはよう。
「起きたか。熱は……下がったようだな。飯は食べられそうか? その前に顔拭くか。待ってろよ」
薄着の女体が動いて、木桶に張った水の中で布を濡らし、絞ってから俺の顔に当てた。いい匂い。
丁寧に顔中を拭いてもらい、首も、体も、気づけば全身を清拭された。いい匂い。
「飯持ってくるからな」
そう言って薄着の天女さんは、プリっとしたお尻を俺に向けてから天幕を出て、直ぐ戻ってきた。
「ほら、食べな」
ぶっきらぼうな言い方なのに手つきは嫋やかだ。スープにパンを浸して渡してくれる。
俺は、お口あーんでもらった。ええ、もらいましたとも。
食べたら、いい子いい子してくれるし。またハグしてくれるし。
俺、五歳児で良かったです。
前世のキモイおっさんのままだったら、この薄着の天女は天へと帰ってしまったことだろう。
五歳児だからこそ、ここまで親身に世話を焼いてくれるのだ。それを忘れてはいけない。
いけないぞお、俺……て、んああああ、天女の胸ええええ柔らかくてきんもちいいいい……。
「いっぱい食べれたな。偉いぞ。……服がなくて、すまんな。なんせここは女所帯だ。今は子供もいないし、ちび助に合うのがない」
はい、なんということでしょう。
今の俺は真っ裸なのです。全裸ともいうよ。
ここは女傭兵団。女性しか構成員がいないらしく、子持ちの人は仕事中、別の場所に子供と着替えを預けているそうで、俺に合う服がないのです。
だが、案ずることなかれ。
俺には神器コテージから生えてきた子供服がある。
これまでも、コテージがレベルアップして部屋が増えたり、クローゼットが出現してその中に子供服がこれでもかと入っていたので、好きな服を着ていた。
そして、今回は────。
『私特製、白星Tシャツをご堪能あれ』
ガラケー画面に神様からのメッセージが届く。と同時に、服も届いた。
黒地に白い星と洒落たロゴが躍るTシャツと、鋲が打たれた黒色のGパン。赤系のスカーフとウェスタンハットに下着、靴と靴下もセットである。
着替えてから、ヴァリネアさんの前に立つ。
ヴァリネアさんは薄着の天女でGカップの、この女傭兵団の団長だ。
「どおでちゅか?」
「格好良いぞ」
ヴァリネアさん、褒めてくれるから好き。結婚してくれ。とは、さすがに口に出せないが、もう、それくらい心臓が脈打つ鼓動が烈しく情熱がファイアーだ。
頭も沸いて、おかしくなったらしい。
おかしい頭で聞いた。女傭兵団の事情。
『女傭兵団ホワイト・スタア』
名前の通り、白き星を掲げた女性ばかりの傭兵団。
初代団長は白星城のお姫様で、今は二代目ヴァリネアさんが受け継いでいる。
初代団長の依頼で、ここ一ヶ月くらい辺境都市マフネッタ近郊の魔獣狩りをしているそうだ。
魔獣を追っていたら俺がカサコソ動いていたため、魔獣と間違えて追いかけ回してしまったそうな。
「すまんかったな。この辺の草叢に隠れて動くものは魔獣マッフルクロスと相場が決まっている。よく見れば耳は長くないし人間の子供であるのに……」
マッフルクロスというのは耳長のマッフマッフした獣であるとのこと。
マッフマッフとは。
異世界で新しく知った謎の擬音語である。
腕組んで新擬音語のオノマトペに酔いしれるふりをしてみたが、何も思いつかなかった。
そんな俺へ、ちょんちょんと天埜さんがアームを伸ばしてつっついてくる。
「どしたん?」
気づいた俺が天埜さんがアームの先を指す方向へ視線をやると、ダイソーンが震えていた。
「マジでどしたんダイソーンんんんん?」
ぺっ、と吸入口より、何かを吐き出すダイソーン。
そこには、毛むくじゃらの小汚い生き物が転がっていたわけで。
「それ、マッフルクロスだ」
「…………」
ものっすごく長い耳を持ったウサギ似の生き物である。
「けっこう素早くて、生きたまま捕まえるのが難しい魔獣なのだ。よく捕獲できたな」
ダイソーンのことだから吸い込んだのだろう。吸入口より大きいものをよく吸い込めるなという疑問は愚問だな。神器だから。
生きたまま吸い込んでどこに保管していたとか、どうやって吐き出したかとかも愚問だ。神器だから。
「ちなみに、しんでたら、どうしゅるんでちゅか?」
「毛皮剥いで、腹割いて、魔宝石を取り出す。高値で売れるんだ」
魔獣は魔宝石というのを体内で生成するらしい。
小さい魔宝石を見せてもらったが、キラキラ光ってカラスが好きそうな石だ。
赤青黄その他色々、多数の色と効果があるが、マッフルクロスが生成するのはランダムで、稀にプリズムなど強い効果を発揮するレアな魔宝石を排出するという。
また、生きている限り魔宝石を排出し続けるのもマッフルクロスの特徴だ。通常、魔獣は一生に一つ限りしか魔宝石を生成しない。
そりゃあ、生け捕りにして飼いたくなるよなマッフルクロス。
「ぷきゅ」
「きゅい」
「きゅきゅ」
「ぷうぷう」
「ぷいーちょ」
うん、何故か五匹もここにおるけど。
******
「おお、おっきいねえ」
ヴァリネアさんに辺境都市マフネッタの中に連れてきてもらった。
城壁の高さに驚き、尖塔の高さにも驚き、街中の景色にも驚いて、とりあえず慣れぬ異世界言語で、おっきいと表現してみた次第。
大きな魔獣が荷車を引いていたりもするので、それにも「おっきいねえ」を使っておいた。
「こういう都市は初めてか? 南国から来たと言っていたな。あちらは魔力災害の影響が大きくて、かなりの都市部が壊されたと聞く。そんなところから一人で……よくここまで辿り着いたなあ」
親や出身国を聞かれたので適当に答えておいたが、どうやら俺が転生して出現したあの場所、魔力災害とやらが起きている土地らしい。
あの黒い靄や煤のような地面、ずっと天気が悪い緑もない土地は、過去に魔力災害とやらが起きて、ああなったということだ。
魔力災害が起こった土地は呪われ、今ではアンタッチャブル地域となった。
その周辺国も災害の余波で、特に南方面が不作や天候不順、魔獣の大量発生などで大変なのだとか。
アンタッチャブル地域は南東方面にある。
そこからのこのこやってきた俺は、マフネッタから見て南側の平原にいたわけだ。
だから、南国から来たという嘘は、一応の辻褄は合う。ただ、幼児一匹と神器三体の愉快な仲間たちパーティーが怪しいというだけで……。
はっ、ガラケーさんも入れて四体だった。ガラケーさんが怒っている。俺のポケットの中でバイブ音が激しくなった。仲間外れ良くないな。ごめん。
詳しい事情を掘り下げられたりはしなかったけど、ヴァリネアさんは身上怪しすぎる俺に、とても優しくしてくれる。
懐の大きな人だと感じ入る。おっぱいもおっきい。好き。
転生事情などは語れなかったが、マフネッタを目指した理由は話した。
「おふりょ、ほしい。おっきいの!」
と。
「大きなバスタブが欲しいということか?」
「しょう!(そう!)」
「マフネッタに売っているとは思うが……ちび助は風呂を買ってどうするのだ? そもそも買う金はあるのか?」
そうだった。普通、物を買うのに、お金が要るではないか。
どうしてここに来るまでに気づかなかったのか?! 神器を換金とか考えておきながら!
俺は一銭も持ってない。そもそも、通貨が何なのかも知らない。金か? 銀か? それとも物々交換か?
「おうちわ、ありましゅ……でも、おかねが、ありましぇん」
「家あるのか。親もそこに居るのだな? 購入資金は貰えなかったのか?」
「あう……おや、いましぇん。おうち、ありましゅ。ふろば、ありましゅ。おふろはいる、おけ、ありましぇん。おかね……かしぇぐの、できゆ?」
我ながら、おかしな説明だと思う。
親はいないのに家はある。風呂場はあるのに風呂桶がない。そして、金もない。
この国では児童労働が出来るだろうか?
「両親は亡くなって、家だけ残ったということか……気の毒に。家財まで失くして、それでも風呂だけは入りたい。稼ぎたい。働きたい。そういうことだな?」
「あい!」
いい感じに理解してくれたヴァリネアさんに感謝。
そういうことです!
「そうか。だが、十歳未満が合法的に働けるところを、私は知らないぞ」
その言い方だと、あるっちゃある感じだね。
聞けば、十歳から各組合に登録でき、簡単な仕事を斡旋してもらえるという。
それより年齢が幼い者は働けないはずだが、非合法で働いている子を見たことがあるそうで、どこかの組合が内緒でやっているのか、はたまた奴隷労働なのかと疑ったことはあるそうだ。
闇深い話ですな。
しかし、抜け道はある、と俺は閃く。
「あにょ、なにか、ちゅくってうる、できましゅか?」
「ん? ちび助、職人の子だったのか? そういや、職人の子や商売人の子が、家業の手伝いで働いてるのも見たことあるな。何を作れるのだ?」
「おかし、やけましゅ」
どや顔で胸張ってみた。
黒靄を原料に、謎のサムシングを生み出せるぞ。
何度も食べているが、うまい。材料が格安むしろ無料で、うまいとは最強だろう。
試食で、ちょっとヴァリネアさんにあげた。
ガラケーふりふり、ポンっとクッキー出る。
「くっきぃ、どうじょ」
「これ、ちび助が焼いたのか。美味しそうだ。いただこう」
食べる前から褒めてくれるヴァリネアさん。好きだ。
ガラケーにも突っ込まないでいてくれるし。
そういや掃除機や車にも、何も言って来なかったなあ。驚いた顔していたから、視界に入ってはいると思うけども。
クッキーを食べたヴァリネアさん、「うま……!」と、感激の一声。あざまっす。
「売れると思うぞ。ただ、営業許可を取るのに五歳児では無理だ。誰か保護者がいれば……私が、なってもいいぞ。ちび助が良いなら、私がその、お母さんに……」
おっほー。ママになってくださーい!
心の中では盛大に諸手を挙げて大賛成。ニヤニヤにまつきそうになる顔面を引き締め、「まま……ままになって、くれましゅか……?」と、ヴァリネアさんを見上げてみる。
あざとい。かなり、あざと可愛い五歳児のおめめうるうる攻撃であったことだろう。
「くぅ……っ、も、もちろんだ。私がママになってやる。私が、ちび助のママだ!」
何かをこらえるように拳を握り締めたヴァリネアさん、おおきな声でママ宣言だ。
この後、総合組合へ行ってヴァリネアさんが市場出店の営業許可を取ってくれた。
次の市から、陽の日の三回分、お菓子を売っていいよとなった。
「そーごーくみあいって、なんでちゅか?」
「総合組合は全ての組合の元締めだ。私は傭兵組合に所属しているが、小さな町だと無かったりする。そんな時は総合組合だ。どんな辺境だろうと村だろうと、総合組合だけは必ずある。ここで手続きすれば、入りたい組合に併用登録できるし、補助金や脱退の手続きも出来たりするな。職業斡旋もしてくれる」
「ほうほう。ようのひ、とゆーのわ?」
「陽の日ってのは、2、4、6、8……偶数の日のことだ。奇数の日は陰の日って呼ぶ。今日が陰の日だから、早くて明日から営業できるぞ。三回分の金額を前払いしたから、今月中の陽の日は市場のスペースを使っていい」
「ふむふむ」
「……本当に理解しているのか?」
五歳児にも丁寧に説明してくれるヴァリネアさんだが、半信半疑だったらしい。
「わかりまちゅ」
説明してくれたことを繰り返したら、「本当に理解しているとは……!」と、驚いていた。
やっぱり疑ってたんかーい。
最初の目的であったバスタブが売っているであろうお店にも連れて行ってもらい、値段を確認。
通貨単位や貨幣価値に関してはヴァリネアさんに聞いた。そこから換算すると、前世で三ヶ月、休日返上で働いたぐらいの金額、か……。
「店主、手付金を払うから予約にしてくれないか」
「はい、いいですよ。身元保証書などありますかね?」
「ホワイト・スター傭兵団、団長ヴァリネア・オスガルト・アンサムブランだ。組合会員証はこれ」
「ほう、団長さんですか。郊外の魔獣を退治して下さっている。いつもお世話になっております。ご予約、承りました。一ヶ月間、商品保証いたします。次にご来店の折、こちらの但し書きをお持ち下さいませ」
あっさりと手付金を支払ってしまったヴァリネアさん。手付金、元値の十分の一とはいえ、ポンと出していい金額じゃないぞ?!
「ゔぁり、ゔぁりねっ、」
「ネアで良いと言っただろうが」
あう。幼児の舌が短いのがいけない。異世界言語の発音がうまくいかなくてまごついていたら、略称で呼んでいいとヴァリネアさんは許可をくれたが……。
「くやちいの……がんばゆ……」
「無理すんなて」
慰めるように頭なでなでされて、更に悔しいのう悔しいのう。
そして、瞬間で涙がボロボロ零れるのが、幼児の仕様だ。
「あー、泣くな泣くな」
抱っこされて店を退出。
情けなや。頼りになる男になりたいと、心から思いました。
今世は無性だけど。
いいんだ。心はオノコ。
******
ヴァリネアさんに抱きつくコアラスタイルのまま、ベンチに座ってよしよし慰められるだけの俺。
べそべそ、めそめそ、えーんえーん。
幼児だからこそ甘えられる特権で思いっきり泣いた後は、疲れてきたのか眠くなった。
うつらうつらと、微睡みそうになった時だった。
「ああ~ら、ヴァリネア。こんなところで奇遇ねえ。ぷはー。子守りなんかしちゃって、いつの間に産んだのかしらあ。ふぅー。あたくし、知らなくってよ」
お嬢様しゃべりの修道女が、目の前に立つ。
キャラ濃い人だなと思ったのは、修道女なのに煙管を吸っているからだ。
言葉を紡ぐ合間に、煙を吐いている。
お子様に見せちゃいけない人だな。俺、今、お子様だけど。
「やあ、クィンシア。ごきげんようございます?」
「無理して上層位言語を遣わなくて宜しくてよ。はぁー。それとも、上流階級の輩と結婚でもしたのかしらあ? 貴女は婚姻などという低俗な枠組みに収まるような属性じゃなかったと思っておりましたのに……ふぅ、残念ね」
「結婚なんかしてないぞ。この子は……拾ったんだ」
「嘘おっしゃい。道の真ん中でママだと、恥じらいもなく公言していたではございませんか」
「なんだ。聞いてたのか」
「たまたま聞こえただけですわよ!」
聞いてたんだな。この姉ちゃん、俺たちが市街地に入ってから早々に見つけていたけど、これまで声かけないで、ずっと聞き耳を立てていたようだ。
そして今、満を持して登場! みたいな。
「そうか。聞いてたなら話が早い。この子には保護者が必要でな。私はママ代わりだ。本当の母になりたいのは山々だが、この子には亡くなったご両親の思い出を大事に生きてもらいたいからな。強制はできん」
え、ヴァリネアさん、そんなこと思っていたんだ。優しい人だ。好き。
こんな、中身は五十代の禿げたおっさんに、前世での両親の思い出なんて……とっくに薄れかけていたのに、ちょっと思い出してしまう。
体の弱い人たちだったから、元気してるといいな。俺という収入源が絶たれても、俺の死亡保険と年金と行政の助成金や補助金を駆使して、生き延びて欲しい。
「ぱぱ、まぁま……」
ヴァリネアさんの服をギュッと掴みつつ呟いたら、優しい彼女は背中ぽんぽんしてくれた。好き。
「拾ったと言うのは、嘘じゃないようですわね。ふぅー、仕方無いですわね。孤児院でも紹介して」
「あ、それはいい。この子、ご両親が家を遺しているみたいだから」
「上流階級の子なの?!」
「どうだろな。上手に菓子を作るから菓子職人の子かとも思ったが……魔獣をペットにして、魔法器具も与えられているみたいだから、上流階級、魔法を学べる家だったのかもしれない。南国から一人旅もできるほど、お供の魔獣は強いぞ」
なるほど、俺の神器たちは、そういう捉え方なのか。
ペットと魔法器具、ね。
俺の舌っ足らず説明をいい感じに補強してくれているな。ヴァリネアさんの解釈を今後は使わせてもらおう。
「南国……ロザリエッタからでしょうか? 世界一の魔導王国でしたが、今は……そう、それなら、こんなお子様が強力な魔法器具を持っていても、不思議じゃないですわね」
ヤニ修道女さんも納得してくれたようだ。
しかしこの人、本当に強烈なキャラしてんな。
後に知ることになるが、彼女はエルフで、エルフの信望する神に逆らい、エルフの国を捨て、アウトローな生き様を晒しているヤニ臭修道女なのでした。
ヴァリネアさんも、実はドワーフで、人族みたいな見た目で産まれてしまったため故郷を追われ、白星城のお姫様に拾われたおかげで今があると……。
同じように迫害されたり、理不尽な目に遭った女性たちを助けるのが生き甲斐な人だ。
根っからの善人すぎて、全俺が噎び泣いている。
超、好き!!!!
続きまへん。
三種の神器ネタは絶対他にも作品があると思う。
風巻的にはこんな感じでございました。
主人公の名前ですが……考えてないってこともないけど、名付けるタイミングを逸したらこんなことに。
ヴァリネアさんあたりが名付けてあげればいいんじゃないかな。ママだし。
〈他の、考えたけど書ききれなかったネタ〉
・神様のショタコンムーヴもっと激しく狂おしく書きたかった(キスまでしておいて何言うておるのか)
・カローラビームとカローラ9色レンジャー
・クーラーとセントラルヒーティングの機能
・魔獣の汚物の中から魔宝石
・黒靄お菓子のやべえ効果
後は、その後の展開で、12人の勇者で将軍という12勇将が主人公のパパやママになりたいと出張ってくる展開でした。
そこまで行ったらもはや連載と思い、やめました。連載する気は無いです。
こんなところの駄文まで読んでいただきまして、誠にありがとうございました。
また、何らかの作品でお会いできたらいいですね。
時間がある時に執筆してまして、まあ、ここ数年できてないです。人生に追われてます。
BLで長編を書きたいなあと夢見て……。
風巻ユウ




