ひねくれもの
私がひねくれ者であることは周知の事実だろう。なにしろ私はレポートを書くときだって感想を述べるときだって他の誰とも違う回答を出す。そもそもの考え方が違うのだ。
そんな私が人間に、人間の男に恋をすることがあろうなどと誰が考え付いただろう。いや、今現在その事実に気が付いている者がはたして何人居るだろうか。とにかく私には理解できないことだらけの現状から何としても抜け出したいと願った。
私が考察するに、彼は社交界の人間だ。彼はただ音楽のみを見ているようで、それでも人望はあるようだ。すれ違うたびに声を掛ける女たち。そう、彼の周りには女が多い。それは学校と言う空間に女が多いからなのかもしれないし、そもそも音楽に関わっている連中が女ばかりだからかもしれない。
とにかく私には理解できないが、彼は確かに社交界の人間なのだ。
彼が視界に入るたびに感じる何とも言えない感覚。苦しいのだろうか、悲しいのだろうか。それとも、これこそが喜びと言うのだろうか。ただ私には理解できない。
「おはよう」のひとことさえ伝えることもできないあの人を見るたびに動けなくなるのだ。理解できない。ただ、私がある。
あの女は誰?
その人は誰?
まるでストーカーのようだと自嘲しながらも止められない。いや、私は既に真のストーカーなのかもしれない。
弟の友達に「陰キャラ」らと称されてからまだそれほど時間は経っていない。自分でも根暗で引きこもりがちだとは思うことがあった。
だから、いや、だからこそ、一瞬でもあの人の視界に入るために無理してヒールを履いたり、無理して読めもしない楽譜を持ち歩いたり弾けもしないピアノに向ってみたりしているのだ。
音楽、そう、音楽さえ無くなればきっと…
いや、音楽が、音楽があるからこそ…
二つの声が脳内を支配する。
そして、あの人と目が合う。
何をしているんだろう。私。
もうあの人は私を見てくれているじゃない。
前々からずっと思っていた。世界にはあの人と私だけが居ればいい。あの人には私だけが居ればいい。愛する私が居れば幸せでしょう?
あの人が居る練習室を覗きこむ。熱心にピアノなんて弾いてる。
その曲は一体誰の為のもの?
ふと目が合う。不快そうに私を見る。
どうして? どうしてそんな視線を向けるの?
ああ、そうだ。照れているのね。照れ隠し。ええ、解かるわ。だって貴方、本当はとってもシャイなんだもの。
大丈夫、私はちゃんと解かっているから。
どうしてか解からない。けれど彼は最近あの練習室には居ない。いつも他の人が居る。きっと優しいあの人は他の人に譲ってしまっているのだと思う。
大丈夫、私はちゃんと探してあげるから。
ずっとそばに居るわ。
大丈夫。どんなにひねくれた私でも、貴方への愛だけは一直線だもの。