9.お礼の花
それから俺はエドラヒルを馬に乗せて、二日かけて、親戚のテントまで戻った。
「あそこの水辺の花畑で、少し横になりたい……」
途中途中、小川のほとりの小花が咲く場所で立ち止まりたいと言うので、馬を止めてやると、エドラヒルは野原に膝を抱えるように座り、目を閉じていた。
俺も目を閉じ、精霊の気配に耳を澄ますと、なるほど、彼が立ち止まりたいという場所は、風の精霊が気持ちよくそよいでいる場所だった。俺は他の属性の精霊の気配はそれほどわからないが、エドラヒルは精霊の調子のいい場所を感覚でわかるらしい。
そうして、そういった場所で休むたびに、彼の顔色はよくなっていった。
――体内の精霊バランスが整ってきたのだろうか。
やはり、エルフは人間よりは精霊に近しい存在なのだと思う。
テントに戻る頃には、元気になっていた。
「ただいま、戻りました……」
「オリヴァー! 無事でよかったよ。なかなか帰ってこないから……、エルフには会えたかい……?」
テントに戻ると、おばさんとおじさんが心配した様子で飛び出してきてくれた。
エドラヒルを見て、二人は目を瞬いた。
「――ずいぶんと、別嬪さんを連れてきて……、耳が長い……ってことは」
「――エルフの、エドラヒルです」
俺が紹介すると、エドラヒルは左右の口角を上げた。
しかし……左右の高さが合っていない。
――無理をしているようだと、少しの付き合いではあるがわかった。
「世話になる、……これを…」
エドラヒルは手を広げた。
手の中に植物の種があった。それが見る見る発芽し、綺麗な花が咲いた。
鈴のような形の、白い花弁。風がそよいで、リンリンと綺麗な音が鳴った。
「星鈴草——」
それは辺境地だけで咲く、珍しい花だ。
王都ギルドに持って行くと、種だけでもそれなりに価値がある。
「――これを、くれるのかい」
「里から持ってきた、大事な種だ。しかし、世話になるのでな。やろう」
そう言ったエドラヒルを見つめて、おばさんは顔を赤くした。
その様子を見て、おじさんは眉間に皺を寄せた。
「――え、エルフなんか、家に連れ込むと――面倒なことになるんじゃねぇか。前に花を一本盗んだというだけで連れて行かれた奴が……」
「その話はオリヴァーから聞いた。確かにそのようなこともあったらしいが――しかし、そいつは、里へ侵入し、盗みを働いたのだ。私は、自分の意思で里を出てきたエルフで……、誰も追いかけてこないから、問題は起きないぞ」
エドラヒルは押し切るようにそう言うと、視線を落とした。
「――私は、厄介者だったしな――」
その様子を見て、おじさんは「う」と声を呑み込んだ。
俺はエドラヒルの言葉が耳に引っかかっていた。
『厄介者』……。自分で言う程だったのか?
自分を見つめる視線を気にしないように、エドラヒルは急に顔を上げた。
「お前は、何色の花が好きだ」
「――え、俺?」
急に聞かれたおじさんは、視線を泳がせた。
「……赤?」
「なるほど。趣味がいい」
エドラヒルはうなずくと、服のポケットから別の花の種を取り出して、また咲かせた。
赤い花だった。その花束をおじさんに渡して、また口角を上げる。
「――世話になる」
「……中に、入れ」
おじさんは花束を受け取ると、テントの中へ俺たちを手招きした。
◇
「辺境民の住居の中はこのようになっていたのか」
エドラヒルは感心したようにテントの中を見回した。
「……なかなかに、快適だ」
そう言いながらテントの隅の枯草の上にカバーを被せたソファにごろりと体を崩して座った。
「――エルフっていうのは、もっと――内地の偉い人みたいな感じかと思っていたけれど」
おばさんが星鈴草の花束をテントの壁に飾りながら、苦笑して言った。
「なんだか――行儀が悪いねえ」
俺はおばさんに声をかけた。
「すいません。エドラヒルはちょっと――体調が悪くて……」
彼のあまりにくつろいだ様子は、それだけが原因ではないような気もしたが、そう取り繕った。
「――大丈夫なのかい? ちょうど、夕食を作ろうと思っていたところだから、温かいものでも……」
ふと横でエドラヒルが身を乗り出そうとしたのを、俺は手で制して、おばさんに笑いかけた。
「いや、エドラヒルは、肉の食べ過ぎで体調を崩してしまったようです。――体質的に、食べられないそうなんです」
「そうなのかい。――難儀だねえ」
おばさんは同情するようにエドラヒルを見つめると、「これを使いな」と膝掛を渡してくれた。




