5.エルフとの遭遇
「――明日は、森の反対側でやってみるか」
息を吐いて草原に腰を下ろし、馬から荷物を下ろしてテントの設営を始めた。
周囲は日が落ちて、暗くなりかけている。
元辺境民の父に連れられて、幼い頃はよくこの辺境地に来ていた。
草原で過ごすのは慣れている。
小型のテントを立てると、森から枯れ木を集めてきて魔法で火をつけた。
風が主属性だからといって、他の魔法が使えないわけではない。
魔法使いなら、火を起こし水を生む程度の生活魔法は誰でも使える。
荷物から鍋を下ろし、鍋の中に魔法で水を溜めると、そこに餌に使った羊肉を切り分けて入れ、持ってきた調味料を入れた。滞在していたテントのおばさんが俺に持たせてくれた、特製配合の鍋用調味料だ。袋分けされているので、一回の鍋で一袋をそのまま放り込めばいいらしい。とても便利でありがたい。
「――おいしい鍋を作っていますよ――」
ふと思い立ち、ぐつぐつと揺れる鍋を見ながら風で声を周囲に拡散してみた。
――ついでに、いい匂いも風に乗せて。
「――知っていますか? 辺境民の鍋は家庭によって味が違うんですよ――。鍋の味で親戚かどうかわかるって言われているくらいで――。うちの家系の鍋はですね、ピリッとした味が特徴なんです――、エルフさんは食べたことありますか――、一緒にどうですか――」
一人きりなのもあり、饒舌にそう独り言を言っていると――
「――分けて、もらえるのか」
突然の声に驚いて振り向くと、暗闇の中で、月光を浴びた銀の髪がそよいでいた。
辺境民が着る、ゆるい毛織の服をだぼっと着た、俺よりやや小柄な人影が立っている。
風に揺れる銀の長い髪からは、長い耳が飛び出していた。
「エルフ――」
「そうだ。私はエルフだ。お前は人間の魔法使いだな。――オリヴァーという名か」
「なぜ、俺の名前を」
「自分で名乗っていたではないか」
俺は最初に正攻法で頼んでみようと名乗ったことを思い出した。
「聞いていたのですか……」
「聞こえていた」
「――そのときは、出てきてくれなかったのですね」
思わずそう言うと、エルフは眉間に皺を寄せて、紫色の瞳を不快そうに俺に向けた。
「様子を、見ていたのだ」
それから、俺が座っている横を見つめた。
「そこに座ってもいいか」
「――どうぞ、いらしてください」
エルフはうなずくと、いそいそと焚火の近くに腰掛けた。ぐつぐつと煮える鍋を見つめて、つぶやく。
「――うまそうだな」
「――お腹が減っているのですか」
よく見ると、このエルフは顔色が悪かった。
陶器のような肌はもともと色白なのだろうが、青白く見える。
エルフは人間基準でとても整った容姿をしているとは聞いていたが、確かに絵画から出てきたような顔立ちをしていた。
初見では女性かと思ったが、声から察するに男のようだ。
「――減っている」
エルフはうなだれるようにうなずいた。
「――今、よそいましょう」
俺は鍋を椀にすくって、エルフに渡した。
彼はそれに口をつけると、ふっと大きく息をはいた。
「――いい」
“いい”という味の感想は珍しい。
とりあえず気に入ってくれたのだろうかと、胸を撫でおろす。
「肉だけで申し訳ないです。エルフさんの――お口に合ったようでよかったです」
「エドラヒル」
「え?」
「私の名前は、エドラヒルだ。オリヴァーよ」
エドラヒルは俺を見つめて、笑った。
――これが、俺とエドラヒルの初対面だった。




