3.ひとり、辺境地へ
教授の予想通り、予算も人員もつかず、俺は一人で遺跡に行くことになった。
とはいっても、管理局での仕事は免除され、休んで探索中の給与も出るということだったし、探索に必要な携帯食糧やテントなどは用意してもらえたので十分だった。
「辺境地は魔物がたくさん出るから、気をつけてね」
許可をとってくれた教授はそう言って準備を手伝ってくれた。
「成果があれば、研究所に入れるように、口添えするから」
そこまで言ってもらえたので、俺は、意気揚々とスキップするように辺境地へ向かった。
辺境地へは、魔法都市の隣にある西大陸の大国アスガルド王国を経由し、そこから北部辺境伯領へ向かう。
いわゆる“辺境地”と呼ばれる場所は、北部辺境伯領以北のどの国にも属していない地域のことだ。精霊の力が強いことから、強力な魔物が生息し、辺境民と呼ばれる国を持たない遊牧民が自給自足の生活をしている。
辺境地にはかつて今よりも魔法文明が栄えていた時代があったことを証明するような遺跡が多数見つかっている。
――そして、さらに奥地には、人が足を踏み入れることができない――エルフが暮らす『悠久の森』がある。
俺は辺境地に多少の土地勘があった。
なぜなら、俺は辺境地生まれだ。現在、家族はアスガルド王国北部辺境伯領に住んでいる。
俺が幼い頃、俺の父親は遊牧を捨て、辺境伯領の農民になった。
しかし親戚はいまだに辺境民として、辺境地で暮らしている。
「オリヴァーじゃないか。お帰り」
辺境伯領にある実家に帰ると、家族が出迎えてくれた。
野菜と肉を煮込んだ鍋をご馳走になる。
精霊力が強い地元北部の野菜や肉は、都市のものとは比べ物にならないくらいおいしかった。
「……遺跡の調査を任されたのか。すごいじゃないか」
任されたというか、重要視されずに一人で行くことになっただけだが、物は言いようだ。
父親は満足そうにうなずいた。
「魔法使いとして頑張っているようで、俺も鼻が高いよ」
……今の世界は、魔法使いが支配していると言ってもいい。
剣でも大砲でも魔法には敵わないのだ。
生活においても、例えば、魔法道具の発達した魔法都市であれば、夜でも魔法灯が灯って明るいし、部屋には空調があり寒い冬でも温かい。
魔法の才能があれば、貧しい生まれでも財を成せる可能性がある。
生まれつき魔力量の多かった俺を魔法学校へ行かせるため、俺の家族は辺境民としての生活を捨てて、定住した。
俺は家族の期待を背に魔法学校へ行ったのだ。
「その探索予定の遺跡はどのあたりだ?」
地図を見せると、父さんはうなずいた。
「そのあたりなら、俺の従妹の家族がいると思う。お前の面倒を見てもらえるよう、俺も一緒に行こう」
親戚というのは、こういうときに、ありがたいものだ。
俺は父親とともに、国境を出て辺境地へ行った。
馬に乗ってしばらく進むと、丸いテント型の辺境民の住居が見えてきた。
――親戚の辺境民だ。
「魔法使いギルドの遺跡発掘調査を任されたんだ。面倒をみてやってくれ」
父親がそう言うと、父親の従妹だというおばさんは、「すごいねえ」と顔を綻ばせた。
子どもたちは独立し、このテントにはおばさんと旦那さんしかいないようで、「拠点として好きにいてくれていいよ」と言ってもらえた。
――ありがたい話だ。
父親は内地へ帰って行き、俺は親戚のテントに滞在しながら、例の遺跡探索をすることにした。
けれど――
「――何も、ない」
行ってみると、そこに広がるのは、草原と崩れた石の残骸だけ。
『遺跡の発掘はもう終了している』という教授の言葉通り、どこを見ても、何もなさそうだった。
「……いや、何か、ある気がする」
俺はポケットから、教授に借りて来た例の「不完全な魔法陣」の水晶飾りを取り出した。
目を閉じ、水晶飾りを握り、風の精霊の気配に耳を傾ける。
小さい頃から父と一緒に家畜の世話をしながら、草原を撫でる風の音を聞いて育った。
この広い草原を吹き抜ける風の精霊は、俺の友人のようなものだ。
「――……、どこかに、魔力が、反応しているような……」
水晶に魔力を流すと、微かに風が揺らぐ気配があった。
俺はその気配を頼りに、残された古代の住居跡の石の残骸をくまなく見た。
「……古代魔法文字か、これは」
俺はその石に刻まれた文字を見て、思わずため息をついた。
古代の魔法使いが用いた古代魔法文字は、いまだに解明されていない。
何か書いてあるのはわかる。けれど古代の魔法使いたちが、何を意味してその文字をそこに刻んだのか、今の俺では見当がつかなかった。
そんなこんなで数日過ごした俺は、何の収穫も得られず、テントの中で寝そべっていた。
テントの中央で羊の鍋を煮込みながら、父親の従妹のおばさんが言った。
「何も見つからんのかい?」
「そうなんです。古代文字が読めればなあ――」
「魔法使いギルドの魔法使いさんでも読めんのかい」
「そうなんですよ。ずっと昔の文字ですから――悠久の森のエルフなら読めるのかなあ」
悠久の森に暮らすエルフは、人間より遥かに長命で、千年生きる者もいると聞いていた。
彼らは人間というよりは、精霊に近しい存在で、彼らの住処である森から出てくることは現代ではほとんどない。
――けれど、古代魔法文明があった時代は、人間と交流があったと言われている。そもそも、人間に魔法を授けたのは彼らだとも――
そんなふうに考えこんでいた俺の前に、ほかほかと湯気を立てる椀を置いて、おばさんは思い出したように言った。
「そういやね。旦那の親戚が森から出てきて、ふらふらしているエルフを見かけたって」
「……え?」
胸の奥が妙にざわついて、俺は身を乗り出した。もしエルフに古代文字を読んでもらえたら、何か発見があるかもしれない。
「……変なエルフみたいでね。焚き火をして肉を焼いて食べていたそうなのよ……」
「肉を焼いて?」
俺は目を丸くした。エルフは森の精霊のような存在で、食事をほとんどしなくても生きていけると本で読んだことがある。焚き火をして肉を焼いて食べるエルフなど聞いたことがない。
「……どのあたりで見かけたか、教えてもらってもいいですか?」
俺はおばさんに聞いた。
――面白そうなエルフだ、と思った。
もしかしたら、協力してもらうことができるかもしれない。




