2.それはきっと、通信装置
古城を改築したギルド本部の職員寮。その自室のベッドに横たわりながら、俺は考えを巡らせていた。
東大陸への派遣は、年単位の事業になるだろう。ベネッタをはじめ、若手の有望な魔法使いが派遣され、一緒に魔物退治や交渉に取り組む……。
ベネッタの他に名簿に記載されていた魔法使いたちを思い浮かべた。
いずれも名門と呼ばれる家系の優秀な魔法使いたち。――ベネッタの交際相手としても申し分ない。学生時代から彼女に思いを寄せる者は多かった。長期の派遣事業の中で、親しくなる可能性は十分にあるだろう。
「――情けない……」
自分自身が情けなくなり、俺は机に向かって、学習書を開いた。
魔法陣の型をノートに全く同じように写経する。
この作業は心を落ち着かせてくれる。――今はただ研鑽して、ランクを上げられるよう努力するしかない。
俺の専門は魔道具研究だ。道具を魔力に反応する宝石や、魔法陣を描き込み加工することで、魔道具に変える研究をしている。
「……」
その時、俺はペンを止めた。
それは「古代遺跡から発掘された魔道具」の魔法陣だった。
【ペンダントの小水晶に刻まれた不完全な魔法陣】と記載がある。
「確かに、不完全だ……」
俺はその魔法陣をくるくると回してみた。
俺の主属性である、風の精霊の反応を呼び起こす魔法陣。
けれど、魔法陣が閉じていない。
魔法陣というのは、基本的には円型でも四角型でも、端と端をつなげて「閉じる」必要がある。魔法陣とは、魔力を閉じ込め、その効果を固定するものだからだ。
――けれど、その魔法陣は、閉じていなかった。
「円型でも、四角型でもないな……、螺旋型……?」
俺はその魔法陣の説明を食い入るように見つめた。
西大陸北部の辺境地の古代の住宅跡地から見つかった装飾品の水晶に刻まれたものらしい。――出土したのは、半年前。最近だ。
「ペンダントの飾りに施されていた……」
常に身につけていられる装飾品に魔法陣を施す。
――何のために?
護身用として……、女性の装飾品なら……顔周りを輝かせる効果があるとか……。
「けど、風の紋様だ」
風魔法の魔法陣には、いろいろな用途がある。
空気の循環装置、舞台演出で花吹雪を舞わせるなど……それから、拡声……。
脳裏にケーキを頬張るベネッタの笑顔が浮かんだ。
「声を、伝える……?」
はっと閃いた。
俺の脳裏にこんな光景が浮かぶ。
この首飾りをつけた女性が、こっそりと物陰で囁くのだ。
「“会いたいわ”なんて……」
俺は思わずつぶやいてから、自分の想像に赤面した。
あまりにもロマンチックだろうか。今日、ベネッタとお茶をしたせいで、そんな気持ちになっていたのかもしれない。
けれど。
俺はもう一度魔法陣を見つめた。
不完全な魔法陣。――例えば、対になる存在があったとして、声のやりとり――通信に使われていた可能性は。
「あるんじゃないか……?」
俺はつぶやくと、いてもたってもいられず、その魔法陣を握りしめて部屋を飛び出した。
この書籍をまとめた魔道具研究の教授の部屋は同じ敷地内にある。
――これぞ、魔法研究の本拠地のいいところ。
「先生! この魔道具について! 詳しく聞きたいのですが!」
俺は教授の部屋のドアをノックした。
その時の俺はまだ知らなかった。
――これが、七十年続く“悪食”エルフとの縁の始まりになることを。
◇
「――こんな夜更けに、何だね、きみは」
扉から出てきた教授は、困惑顔でつぶやいた。
「ギルド本部管理局所属のオリヴァーと申します。先生の古代魔道具研究の講義は何度か拝聴させていただいたことがあります!」
そう言うと、教授は「ああ……」と言いながら眼鏡を直した。
「管理局のオリヴァーくん……、君、魔法陣の書き方がすごく上手だった……覚えてるよ、うん」
「覚えててくださって嬉しいです! この魔道具なんですけど!」
俺は例の【不完全な魔法陣】の水晶のページを先生に見せた。
「ああ……これ、辺境地西部の住居跡から見つかったやつね……」
「俺、仮説を思いついたんです! この水晶には対になる水晶があってですね!」
勢いよく先ほどの思い付きを説明すると、教授は目を瞬いた。
「うん。発想としてはおもしろいね……。なるほど。これを身につけた婦人が通信に使ったと……なんだっけ、『会いたいわ』?」
「いえ、それは、あくまで、想像なのですが……」
俺は先ほどの考えを全て口走ってしまったことを後悔して赤面した。
「最近の青年はロマンチストだね……。いや、私にはその発想は思い浮かばなかったな……」
教授は何度もうなずいてから、俺を見つめた。
「面白い話ではあるんだけどね。その遺跡の発掘はもう終了していて――君の言うような、対になるような水晶は見つからなかったのだよ」
「そうですか……」
――半年も前に終わった発掘。
その間、誰も気づかなかったのか。
「けどね。アイデアはとても面白いよ。……君は、研究者に向いているね。管理局に置いておくのは惜しいよ」
教授は俺に微笑んだ。
「そういったものが他の遺跡から出ないかどうか、私も頭に置いておくよ」
俺は黙り込んだ。
最近の魔法使いギルドは、東大陸への進出準備に忙しく、遺跡発掘が滞っている。
次の遺跡発掘など、どれくらい先になるだろうか。
そんな気の長い話は考えたくなかった。
教授が「面白い」と言ってくれたことで、俺は、自分の思いつきに、根拠のない自信を抱いていた。
「その遺跡の、再発掘――って、できませんか?」
「え? いや、もう発掘は終わってしまっているから――」
「もう一度、探索してみるのは、できませんか?」
食い下がる俺にずるずると追い詰められるようにのけぞった教授は眼鏡を持ち上げて、ため息を吐いた。
「――そんなに熱意があるのなら、再発掘の許可を申請してあげるよ。――ただし、予算や人員はつかないと思うよ。――そもそも、君、管理局所属で遺跡研究は業務じゃないしね」
「ありがとうございます!」
俺は教授の手を握って、ぶんぶんと振った。
——予算も人員もつかない。
つまり……“一人で行け”ということだ。
けれど、俺は嬉しかった。
一人でも構わない。俺の仮説を、俺自身の手で証明できる機会を手に入れたことに、ワクワクしていた。




