18.隠し空間からの脱出
俺は目を閉じて、周囲に風を起こした。
エドラヒルが外で植物を発芽させたのだろうか、空間が軋むのを感じた。
風に意識を集中し、空間の綻びを捜す。
「……あった!」
俺は目を開けると、杖を握り、見つけたそこへ渦巻を起こした。
暗闇が裂ける。
――次の瞬間、身体に巻き付くような拘束感が解け、自由になった。
ひらひらと、周囲に色とりどりの花が舞った。
俺の周りに、エドラヒルが発芽させた花が一面に広がり、小さな花畑ができていた。
その先で、銀髪のエルフが、紫色の瞳を俺に向けて、手を伸ばした。
「――災難だったな、オリヴァーよ」
俺はそいつの手を取り、立ち上がると笑った。
「助かったよ、エドラヒル」
エドラヒルは俺に手を伸ばすと、頭の上に乗った花びらを指でつまんでとった。
それから真剣な表情で言った。
「早く、出るぞ。今ので、この隠し空間も揺らいでしまった」
俺は周りを見回した。
周囲の空間が、歪んだ。
「――早く出ないと、飲み込まれる恐れが……」
「うわあああ、悠長に言ってる暇はないぞおおお」
俺はエドラヒルの手を掴むと、入って来た裂け目に向かって、全速力で走った。
――しかし、エドラヒルが、重荷のように俺の手を後ろへ引っ張る。
振り返れば――エドラヒルの足が、俺の速度についてきていないのだった。
「走るのは、苦手でな……」
「最初に、言ってくれ!」
俺はエドラヒルを担ぎ上げると、裂け目から外へ飛び出した。
そいつを担いだまま、ごろりと草原の草の上に転がる。
肺の中に清らかな空気が流れ込んだ。
地面に転がったまま視線を上げ、今出てきたところを見ると、今まさに、裂け目が閉じるところだった。
音も立てずにあの古の異空間は消えた。
後には薄暗くなった草原に、風がそよぐだけだった。
空を見上げると、雲が夕焼けで赤く染まっていた。
「はは、ははははっはっ……」
笑い声が周囲に響いた。
横を見ると、俺と同じくエドラヒルが地面に転がったまま、笑い転げている。
「――はははは、は」
俺もつられて、息を切らしながら笑ってしまった。
求めていたものが見つけられた達成感。緊迫感から解放された安心感。
いろいろな気持ちが入り交じり――なんというか、笑うしかなかった。
ひとしきり笑った後、俺は立ち上がった。
手に握った水晶の腕飾りを見つめる。
――これを解析すれば。遠距離で顔を見ながら言葉を交わすことができるようになるかもしれない。
「よかったな、それが欲しかったんだろう、オリヴァーよ」
エドラヒルも立ち上がって、俺の肩をたたいた。
「ああ。――俺一人では無理だった。お前のおかげだ。エドラヒル」
「構わんよ。……楽しかったよ、“草原に吹く春風”よ」
「……」
俺は一瞬黙ると、エドラヒルを見つめた。
「なあ、その“草原に吹く春風”ってなんだ?」
「お前のことだ」
「さっきも、“風穴を開ける者”とか、言っていなかったか?」
「言っていたな。――何か、問題が?」
「いや、少し気恥ずかしいというか……気になって」
「……エルフは、いろいろな呼び名をするものだ。例えば、私の母親であれば、綺麗な銀髪だったので里では“銀の星運河”や“輝く夜の星雲”などと呼ばれていた。私は……」
エドラヒルは視線を落とした。
「……“悪食”……」
「……」
沈黙が流れた。俺はエドラヒルの肩を叩いた。
「どうでもいいことを聞いて、悪かったな。好きに呼んでくれ……」
「それより」と、空を指差した。
「もう、夕方になってしまったな。探索を始めた時は、昼前だったのに……」
「空間魔法で作られた空間は、時間も狂うことがある。今回は特に、長く閉じていた空間だったから……」
俺は、調査の拠点にしている親戚のテントのある方を指差した。
「戻ろうか。おばさんが夕食を作ってくれているはずだ」
「……私も、戻っていいのか?」
紫の目を大きく広げたエドラヒルに、首を傾げる。
「もちろんだよ。疲れただろう。――君には、まだ頼みたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「――この水晶の解析を、一緒にやってほしい」
俺はエドラヒルの紫の瞳を見つめた。
「……魔法使いギルドに、俺と一緒に来ないか?」
そう言うと、エドラヒルは驚いたように何度か瞬きして、ゆっくりとうなずいた。
「――行ってやろう。……“悪食の友人”オリヴァーよ」
俺は、心から「ありがとう」と笑った。




