16.巨大蜘蛛
俺は引き出しから見つけた水晶の片割れをローブのポケットに入れると、エドラヒルの肩をたたいた。
「君の協力のおかげで、欲しいものは見つかった。――早々に、ここを出よう」
時間が経てば経つほど、入り口が小さくなっているはずだ。
早く外に出たかった。
だんだんと閉じていく草原とこの空間をつなぐ裂け目が目に浮かび、俺は足早にその小部屋を出た――その時だった。
「オリヴァー! 上だ!」
後ろからエドラヒルの張りつめた声がした。
――上――
彼の声に上を見た俺の身体が強張った。
頭上に大きな口があった。口だけで俺の頭ほどの大きさ。そして、天井に張り付く、長い八本の脚。――巨大な、蜘蛛!
そう思った瞬間には、俺に向かって、何かが吐き出された。
身体にべたべたしたものが纏わりつく。――糸だ。
「うわぁ」
間の抜けた声を出して、俺は杖を握りしめるとそのべたべたはりついてくる糸の塊を吹き飛ばすように風を起こした。
――この空間にもともといた蜘蛛が、空間の精霊力の影響で魔物化したのか。
隠された間はずっと眠っていたのかもしれない。俺たちが来たことで目を覚まして動き出したのか。――来たときは、気配に気づかなかった。
俺は杖を振って、風の刃を放った。
――けれど。蜘蛛はそれに気づき、風の刃へ向かって糸を吐き出した。
刃は、本体に届かず、糸に阻まれて消えた。
――翼狼の首だって、切り落とせる刃なのにな!
蜘蛛は音も立てずに壁を伝って、俺たちの来た出口の方へと移動していく。
――出口に陣取られると、面倒だ。
俺は蜘蛛の移動先を見た。小部屋の扉がいくつかある。
あの扉を開けると、捕獲の罠が作動する――
「エドラヒル、手前、右側の扉を開けられるか!?」
そう叫ぶと同時、横からシュルシュルと蔦が伸びていき、巨大蜘蛛の進行方向にあるドアノブに触れた。俺は杖を構えると、その蜘蛛の前に風の壁を作った。
――一瞬でも、足止めできれば。
蜘蛛の歩みが止まる――と同時に、エドラヒルの蔦がドアノブを回した。
シュン!
罠が発動し、空間が裂け、蜘蛛は黒い裂け目に吸い込まれた。
「――よし!」
と手を握った瞬間。俺の足がぐいっと引っ張られた。
「え?」
足元を見ると、足に、蜘蛛の糸が絡んでいた。蜘蛛が消えた黒い裂け目に向かって足が引っ張られ、俺は床に転ぶ。
「うわぁ」
そう叫んだ瞬間には、俺は真っ暗な空間に一人になっていた。
音も光も、世界そのものが途絶えた。
「あああああ」
自分の声だけが暗闇に響いていることに気づき、俺は立ち上がった。
――立ち上がろうとして、頭を、柔らかいものにぶつけた。
「――なんだ、これ」
尻をついた状態のまま、身体を動かせない。
伸縮する袋をぴったりと被せられたような。シーツで全身をぐるぐると巻かれたような。
そんな感覚だった。
「……蜘蛛と一緒に、引きずりこまれた……?」
俺はつぶやき、目を閉じて気配を探った。
風の精霊は、いる。
それをぐるぐると、空間の中を旋回させる。
「蜘蛛は、いない……」
一体ずつ分離して捕獲するのか。
「古代の空間魔法の技術は、すごいな……」
そうつぶやいてから、俺は目を開けた。
――暗闇。自分以外何の気配もしない、闇だ。
何も見えない。他に何の気配もない。身体も、動かせない。
「――どうしよう、か」
呟いた。
異空間に捕獲されてしまった。迂闊だった。
そう考えて冷静になると、心臓がどくんと鳴って、背中に寒気が走った。
「俺、もしかして――ずっと、このまま?」
呼吸と心臓の音だけが、やけに大きく響く。
俺は杖を握ると、風の気配を探った。
――風の精霊は、いる。けれど、外につながるような、空間魔法の綻びは、見つけられない。
この閉じられた空間には、俺しかいない。
その事実がようやく理解として胸に落ちてきた。
冷や汗が頬をつたった。
――その時だ。
ローブのポケットに、微かな振動を感じた。
身動きの取れない空間で身体をねじり、手を突っ込み、ポケットの中のものを取り出す。
――小さな水晶玉のついた、腕飾り。
その水晶が――かすかに、だが確かに、光っていた。
「――エドラヒル!」
俺は思わず、エルフの名前を叫んだ。
この見つけた水晶と対になる、もともと俺が教授から預かってきた水晶の首飾り――それは、エドラヒルが持っていたはずだ。
あいつが、俺に呼びかけてくれているのか?
俺は水晶に魔力を流して、呼びかけた。
「エドラヒル――!」




