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【完結】悪食エルフと風魔法使い、辺境遺跡でバディを組む ―古代の遠距離通信水晶を巡る冒険記―  作者: 夏灯みかん


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15/20

15.小部屋の中

 エドラヒルは俺と目を合わせてうなずくと、俺の前に出た。


「私は年長者だ。先に入ってみよう」


 そう言って、すたすたと部屋の中に足を踏み入れて、それから振り返って手招きをした。


「寝台と棚があるだけだ」


 中に足を踏み入れると、そこは言葉のとおりのシンプルな部屋だった。

 しかし、


「豪華な寝台だな……」


 天蓋がついた寝台は大きく、部屋の半分以上を占めている。

 部屋の壁には細かい装飾がなされており、狭い空間だが金がかかっているのが見て取れた。――ただの宿屋ではない雰囲気がする。


「そうだ、水晶を捜さないと」


 そんなことを考えていたら、入り口が閉じてしまう。

 俺は意識を水晶へと戻すと、水晶に魔力を流した。


「――あの棚の、引き出しのどれかだな――」


 俺は棚を見た。そのどこかから、確かな反応を感じる。

 ――しかし、引き出しはいくつもある。そのどれもが、開けば先ほどのように捕獲の罠が作動するのだろうか。


「……オリヴァーよ」


 声がして振り返ると、エドラヒルが俺を紫の瞳で見つめていた。


「――私もいるぞ」


「――そうだな」


「……」


 しばらく黙って見つめていると、エドラヒルは「はぁ」とため息をついた。


「水晶に魔力を流すのをやってやるから、お前は風でどの引き出しか探ってみろ、と言っているのだ。――察しが悪いな、全く」


「ああ、そういうことか。ありがとう」


 協力してくれる、とそういうことか。

 俺は水晶をエドラヒルに渡した。


「……“察しが悪い”は、言う必要はなかったと思うけどな……」


 そう付け加えると、エドラヒルは眉間に皺を寄せながら、水晶を握った。


「お前ひとりでやる必要はない、と言いたかったのだ」


 エドラヒルが水晶に魔力を流すと、水晶が今までで一番明るく光った。

 ――相方に共鳴するように。

 俺は目を閉じると、風の精霊の動きを探った。

 

 エドラヒルの手の中の水晶から、風の流れができている。

 それは、引き出しの一カ所へと、流れていた。


「ここだ、エドラヒル」


 俺は引き出しの一つを指差した。

 エドラヒルは水晶に魔力を流すのを止めると、ポケットから種を出して、発芽させた。

 蔓がしゅるしゅると伸び、引き出しを引っ張った。


 シュン!


 また捕獲魔法が作動し、蔓が暗闇に飲み込まれる。

 エドラヒルは再度蔓を伸ばすと、その引き出しの中から袋を取り出した。

 蔓はそれを俺の手の中に落とした。


 俺は恐る恐る、その袋を開いた。


「――あった!」


 中には、鈍く光を放つ――水晶飾りのついた、腕輪のようなものがあった。

 俺は目を瞬いた。

 まさか、本当に見つけられるとは。

 あの水晶の片割れ。

 

 ――そして、袋の中には、もう1つ、何か入っていた。 


「……これは、手紙?」


 入っていたのは封筒だった。

 封は開いている。中身を取り出してみると、柔らかな筆跡で、古代文字が並んでいた。

 俺は目を細めた。「騎士」「待つ」単語は読めるが――


 エドラヒルが俺の手から手紙を取った。


「読んでみようか。――だいすきなきしさま。ねんねするよるを、ずっとこころでまっていたの。わたしは……かごのなかの、ちゅんちゅん」


「ちょっと待て」


 俺は頭を抱えた。


「本当にそう書いてあるのか。子どもの“お手紙”じゃないんだから」


「いや、エルフ語の幼児語なんだ、お前の言う古代文字というのは」


 俺は『汝の名が』が『お名前なぁに』だったことを思い出した。

 古代文字はエルフが古代人に伝えたものだ。人が理解しやすいように幼児語を伝えたということであれば、エドラヒルから見ればそう書かれているのだろう。


「――もっと、こう、翻訳できないか」


「どのように」


「『だいすきなきしさま』は、『愛しの騎士様』、『ねんねする夜』は――“一緒に寝る夜”」


 文章の意味を理解した瞬間、顔に一気に熱が集まった。どう表現するべきか。

 ――こんなものを口に出して言う日が来るとは思わなかった。


「……えぇと、『一緒に過ごす夜』くらいか」


「――なるほど。やってみよう」


 エドラヒルは手紙をしばらく見つめてから、口を開いた。

 俺はごくりと唾を飲んだ。こいつにできるだろうか。


「――『愛しい騎士さま。あなたとのこの夜をどれほど待ちわびていることでしょう。夫に飼われる鳥籠の鳥のような私にとってあなたは青空』――」


「そこまででいい、エドラヒル」


 俺は慌てて制した。エドラヒルは上手く翻訳してくれた。

 しかし……耳が熱い。どうして俺が照れなければならないんだ。

 柔らかな絨毯。豪奢な装飾に満ちた小部屋。

 その中でも、ひときわ細工の凝った寝台。

 ――つまり、ここは。


「なんなんだお前は。翻訳しろだの、そこで止めろだの。要望が多い奴だな」


 それから周囲を見回す。


「人間というのは、複数の相手と契ることもあると聞くが。それは昔からなのだな……」


 興味深そうに呟くエドラヒルを、俺は思わず凝視した。


「君は……この場所がどういう場所だったか、わかっているのか?」


「もちろんだ。公にできぬ関係――たとえば夫以外の相手と逢瀬するための場所だろう。――あの遺跡は、大きな邸宅の跡地だったようだが、隠れてこのような場所を生業としていたのかもしれない。……忍び込んだものを捕獲するような仕掛けがあるのもうなずける」


 彼は淡々と答える。


「私はお前よりよほど長く生きている。そのような問いは不快だな」


「あ……悪い」


 俺は目を伏せた。――どこか浮世離れしていると思っていたのは、俺の勝手な思い込みだったらしい。


「ただ、君は人の社会のことには疎いのかと……」


「知っているぞ。人間は感情が豊かで、気まぐれだ」


 エドラヒルは部屋を見回した。


「移り気だからこそ、人間は繁栄しているのだろう。エルフも見習うべきところはある」


「……エルフは移り気ではないのか?」


「エルフにとって伴侶は運命の共同体だ」


 一瞬だけ、声が低くなる。


「生涯、ただ一人だ」


 彼は静かに息を吐いた。


「……だから、森は息が詰まる」


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