1.エルフの相棒
魔法使いギルド本部に併設する魔法学校の教授室のドアを、誰かが無遠慮にノックした。
――ドン、ドンッ。
「……また、あいつか」
顔を上げると、返事も待たずにドアを開け、そいつは部屋に入ってきた。
俺の机に駆け寄ってくるそいつのさらりとした銀の髪の隙間からは、尖った長い耳が飛び出している。
「――オリヴァーよ、新作のソースを作ってみたぞ」
意気揚々と、皿を俺の目の前に突き出す、こいつの名前はエドラヒル。
魔法使いギルドに唯一在籍するエルフだ。
「これは、なんだ? エドラ」
皿の上には、黄色く発光する、ぷるぷるとしたゼリーのような塊があった。
「マンドラゴラを煮詰めた魔法薬に、雷の精霊力を閉じ込めてみたのだ。なかなか刺激のある味で私はよいと思うのだが」
差し出された匙にそれを少しすくい、俺は口に入れた。
――途端、バチバチバチっという衝撃が口内に走り、俺は思わず飛び跳ねた。
「……どうだ?」
「――罰ゲームとしてなら、いいと思うが……」
エドラは俺の言葉の真意など気にせず、満足げにうなずいた。
「そうだろう、なかなかに、よいだろう」
俺は頭を掻いた。そうだった。こいつには遠回りな言葉は伝わりにくいのだ。
「……普段の食用には向かないな」
「――そうか。私は、なかなかいいと思ったのだがな」
しょんぼりとした親友の肩をぽんと叩いて俺は笑った。
「君の味覚は、少し変わっているからな」
俺はこいつと会った時のことを思い出した。
これは――まだ何者でもなかった頃の俺が、エルフのエドラヒルと相棒になるまでの話だ。
◇
当時俺は十九歳。魔法学校を卒業し、魔法使いギルド本部で働いて一年だった。
魔法使いギルド本部の管理事務室で書類を書いていた俺は、ペンを止めた。
俺が今書いているのは「東大陸派遣団」の東大陸行きの船を手配する書類だ。
今俺が暮らす、魔法使いギルドがある“魔法都市”リュクサリアは西大陸にある。
海を隔てた向こう側の東大陸には、まだ魔法使いギルドが整備されていない。
それを整えるために、東大陸へ魔法使いを派遣する――というのが、今のギルドの重要任務である――のだが。
「ベネッタ・シュゼイン……」
俺は名簿に記載された魔法使いの名前をつぶやいた。その名前だけが、妙に濃く見えた。
ベネッタ。目の覚めるような赤毛が特徴の魔法使いは、俺の想い人だったからだ。
「オリヴァーくん! 仕事落ち着いた?」
明るい声にはっと顔を上げると、扉越しに差し込む午後の光に、赤毛がきらりと揺れた。
ベネッタが事務室の扉からこちらをのぞいていた。
太陽のように明るい笑顔がまぶしい。
「はい……」
思わず小さい声でつぶやくと、ベネッタは後ろで結った赤毛を横に垂らすように首をかしげた。
「――お疲れ? 甘いものでも食べた方がいいよ。先輩が奢ってあげる!」
ベネッタは俺の黒いローブの袖を引っ張って、外へと連行した。
「ここのケーキおいしいんだよね」
カフェで向かい合ったベネッタは、そう言いながらもぐもぐとケーキを頬張っている。
彼女――ベネッタ・シュゼインは魔法学校で俺の二学年上だった先輩だ。
学校の魔法連携実戦の授業で同じグループだったのをきっかけに、俺は彼女に好意を持つようになり、今に至る。
「――オリヴァーくん? やっぱり、今日は様子がおかしい気がするよ?」
顔をのぞきこまれて、俺は息を吐いた。
――学生時代は声をかけることなどできなかったけれど、ギルド本部で働きだして再会してから、勇気を出して食事に誘い、最近ようやく彼女からも声をかけてもらえるようになったのに。……ようやく距離が縮まってきたところで、遠くに行ってしまうなんて……。
「――先輩、東大陸の派遣団、志願されたんですね……」
そう聞くと、先輩は「そうそう!」と俺の気持ちなどつゆ知らず、という様子で目を輝かせた。
「――東大陸に魔法使いギルドを整備するのに、『魔法使いは役に立つぞ!』って示しに行くのよ。魔物を派手に退治してるところを見せて――『派手に』なら私にぴったりでしょう?」
自信満々に笑うベネッタが眩しくて、俺は目を細めた。
魔法使いにはそれぞれ主属性があるが、ベネッタの主属性は彼女の髪の色のような炎――専門は、攻撃魔法。『派手に魔物退治』は彼女の得意分野だった。
「――もっと、ベテランの魔法使いが行くのかと思っていました」
かねてより計画されていた魔法使いギルドの東大陸進出はギルドにとっても一大事業だ。
向こうの国の王族とのやりとりもある。
派遣されるのはギルドの上層部の、身分の高い魔法使いかと思っていた。
ベネッタは俺と違って名門の魔法使い一族ではあるけれど、まだ学校を卒業して三年。魔法使いとしては新人扱いだ。
「――新人だからよ」
ベネッタはぱくっとケーキを食べてから、にっと笑った。
「上の人は、派遣を希望する人、少ないんだって。――ほら、期間もどれくらいになるかわからないし――、家族と離れたくないって人が多いみたいで」
「……そうなんですか」
確かに、東大陸へ行くには向こうの港町ルシドドまで船で一週間ほどかかる。
今回の主目的は、その港町の北にある東大陸の大国マルコフ王国に魔法使いの支部を作ることだ。目的を達成するには年単位の時間がかかるだろう。現在、遠距離の連絡手段は手紙しかない。家族がいる者にとっては、年単位で住居地を離れるのは覚悟がいることだろう。
「だから、逆に大チャンスっていうか――、ほら、本部にいると、何をするにも上の許可が必要でうるさいでしょう?」
ベネッタはくすくすと笑った。
魔法使いギルドは階級制度が整備されており、階級間の上下関係がとても厳しい。
魔法使いのランクはF級からA、特級枠のS級まで定められており、毎年の査定でランクが決まる。
ランク査定は魔法の実力だけではなく、家柄など、それ以外の要素も絡んでくる。
学校を卒業して一年、家柄のない俺はEランク。
名門一族出身のベネッタはCランク。
「私、竜の育成研究やりたいから――派遣で頑張るのが、一番近道かなって」
ベネッタは胸の前で両手を握った。
「さすがに俺は、派遣団には入れませんね……」
俺はうつむいてつぶやいた。
派遣員は誰でも立候補できるわけではない。
上層部が行かないと言っても、志願するにはベネッタのように、少なくともC級以上の魔法使いである必要があるだろう。
まだギルドに来て一年、Eランクの俺は志願できない。
……だから、彼女と同じ場所へは行けない。




