第16話 平均台の演技する話 2
後方転回を決めた後アユミは片足立ちになり、両手・右足を真上に振り上げた。動作はアラベスクっぽいが、形は全然違う。
ちょっと身体を整え、ステップして開脚跳び。ジャンプは予備動作も入れ、ほぼ一瞬だが、ほぼ180度の開脚ジャンプである。派手さはないし高さも足りないが、気を取られたら足を滑らせ落下するかもしれないから慎重にだ。
☆
「ねぇ! 八木先生っ、私ぃ、私ぃ彼女にグランパドウシャ、教えてあげたいっ。絶対良いよ、私、アユミちゃんのグランパドウシャ、見たい!」
ユイは小さくだが、興奮気味で懇願するように話しかけた。
さっきの開脚ジャンプは、まだまだ大技・グランパドウシャとは呼べないレベルだが、きっとアユミなら絶対に華麗に出来る様になると思うし、彼女自身の凄い得意技になると思う。そう確信していた。
「あら、ダメよ。そんな事~」
「え~、何でですかー?」
否定し、突っ返された事にユイは憤慨する。
「だって、磯崎さんには私が教えたいもの。パドウシャもグランパドウシャもピルエットも。しっかりと」
「ええっ!?」
しれっと、八木先生は返す。
そう言われたら返す言葉はない。正式な講師とサブでヘルプなユイの立場の違い。
しいて言えば、ユイはヘルプをテディで入れるから、教える機会はあるだろうけど、そこまでステップアップ出来るかという事。
「大丈夫よ、私は基礎を教えるから。それを完成させるアドバイスする機会はいくらでもあるわ。教え甲斐があると思わない?」
ユイからすれば、凄く複雑な目で八木先生を見つめるしか出来なかった。
でも、楽しみで少しウキウキしてしまった。
☆
そこからアユミは一回、軽く予備動作の小さいジャンプを入れた後、くるっとつま先片足で、勢いつけて横回転を入れる。慎重に、腕も真上の方に上げてバランスを取っていたが、
「あ!」
うわ、駄目だ。バランス取り切れない!
大きくよろけて落ちた。
低いから、転ぶことも膝をつくこともなく、すぐ下の木の床に着地できた。
思わずすぐネギお姉ちゃんとユイ先生が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
2人の心配そうな表情に、逆に落ち着いてきた。
心配かけちゃいけない。
「ごめんなさい。落ちちゃった。コレちょっと難しいの」
そういいながら、ペロッと舌を出した。
観客の幼稚園・小学生の子からは軽い笑いが起きていた。緊張の糸がちょっと切れたかも。
「続けるから、大丈夫」
そう言いながら平均台の同じ位置のところに飛び乗った。
ネギお姉ちゃんとユイ先生は少し心配そうにしていたけど、演技を再開するのを確認して、元の位置に戻って座った。
アユミが大丈夫と言うなら、こっちも大丈夫と思ってあげないと、変な緊張が演技するアユミに感染ったら駄目だ。
でも、ネギが駆け寄った時、ふっとアユミが目を逸らした視線に何か違和感を感じた。助けようとする行為を、拒否している?
何か、心苦しいものがある?
好意を負担に感じている?
ひょっとして……まさか……
そう感じるネギの思いとは裏腹に、アユミは演技を続投させていた。
『うん。バレエシューズ、やっぱ素足よりも滑りが違う。ちょっと気を付けないと』
さっきと同じ予備動作のジャンプを入れて、再度同じ横の一回転を入れる。回転の力とスピードは抑え気味に。止まった瞬間に、またよろけて落ちそうになるが、何とかこらえた。
心持ち、会場もほっと安堵の一息ついた。
『うん、同じ片足の横回転だが、ピルエットとは全然違う』
特に、平均台の上では、だ。
☆
「あの……」
小さな声で、ネギは八木先生に話しかけた。
「どうしたの?」
「あの、『くるみ割り人形』のCD、今あります?」
「あるわよ。来年の発表会で使うから」
そう言いながら、カバンからCDを出した。
元々八木が愛用で個人的に買った、スタニスラフ・ゴルコヴェンコ指揮・サンクトペテルブルク放送交響楽団・2003年収録版である。
今日のバーレッスンやセンターレッスンで使った、練習用アレンジとは別モノの。
それを見てネギは、満足そうに頷いた。
「あの、それで金平糖の精の曲を、かけて欲しいんです」
「この後で?」
「この後で」
この後、とはアユミの平均台の演技の後という意味である。
「演るの?」
「演ります!」
ネギは大きく頷いた。
「分かったわ。ユイちゃんCDプレイヤー、準備して」
「はい」
ユイはその列を離れて、それを取りに行った。
金平糖だったら、私も出来るよとユイは言いかけたが、あえてそれはやめておいた。確かに完成度では自分の方が上だと自負はしているが、今一番アユミにそれを見せてあげたいという気持ちでは、ネギの方がはるかに強い事が分かったから。




