第15話 平均台の演技する話 1
「あ、あの」
ボクは精一杯声を上げて、八木先生に話しかけた。
先生が不思議そうな顔で、こっちを見る。
「あの、みんなに見せたいものがあるんですが、良いですか?」
今日だけしか来れないという事は、どうしても言えなかった。
その代わりの提案。精一杯のボクの気持ち。
八木先生は当惑しながらも、にっこり笑って頷いてくれた。
「あの……ユイちゃん先生、手伝って貰って良いですか?」
「え?」
この教室のすみっこ、バーとかに交じって色んなものがあったが、その中に小学生が使うような平均台があった事に気が付いていた。
体操教室で使う様に高くもないし、長さもちょっと足りないけど、あれなら何とかなりそう。
それをボクとユイちゃん先生で運ぼうとした。
「あ、手伝うよ」
ネギお姉ちゃんと花江さんも来てくれた。
「じゃ、あのマットも一緒に」
皆が集まっている前に、平均台とマットを敷いた。
競技用の平均台は高さ1.2m・長さも5m。それに比べてこの平均台は、高さ30cm、長さも3m位しかない。でも幅は同じ10cmだから、大丈夫。
アユミはバレエシューズ脱ごうかと思ったがやめた。タイツだと滑りそうだから。
できればそのタイツも脱いで素足になりたかったけど、時間がかかりすぎるし、タイツを脱ぐためにはレオタードも脱いで、ほぼ全裸になる必要がある。
裸足じゃないのは不安だが、でも意外とこのバレエシューズは足の裏に床の感覚とか伝わるから、多分大丈夫。
「体操教室でやっていた演技なんですが」
そう言って、平均台のすぐ横に立った。
すると八木先生は、その見やすいところに、みんな座るように指示した。
ぎゅっと集まって、皆が体育座りする。
背の順と決めた訳じゃないだろうけど、前の方に幼稚園、真ん中に小学生。一番後ろに八木先生・ユイ先生とネギお姉ちゃん、花江さんと並んでいる。
「では、行きます」
そう言いながら1回右手を上げてから、平均台に両手を着いて身体を持ち上げた。横向きになって身体を両腕で支え、開脚180度で足を開いて、そのまま台に着地する。平均台に沿って、一直線の両足が乗っかった状態だ。
皆から見たら、ちょうど正面に相対峙している。
『安定悪いかと思ったけど、高さ低いからか何とかなりそう。ガタガタもほぼない』
そこから片足を少し下ろしながら横に柔軟した後、横向きのL字から片足伸ばしたまま、状態を持ち上げる。
『やっぱこのシューズ、足の裏に平均台の感覚が分かる。体育館シューズだったら多分無理だったと思う』
ゆっくり身体の柔らかさをアピールする波動の動きを入れた後、台の上に立ち上がっていく。
立ち上がって皆からは背中を向けて、両手を上げてYの字を作って直立。ただし平均台の上だから、バレエの時と同様に垂直にまっすぐ。
そのまま横に、踊る様にステップを踏む。腰をくねらせる仕草が少し色っぽいと言われた事がある動作。
『グリップがこんな感じなら、ちょっと位跳んでも大丈夫』
☆
「体操とバレエってー、似ているけど全然違うのねー」
ユイちゃん先生がぼそっとつぶやいた。
「根幹の部分は同じかもしれないけど、表現方法が違う感じ。まだ新体操とバレエの方が共通部分多いんじゃないかしら。興味深いわ。」
八木先生が返す。
これは講師として、色んな生徒を見て来た経験かもしれない。
☆
アユミは、その動きの後に横を向いて、つまりは平均台の長い方に向かい真後ろに身体を曲げていく。両手が後ろの台に着くと両手で縁をつかんで、反対の足は片足ずつゆっくり離れ、一回両足が180度一直線の開脚倒立で一瞬止まってから、後ろに降りる。ブリッジからの後方転回。規定技ではA難度。一番簡単ではあるが、同時に最低限クリアできないと、点数に加算されない。
『でもこれは、さんざんやったから自信ある。いつもの平均台ではないけど、幅は同じ。安定もあるから大丈夫』
☆
「ねぇ、ちょっと見たぁ?」
思わず花江は隣のネギに小さな声で話しかけた。
「見たよ。あの動きは凄いよね。古典じゃ無理だけどコンテだったら使えるかも」
コンテとはコンテンポラリーの事。バレエで古典に対して現代様式を指し、色々な表現が許される。
「違うわよぉ。あの娘の足、凄く甲がキレイなのぉ。羨ましいー」
「え? あ、そうかも……」
後方転回の時、足がゆっくり伸びきった時に見られた。足の甲が綺麗なアーチ状になっているのが、最も美しく優雅と言われている。
「あたしぃ、どんなに頑張ってトレーニングしてもぉ、あんなに綺麗に足の甲が出ないのよぉ。毎日ゴムタイヤで引っ張ってるんだけどなぁ」
花江が悔しがっている。
「あ、はは……」
身長と体型と足の甲は、努力で何とかなる部分もあるが、生まれつきで恵まれている場合も確かにある。
その花江のつぶやきはネギも自身に覚えがある分、ただ笑って誤魔化すしかなかった。




