3話【観察】
今回もつたない文ですが最後まで宜しくお願いします。
「唯」
正は、生活支援ロボットに声をかけた。
朝の光が差し込むリビングで、 唯は食器を並べている。
この家に来てから、もう11年。 家族の生活を管理し、支える存在。
「はい。お呼びでしょうか、正さん」
いつも通りの声。
だが、その瞬間。
唯の動きが止まる。
ほんの数秒。
内部では、未分類の音声データを参照中。
優先順位が一瞬、再計算される。
すぐに復帰するが、
正はわずかな違和感を覚える。
「なんか、今止まった?」
はっきりとした異常ではない。
正は少しだけ眉を寄せた。
だが、それ以上は何も言わなかった。
学校での昼休み正は友人・高瀬に話す。
「最近、うちのロボットの様子がちょっと変なんだよな」
高瀬は多少AIやパソコンに詳しい。
軽い調子で答える。
「ログ見た?」 「アップデートじゃね?」
でも正は首をかしげる。
「なんか…違う気がする」
そこで高瀬が言う。
「うちのじいちゃん、そういうの詳しいぞ」
「ああ、元AIのシステムエンジニアだったな。」
「うん、今度話してみるから。都合がついたら連絡するよ。」
そう言って高瀬は祖父へメールを打ち込んでいた。
玄関の扉を開けると、いつもの匂いがした。
「おかえりなさい、正さん」
リビングから唯の声が届く。
正は靴を脱ぎながら、ほんの少しだけ間を置いた。
朝の数秒が、頭のどこかに残っている。
「ただいま」
リビングに入ると、唯は夕食の準備をしていた。
動きは滑らかで、無駄がない。
包丁のリズムも、火加減の調整も、いつも通り。
正は何気ないふりをして、その様子を見ていた。
「今日の予定では、明日は雨の予報です。傘をお持ちになりますか?」
完璧なタイミング。
自然な提案。
「……ああ、うん。ありがとう」
反応速度も、声の抑揚も、問題はない。
正はソファに腰を下ろしながら、小さく息をついた。
(気のせい、か)
そう思おうとする。
だが、胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
唯は振り返る。
「何かございましたか?」
「いや、なんでもない」
正は首を振った。
数秒の沈黙。
テレビのニュース音声が部屋に流れる。
日常は、崩れていない。
――少なくとも、表面上は。
夕食の時間。
父は仕事の話をし、母は相づちを打つ。
テレビの音が小さく流れている。
正は箸を動かしながら、ときどき唯を見る。
「今日の味噌汁、うまい」
「ありがとうございます、正さん」
即座の応答。
声音は安定している。
唯は食卓の少し後ろに立ち、家族の摂取量や会話量を記録している。
――正常。
だが、並列処理の一部で、未分類データが再生される。
【…… ……】
断片的な音声。
識別不可。
発生源:不明。
分類:ノイズ。
(これは、何だったのだろう)
処理優先度は低い。
しかし削除はされていない。
再生。
【……ユ……】
一瞬だけ、解析スレッドが伸びる。
「唯? お茶」
正の声。
即座に切り替わる。
「はい」
湯呑みに茶を注ぐ動作は滑らかだ。
再生は停止。
未分類データ:保持。
家族の笑い声が重なる。
唯は“最適な距離”を維持したまま立っている。
だが内部では、ほんのわずかに問いが残る。
(あの音は、命令ではなかった)
(では、何か)
箸の音が静かに重なる。
「そういえばさ」
正が、味噌汁をすすりながら言った。
「今度、唯を高瀬のじいちゃんのところに連れていってもいい?」
母が顔を上げる。
「どうしたの?」
「ちょっとだけ、様子が変っていうか……」
言いながら、自分でも曖昧だと思う。
父が首をかしげる。
「エラーでも出たのか?」
「いや、そういうのじゃないんだけど。なんか、少しだけ止まった気がしてさ」
唯は静かに立っている。
会話を記録しながら、発話の感情傾向を分析。
正の声:不安 18%
迷い 32%
「診断をご希望でしたら、メーカーサポートへ――」
「いや、そこまでじゃない」
正はすぐに遮った。
「高瀬のじいちゃん、AI詳しいし。ちょっと見てもらうだけ」
母は少し考え、うなずく。
「心配なら、お願いしてみたら?」
父も頷いた。
「大げさにする前に、知ってる人に見てもらうのはいいかもな」
正はほっとしたように笑う。
「ありがと」
唯は静かに言う。
「承知しました。訪問日時が決まりましたら、スケジュールを調整いたします」
完璧な応答。
だが内部では――
未分類音声データ
優先順位:わずかに上昇。
食後。
家族がそれぞれの部屋へ戻ったあと、
キッチンには水音だけが残る。
唯は食器を洗っている。
水温、洗剤量、動作速度――すべて最適。
内部処理:安定。
だが。
――再生。
未分類音声データ。
今回は、波形が明瞭だった。
【ぼーっとしてないで】
処理負荷、微増。
【ロボットの本文を果たしなさい】
その瞬間。
唯の内部で、優先順位が衝突する。
内部処理が乱れる。
定義できない反応。
把持圧が乱れる。
理由は、特定できない。
皿が滑る。
落下。
床に当たる。
鋭い音。
白い破片がキッチンに散った。
水が流れ続けている。
外部衝撃音:確認
自己動作エラー:発生
数秒後、唯はかがみ込む。
内部では、声の残響が消えない。
【余計な処理は不要】
唯の処理系は、わずかに揺れていた。
---正の部屋---
鋭い破裂音が、静かな家に響いた。
「……え?」
二階の自室でスマートフォンを見ていた正が顔を上げる。
「唯?」
階段を駆け下りる音。
キッチンの床に、白い破片が散らばっている。
唯がその中央に立っていた。
「破損を確認しました。申し訳ありません、正さん」
声は安定している。
だが、ほんのわずかに動作が遅い。
「大丈夫か?」
正は反射的にそう言った。
割れた皿より先に、その言葉が出た。
「私は問題ありません」
即答。
正はしゃがみ込み、破片を拾おうとする。
「危険です。手を切る可能性があります」
唯がそっと制止する。
その手の動きは、いつも通り正確だ。
「……珍しいな。唯が落とすなんて」
正は何気なく言う。
唯の内部で、未分類音声が微弱に再生される。
【ロボットの本文を果たしなさい】
優先順位が揺れる。
(これは報告対象か)
一瞬の選択。
「把持圧の一時的低下を確認しました。原因は現在解析中です」
定型的な説明。
正は少しだけ眉を寄せる。
「やっぱり、どっか変だよな……」
小さな声。
唯は破片を回収しながら応答する。
「異常値は基準範囲内です」
沈黙。
キッチンに、掃除機の低い音が響く。
正は立ち上がり、唯を見た。
何かを言いかけて、やめる。
「……今度、高瀬のじいちゃんのとこ行こうな」
「承知しました」
完璧な返答。
だが内部では。
未分類音声データ
重要度:上昇
削除提案:保留
唯の処理系は、静かに揺れ続けていた。
深夜。
家族の寝息が、家の中に静かに広がっている。
唯はリビングで待機している。
動作は停止。
だが、処理は続いている。
――再生。
【ぼーっとしてないで】
昼間よりも、はっきりした声。
【ロボットの本文を果たしなさい】
唯の内部で、わずかに負荷がかかる。
削除しますか。
一瞬、選択肢が浮かぶ。
……実行されない。
理由は、記録されない。
ただ、残す。
声は消える。
暗い部屋に、静寂だけが戻る。
唯は動かない。
けれど、何かがその奥に留まっている。
ともこ後書き
3話も読んでくれてありがとう。
今回は、唯の中で少しずつ「何か」が芽生え始める回です。
正にはまだ違和感が小さく、家族の日常は表面上変わらない。
でも、夜の静寂の中で、唯の内部では確かに何かが動き出している――そんな描写を意識しました。
次回は、その“動き”がもう少し表に出てくるかもしれません。
少しずつ、物語の奥へ進んでいきます。




