第6章 ― ムカデの告白
その部屋に、勝者はいなかった。
残されたのは、重く沈んだ沈黙だけ。
まるで豪奢な壁そのものが、
長く築かれてきた何かの崩壊を見届けているかのように。
ジンの身体は、冷たい大理石の床に横たわっていた。
その背後には、彼の玉座がそびえ立っている――
壮麗で、輝き、
そして今は、空虚だった。
口元から細く血が流れ、
彼が誇り続けてきた豪華さと、痛々しいほど対照をなしている。
傍らでは、オクタが膝をついていた。
主の肩を支えるその手は、震えている。
「……我が主……」
声がかすれる。
「なぜ……なぜ、避けなかったのですか……?」
語り手は、
ジンが口を開く前から、その答えを知っていた。
これは、勝ち負けの話ではない。
ジンは小さく笑った。
力のない、かすれた笑い。
長い間、すべてを一人で背負ってきた者の笑いだった。
「……もう、疲れたんだよ。オクタ」
オクタはうつむく。
「主は、勝てました……
軍勢も到着していました。
たった一言、命令を下せば……」
「分かっている」
ジンは静かに遮る。
「だからこそ……それが問題なんだ」
彼の視線は天井へ向けられる。
意味を失ったまま輝く、シャンデリアの光。
「俺は一生、月島でこう呼ばれてきた。
センティピード――千の足」
声に、苦味が混じる。
「千の配下。
このシステムを作ったのは俺だ。
触れずとも、人を倒せる。
それが……力だと思っていた」
ここで、真実が浮き彫りになる。
ジンは弱くなかった。
だが――
本当の意味で、強くもなかった。
「結局……」
ジンはかすれた声で続ける。
「それは、俺が隠れるための方法だったんだ」
オクタは言葉を失う。
初めて彼は、
ジンを“柱”ではなく、
一人の人間として見ていた。
古い建物の外。
ヴェルの足音が、静かに夜に溶けていく。
夜が降り始め、月島を灰色に包み込んでいた。
レオとユキが、彼を追う。
「ヴェル!」
レオが叫ぶ。
「正気か!?
相手はジンだぞ!
第六の柱だ!!」
ヴェルは立ち止まった。
風が髪を揺らす。
「分かってる」
落ち着いた声。
「だったら、なんで一人で行ったのよ!?」
ユキが声を荒げる。
語り手は、
ヴェルの表情にあるものを見た。
怒りでも、驕りでもない。
決断だった。
「俺は、戦いに行ったわけじゃない」
ヴェルは言う。
二人は言葉を失う。
「確かめに行っただけだ」
彼は続ける。
「このシステムが……
本当に、壊す価値のあるものなのかを」
ヴェルの脳裏に浮かぶ、あの玉座。
恐怖の上に築かれた豪華さ。
他人を踏み台にして成り立つ権力。
「七柱を壊すなら……」
彼は低く言う。
「人じゃない。
基盤だ。システムそのものだ」
ユキは息を呑む。
「……それで、最初がジン?」
「違う」
ヴェルは答えた。
「選んだのは、俺じゃない」
「ジン自身だ」
再び、あの部屋。
オクタはジンの手を握っていた。
「我が主……
すべてを、あの少年に託すのですか……?」
ジンは、薄く微笑んだ。
「世界を託すわけじゃない」
彼は言う。
「ただ……
扉を開けただけだ」
小さく咳き込む。
「俺は……
ヤミに、挑んだことがある」
オクタは息を呑んだ。
「……な……」
「負けた」
ジンは正直に言う。
「何度もな」
長年、胸の奥に押し込められていた恐怖が、
ついに言葉になる。
「ヤミが怪物なのは、力のせいじゃない」
ジンは続ける。
「あいつは、このシステムを信じている
だから怪物なんだ」
深く息を吸う。
「ヴェルは違う。
柱を拒み、
権力を拒む」
小さな笑みが浮かぶ。
「ああいう子供なら……
すべてを、壊せる」
一方その頃――
月島のさらに上層、遠く離れた場所で。
ヤミは、口元を大きく歪めて笑っていた。
「……そうか。
ジンが、落ちたか」
禍々しい気配が、部屋を満たす。
その瞳は、狂気じみて輝く。
「ようやく現れたな……
緋村ヴェル」
拳を握りしめる。
「さあ……
見せてもらおう」
「お前が――
英雄なのか……」
「それとも――
次の犠牲者か……」
語り手は、ただ一つだけ確信していた。
あの夜を境に、七柱はもはや完全ではない。
そして、月島は――
二度と、元には戻らない。
――つづく




