月島の七柱
授業は、いつも通りに進んでいた。
黒板に当たるチョークの音。
ページをめくる音。
従順を装う生徒たちのざわめき。
――静かすぎる。
月島高校という名の学校には、不自然なほどに。
ヴェルは椅子にもたれ、虚ろな視線で窓の外を眺めていた。
学校という世界は、彼の関心を引いたことがない。
――休み時間のベルが鳴るまでは。
キーン――
レオ・レオとユキが、真っ先に彼の席へと駆け寄ってきた。
二人の表情は、やけに高揚している。
「なあ、ヴェル」
レオが身を乗り出し、声を潜める。
「俺たちが、さっき何をやったか分かるか?」
ヴェルは視線を向けることなく、弁当箱を開けた。
「重要じゃないなら、静かに食わせろ」
レオは満面の笑みを浮かべた。
「俺たちは――
七柱の一人を倒した」
ヴェルの箸が、空中で止まる。
ユキは楽しそうに口角を上げた。
「全部、撮ってあるわ。
写真も動画も。
もう学校のグループに流した。
今ごろ……月島中が知ってる」
ヴェルは小さく舌打ちした。
「……うるさい連中だ」
「問題は、そこなんだ」
レオの声が低くなる。
「今、全員の視線が君に集まってる。
残りの六柱は、黙ってない。
君を“脅威”と見るはずだ」
ヴェルは立ち上がり、鞄を肩にかけた。
「そんな話、興味ない」
だが、立ち去る前に足を止め、振り返る。
「……で、その“七柱”ってのは、何だ?」
レオは一瞬黙り込み、
やがて椅子を引き、ヴェルの正面に座った。
まるで、禁忌の話を始めるかのように。
「七柱――」
レオは低く言った。
「月島で、最も強い七人だ」
ユキが腕を組む。
「彼らは、ある一つの大事件から生まれた。
月島と、この街最強の学校――シガンシナとの抗争」
レオが頷く。
「約三十年間、シガンシナは頂点に立ち続けた。
月島が勝ったのは、たった三度。
その三度の勝利から……三つの“最強世代”が生まれた」
ヴェルはため息をつく。
「長い。要点だけ言え」
「第二世代だ」
レオは即座に続ける。
「四人の騎士と呼ばれた」
ヴェルは目を閉じた。
「……続けろ」
「一人目」
レオが語り出す。
「ヤマ――天空の王。
当時の月島の支配者。
彼の一言で、学校一つが屈した」
ユキが補足する。
「その名は、今でも恐れられてる」
「二人目」
レオが続ける。
「タカ――ザ・ロンリーウルフ。
最強の防御を持つ男。
どんな拳も、彼の体では跳ね返る」
「三人目」
ユキが言った。
「ラベラ――傘の魔女。
ホワイト・ロータスのリーダー」
「彼女には二人の部下がいた」
「弓使いのアンナ、
ゴム銃を操るミヤ」
レオは声を落とす。
「ホワイト・ロータスは、ある大事件をきっかけに姿を消した。
噂では……
特殊少年院に収監されたらしい」
「そして最後」
レオが締めくくる。
「ジン――千の部下を持つムカデ」
「聞いた話じゃ――」
ユキが言う。
「この学校で一番の金持ち。
用心棒を雇うこともできるらしい」
レオが頷く。
「いや、学校中の生徒を雇えるほどだ」
教室の空気が、重く沈んだ。
「そして今――」
レオが言った。
「時代は、第三世代だ」
「七柱」
ユキが静かに告げる。
レオが、一人ずつ名を挙げていく。
「ヤミ――怪物。
二年生。
三つの謎の“変化”を持つ。
正体は、誰も知らない」
「ヤマは彼に敗れ、忠誠を誓った」
ユキが続ける。
「今は三年生よ」
「タカ――ザ・ロンリーウルフ」
レオが言う。
「今も体制を拒否している。
本来は三年だが、二年に留まっている」
「噂じゃ――」
「ヤミにもヤマにも、触れられていない」
「二人より強いとも言われてる」
「……ただし」
レオは肩をすくめる。
「彼は、決して戦わない」
「レイン――蜂の女王」
ユキが言った。
「レッド・ロータスの支配者。
狂信的で、危険な軍団よ」
「木剣使いのローズ(三年)」
「鞭使いのアラ(二年)」
「ナックル使いのシエラ(一年)」
「そして――イザベラ(一年)」
レオが息を吸う。
「ヨンビ――四尾。
二重人格。
行動は予測不能」
「死の双子」
ユキが冷たく言った。
「ゾンビとクレイジー」
「ジン」
レオが続ける。
「三年。
今も千の部下を従えている」
一拍。
「そして最後……」
「ザ・フラッシュ」
ユキが囁く。
「最年少の柱。
一年最強」
レオがヴェルを見つめる。
「……そして、最初に倒れた柱だ」
沈黙。
「今――」
レオが言った。
「新しい名前が、囁かれ始めている」
ユキが、薄く笑う。
「ヒムラ・ヴェル。
一年生」
「そして――」
レオが続ける。
「二人の“代理柱”。
俺と、ユキだ」
ヴェルは立ち上がった。
「俺は、柱になる気はない」
冷たい声。
歩き出し、
扉の前で足を止める。
「だが――
このシステムが壊れているなら……
壊すべきだろ」
外では、
力の歯車が、静かに回り始めていた。
そして初めて――
月島の七柱に、亀裂が走る。
さらに外では――
七柱が、動き出した。
――つづく




