第15章 ― 女王蜂の悪い噂
翌日が訪れた。
噂は、常識外れの速さで広がっていった。
廊下から廊下へ、教室から教室へ。
小さな囁きから、疑念に満ちた鋭い視線へ。
嵐の中心にいたのは――
レインとヴェル。
2年A組。
レインはいつも通り席に座っていた。
表情は静かだが、瞳は氷のように冷たい。
隣には、同じクラスの配下――アラ。
突然――
バンッ!
教室の扉が激しく開く。
「姉さま!!
あの噂って、本当なんですか!?」
叫んだのは、3年A組のローズ。
レインは振り向きもしない。
声は淡々としているが、芯があった。
「その話はやめなさい、ローズ。
くだらない噂よ。
誰が流したのかも知らない」
だが、空気が落ち着く前に、
さらに二人の少女が現れた。
「姉さま、ヴェルに負けたって本当ですか!?」
不安そうに問うシエラ。
すぐにイザベラが続く。
「それに……ヴェルと付き合ってるって……?」
ローズが拳を握りしめる。
「姉さま!
あの男は姉さまを利用して、
第三の柱の座を奪おうとしてるんです!
騙されないでください!!」
――その瞬間。
レインが立ち上がった。
冷酷で、断固たる気配が一気に溢れ出す。
教室の空気が、重く沈んだ。
「ローズ。アラ。シエラ。イザベラ」
その声だけで、教室全体が静まり返る。
「私を疑わないで。
その汚い噂を信じないで」
「私が“違う”と言ったなら、
それが答えよ」
――キーン。
チャイムが鳴り響く。
「安心しなさい」
レインは続けた。
「放課後、
体育館でヴェルと戦う約束をしている」
「私と彼、二人だけ」
四人の配下は一斉に頭を下げた。
「……承知しました。
申し訳ありません、姉さま」
こうして授業は、
何事もなかったかのように始まった。
――まるで、
嵐が放課後まで待っているかのように。
休み時間。
ヴェルが学食の席に座った、その瞬間――
「アハハハ!
お前すげぇな、ヴェル!」
レオが肩を叩く。
「まさか柱に恋するとはな!」
「アハハハ!」
ユキも大笑いする。
「ヴェルが女王蜂に恋するなんて、
誰が想像したよ!」
ジンも近づいてきた。
「どうやって落としたんだ、ヴェル?」
そこへフラッシュ。
「拳じゃなくて、
愛の力で柱を攻略するとはな」
不気味な笑い声が響く。
「クククク……」
クレイジーがニヤつく。
「第三の柱、
もう落ちたってことかな〜?」
ゾンビはなぜか泣いていた。
「ひゅぅひゅぅ……
恋の戦いは、普通の戦いより強いよぉ……」
その時、食堂の入口から叫び声。
「ヴェル先輩いいいい!!
マジでかっこいいです!!
尊敬してます先輩!!」
――ヨンビだった。
命を救われて以来、
彼は完全にヴェルの狂信的ファンと化していた。
ヴェルは深いため息をつく。
「……頼むから、
少しは静かにしてくれ」
ジンが真剣な表情になる。
「だがヴェル、
これは冗談じゃない」
「第三の柱を倒したのか?
もしそうなら、残りは二人だぞ」
フラッシュも首を傾げる。
「そもそも、
どうやって急に付き合ったんだ?」
ヴェルは机を見つめた。
「違う。
俺たちは付き合ってない」
「第三の柱も、
まだ倒してない」
一同が凍りつく。
「今日の放課後、
体育館でレインと戦う」
「「「ええええええ!?」」」
全員が声を揃えた。
「本気か!?」
レオが叫ぶ。
「……ああ」
ヴェルは静かに頷く。
「実は――」
ヴェルは、
これまでの出来事をすべて話した。
驚く者。
引く者。
嫌悪する者。
そして、
本気で心配し始める者。
下校のチャイムが鳴った。
待ち望まれ、
そして恐れられた時間が来た。
体育館。
レインはすでに待っていた。
刃のない鈍剣――
傘に収められた木刀を携えて。
ヴェルも仲間と共に現れる。
レインの背後には配下たち。
「戦うのは私とあなただけよ、ヴェル」
レインの声は冷たい。
「あなたの仲間を下がらせなさい」
「分かった」
ヴェルは頷く。
「その代わり、
君も部下を下がらせてくれ」
レインは少し考え、頷いた。
「いいわ。
観客席に座らせるだけで」
薄く笑う。
「あなたが斬られる顔を、
部下に見せたいから」
レインは木刀をヴェルに投げた。
「取りなさい。
戦いなさい」
――キャッチ。
二本の木剣が、向かい合う。
カァン!!
初めて剣が交わった。
そして、
その問いが空気に響く。
――どうやって、
ヴェルは“女王蜂”を倒すのか。
傷つけることなく。
― つづく




