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第14章 ― 若き日の甘い恋

日々は、何事もなかったかのように始まった。


月島の生徒たちは、いつも通り学校へ向かう。

危険の兆しもなく、サイレンの音もなく、

校舎の廊下に血が流れることもない。


だが、その静けさの裏で――

一つの名前だけが、絶えず囁かれていた。


ヴェル。


月島の教室に戻ったヴェルは、いつもの席に腰を下ろす。

だが、周囲の空気は確実に変わっていた。


尊敬の眼差し。

小さな囁き声。

そして、混じり合う恐怖。


ヨンビを倒して以来、

ヴェルは“崇められる存在”になりつつあった。


残る柱は、あと三人。


レイン、タカ、そしてヤミ。


――だが、大きな問題が一つあった。


ヴェルは、女を殴れない。


果たして、

レインをどうやって倒すというのか。


その日は、何事も起こらず終わった。

喧嘩もなく、挑発もない。


まるで世界が、

彼に“息をつく時間”を与えているかのようだった。


夜。


ヴェルは家に帰り、

いつもの趣味に没頭していた。


マッチングアプリ――Sinderシンダー


そこで彼は、

リナという匿名の少女と出会う。


メッセージは自然に続き、

リナはヴェルとの会話を楽しんでいるようだった。


なお、

ヴェルの匿名名は――レヴ。


やがて、ヴェルは日曜日に映画へ誘い、

リナはそれを了承した。


待ち合わせ場所は、

デカスター公園・シネマ21前。


当日。


ヴェルは念入りに身支度を整える。

髪は整え、マスクを着け、

いつもとは違う自分を演出した。


そして、リナと合流する。


「やあ……俺、レヴ。君がリナだよね?」


「うん、Sinderのレヴさん?」


「そう。ごめん、待たせた?」

「私も今来たところだよ」


ヴェルは安堵して微笑む。


「じゃ、入ろうか」

「うん」


二人が選んだのは、ホラー映画。


上映中、

リナは怖さのあまり、反射的にヴェルの胸にしがみついた。


ヴェルは驚いたが、拒まなかった。

心臓の鼓動が、いつもより早い。


――ドクン、ドクン。


映画が終わる頃には、

夕方。


太陽が沈み、

空はオレンジ色に染まっていた。


二人は小さなカフェで休む。


「すっごく怖かった……」

リナはグラスを握りながら言う。


「俺も。息するの忘れかけた」

ヴェルは小さく笑う。


「でも、落ち着いてたね」


「映画より、学校の方が怖いから」


リナは笑った。


「変わってるね……でも、楽しい」


「そう言われたの、初めてだよ」

ヴェルは正直に答える。


「不思議……」

スプーンを弄びながら、リナが呟く。


「何が?」

「私、人にすぐ心を許さないのに……」


ヴェルは微笑む。


「俺、聞き役だからかな」

「……それに、優しそう」


指先が触れ合う。

誰も、引かなかった。


気づけば、距離は自然と縮まっていた。


――だが、

彼らは知らなかった。


リナを密かに想っていた男が、

その光景を見ていたことを。


嫉妬と憎しみが、胸を焼く。


殴りたい。

だがそれ以上に、

彼女の“評判”を壊したい。


写真を撮り、

嘘をばらまく。


それが、彼の選んだ方法だった。


ヴェルとリナ。


二人は、そっと手を繋ぎ――

沈黙の中で、

リナは目を閉じる。


ヴェルはマスクを外す。


そして――

キスを交わした。


その瞬間。


カシャッ。


男は写真を撮った。


「フフ……」

「お前のイメージ、壊してやる……」


だが、

次の瞬間。


「……ん?」


男の表情が凍りつく。


「ま、待て……これって……」


目を見開く。


「ええええええ!?

こ、こいつ……ヴェル!?

“一撃の拳”のヴェル!?

柱をぶっ壊してる、あの男!?」


体が震え、

彼は一目散に逃げ出した。


「くそ……!

なんでよりによって、あいつなんだ……!」


歪んだ笑み。


「写真は手に入れた……

学校中にばらまいてやる……!」


男は走り去る。


その時。


リナが、突然目を開いた。


「……え?」


「ちょ、ちょっと待って……

この人……ヴェル!?」


次の瞬間――


ドゴッ!


リナの蹴りが、

ヴェルの顎を打ち抜いた。


ヴェルの体は宙を舞い、

地面に叩きつけられる。


「ぐっ……!?

な、何だよ!?

なんで蹴るんだよ、リナ!?」


リナは立ち上がり、

帽子を外す。


その表情は、氷のように冷たい。


「……バカなの?」


「私はリナじゃない」


低く、鋭い声。


「私は――

レイン。第三の柱。

“蜂の女王”よ」


ヴェルは、言葉を失う。


「な……!?

お前も柱!?

しかも月島の……!?」


「当たり前でしょ」

レインは冷笑する。


「なるほどね。

これがあなたの卑怯なやり方?」


「私を惚れさせて、

操ろうってわけ?」


「ち、違う!

誤解だ、俺はただ――」


「もういい」


レインが遮る。


「あなたの下劣な思考、よく分かったわ」


怒気が、爆発する。


ヴェルは、身震いした。


「学校で会いましょう」

「体育館よ」


「明日、そこで待ってる」


レインは背を向け、去っていく。


ヴェルは、立ち尽くした。


悲しかった。


――挑戦されたからじゃない。


本物だと思った恋が、

最初から偽物だったからだ。


夕日が沈み、

世界は闇に包まれる。


そして――


この先、何が待ち受けるのか。


蜂の女王と、

ヴェルはどう向き合うのか。


すべては――

再び朝日が月島を照らす時、明らかになる。


― つづく

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