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変人窟とうわさの酒場

作者: 嗣藤 結子
掲載日:2025/10/23

 


 俺はこの酒場のマスター。それ以上でも以下でもない。

 客もそれ以外のやつも皆マスターと呼ばせている。


『マスター』……なんて良い響きなんだ!


 たとえ客がクッッッッッサいおっさんばかりで、俺がこだわり抜いて手掛けた自慢の内装に汚物をふっかけ、(しま)いにゃ店を闘技場扱いするような馬鹿だらけでも、それだけでこの仕事を続けられるってもんさ。

 そりゃあ店を始める頃は、粋な音楽を背に綺麗な姉ちゃんが酒を飲む姿を存分に眺め……なんて夢も見たが。

 なんでかな、いつの間にかまともな客は寄り付かなくなった。


 俺はカウンター越しに目を見やる。


 右から順に、入れ食い・黒マント・赤字工場・トサカにトマト……なんだあのテーブル、変な髪型を拝む宗教団体でもあんのか?

 おかしな客は常連だけで間に合ってるんだよクソッタレ!


 コソコソと作り続けた数多の新作を、無駄に洗練された手捌きで客の元へ運んでいく。

 ――業務内容に布巾の洗濯を追加することになるとはな。

 積み重なるグラスと寂しくなっていく晩酌を横目に、俺は正面の二人から逃げをうった。


「ねぇ~おっさん」

「なんだいおばさん」

「私はいつになったらイケオジになれるの?」

「貴方なぜイケオジになれるとお思いに?」


 ついに脳までイカれたか。

 クソみたいな会話を垂れ流すのはやめてくれ、あんたら酒には強いだろうが。そもそもアルコール出してねぇし!


 型落ちの服を着た男女が少々くだけた様子でスツールに腰掛けるさまは、いかにも仕事終わりの使用人といったよくあるものだが、この店の客としてはかなり希少である。

 いや、なぜこいつらの方が浮くんだ。

 おいそこの常連、お前らみたいなのが入り浸るからだ。初来店の時はそんなのじゃなかっただろ?

 なぁ鉄分過多、その無駄にジャラジャラさせた服を脱げ。え、 ”ブラッド・アンド・サンド” くれって? ウチはカクテル高めにつけてんだけど……そう?

 いつもご来店ありがとうございます。


 俺は『マスター』

 どんな客にも尊敬と少しの羨望をもって呼ばれる、カッコイイ店の主。心の中で悪態をつくも、それを表に出す事はない。

 だが……あぁ、眩暈がする。カウンターの端と他で風邪引きそう。お前ら全員見た目と会話が真逆なんだよ。


「ねぇ~おっさん」

「なんだいイケてないおばさん」

「出来の悪い部下を再教育するいい方法知らない?」

「どなたです?」

「わからない?」


 おい目が笑ってねぇよ怖ぇよ、それに何故余裕で返せるんだよ”おっさん”、ニヤけ(づら)晒すな”おっさん”。

 というかあんたもなんでイケオジに執着すんだよ。おばさんでイケてなけりゃおじさんになってもイケないだろって皮肉がクリティカルじゃねぇか。そもそも性転換が無理だろ、体格的に。

 ――えっ、ちょっ、二人ともこっち見なかった……? 

 まさか俺のことじゃないよね! 遠回しに俺のことディスってるわけじゃないよね?! うわぁなんか寒気までしてきたぁ、やだわぁ、やっぱり断っておけば良かったぁ。

 ……はい、ご注文ありがとうございます。ほんとに注文だけですか?


 俺は『マスター』

 腰が引けた歩きも、震えて尻すぼみになる声も、無様に晒してはならないのだ。

 どんな相手にも、どんな場面でも……

 クソッ! コイツこれから”おっさん”って呼んでやるからな本当に。


 まわるまわる、目が回る。捌く品数も、運ぶ足跡も。ついでにムードも乱高下。

 こんなはずじゃ無かったんだ、もっとひっそり、気ままに過ごせるはずだったんだ。

 ほんとうに気が抜けない。ほら――



「おい、トサカ野郎。弾ハジきたきゃ外でやれ」



 ――本当に気が抜けない。




 唸るアイスピック、弾けるトサカ、垂れる毛髪は稲穂かな?

 おいおいこれくらいでチビるなよ、ご自慢の得物(ピストル)が泣いてるぜ。

 俺は毎日仲良く仕事してるんだ。得物(アイスピック)の扱いは完璧さ。

 え、もうお会計? 困るよお客さん、もっといい酒飲んでくれなきゃ。安酒だけじゃウチの味はわからんだろう?

 店の評判にも関わるからよー、ちょいと待ってな。とっておき持って来っから。


 勝手口へと向かうまでもなく、そこいらに放られていた瓶をひとつ、無造作に掴む。

 ウチはいつからBGMが変わったんだ? デキャンタ―ジュに格好がつかないじゃないか。

 酒に手を抜かないのが『マスター』……「無駄なことしてないでさっさと出せ」だ? 野暮なこと言うなよ、お前出禁な。

 器がちっせぇなんてどの口が言いやがる。いくらお前らが店に穴開けようが、一級品のグラスをアートにしようが、出禁どころか修繕費までまけてやってる偉大な俺に感謝しろ。

「古巣から徴収してるくせに?」 「結局俺らの給料から出てる?」 馬っっ鹿それだけで補うのがどんだけ大変か分かってんのか?

 工務店の奥さんから修繕費値切るのも楽じゃねぇんだよ!


 こうなる前にお前らで処理しとけよ、何この惨状、なんのためにトマト頭にしたの? 潜入捜査ってね、未然に防ぐのが仕事なのよ? せめて退店まではもたせろよ。

 せっかく繁盛してたのに、他の客は逃げちまったじゃねぇか。

 ――まさか無銭飲食じゃないだろうな。

 あーあ、まーた赤字だよ。お前の酒代とメシ代も(かさ)んで大火災だわ、たまには消費以上に金を生産してくれよ常連。筋肉ばかりで成果が見合ってないんだよ、工場の名が廃るぜ。

 もしや腕鈍ってんじゃねえかクソッタレ。誰だ上司は、仕事しろ。


「ねぇ~おっさん」


 ……


「ちょっと流石に”おっさん”は無かったんじゃない?」

「アレがおっさん以外の何だというのです?」

「 …… 」


 ……


「ねぇ~元副団長の『マスター』」


 ……


「とっても素敵な就職先があるのだけれど」

「これまでの利子や本日の負債もすべて帳消しになる素敵な職場です」

「あんたらのせいだろうがっ!!」


 クソッタレ! 結局こうなるのかよ!

 もしや最初から……道理でテメェから馬鹿な後輩共の尻拭いをかって出たわけだ。

 そうだよな。コイツの口から「申し訳ないから費用を払う」なんて言葉が出るとは、珍しい事もあるもんだ、ようやく情が芽生えたかなんて感動した俺が馬鹿だったさ! クソが!


「そろそろ長期休暇の延長は無理よ~」


 あの、退職届出してるんすけど……怖っわ。団長笑わないでクダサイ、逆に怖いデス。

 ――おいテメェ在庫を勘定するな見えてるぞ。

 団長もなんでこんな腹黒を部下にしたんですか。あんたコイツにおばさんって呼ばれてたんすよ、部下の前で。

 あぁ、後で絞めると。ご愁傷さ……ざまぁ。


「で、いつ戻るの?」

「いや、俺はもう『マスター』で」

「あなた『騎士様』も『団長』もカッコイイって言ってたじゃない」

「いえ、もう結構で」

「『団長』って呼ばれたいなんて馬鹿な理由だけで副団長まで上り詰めたのに」

「あの、面倒はもう懲り懲りで――「さすがに無理があると思わなかったの?」――すみません」


 嫌だ。なんてかっこ悪いと思われてももうイヤだ。あのおかしな部下たちの後始末に奔走する日々には戻りたくない。ついでにこの嫌味な部下に「報告書が遅れているんです貴方こう書かないと貰える予算が減るでしょう馬鹿なんですか」と詰められるのはもういやだ。ついでじゃ無かった本命だ。


 イジイジ、うだうだ、後ろへそろり。

 ついと逃れた視線の先には、黒マントのお客さん?



「アルコ・ヘンブリッジ騎士団副団長」



 黒マントから俺のかっこよくない名前が告げられる。

 凛とした響きと変遷前の高い声は、俺のよく知るお方のもので。


「退職届の申請を、私は受理した覚えがないぞ」


 若すぎる賢君、我らが唯一の良心である国王陛下によって



「 仕 事 し ろ 」



 最後通告が下された。




 ◇




 おまけ




【とある酔っ払い(仮)の一幕】


「やっぱり、他の案がよかったんじゃない?」

「なぜです?」

「陛下にわざわざ来ていただかなくても」

「あれを見てください。初めての酒場訪問にご満悦ですよ」

「でも万が一ってことが」

「その為にうちのエースを付きっきりで警護に当たらせてます」

「あの子攻めるのは得意だけど、守りはどうだったかしら?」

「 …… 」




【とある酔っ払いの冷や水】


「怖えぇ、柄の部分以外埋まってるぞ……石材だよな、この店の壁」

「ミリもずれない殺人ダーツ……」

「奴らの悲鳴を肴にスワーリングしてるぜ……」

「あの人毒見と調整を自分でやるんだよ、効かないから……」

「イカれてやがる」

「マスター! パエリヤおかわり!」

「「イカれてやがる……」」




【その後】


「お店自体は普通に営業させてあげても」

「そちらに手は出していないはずですが」

「見られてるわ。とっても見られてるわよ」

「情報収集がてら少々面ど……鍛え甲斐のあるかわいい部下に頼んで、素敵な先輩の店の売り上げに貢献してもらったまでですよ」

「 …… 」

「いい後輩でしょう?」

「あなた本当にどうかしているわ」



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