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[9]薄明かりのロンド⑥



 ん、身だしなみチェック!…………オーケー。


 ちょっとしたアクシデント(虐殺1歩手前……近いうちに全員死亡予定)の後など、まったく感じさせずにタクミはパーティー会場に進み出た。


 なぜか大量に吹き飛んでいる料理の山を、せっせと片付けているメイドたちの横を抜けて、一人の女性にまっすぐ近寄っていく。


 どこに居ても、すぐにわかる女性だった。彼女の周りだけは、いつも人だかりができているし、その中に紛れていても彼女の気配を読み違うタクミではない。


 しかし、どうしたのか?今回の人だかりはちょっと妙だ。


 ドーナツ型になっている、もちろんワッカの真ん中は彼女だった。


 まるで近寄りたいのに近寄れない、そんなジレンマに落ちているようだった。


「あ、タクミ」


 ドーナツ化現象の起きたところを抜けると、先に彼女がタクミに声を掛けてくれた。


「ただいま戻りました。お嬢さま」


 自分を見てパッと華が咲いたように笑うレイドゥース。


 それに答えるように、タクミの顔が他の誰にも見せないような嬉しげなものになる。


「お仕事はもういいの?」


 いっしょに居られる?ハの字に曲がった優美な眉がレイドゥースの期待を表していた。


 ええ、ホントは貴女といること以上にたいせつな仕事なんかありませんよ。


「ええ、もう終わりです」


 今からは、もうお役ごめんです。と言うとレイドゥースは手を打って子供の様に喜んだ。


「やったぁ!じゃ、タクミまたワタシを……エスコートしてっ」


 甘えたようなレイドゥースにタクミは赤くなりながらも、スッと左手をクの字に曲げて伸ばしていた背筋を更に伸ばした。


 当然のようにレイドゥースがタクミの左につき、右手を刺し組んで肩をタクミにくっつける。


「ん……」


 その場所が、とても安心できるようだ。









「て、私等の前でイキナリ良い雰囲気作らないでよ」


 ゲンナリとした声が上がる。


 タクミの目には入っていなかったがレイドゥース(彼女も存在を忘れていた)の横には女性が二人並んでいた。


 手のひらで目を覆っているのはミアン、おろおろしているのはトリアだ。


「暑すぎ、見てらんないわ」


「えっえ、あのミアンさま。あの男性は…あのレインさまの恋人な…」


ピクリッ。並び立つ二人の耳がピンとたった気がした。


「ああ!トリア、呼び捨てでイイって、あたし大した貴族様じゃないからさ」


 ヒラヒラと手を振るミアンにトリアが曖昧に微笑んだ。


「……そ、それではあ、あのミアン…ぅ…さま。あの男性は……?」


「ダメジャン。ま、いいけどね。……そこで甘えまくられてる子はレインの弟くんだよ。なかなか男ぶりのいい子だよね」


 弟って言うな、義弟と言ってくれ。もともと丸い耳が心なしか更に丸まった気がした。


 男ぶりのいい子。…偶にはいいこと言うじゃないミアン♪。ほんの少し尖り気味の耳がピョコンと跳ねた。


「弟……レインさまの弟ギミでいらっしゃるのですか。私はまた、……レインさまの恋人かと」


 丸い耳、跳ねる!


 尖った耳、ちょっと混乱その後テレテレ。


「ああ、義理の弟だからそう言うのもありかもね」


 そう言って、ケラケラ笑うミアン。


 笑うことなんですか?と、困ったようなトリア。


「違います!」「違うわよ!」(同時にどうぞ)


 タクミにとってレイドゥースほど大切な人はいないし、レイドゥースにとってもタクミを家族としても、そして気になる存在としても強く感じているのだ。


 ミアンの底抜け笑いでかき回さないで欲しい……なんだか安っぽくなるではないか。


「あら、やっと向こうの世界から帰ってきたのね。あたしたちのことなんか忘れてしまったのかと思ってたのに」


「むぐっ」


 勢いのままにミアンに詰めよったレイドゥースがその言葉に詰まってしまう。


 実際にタクミを見た瞬間二人のことを忘れたので反論できない。


 んん………っ、上目遣いにミアンを見つめて唸ってしまった。


「これは、ミアンさん。お久しぶりですね。こちらでの生活にも慣れられましたか?…それと、そちらの女性は初めて会う方だと思うのですが、紹介していただけないでしょうか」


 レイドゥースに引っ張られるようにして崩れた体勢を立て直していたタクミが立ち直ってきた。


 にこやかに話し掛けるタクミ、先ほどの醜態(タクミにとっては違うかも)をすこしも引きずっていなかった。


「あらま、貴方やっぱりあたしたちには完璧ね。おもしろくないわ」


 それは、どうも。


「東の華での生活は楽しませてもらってるわよ。皇都と違って賭場が開放されてるのがいいわね。レートもデカリャンピンでいい感じ」


 ミアンは鼻息も荒く親指を突き出す。


 それは潜りの賭場だろう?もう、そんなとこまで潜ってるのか、この人。……しかも、麻雀かい!


 話がわからないらしく、レイドゥースともう一人の女性はキョトンとしている。


「それで、こっちのいるのはトリアよ。紹介って言っても、あたしはさっき知り合ったばっかりなんでトリアについてはレインに聞いといて」


 ミアンが顎を向けてトリアを指す。「トリアです」と、頭を下げてくる。


「初めましてトリアさん、タカヤです」


 トリア……ね、お嬢さま関係の人かな、立ち居姿を見る限りなかなか強そうだし、よし、ルクスに調べてもらおう。


 ニコリと笑って自己紹介しつつ、そう思うタクミだった。











 紹介がすんだ後で、ミアンはトリアを伴って人ごみに消えていった。


 恐らく、気を利かしてくれたんだろう。


「さあ、イイ男さがすわよ!」


「ミアンさま、わ、わたしは男の人なんて…」


「いいから、ついて来なさいよ。イイ女が一人より二人いたほうが釣りやすいでしょ?!さぁ、行くわよ」


「ああぁ、レインさまぁぁぁぁ-―――――――――――」


 雰囲気を汲んでさり気に消えてくれたのである、まちがいないミアン彼女はいい人だ。








「……行っちゃったね」


 引きずられるように響いていたトリアの声が人だかりに完全に紛れてしまった。


 呆気にとられたように見ていたレイドゥースがポツリと漏らす。


 そして、呟いてからいまさらのように二人だけになったことを意識したらしく体がハッと震えた。


 横目にチロッとタクミを伺い見るレイドぅース。


「……タクッ「お嬢さま」」


 不意に訪れた緊張感、小さく深呼吸してから意を決して話し掛けようとしたレインの声にタクミの自然な声が重なった。


「は、はい」


 思わず、かしこまった返事をしてタクミに向き直る。


「ここは騒がしいですし、外に出ませんか?」


 普段道理の優しい瞳に先ほどの緊張感が霧散する。ホッとしたレイドゥースがその言葉を深読みするわけもなく……。


 タクミの誘いにコクンと頷くレイドゥースだった。














「わぁ、気持ちいいっ」


 酒気を帯びて上気したレイドゥースの頬、肌に心地よい夜風を受けながら黒の手袋を外して噴水の水に手を潜らせた。


 タクミがレイドゥースを連れ出したのは人気はなかったが如何わしいことができるほど真っ暗な場所でもなかった。


 最初に入ったパーティー会場から観下ろせた中庭。


 楽師の奏でる音楽と上から漏れている光でほどほどに明るく、庭の中心にある噴水に光が反射していて雰囲気はなかなかよかった。


「……素敵な場所だね。タクミ」


 噴水の縁に出来た石製の椅子に身を預けて寝そべりながら、片手を水に浸したままレイドゥースがタクミを見つめてきた。


「前に来たときに見つけておいたんですよ、意外な穴場でしょう?」


 タクミが近づいてきてレイドゥースの隣に座った。


 近づいたタクミとレイドゥースの瞳と唇。


 互いに絡まる視線が美しかった。


 うん、ほんとに素敵な場所、浸した右手をスッと動かすと出来上がった波が光の筋を切り裂いていく。幻想的だ。


 でも―――――――――――――――。


「……タクミィ。前に来たときってどういうことぉ?」


 ここは夜会の時にこそ映える秘密の花園だ、昼間に通りかかったところでここの本当の素晴らしさに気づきはしないだろう。


 という事は、タクミは夜会の夜にこの場所にきたことがあるのだ。それはつまり、他の…………。


 レイドゥースの拗ねたような物言いにタクミが苦笑する。


「女性を同伴したのはこれが初めてですよ」


「ん、ならいいよ」


 タクミの言葉をアッサリと信用してしまうレイドゥース。


 そのままタクミに頭を預ける。













「……宴ももう終わりだね」


「はい」


 夜風に覚めてきた体にタクミの体が温かかった。


「お嬢さま。今日はお楽しみになられましたか?」


「ええ、とっても」


 カッコいい弟が見れたから。


 とっても素敵な貴方を見れたから。


「でも……最後にもう一度くらい踊りたかったな」


 上から聞こえるのは楽しい夜の終わりを告げるシックな音楽だった。


 もの欲しそうに見つめる先はタクミの指先。


 明日になれば、この気だるくも美しい庭は閉まってしまう。その先にはもっと素晴らしいことがあるかもしれない。


 でも、あの手に指を絡ませたい。細く見えても、やっぱり大きな男の手。タクミに抱かれて踊りたかった。


 それが自然にできるのが今日という夜だ。


「なら、踊りませんか?星空の見える場所で踊るのもたまにはいいでしょう?」


 そう思ったら、言ってくれるワタシのタクミ。


 もちろん、ワタシはイイに決まっている。











 とても、静かな音楽が微かに響いてくる。ワタシはハイヒールを脱ぎ捨てた。



 タクミの右手に左手を絡める。



 空いた手をタクミの高い腰に当てる。



 いっそう密着するワタシ達の肢体。



 ゆっくりと子供が練習するようにステップを踏む。



 ゆっくりと噴水の回りを踊るワタシ達、クスクスと笑いながら踊りつづける。



 深い闇夜に蒼く輝く星たちだけが踊るワタシ達を見つめていた。







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