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[6]薄明かりのロンド③



「さてと、どこで時間潰していようかな?」


 タクミがラシッド公爵の私室に行ってしまったので、レイドゥースは時間を持て余してしまった。


 舞踏会でこれだけの美人が壁の華になるのは変な話だが誰も近寄ってこないのだ。


 ほとんどの男性は宴の最初の方でお相手を見つけてしまっているのだ。


 会場で一番の華であるレイドゥースには、もちろん最初に粉を掛けに行っている。


 ただ、そのことごとくをタクミが追い散らしたので彼らは他の相手を見つけ出したのである。


 今は一人になったレイドゥースを男たちは横目で見つつ隣にいる女性とを見比べていた。


 その心境は「早まったかな」に尽きるであろう。


「改めて見ると、やっぱり同年代の人って居ないな~」


 会場にいる男女はみんな場慣れしているように見える、実際彼らの年齢はみな100歳より下の者は居なかった。


 タクミがいる時は気がつかなかったが……これでは、話し相手も捕まえられない。


 何しろ相手は最低でも自分の三倍は生きているのだったから。


「そうだ、下に降りてみよっと。誰か知ってる人が来てるかも」


 すぐ近くにあった暗幕の影にいそいそと滑り込む。


「第二広間の方は騎士が来てるはずだから、同年輩の人がいるはずよね」


 宴の会場は二箇所に分けられていた、これはもちろん身分の上下で別けていたのである。


 さっきまで居た方は身分が高い人達用で、今から行く第二広間は下級貴族、騎士やバルベスの商人たちがいるのだ。


 もてなしの質は劣るがこちらの方が第一広間より雰囲気が砕けている。


 お喋りする相手を見つけるならこっちの方がいいよね。


 レイドゥースの弾んだ足音が狭い通路の奥に消えた。









 そのころタクミはラシッド公爵の私室の前に来ていた。


 ノックを二回すると返事を待たずに部屋に入る。


 部屋の主、ラシッド公爵はその非礼を咎めもせずに迎え入れた。


「ご招待に来てくださり。嬉しく思いますよ、グレフ殿」


「なかなか楽しめましたよ。アテジアさん」


 立ち上がって迎えるアテジア、それに答えるタクミ。


 この場において二人の身分に差はなかった。


 むしろ、丁寧な言葉遣いではあるがいつもより冷たい目をしたタクミの方が上にいるようであった。


「……で、わざわざグレフに招待状を出した理由がとても気になるのですが、聞いてもよろしいですか?」


 勧められるままに、豪奢な椅子に腰を下ろしたタクミは開口一番こう言った。


 アテジアが苦笑する。


「いきなり本題ですか?ここにちょうど開けたばかりのワインが在りますから、これを呑んでから商談に入るとしましょう」


 目を細めてアテジアを見るタクミ。


 二つのグラスにワインが注がれる、色合いが妙に毒々しい。


「ガニーグランベの20年物です。市場にはもう出てませんから貴重なやつですぞ」


 グラスの片方をタクミに渡すとアテジアはグラスに口をつけた。


 血果葡萄のガニーグランベは濃厚だ、その味も香りも色も。


「悪趣味だから売れないんじゃないですか?」


 言いながら、グラスを呷るタクミ。


 血果果実特有の生臭さが鼻を刺激した。


まだ熟成が足りていないのだ、この酒はうまくなるまで恐ろしく時間がかかる。


「ふむ。……飲むには少し早かったようですな」


 グラスを卓に置き腰を落ち着けるとアテジアはゆっくりとタクミに向き直るとニヤリとする。そのまま声に出さずに笑った。


「なんですか?」


「いや、失礼。グレフ殿もああいう事をするのだなと思いましてね」


「ああいう事?」


「ドレスですよ。レイドゥース嬢の着ていた…こう言っては何ですがアンスカレット家の身代ではあのドレスは買えませんからな。グレフ殿が買ったのでしょう?」


 タクミがニコリともせずに頷いた。


 この男と無駄話をする気はないのだ。


「あれだけの品ならそう、四億ガリアはしたでしょうに貴方の財力には驚かされますな」


 再び、グラスにワインを注ぐ。


 血のような果実の芳香が部屋中に弾けた。


「何しろアルベルン平原の穀物の六割を買い占められるほどですからな」


 へぇ、掴んだか!とタクミは思う。


 ダミー会社を大量に作ってバラバラのルートで買い上げた大量の穀物は誰にもばれないようにバルベスに運び込んである。蜘蛛の巣のように複雑に絡み合うビル群で出来た都は物を隠すにはちょうどいいのである。


 誰も穀物の独占を知るものはいないと思っていた。


 何しろ今も市場にちゃんと穀物が出回っているのだから……市場が潤っているときに独占などしても意味がないのである。


「アンスカレット家は戦争でも始める気なのですかな?むこう十年、一万の兵を余裕で養える量ですからな」


「アンスカレット家の私兵は300ほど領内の住民を徴発しても500といったところですよ。戦などおこせる数じゃない」


「では、貴方が起こすのですかな?」


 斬りつけるように言い放つ、アテジアはタクミの一挙一動見落とさないように身構えていた。


「はは、そんなに身構えなくても……ボクがそんな野心家に見えますか?」


 いつもの柔和な笑みで答えるタクミ。


 ただ、レイドゥースに向けるときとは違い目が笑っていなかった。


「では、なぜ貴方の部下がレシド伯爵夫人に取り入ろうとしていたのですかな?レシド伯爵は国境警備の総責任者、彼の妻に目をつけた理由を伺いたい!」


「部下?ああ、ルクスのことですか……そう言えば、女性と踊っていたな。あれは昔から女好きの男ですからね、火遊びの相手にその女性を選んだのでは?」


 白々しくもすっとぼけるタクミをジッと見つめるアテジア。


「貴方は……この先に何を見ているのですか?」


「起こり得る事態を考察して最高の利益を得ようとしています。……商人として普通のことをしているだけですよ」


「なら貴方は戦争が起こると考えておられるのですか?中央ですら戦争はないと騎士たちを解放したのに!」


 声を荒げるアテジアをタクミが気の毒そうに見た。


「そうですね。ソラステェル皇国だけでなく、隣国のエルザントもアスラルもジクリアも戦争はないと思っているでしょうね。事実、四国は緊張を解いておりますからね」


「ならば、貴方は商人としてミスをした事になる。…しかし、私にはそれが信じられない。貴方との付き合いで私もずいぶん援けられましたからね、貴方の能力は知っているつもりなんですよ」


 アテジアの詰問をワインを飲みながら聴くタクミ。


「……もちろん、損をする気はありませんよ」


 部屋に満ちた血の匂いを嗅ぎながら当然のように言う。


「それは戦争が起きるととってもよいのですかな?」


「ボクは預言者じゃありませんからそんなことは言えないですよ」


「では、貴方が戦争が起きると思った理由をお聞きしたい!」


 やっとハッキリ言ったか。……質問の仕方がまどろっこしいんだよな。


「商人にとっては情報も売り物ですからね……かなりお高いですよ。それこそラシッド公爵家の身代でも足りない」


 苦虫を噛むような顔で押し黙るアテジア。


「……つまり、教える気はないということですな」


 当然だ、儲け話ってのは競争相手がいないほうが儲かるんだよ。まあ、上げる利潤以上の金を積まれれば教えてやってもいいけど。


「もういいでしょう?心配なさらずとも搾り取るような酷い商売はしませんから」


 一番聞きたかっただろうことも聞いてやった、一応の礼儀でここに居てやったがそれも果たした、ここにこれ以上いる理由もない。


さっと椅子から立ち上がりドアへと向かうタクミ。


「最後に!最後にひとつ。……貴方が戦争を起こすのではないのですな?」


「ボクはレイドゥースさまの害になることはしない。それだけは言っておきましょう」


 振り返らずにそのままドアに手をかけ外に出る。


「ああっそうだ……」


 半身がドアの外に出たとき思い出したように振り返った。


「アテジアさん、ボクは毒の効かない体質ですのでこんどお酒を振舞ってくれるときには自白剤なしの奴をお願いしますよ。それじゃっ」


 意地の悪い笑みでサラリと言う。


 アテジアが何か言う前にドアを閉めてやった。


「さあ、お嬢さまのところに戻ろっと……んん~~~っこれは二次会場か」


 目を閉じてほんの少し唸る、すぐに顔を挙げるとイソイソと走り出した。









「…………は~~っ」


 閉じられたドアを見つめたまま突っ立っていたアテジアはため息とともに腰を下ろした。


 まさか自白剤に気がついていたとは思わなかった。


 しかもそれが効かないとは。


 ジットリと嫌な汗が出てくる。


 自分より明らかに上手のグレフと一人で会うのはいつもならご免であるが、今回は招待した甲斐があった。


 一つはグレフが戦争の足音を聞いているということ。


 そして、もう一つこれが重要だ。


 グレフが彼自身から戦争に関わっていかないという事、これが解かっただけでも大収穫だ。


 グレフが穀物の買占めていることを知ったときは血の気が引いたものだ、彼が本気なら皇国の巨大な敵となることは疑うべくもなかった。


「戦争が起こるのはこれで確定したな。しかし…敵はいったいどこにいるのか?」


 エルザント、アスラル、ジクリアこの中でもっとも手強いのはエルザントだが……皇国と戦争するならエルザント一国では戦力不足だ、ならばやはりボルエラとジクリアも同時に侵攻して来るのか?


 だが、国境線に居た王軍は敵方も王都に返したことは事実だ。


 ……わからん、敵はいったい何処にいるのか。


 グレフは何を戦争が起こる根拠ととったのか?あの男の情報源はいったい何なのだろうか?


「ふぅ、魔法使い相手に私ごときの頭ではどうにもならんか……」


 頭を振って諦める。


 まったくアンスカレット家は化け物の集まりだ。


 主人が悪魔を切った男なら使用人は魔法使い、まったくとんでもない。


「レイドゥースもよくあの男を手なずけたものだ」


 可愛らしい姪御の姿を思い出してアテジアはため息を吐いた。









 いっぱいいるな~。


 レイドゥースが開場してまず思った事はこれだった。


 人口密度が一気に何倍にも跳ね上がったのだからそう思うのもしょうがない。


 実は二次会場の方が招待者数は多いのに一次会場よりせまいのだ。


 この辺はまあ、お金が力を持ってくるからしかたない。


 あちこちで談笑の声が上がっている。


 キョロキョロと周囲を伺いながらレイドゥースは広間の中央に足を向けた。


「あら、レイン!レインじゃない。やっぱり上に居たんだね?」


 背後かの呼び声にレイドゥースは訝しげに振り向いた。


 レイドゥースは姿勢もよく立ち居振る舞いも美しいので熱気に包まれた広間にある種の清涼感のようなもの作り出していた。


 夜に舞う蝶のような彼女の出で立ちはこの中で際立って目立っている、レイドゥースが知人を探すより、知人がレイドゥースを探し当てる方が遥かに簡単であった。


「……ミアン。良くわかったね。今、来たとこなのに」


 自分自身の容姿の力にあまり気づいていないレイドゥースだった。


「わかるよ。あんた目立つもん」


 呆れたような声のミアン。


「そうなの?」


 キョトンとしたレイドゥースに頭を抱える。これだからお嬢さんは、そんな風に顔を手で覆った。


「それより、レインどうしたの?下に来るなんてさ。上の方がいい男いるでしょ?」


 ため息を一つ付いて、ミアンが話を変えてきた。


 いつもの事と割り切ったようだ。


「う~ん。どうかな?オジサンばっかりだったと思うけど…」


 男を漁りにきたのか?と思いつつも答えるレイドゥース。


 彼女は男たちをそう言う目で見ていないため、上に居た人たちの男としての印象は限りなく薄い。


 何しろ、一番映えた男がずっと隣にいたのだから。


「オジサンでも好いのよ。男は中年になってからいい感じになってくるんだから。何よりお金持ちだし」


 鼻息も荒くミアンが捲くし立てる。それなりに整った顔をして自身も貴族階級の騎士でありながらミアンはお金にうるさかったりする。


 恋人にするなら顔より年より金を、そんな女性なのだ。


 さっきからレイドゥースのドレスをジッと見ていたりするのもドレスの価値を計っているのだろう。


 ただ、さっぱりした解かり易い正確なのでレイドゥースは彼女を友人としていた。


「まったくいいわよね。貴女だけよ、上に行けた騎士って。有力貴族の子弟でも騎士はみんな下に入ってるんだから、お陰で荒れてる奴けっこういるのよ」


 レイドゥースを羨ましがっているというより、荒れている連中を面白がっているようにミアンが言う。


「荒れてる?国境の睨みとして派遣されてるのよ、まだ特権意識が抜けてないの?」


 憤然としたレイドゥースにミアンが笑った。


「本気で前線に参加しようってお偉いさんはいないよ。有力貴族の子弟がなんで国境の街に来たと思ってるの?戦争は起こらないってわかったから来たのよ。箔をつけるためにね。じゃなきゃ、こんなとこにあいつ等がくるもんか」


 アッサリと貴族の本質を語るミアン、自信も貴族ではあるが階級は下級であるために特権はほとんどない、同じ貴族でも上級貴族は彼女にとってはちがう生き物なのだ。


 せせら笑うミアンに優美な眉を顰めるレイドゥース。


 レイドゥースの主義ではそれは許される事ではなかったが、本当のことなので反論できないでいた。


 そのとき、人垣の向こうで大きな悲鳴が上がった。


 どこか危機感のない声、捻じ曲がった喜びを含んだ悲鳴。


「ほら、また始まった。こんどはどこの馬鹿かな?」


 完全に面白がっているミアンを放ってレンドゥースは事件の中心に向かった。


 上がった声の中に本当の恐怖からくる声が混ざっていたような気がしたから。


 円を描くように出来上がった人垣から抜け出したレイドゥースは倒れている女性をみつけて叫んだ。


「やめなさい!」





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