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[27]固まる執事③



 空を流れる雲よりも早くレイドゥースは戦場を疾駆していた。


 三方から突き出される矛が彼女の胸元に届くよりも早く、左下から太刀を振るってその穂先をはね飛ばした。


 さらに返す刃で峰打ち気味の一撃を鎧の一番厚い部分に三撃。1人に一打ずつきっちり撃ち込み敵を落馬させた。


 敵兵の乗っている馬は魔剣の発する鬼気を敏感に悟って最初から及び腰だ。主が落馬すると、解放されたことにホッとしたようにレイドゥースの左右に流れていった。


 さらに突進するレイドゥースに向けて投げやりを構えた兵士がいた。彼女は彼に向けて、左手に構えていた円形の盾をフリスビーのように投げつけた。鼻を潰された男が悲鳴を上げることも出来ずに地面に倒れレイドゥースの軍靴の下に消えていった。


 盾を握っていた左手を朱色の拵えに添えられる。


 常識を越えた膂力がなければ扱えないだろう、恐ろしく重いはずの大太刀。


 


 とっても不思議。いくら馬の速力に任せて軽く振っているだけだって云っても、右手一本でこれだけふってるのに、ぜんぜん疲れない。


 それに、なぜだか、弓矢がこの身にあたる気もしないわ。







 真正面から躰をぶつけ合って騎士を馬から打ち落とそうとするのが、本来の騎馬戦なのだが、なぜか敵兵はレイドゥースに当たると左右に散っていく。正面から斬り合って打ち倒しても後ろに倒れるばかりで、これだけの乱戦でありながらレイドゥースは返り血ひとつあびていなかった。


 左後ろに付けているカジマは、自分の身こそ無傷だったが何度となく敢行された敵兵の突進を切り伏せたために鎧を血でまだらに染めていた。カジマは、もう50人は斬っただろうがレイドゥースはその倍は切り伏せているというのに、だ。


「お嬢様?!なんで盾を捨てられますかーぁ」


「大丈夫。タクミのくれた太刀があるからっ」


「答えになっておりませんぞぉー」


 レイドゥースに向けて剣を振ろうとした兵士の首筋を撥ね斬りながら、カジマは天を仰いだ。


 むりやり作ったしかめっ面は、やっぱりにやけて見えたがその口からもれた嘆き声は本物だった。それでもきっちりと仕事をこなすことは忘れず、カジマの細剣が無数の残像を残して打ち出され、確実に敵兵の喉、顔、脇下といった急所を神業めいた正確さで跳ね斬っていった。


 万年にやけ顔とはいえ、腐っても剣聖の教えを受けた騎士たちの隊長。


レイドゥースの左は完全に抑えられており、敵側に突進を続けるレイドゥースを搦めとめる隙を与えることはなかった。








「右手のほうが少し甘い」


 あまりにも見事なソラステェル軍の突進劇に、大混乱に陥っていたギシラ軍の首脳部、正規軍の真ん中に守られるように立っている1人の女性将校がいた。


 混乱する高級士官たちのなかでただ1人、彼女は泰然と、戦場を観察していた。


 敵は、強力な騎士を先頭に付けて円錐陣を取って自陣の奥深くまで入り込んできている。これは、間違いなく陣を分断するためのものだろう。背後に抜けた後に、右か左に進路をとりギシラ軍の最後尾に噛み付き。前後からの挟撃によって、ふたつに分けられた軍を各個撃破する。


「確かに、あの駒はすごい」


 彼女はレイドゥースの剣捌きに、苦い唾を飲み込んだ。1人で彼女を止められるような勇者が自軍にいるとは思えなかった。


 しかし、ギシラ軍は巨大な重深陣を張っている。ミルフィーユのように多重に構成された陣は、この大軍を同時に運用するためのものだったが、それがギシラ軍に幸いしていた。


 だんだんと伸びてきて円錐陣になってきた敵軍の突撃は、18層になるギシラの軍を一枚一枚と剥がしつつまだまだ止まる様子がないのだが、それでもまだ9層の軍がのこっている。


「伝令兵!第3層から9層までの分断された兵を後方に下げよ。左右それぞれ、一本づつの細い紡錘陣を形成。狙いは突撃陣の先頭である。編制終了後、左右同時に突撃を開始せよ。急げよ!」


「り、了解であります!エミル様」


 理路整然とした命令がでたことで、多少ではあったが混乱が落ち着いた。


「戦巫女殿……」


「お前たちも何を慌てている。敵が突撃陣を取ったのなら、我らはそれを受け止める陣を作るのが当然の策だろう!さぁ、突破に優れる紡錘陣に対して我らは11層から18層までの陣を使って半円陣を形成し、包み込むようにして受け止めるぞ。全員、兜を着用せよ!」


 バラバラと動き出した自陣を見つめて、エミルは溜息を吐く。


 この戦争に参加した旧国の貴族たちはどれも、みな若く戦争の経験がない。


 急がないと………10層目が破られる前に再編成を終えれなければいけない。エミルは下唇を咬みながら、遠く離れた場所にいる彼らの王子を思った。


 何事も、机上の作戦どうりには進まない。


 エストル殿下。どうか、ご無事で。ギシラ王家守護神リシトの戦巫女は一心に彼を思った。




 レイドゥースの美しい眉がピクリと動いた。


 左右に分断した軍が猛烈な勢いで後方に下がっていく。そして、前方に控えている軍もなにやら編制を変えているようだった。


「対応策を練ったわけね」


 レイドゥースとしては、敵のこの反応は非常に「遅い」と思えるものだった。


「カジマ!あの大軍が再編成を終了するまでの時間はどのくらい?!」


 敵兵を切り伏せながら、周囲を観察し、さらに敵の策を読むレイドゥースにカジマは感心していた。これは、とても女性しかもこれが初陣のお人とは思えない。


「恐らく、15分と云ったところかと!」


 叫び返すカジマの言葉にレイドゥースはコクリと頷いた。


「よし!じゃあ、15分の間に敵陣を突破しちゃおう!」


 お嬢様!そりゃ、いくらなんでも無理です。


 カジマはさっき感じた感心を引っ込めた。




 エミルはソラステェル軍が進路を変えたときのことを考えて、他にもいくつかの策を指示していたのだが、レイドゥースは目的地への最短距離を突っ走っているだけなので、それらは無意味に終わった。




 15分後、レイドゥースの前方に半円陣を敷き、左右から突撃陣でもってソラステェル軍を削る作戦が実行に移されるのだが、結果から云うとエミルの立てた作戦は失敗だった。


 ギシラ軍は、だまって彼女を通せば良かったのである。


 ちょっかいをかけられた彼女が黙ってやられるわけが無かったし、なにより、彼女には守護者が多い。


「おお!我らが偉大なる軍神よ!汝持つ、最大の矛でもって敵を蹂躙せん!」


 タクミの計画で、寵愛者から外れるレイドゥースではあったが、彼女が軍神アデューのお気に入りであることは変わらない。


 請われれば、惜しみない軍神の奇跡が彼女に降ろさる。レイドゥースの召喚する奇跡は他者のそれとは別格であった。もしこの場に、エストル殿下がいたなら、我が身との差を目の当たりにして驚愕したことだろう。


 中央の大国を守護する戦の神アデューの加護は、死にかけの神などとはその存在力がちがっている。


 そしてレイドゥースはそんな神様の寵愛者級の奇跡使い、そんな立場に居るわけだ。簡単に言えば、責任負わずに美味しいとこ取りというやつである。


「えいっ!」


 魔剣に軍神の加護が上乗せして、振り下ろされた斬撃がまず第10層そのものを真っ二つにする。太刀の先から、太陽の輝きが漏れたような錯覚を皆に見せた後、剣筋がその大気から切れていく。文字通り、敵陣そのものを両断した。


 一瞬で分断された10層の中心を一気に駆け抜ける。


 半円陣が完成する前に躍り込むことに成功した彼女はさらに、旗下の騎士たちに敵陣の中心から放射状に石弓を放つことによってさらに被害を広げた。弓矢は人ではなく、彼らが足として使っていた物に当たり、敵軍から速度という名の武器を奪い去った。


 半円陣は、突き進んでくる敵に対して等速で下がりつつ押し包むための戦術思考のもとに作られているのだが、これで完全に戦術思考が潰されてしまった。


 下がる彼らよりも、突き進むレイドゥースたちの方が遙かに速い。


「くそ。早すぎるっ!」


 後手後手となってしまったギシラ軍の将校が悲鳴を上げた。疾風と言う言葉が相応しいほどの進撃。


 兵士たちには復活したリシトの加護が確かに届いている、彼らは特殊な奇跡によって不死にちかい存在となっているはずだ。リシトの寵愛者である第一王子の巫女、エミルがこの戦場で勝利を祈願する限り、不死なる者で構成された軍は、絶対無敵─────の、はずだったのだ。


「くぅ、ソラステェルの連中は化け物か?!……全体がそろうまで待っていられん。再編成の完了した連中から、出撃させろ!このままでは此処まで突破される」


 この将校の判断もまた、拙かった。


 戦力の逐次投入ではレイドゥースの左右は崩せなかったのである。








 突撃をかけるソラステェル軍の正面には、当たるを幸いというように大剣を振り回すお嬢さんがいたし、右手は地味に手強い兵隊長が押さえていた。


 ギシラ軍が再編した突撃部隊は鬼神のようなレイドゥースには当たらないようにしながら左右から挟撃しようとしたのだが、上手くいかない。


「右軍!突撃し分断せよ!」


 上から届く命令は的確なのだが、それを実行するための実力が足りなかった。


「そーはいかせないよっと」


 叫いていた士官の額に根本まで投剣が埋まる。ようやく、追いついてきた死神ルクスだ。腰に差していた極端な曲剣を引き抜く。刃の部分が内側に湾曲した刃は、肉を割り切るのに特化した形態だ。まるで、カマキリの刃のようなそれでもって、突きかかる兵士たちをなます斬りにしていく。


「おそいですぞ!ルクスどのぉー」


 カジマが反対側から裏返った声で叫んだ。壮絶に疲れた表情をしている。体力的によりも精神的にこの中年はギリギリだ。弓矢がレイドゥースの側に降るたびに、心臓をどこかの執事に握り潰されるような気がするのだから、その消耗も当然だ。


 それでも、休む間もなく剣を閃かせているのはたいした剣豪である。


「俺もけっこう忙しいのっ!てか、カジマさん、あんたなんでこんなとこまで出てきたのさ?!」


「ばかものー。止められるなら、最初から止めている!」


 今、レイドゥースを止められるのは我が屋敷の執事殿だけだ。っと叫びたいカジマだった。


「お嬢様っ。ここは敵陣の真ん中ですよ!?そろそろ、下がったらどうです?」


 主家の娘に対して不遜な諫言だったが、やらないわけにいかない。気配だけで敵の剣を捌きながら、レイドゥースに声を懸けた。


 彼女も、振り向きもせずに答えてくる。


「あら、もしかしてルクス?君がなんでこんなところにいるの?」


 ああ!そこらはサラッと流して欲しいのに。思わず頭を抱えそうになった。


 見事な暴れッぷりなのに頭はクールだね、お嬢さん。未だに、肩口でのんびりとしている子猫がそんなルクスを笑った。ゴロゴロと咽を鳴らしながら深緑の瞳をにんまりとさせる。そんな子猫に、お前もちゃんと働けってんだ。と云った視線をやりながら、言いつのる。


「タクミさまに云われてたんですよ。お嬢様が危険なことをしたらお止めしてくれって」


「そうなのよ。タクミが危ないのよ。危険なとこで、一人で泣いてるんだわ。急いで迎えに行ってあげないと」


 ああ!ぜんぜん、話が噛み合わない!


 クールだと思えたのは表面上だけなのか、それとも「タクミ」というキーワードを入れたのが間違いだったのか。ルクスはこんどこそ、頭を抱えてしまった。


 レイドゥースは急がなくちゃ、急がなくちゃと呟きながら、さらに馬足をあげようとしている。乗馬が苦しそうに泣いていたのが、哀れな気がした。


「そらみろ!止められないだろう?」


 カジマが裏返った声で威張り散らした。かなり、いっぱいいっぱいだ。


 軍神だろうが、大神だろうが、悪魔だろうが、今の彼女は止められないだろう。


「うーむ。さすがのボスもお嬢さんの純情ぶりを推し量れなかったか」


 純粋すぎる人は、ひとたび恋を自覚すると周りの状況をすべて忘れて暴走する。


 普通の貴族の令嬢だったらさ、「まぁ、なんて可愛らしい」とか云ってすませられるんだけどねぇ。


 ルクスはレイドゥースの馬のお尻の右に付くように馬を走らせながら苦い笑いをもらしてしまった。


 問題なのは、その純情可憐なお嬢さんが剣術の達人でさ、そのうえ意志が強くって、だーれにも止めらんないってとこなんだよね。






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