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[3]帰郷の挨拶③



 奸雄、梟雄が巷にゴロゴロとしているこの時代、我らが主家のアンスカレット家ももちろん緊急事態に備えての私兵という物を持っている。


 このボクの目から見ても近隣の貴族や豪族の私兵たちより明らかにレベルが上だ。


 その辺はさすが、剣聖ランドルフ・ドルス・フォン・アンスカレットの時代から使えているだけのことはあると思う。


 今、騎士としてこの家に仕えているの者たちの多くはそのジュニアやその又ジュニアだったりする。


 つまり、アンスカレット家の抱える私兵は平均年齢が他と比べてかなり低いんだよ。


 なんと、平均年齢120歳(端数切捨て)なんだよ、ここの人間の平均寿命は400年くらいだからね、ボクの感覚で言うところの25才くらいの人たちの集まりってわけだ。


 そんな若さでありながら、老練の騎士たちより抜きん出た実力!さすがはお嬢さまを守る盾。


 密かに、そのことを自慢に思っていたんだけど…


「認識を改めなきゃいけないな」


 目の前で次々に打ち倒されていく騎士たちを見つめてタクミはため息混じりに呟いた。


「次っ!」


 大上段から振り下ろされた剣の一撃に崩れ落ちる騎士、それを見届ける前に叫ぶ声には余裕がある。


「う~ん。強いですな~お嬢さまは、さすがは剣聖の血筋。これで二十人抜きですぞ。タカヤ殿」


 隣でレイドゥースの舞踊のような剣捌きを見つめながら私兵の長であるカジマが感心するように顎を撫でる。


「不甲斐ない」


「いや、そうは言いますがお嬢さまの腕前は凄いですぞ、全身鎧を着たまま20人抜…おっと今ので21人ですな、これだけの事をしながらまったく疲れというものが見られないのですからな」


「それはあなた達が不甲斐ないから…とも言えないですね」


 全身鎧に盾に剣、それらすべての総重量は人間一人分といったところだろう。


 それなのに、レイドゥースの動きにはまったく停滞というものが感じられない


 中距離で足を止めて撃ち合うのではなく、一撃を与えると反撃がくる前に剣の届く範囲から飛びのいてしまう、そして空ぶったところにカウンターの一撃をくわえているのだ。


「一足であの距離を埋めるのか。目の前であれをやられると瞬間移動したみたいに見えるだろうね」


「ですな~」


「同意してないでそろそろあの快進撃を止めたらどうですか?」


「おや、珍しい。タカヤ殿がお嬢さまの活躍を止めろと言われるとは」


「このままでは、隊の先頭にお嬢さまが御付きになりかねないだろうが!」


「む……それは確かにマズイですね、しかし今までの連中もうちの連中の中では腕のいい方ですよ」


 そうなのだ。


 今もやられ続ける騎士たちはアンスカレット家の騎士の中核をなす者ばかり当然、筆頭執事のボクもその事は判っている。


 だけど、このままではあまりに情けない。


 というか、お嬢さまの盾にもなれないような連中なら全員解雇してやろうか?そんな気分になってくる。


「……新しく入った騎士がいたでしょう?あの巨大な盾を使う騎士、彼を呼んでください」


 実戦経験豊富な年長の騎士たちが軒並み打ち倒されてしまった今となってはお嬢さまを止められるのはこの男とカジマくらいだろう。


「ドウマですか?あれは試合形式では強くないですぞ」


「試合形式をさす気はありません。……あれにならお嬢さまの欠点をつける程度の実力はあるでしょうから」


 カジマが非難がましい目をする。


「いきなり、欠点を突くのはかわいそうなのでは……ドウマ!」


 しかたないだろうが、もうすぐ戦争がはじまるんだから。自分の欠点も知らずに戦場に出せるか!


 そう思っても、口にはださない。


 このことを知る者はすくないほうがボクにとっては都合がいいんだ。









「お呼びですか?」


 筋骨隆々と言うほどではないが、なかなかに大きな偉丈夫ドウマがヌウッと現れた。


「ドウマ、君がお嬢さまを止めろ。出来なかったら全員の給料1割カットだ」


 カジマに向かって用件を聞いていたドウマにタクミが言い切った。


「「ナンデスト!?」」


 二人の絶叫が重なる。


「当然だろう?主家を守るべき立場の君たちがお嬢さまに勝てないってことは役にたっていないってことだからね」


「しっしかし……俺じゃお嬢さまの実力には遠く及びませよ。隊長がやってくださいよ」


「隊長のわたし以外に勝てるものがおらんと言うのも問題だろうが?心配するな策はくれてやる。…タカヤ殿がな」


「策?……タカヤさまがですか」


 あからさまに不躾な目で見てくるドウマに苦笑いする。


 まあ、戦闘の専門家に門外漢である執事が教える事など普通はない。


 ボクがこのアンスカレット家の財政を握る筆頭執事でなければ相手にもされなかっただろうが、


「ドウマ、君はこの中ではもっとも訓練と実戦においての剣に差のある男だ。今回は試合としてではなく戦場形式で戦ってもらいたい。お嬢さまの剣はなかなかに重そうだが…潰した刃で鎧をさかれることもないだろう。君は防御に徹していればいい、そうすればお嬢さまに負けないだろう」


 ボクの指令を受けるとドウマはキョトンとした顔をした。


 まさかにボクが彼の剣風を知っているとは思わなかったのだろう。


 ドウマはたまにやるランキング戦でもあまり上位に食い込まない…簡単に言えば騎士の中でも目立たない男だった。


「ドウマ!タカヤ殿はこう見えて実戦と言うものを知っておる人だ。信用していいぞ」


 ただの執事じゃない?そんな目でボクを伺うドウマにカジマが笑いながら言った。


「はあっ…」


「しっかりせんか!みんなの給料がかかっておるんだぞ」


 気の抜けた返事にカジマが檄を飛ばす。


 それを聞いた周りの騎士たちがざわめいた。


 今までは騎士が倒されても苦笑いしていたが、笑い事でないことにようやく気づいたようだ。


「次っ!」


 22人目の騎士が倒されるとドウマがユックリと進み出る。


 円形の盾を正面に構え、後方に重心を置いての半身の構え。


 見慣れない構えにレイドゥースだけでなく、他の騎士たちも怪訝な顔をした。


「やはり、北のアルガード出身か」


「お気づきでしたか?」


「削り取ってはあったがあの男の盾にはフェンリルの紋章らしき物があったからね。カジマさんこそよく判ったね?この辺じゃ珍しい流派なのに」


「アルガードの氷壁とも呼ばれる彼らの戦闘スタイルはなかなか有名ですからな」


 呑気に話し続けるボク等の前でお嬢さまが果敢に攻め込んでいるが決定打を打ち込めずにいる、一先ず作戦成功と言ったところか。


 ドウマは盾を巧みに使い、剣戟を盾で引っ掛けるようにしていなし続けている、長剣はほとんどサブの盾のような使い方である。


 アルガード流剣術、通称「守りの剣」


 盾で弾かれる度に体制を崩すレイドゥースに焦りの色が見える。


 精神的に動揺するとともに先ほどまでの疲労が一気に襲ってきたのか呼吸の乱れがこちらにまで聞こえてきた。





 計算どうりうまくいってるんだけど……なんかムカツクね。




 疲れが見えるレイドゥースが盾を弾こうと大振りの一撃を振り下ろすが逆に盾に斬撃を後方にいなされる。


 疲労に下半身が付いていけない、上体の流れたレイドゥースの左手は隙だらけだった。









 これが、お嬢さまの欠点だ。お嬢さまは盾の扱いが…下手だ。たぶん、盾を使うほど苦戦した事がないんだろうな。


 って、そんなこと考えてる場合じゃない!


「お嬢さま!左脇をガード!」









 がら空きの左脇に狙い済ました一撃を突き入れるドウマ。


 完全な死角からの攻撃に勝利を確信していた、誰かが叫んでいたがもう遅い、俺の一撃の方が速い。


 だからという分けではないが、その後の行動が遅れたのは彼のせいではないだろう、誰だってこの状況なら勝利を確信するだろうから。





 蓄積された疲労に流れた上体を踏ん張る力は無かった、早鐘のようになる心臓の音と近づいてくる地面がやけにリアルに知覚できた。


倒れこむ地面に剣をもつ右手で手を着こうととした瞬間


「お嬢さま!左脇をガード!」


 タクミ?


 視線を声の先に必死で向ける、対戦者の向こうにタキシードを着込んだタクミがこっちを見ていた。


 タクミが見てる。


 タクミが…タクミが……タクミが見てる!


 地面に手を着くために放しかけていた剣を強く握りこむ。


「ヒューッ」一呼吸、酸欠ぎみの体に無理やり酸素を送り込む。


 腕の振りの力と上体の捻り、倒れこみながらも思い切り剣を振り上げる。


 地面すれすれから飛び出した一撃は脇腹に突き込まれそうになった刺突を弾き返した。


 相手の目に動揺が見える。


 それは、そうだよね。自分でもビックリだもん。


 何とか助かったが、完全に地面に寝てしまった、「死に体」というチェックメイトの状況だった、が一瞬、手の止まった相手の戦闘エリアから飛び退るのは簡単だった。


「タクミ!見ててくれたの?」


 タクミが向こうで苦笑いしている、何でだろ?


「ええ、5人抜きしたあたりから見てますよ」


「見てて!23人抜き抜きするから!」


 そうだ、タクミの見ている前でカッコ悪いところは見せたくない!


「見ててね」









「タカヤ殿~」


 恨みがましいカジマの声。


 周りの騎士たちもジト~とした目でタクミを見てくる。


「……給料の件はなかったことにする」


 当然ですな、とカジマ。周りで歓声。


 確かに、あれは反則だった。


 自分でこの状況を作ったわけだが、お嬢さまが斬られると思った瞬間叫んでしまったのだ。


「でも、普通あの状況から持ち直すとはおもわないだろう?」


「たしかに、あんな剣の型はありませんからな」


「ああ、ホームランが打てそうな見事なスイングだったね。腰が綺麗に回っていたな」


「ホームラン?どこの型ですかな?聞いた事がありませんが……」


「チキュウってとこではみんなが夢見る究極の型さ……それより、お嬢さまさっきより動きが良くなってらっしゃるぞ。足を止めて撃ち合ってるが、体さばきが良いなドウマの方が流れてる」


 チキュウ?聞いた事無いな~と頭を捻りながらもカジマが言う。


「盾の使い方は相変わらず下手ですが、理にかなった動きですな。何よりあれなら先ほどより疲れません。……しかし、これは困った事になりましたな~」


「なにがですか?」


 あまり困ったように見えない顔でカジマが困った困ったと連呼する。


「……タカヤ殿。最初の目的を忘れたのですか?このままではドウマが負けますぞ」


「…………。」


 しまった。思いっきりしまった。こういうのをお国の言葉で本末転倒とかって言うんだっけ?…違うような気もするけど。


 とにかく参ったな。


「しょうがない。アドバイス解禁だ、どしどしドウマにアドバイスを出してやってください」


「タカヤ殿は?」


「お嬢さまの敵を応援など出来ません!」


 敵と言い切るタクミにビビル騎士たち。


「しかし、……ドウマもなかなか良くやっておりますよ。アドバイスと言っても…」


「ドウマが勝ったら褒賞を出しましょう」


「それは……お金でしょうか」


 黙って頷いてやる、と聞き耳をたてていた騎士たちが歓声とも悲鳴ともつかないアドバイスと声援をドウマに送り始める。


 主家の娘にヤジを飛ばす馬鹿はさすがにいないがちょっとムカツク。


「ドウマー!致命傷になる以外の剣は無視しろ!威嚇を無視して突っ込めーーーボウナスは目の前だ~」


 一番デカイ声を上げているのは、いつもマイペースなカジマだった。


 しかし、これは……周り中だれもお嬢さまを応援していない。


 お嬢さまが生まれたときからこの家に仕えているいる最古参の騎士まで…うちの給金はかなりいい方なのに。


 集中しているお嬢さまには聞こえていないようだが、これは酷いんじゃないだろうか?


 一人くらい、応援すべきじゃないのか?いや、ぜったいするべきだ!


「レインお嬢さまーーーーー!!!」


 叫んだ次の瞬間、訓練用の肉厚の剣が根元から叩き折られた。


 折れたのはドウマの剣、折ったのはレイドゥース。


 瞬間、お嬢さま以外の全員がボクをジト目で見ていたような気がする。









 勝者のお嬢さまは勝ち乗りを挙げる前に剣と兜を放り出して走ってきた。


 お尻にシッポがついていたらたぶん盛大に左右に揺れていただろう。


「タクミ~。見ててくれた?」


「ええ、すばらしい剣技でした。皇都での鍛錬のすごさが伺えます」


「ええ、そうかな~」


 テレテレと俯くレイドゥース。


 かわいいな~と年上の姉だった人に思うのは変かなと思いながらも今のレイドゥースは綺麗というより可愛かった。









「これで、お嬢さまに勝てそうな人はこの中ではもうワタシとタカヤ殿だけですな~。いや~参りましたな」


 嫌味ですよ、カジマさん。


 ……給料減らしてやろうかな?





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