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[23]微笑む執事③



「なんだ、貴様は!?どこから沸いて出た?」


 彼にとって理不尽な事態が続出し、ギシラ王家第一王子であらせられるエストル殿下の遠大にして華麗な計画はその根底から崩れ始めていた。


 ヒステリックに叫ぶのは、ようやく仕留められるかというところまで追い込んだ男に味方する者が現れたからというわけではない。


 突然の闖入者は、黒いドレスに日傘をさした細身の女性であり。日常の生活そのままといった姿だった。それがエストルには自分を馬鹿にしているようにしか見えなかったようである、彼の広いとは言えない寛容さはすでに限界まで溢れていたのだろう。




 しかし、そんなエストルの詰問の声を余裕で無視する二人。


「レンマ、そなた傷だらけではないか?…痛むところはないか…」


 思いっきり蹴りを放ったことも忘れてしおらしく、レンマの身を案ずるユーリ。


「いやぁ、一番痛いとこはジャングルブー…イテェ。…叩かないでよ、ユーリ」


「妻が心より心配しておるのに茶化すからじゃ。どこが痛いのか言うてたもれ、わらわが癒してやろうぞ」


  ほんとに痛いところはジャングルブーツだったんだけど……。


「あちこち出血してるけど、どれもそんなたいした傷じゃないよ」


 さすがにすべての攻撃を避けきれるものではなく、あちこちに傷があった。致命傷はひとつもないがそれなりにピンチだったのは本当である。


 レンマのほっぺにもタラリと鮮血がしたたっている。


「ぬぅ。……レンマの肌は肌理が細かくて美しかったのにのぅ。だが、心配せずともよいぞ。わらわが愛で癒してやろう……しかし、あれじゃのう。美青年にはタラリ血が似合うというのは本当じゃな。カメラを持ってくればよかったのぅ……耽美じゃ」


 背伸びをして顔を寄せホッペタにチロリと舌をはやして血を舐めとるとユーリはここで初めて怖い顔をやめてニコッと微笑んでやった、ついでに傷を完全に消し去った。




「えぇい!ワタシを無視するな!アジエラなんなのだ?!あの小娘は」


 急に話を振られた側近がギョッとしたような顔をする。今の今まで呆気にとられて動けなかった彼は、急に話をふった主にどう答えて言い物かと内心で焦った。


「は、…おそらくはあの男の女かと…」


「そんなことは聞いておらん!なぜ、その小娘があっさりと我が兵を倒しているのか、だろうが!」


 そんなことを聞かれても答えをアジエラが持っているはずもなくオロオロとしてしまった。


 そんな彼にかわって応えたのはエストル言うところの小娘ユーリだった。


「…だれが小娘じゃ?わらわの半分も生きておらん小僧がなにをぬかす」


 不愉快そうに眉をしかめ、冷たい声をだす。そこにはレンマに向けていたときの怖い中での暖かみなどというものは欠片もなかった。


「見知りおけ、わらわこそ千年の時を生きた深き森の魔女ユレイリアじゃ」


 眼光の冷たさと、小さな肢体からドンドンと溢れだす威圧感にレンマ以外のすべてが一歩後ろに下がった。


 彼女は身内以外にとことん冷たい。




 レンマの見るエストルの顔にはハッキリとした狼狽が現れた。滅んだとはいえ、さすがに一国の王子。《深き森の魔女》の名は聞いたことがあるらしい。


 まぁ、タクミみたいに出来たてホヤホヤってわけじゃないしな。


 それなりに知られた魔女なのだ。


「なんてったって、今年で1265歳だしな」


「……何か言うたか?レンマ」


「いや。なんにも言ってないよ」


 ジロリと睨まれた。実際年齢、言うと怒るんだよな。そんなこと気にしないでいいのに……。




「えーい。いにしえの魔女など伝説に過ぎぬ。男ともども、ここで果てるがいい」


 現実を受け止めないように、エストルが手を振り下ろした。さっと、男たちが前に出る。


「奥さん。もっとちかくに寄ってて」


 朱色の瞳で敵よ死ね、ッといった感じで睨み付けていたユーリの腰をかき抱くようにして抱き寄せ、腰につるされている剣を取った。


 柔らかく、そして熱く、手の掌に吸い付くようなレンマのために打たれたような柄の感触。


 その感触はまるでユーリの肢体を抱いているように心地よさである。


「剣よ。オレが魔女の肋骨より産まれし、《神無しの剣》よ。今こそ、おまえの本分を果たすときだ!オレの身に科せられた神々の縛鎖を斬れ。オレを迫害する力を斬れ。傲慢な神の力を斬れ!!」


 鞘を抜き払い、大上段に構えると思い切り吼えた。完全な自由を得られることに歓喜して、全身全霊を込めて剣を振り下ろした。


 自分の立っていた屋根を真っ二つにして剣は止まった。


 しかし、斬ったのはそれだけではない。


 レンマに身に掛かっていた神々の呪縛が綺麗に斬れていた。今まで、その身にかかっていた異常な重力が消え去る。水すらも苦いと感じ、唾を飲み込むことすらもきつかったのが嘘のように正常な味覚に戻る。今まで、無臭だった世界に匂いが帰ってくる。


「……ふっ!!」


 息を吸い込みながら、剣を返し水平に薙ぎ払う。


 今までにないスピードの斬撃に大気が摩擦して火花を散らし、その剣の軌道上にいた人間たちをその衝撃でバラバラに打ち砕いた。もちろん即死である。


「やっぱ、剣ってのはこうじゃないとな」


 物騒な長剣を肩にかついでニヤリと笑う。


 実際には剣の腹で、敵を殴りつけたのだが、この攻撃力ではそんなことはもはや関係ない。


 異常な重力で鍛えられたレンマの肉体が、その重力から解放されたとき剣の扱い方もなにも、すべては些細なことだった。


 その様に、呆然とする王子と側近。


 吼えるように笑うレンマに抱かれたユーリがチラッとその顔を仰ぎ見て囁いた。


「最初からこれを持っていっておれば、わらわも安心しておれたのじゃ。呪縛の鎖さえ斬ってしまえば、そなたに叶う者などこの大陸には存在しはせねから」


 そうだ。借り物ではない、自分自身。


 レンマは己の信念を貫き、自分の力でこの世界を生き、今最強の騎士として魔女の横に立っていた。


 ユーリは夫の姿に満足したよう微笑み、ついで夫の敵を見て瞳を細めた。


(勝てるか?この男に。……千年の孤独を過ごしたわらわが見初めたこの誇り高き男に、貴様たちは何かひとつでも勝ることが出来るのか?)


 彼女の目には、エストルは薄っぺらに見えた。




「うお!デカ……マジででかい!しかも、ストーリーキングじゃないか」


 自分の旦那と敵さんを比較して優越感に浸っていたユーリは、夫の驚愕の声に引き戻された。


「こら!貴様という男はこんなときにまでほかの女に目移りするのか?」


「あたっ。……だから叩かないでよ。いきなり天を突くほどに大きな女が見えるようになったらビックリするだろ?それだよ」


 おまえを抱いてるのにほかの女なんかに気を散らせますかっての。この手の中のぬくもり以上の女がいるわけないんだから。


 なんてことは思っていても、『怒っているユーリもまた可愛いなぁ』なんて思っているレンマは絶対、それを言わない。


「ほら、そんな怒らないで。綺麗な顔にシワが寄っちまう。……それよりもさ、あの神様。どうだ?……受肉しそうかい?」


「ふん。……そうじゃな。わらわの見立てでは、かなり弱っておるぞ。……あと一撃、大きいのが決まれば、それで終わる」


「おお。さすがは俺の可愛い後輩」


「そして、さすがはわらわの弟子ぞ」


 満足そうに笑い合うふたり。しかし、それを見て笑っていられない人たちが居る。


「じゅ、……受肉だと……ワタシの神を悪魔に堕とすきか。おのれ!おのれ!そんなことはぜったいに許さん!アジエラ、貴様たちに《ルネサンス》を掛ける。王国最強の騎士の力を示して見せよ。なんとしても、この二人をここで仕留めい!ワタシは術者を殺しに行く」


 短い祈りの言葉を囁くとエストルは背を向けて走り出した。


 リシトが悪魔に墜ちれば彼の野望も終わってしまうのだ。


「行かせるかよ」


 エストルは耳元で聞こえた囁きにぞっとした。悲鳴を掻き殺しつつ、なんとか左に飛んだが、遅れた右手がバッサリと切り飛ばされた。


 喉から零れそうになる悲鳴をプライドで押さえつけながら、振り返るとそこには無害そうな笑みを浮かべたレンマと彼に抱かれながら冷たく自分を見つめるユーリがいた。


「…なぜ…ここにいる……?」


 囲んでいた部下たちはなにをやっていた。視線をずらしたエストルが今度こそ恐怖をその顔に表す。エストルの見たレンマの後ろ、そこにはバラバラの肉片と吹き飛んだ血があるだけでその他にはなにもなかった。いったいどこに行ったのだ?後ろを向く一瞬前までレンマを囲んでいた部下たちは…。


「おっと」


 ヒョイッという風に大剣を片手で振り上げるレンマ。いなくなったのはエストルとレンマを結ぶ線上にいた男たちだけで、他の部下はいのである。王子の危機に飛びかかる無数の影。しかし、それがエストルの目の前で赤い肉片に変じるのに時間は掛からなかった。


 まさに、瞬きひとつのあいだのできごと。


 小さな竜巻のようにレンマの体躯が回転しながら振るわれる斬撃、鉄色の風が彼の部下を消していった。




「魔女の騎士というものをわかっておらんのぅ……雑魚が何百人あつまったところでレンマに叶うものか」


 ユーリの言葉に合わせるようにレンマが大剣を一閃させる。刃にびっしりと染みついた血糊が吹き飛ばした。


「さぁ、幕引きだな。くだらん戦乱を引き起こした己を悔い改めながらいけ」


「っひ」


 空を切って振り下ろされるレンマの一撃、しかしそれはエストルの命を取ることはなかった。横合いからの剣に阻まれる。レンマの片眉がぴくりと上がり、自分の剣撃を止めた男を興味深そうに見つめた。


「殿下。お行きください!ここは私が!」


 レンマの剛剣を止めたのは、エストルの側近アジエラだった。盛り上がった筋肉が押し切ろうとするレンマの剣を下から押し返していく。レンマは自分に匹敵する膂力の持ち主にほんの少し驚いた顔をした。這いずるようにしてエストルが下がっていくのを舌打ちしながらレンマは見送ってしまう。


 アジエラの意外な力に気をやれないのだ。


 片手のレンマは、しきり直すために後ろに飛んだ。


「ユーリ。ちょっと離れて……ちょっと本気になるから」


 片手で抱いていたユーリを横にちょこんとおろしながらレンマは呟いた。


「あの男、どうする?わらわが仕留めようか?」


「やめたほうがいいな。お嬢さん。分け身の体で魔法を使うのは辛いだろう?自己崩壊をおこしてしまうよ」


 走り去るエストルに狙いを定めたユーリをアジエラが止める。


 その声に、レンマは片眉を上げた。どうも、アジエラの雰囲気が変わっているような気がしてならない。それになぜ、分け身だと気づいた。夫の自分でさえ、抱き上げてやっと気づいたというのに……。


 ユーリも男を訝しげに見つめていた。


「お主……なにものじゃ?」


「私のこの躯は殿下の側近だよ。昔から、ね!」


「下がれ。ユーリ」


 両手に剣を握ったレンマが風となって突き込んでくるアジエラを迎え撃った。


 神速の抜き打ちを、反射だけで止めるレンマ。そのまま、力任せに剣を叩き返す。それを返し、いなすアジエラ。


 足を止めて撃ち合いを始めた二人。


 縦横無尽に振るわれるレンマの斬撃が円形のフィールドを作り上げていく。その範囲内に入った物はすべてが微塵に粉砕されていく。




「人ではないな……」


 撃ち合う衝撃だけで壊れていく屋根から飛びながらユーリは二人を観察した。レンマの斬撃を男は見事に受けきっているのだ。


 反射速度、膂力、動物的な感などならレンマの方が勝っている。しかし、男は卓越した剣術を身につけていた。嵐のようなレンマの剣を、魔法のように捌いているのだ。


 人に出来ることではない。なにより、これだけの男があの矮小な王子に従うはずがない。そしてこの男、異常な神の匂いを全身から放っているがそれはリシトのものではない。


「読めたぞ。そなたの正体」


 ユーリは、自分の考察に満足げに頷いた。そして、確信する。この男は敵ではない。この男に憑いている者は。


 剣聖に勝るとも、劣らぬ剣術の冴え。レンマに次ぐ、身体能力の発現。魔女である自分を恐れないその様。そして、この男から漏れ出る軍神アデューの匂い。


 間違いない、この男はアデューに取り憑かれている。


「なるほど……タクミもなんのために動いておったのかと思っていたが、軍神と取引を行っていたとはな」


 






「おお」


 犬歯を剥き、吼えるレンマ。


 それを微笑みながら迎え撃つアジエラ、もといソラステェル皇国守護神、軍神アデュー。


 いよいよ激しさを増す、打ち込みの最中でアデューは心の底から歓喜していた。


 おもしろい。まさか、ただの人の身でここまで自分に迫れる存在がいるとは思わなかった。


 レンマの攻撃は、アデューの体躯から確実に力を奪っていた。凄まじい膂力の一撃を返すたびに骨が震え、肉が爆ぜていくような気がする。神の力をすべてこのアジエラという男に降ろしているわけではないが、それでもレンマの力は驚嘆に値したのだ。


 リシト寵愛者を逃がしたことで私の役割も終わったが、もう少し遊ばせてもらおう。このような、心踊る男は数世紀ぶりだ。


「気に入りのレイドゥースを手放すのだから、私もすこしは楽しませてもらわないとな。あの傍迷惑なリシトを排除してもらう程度では割に合わない」


 大上段から振り下ろされる剣を、アデューが懐に飛び込みながら交わし鋭い突きを放った。その突きと同じ速度で、突かれた分だけ下がるレンマ。左手からくる追撃の剣を、こちらは右からの剣で打ち落とす。


 神速の域に達した剣戟は周囲の大気を摩擦し赤く燃え上がらせていく。




 超人たちの剣舞は終わりそうもない。









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