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[22]微笑む執事②



 て・ぃ・あ・ら・ね・え・さ・ま・?






 神霊の口元がそう形作るのをタクミは読み取った。


 自分を殺そうとした力を放ったものが自分の姉だと信じられないようだ。大きく目を見張ったまま彼女は固まっている。


 信じられないかもしれないけどね。……君の姉はもう、君を妹として愛していないようだよ。


 彼女の愛していた大地を君が壊しちゃっただろ。あれは不味いよ。大地はティアラにとって子供のようなものだったんだからさ。


 君は、自分勝手に動きすぎたんだよ。民も国も姉のことも忘れてさ。


 それに……。


「ボクも、貴女に死んでもらいたいんだからさ……。中途半端に生きてられちゃ迷惑なんだ。貴女に眠ってられるとさ、部下たちの病気も治らないし……それに、まだアデューを諦めてないんでしょ?となるとさ、やっぱり、アデューの寵愛者であらせられるところのレインお嬢様も迷惑を被るってことでしょ。……それは、駄目だよ。それだけはどうあっても見過ごせない」


 そこまで告げて、タクミはニッコリと微笑んだ。


 困惑した表情でタクミのなかの姉を見つめるリシトを冷たく見つめたまま、口元だけが優しげに。


「だから、貴女には退場してもらうよ。……ついでに貴女のもってる力もボクがいただくけどね」


 ニッコリとした微笑みのまま、タクミは神を殺す力を自分の眼前にに練り上げていく。空間に赤い雷がバチバチっとなった後、真っ黒な玉が空間にヌゥッと現れる。最初、小指のさきほどに小さかった玉は見る間にその体積を増していき、直径一メートルほどに育ってやっと停止した。


 その黒玉に触れる前に、地面がその玉から三十センチほどに近づくと、空間が歪んだかのように削られ消えていく。消えていくのは地面だけじゃない。空気すらも引き寄せられるように螺旋を巻いて黒玉に吸い込まれていった。


 この黒玉に触れても消えないのは、タクミかタクミ以上の力を持った存在だけである。


「わー、おっきなボール」


「こ、コラ!さわるんじゃない!危ないだろうが……」


 シリアス本気モードのタクミくん『お嬢様の敵は排除だ!排除!!』という思いが強すぎて、胸に張り付いていたコアラの存在を忘れていた。


 無邪気なお子様は、明らかに物騒な音を立てているやばい黒玉に片手を伸ばして触れようとしたのだ。


 タクミが慌てて引きはがさなかったら、一瞬で分解されていただろう。




 くぅ。だから、連れて歩きたくなかったんだ。とは、思っても仕方ない。


 子連れオオカミみたいな今の自分にちょっと場違いだと感じるけどね。


 ここで問題なのは、便利な万能手押し車がないということだ。


 しかたない。ここはボクが手押し車になるとしよう。




「ベレッタ。ゲームをしようか?今からお兄ちゃんがイイって言うまで、さっきみたいにしがみついてるんだよ?離したらベレッタの負けだ。勝てたら先輩に………君のご主人様になんでも欲しいものを買ってもらえるように頼んであげよう」


 視線をリシトから外しはしないが、口調だけは甘くて柔らかいものにして胸に張り付いているベレッタに誘う。


「いいの?!」


 瞳を輝かせ、小さな手がギュッと服を掴む。しがみつく力が二倍に増した。やはり、子供はもので釣りやすい。


「ああ、約束するよ……じゃ、今からスタートだ」


 いけ!


 眼前に静止させていた黒玉に静かに命じる。


 黒玉はただ静かに、直進していく。崩れた瓦礫と、崩壊しかけたビルに丸い穴を空けながら。まだ、信じられないように大きく目を見開いたまま動かないリシトの顔に向けて。


 


 ドン!!




 無音の衝撃が街を走り抜ける。空気が人を潰しかねない衝撃を伴って荒れ狂う。リシトを中心に炸裂した嵐が壊れかけのビルにとどめを刺し、小火だった火事を煽っていった。


「きゃぁ~~」


 吹き荒れる強風にベレッタが黄色い悲鳴を上げる。


 小うるさいが、それすらも脳に直接響いてくる絶叫にはかき消されてしまった。


『ああああああぁぁぁぁあああーーーーーーーー。姉さまぁー、ティアラ姉様ー』


「耳にいたいほどの大声だね。それだけ声が出るってことはまだまだ元気ってことだろ?もう、2、3発行ってみようか?」


 衝撃に仰け反るリシト。黒玉が直撃した左眼付近は酷い火傷を受けたように爛れている。その顔に左手をやりながらも、残る右手がタクミに向けて伸ばされていた。


 翳された左手の奥に見える見開かれた瞳には、憤怒に燃える殺意がある。


『姉様……。邪魔しないでぇえ!!』


 突き出された巨大な手の平。


 その手の動きに呼応して、瓦礫が動き出す。磁石に引きつけられるように瓦礫が空中に集まり、霊体に重なる巨大な岩石の腕を形成し、それがすさまじい勢いで迫ってくるのだ。さながら、石龍ってとこだろう。




「姉様に、手をあげるきなんですか?…いけないな。おいたが過ぎるよ。お仕置きをしないとねぇ……─────腐敗の血。落ちるところ」


 先ほど斬った指先をペロリと舐めあげて、指先で圧迫するように血を絞り出す。


 どんどん体積を増す不気味な瓦礫の腕がタクミを握りつぶそうとするのと、零れた鮮血が地面に触れるのはほぼ同時だった。


「枯死する禍々しき死の風吹きあれん……。」


 ニッコリと笑みを崩すことのないタクミ。


 地面に堕ちた鮮血は、形容しがたい音を発して石畳を溶かす。そして、溶解した石畳から噴出した紫色の気体が一瞬で、タクミに迫っていた瓦礫の腕を消し去った。


 シドと同じ術ではあるがその威力は比べ物にならない。


 その危ない気体は崩壊していく腕を追うようにして這い上がり、根本のリシトに取り憑いた。


 紫の煙に巻かれたリシトから絶叫が上がる。


「もとは貴女の仕事だった力ですよ。大地を腐らせる力。……でも、貴女にはティアラのように土地を肥やす能力はないようですから、回復のしようがないはずだ。かなり苦しいだろう」


 基本の能力を持っていれば、負の力を作り出すことは簡単だ。


 たとえば、極端に少なかったり、多かったりと…使用者の許容範囲外のものであればいいのだ。


 この場合、豊穣の神の半身ティアラの癒しの力を極限まで高めて放ったのである。


 効き過ぎる肥料は樹を枯らすように、タクミの力の凝固した血液は気体へと変化し、紫の煙はリシトの躰に巻き付くようにしてその霊体から力を奪っていた。


 苦しみもがくリシトに向けて、タクミはさらに黒玉をふたつ組みあげる。


『姉さぁん?……ちがう。おまえは誰だぁ!?』


「寝ぼけがやっと取れたのかい?ボクはタカヤ・タクミ。貴女の姉であって姉じゃない。豊穣の魔法使いさ」


 無音の黒玉が連弾でタクミの手から放たれた。






「派手にやってるな。……タクミはともかく、ベレッタが無事だといいが……」


 レンマの視界の端に螺旋を巻く巨大な紫色の煙と、瓦礫が集まって出来た竜のようなもの、突発的なハリケーンを作り出すので注意しないと危ない黒い怪球がチラリと写った。


「おのれ!本命は向こうにいたのか!我が神に牙を剥くとはなんたる痴れ者か!」


 王子が嘆くように憤慨している。彼の目にはバッチリ神様の姿が見えているようだ。


 あいにくと、レンマの眼には神様の姿をおがむことはできないので、怪獣大決戦の第一幕は見ることは出来ないでいた。


 ただ、その戦いの余波だけでもどの程度すさまじいものであるかは理解できた。


 北の一角から、街の中央に向けて道が一本出来上がっていた。タクミが撃ち込んだなにかと、リシトの反撃からなる道だ。その長さは軽くみつもっても1キロ以上あるだろう。


(これ以上、派手になるとベレッタが危険だ。はやいとこ預かりに行ってやりたいんだが……。行かしてくれそうもないわな)


「はーっ……。」


 溜息が漏れるよ。


 イヤになるね。どうよ?ターミネーターを超えたね、こいつら。


 ギシラ王家正規軍の皆さん。神様復活に伴い、さらにパワーアップ。すでにバーサーカーを超えた、スーパーバーサーカーって感じだ。


「溜息など付いて、この期に及んでもその余裕をくずさんのか」


 憎々しげな声は、王子だ。最初の頃の澄まし顔がだんだん崩れてきているのは見間違いじゃないだろう。


「人生、余裕を無くしちゃおしまいだぜ」


 言うほど、余裕はないのではあるが、一応噛みついておくのがオレのポリシーだ。


 実際、かなり不味い状況である。


 今、レンマはこの不死身軍団とその王子をタクミとリシトのタイマンの邪魔をさせないように頑張って足止めしているのであるが……。


 本当のところを言うと、レンマが一人で蹴散らす予定だったのだ、意外と敵さんが強かったので計画道理にはいっていない。


 本来なら、今頃はベレッタを預かって、魔法使いVS神さまの人外魔境な戦いを高みの見物でもしいるはずだったのだ。




 たく、背骨おっても動けるってのは反則だろ。しかも、オレ並みに動きが速いときたもんだ。


「ォオ!!」


 合気声ひとつで五人が剣を持って撃ち掛かってくる。しかも、全員が刺突の構え。


(捌きにくいったらねぇよ)


 不死身性を活かして、全員が捨て身で来るのだ。


 如何に、レンマとは言えたまったものではない。


 一瞬でも、動きを止めて相手をすれば、敵はそのままレンマを寝かしに掛かってくるのだ。寝転がってしまえば、そのまま起きる機会もなくレンマは儚くされてしまうだろう。


 姿勢を心持ち低く構えつつも(タックルが怖いのだ)レンマは今までよりも速く、複雑にステップを踏んで男たちのあいだを駆け抜けた。もちろん、抜ける瞬間、奪い取った剣で男たちの喉を掻ききることも忘れない。


 本来、剣道すら習ったことのないレンマとしては素手が一番なれた戦闘スタイルなのだが、素手による攻撃ではハッキリいって効果が得られないのだ。そのことについてなら、レンマ自身がイヤになるほど実践して証明していた。


 こうなったら、血をぬくか。首をはねるかしかない。…レンマの想像力では、これくらいの方法しか思いつかないのだが…。


「だーっ。斬れにくい!なんて粗悪な刃なんだ!ちゃんと研いでんのか?」


 奪い取った剣の使い勝手の悪さに憤慨する。レンマの手にある剣は、一応、王家の騎士たちの剣なわけだから、それなりの代物ではある。


 しかし、いつも使っている代物がそれなりどころの剣ではないのだ。なんといっても『剣は刃先を立てなければ斬れない』とか、『西洋刀は斬るための物ではなくて、突く、または叩ききるための物だ』などなど、剣を使うに当たって普通なら知っているはずのことがらを知らずに使っているレンマの要求にばっちり応えてくれる剣なのである。


「く……やっぱりもってくればよかったかな。いや、でもあれを持ってると、転移の指標ができるしな。やっぱり持ってこなくて正解だな。危ないから来ないでってお願いしても絶対来ちゃうだろうし」


「なるほど、確かにそのとうりじゃな。転移の方が速くてラクチンじゃからのぅ」


「そうだろ?魔女の騎士としても、ユーリの男としてもそんな危ないとこに来てもらうわけにはいかないよな」


「しかし、これを置いていったせいでこの一月、まったくの音信不通。夫として妻に悪いとは思わぬのか?」


「たしかに奥さんの声を一月も聞けないというのは若い俺にはきつかった!しかし、そのぶん次の逢瀬がすばらしく燃えた物になるだろうとオレは確信しつつ希望して耐えているのだ。オレの迸るほどに貯まった熱いパトスにきっとユーリも満足し、許してくれると思っているのだ!っはっはっはっはは…はは…は?……………あれ?誰と喋べってんだ、オレ?」


 ……………。なぜか、知らずに冷汗が垂れた。


 周囲には、鬼気迫る表情の黒装束たちが未だにいっぱい。プラス王子にその側近らしいのがもう一匹。


 こいつらと話してたのか?……いやいや、こいつらと話をしたところで楽しくとも何ともないし、そんなに続くわけ無いよな。それに疲れてムシャクシャしてんのに楽しげにオレが笑うはず無いよ。


 すっげー、耳に心地イイ声だったしさ。


 甘くてさ、殺伐とした殺し合いと可愛くない王子の言動に疲れたオレの心に綺麗な花が咲くような気持ちよさだったし。


「こら!どこを見ておる。わらわはここじゃぞ!……なぜ、絶望したような表情をして、わらわを見ようとせんのじゃ!?」


 なんか、オレのよく知ってる人の声に似てる気もしないではないけど……そんな、はず無いよな。


 いま、彼女はジクリアから国三つほど挟んだ王国で大事な会議の真っ最中のはずだ。来れるはずがない。というか、来れないようにオレが細工した。


 だから……なんか、オレの目の端っこに写ってるすっごく怖い顔した女の子がいるはずないよな。


 居るとしても、普通の女の子に決まってる。オレでさえ倒すのが困難だった黒装束を秒殺してたように見えたりもするけど気のせいだ。


 気のせいに決まってる。


 見慣れたブラックなファッションセンスだけど。


「何をブツブツ言っておる。貴様は妻の顔を見忘れたのか」


 存在を認めたくないオレと、突然闖入者に戸惑う王子。王子の意志無くして動かない黒装束。


 停滞した空間を、つかつかと歩いてくる彼女。どこに向かってるかって?オレにだよ。


「……このぉ甲斐性なしめ!」


 フワッとしたロングスカートがはためいたかと思ったら、オレがユーリにプレゼントしてあげたジャングルブーツの靴底が飛び出した。


「奥さん!許して!」


 現実を見つめ直し、とりあえず、許しをこうたオレにキックは直撃。オレの高い鼻は見事に潰れた。


 本気で痛いぜ。……ジャングルブーツ。




 顔面にブーツ底をくっきりと刻まれるレンマ。


 それを刻んだ、楚々とした装いの女性はユレイリア・フォン・クレア。東方の大国、クレア王家の要人にしてギオウ・レンマの配偶者であるところの魔女だった。







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