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[20]動き出す事態⑤



 獲物を狩る猟犬のごとくレンマを囲みこむギシラ王家の兵士たち。


 もちろん、彼等にとっての獲物はレンマだ。


「なかなか粘る」


「お褒めにあずかり嬉しい限り!」


 内心の焦りを、微塵も出さずにレンマが叫び返した。同時に、剣を抱くようにして突きかかってきた男の切っ先を交わしざま男の顎を拳で跳ね上げる。


 男は衝撃で剣を取り落としたが、抱きつくような格好でレンマの左足を抱え込んできた。ただもたれかかるのではなく、万力のような力で締め上げてくる。


 首が折れただろうが?!……跳ね上げるようにして振り上げたアッパーにはハッキリと顎を粉砕し、そのまま顎の稼働限界を超えて振り抜いた感触が残っている。


 間違いなく即死の衝撃のはずなのに、今、この男は生きていてしかも自分を殺す動きを続行している。




 冗談みたいな世界だとは思ってたけど、ほんとに最悪の冗談がいくつあるんだ?この世界には!!




 不条理な気分に苛まれつつ、男がしがみついたままの左足を振り上げて、飛来する鉄鋼弾を男の体を盾にして蹴り返す。足にはドス、ドスっと確かに着弾の感触が伝わっているのに男はまだ左足を離そうとしない。男の体を足裏に合わせるように位置へと振り回して移動させると、カカト落としの要領で足下にたたきつけた。屋根瓦と足裏に挟まれて肉の潰れる確かな感触が伝わってきた、しかし今までの経験からこの程度ではすぐに復活するのは理解できている。そのまま、足下のコンクリートを粉砕する心持ちで体重を落とし踏み抜く。コンクリートにヒビが入ったときようやく男の手はゆるんだ。


 今度は右足で男ののど元を引っかけるようにして蹴り上げて、こちらに接近しようとしていた黒装束たちにぶつける。


 しかし、ふっと安心したのも束の間、すぐに新手が突き込んでくるのだ。


「……街ん中に五百人もはいびすんじゃねぇよ」


 レンマが口元が歪み、愚痴が漏れる。急に強さの増した黒装束に戸惑ったのだ。正確に言えば、強さではなく異様なまでの頑丈さと執念のようなものだろうか。


「くそ。……なんだってんだ?急に眼の色かえやがって」


 不気味なのは異常なタフネスだけではない、さきほどからまったく男たちは無言なのだ。


感情の色をまったく浮かばせていない。ただ、狂おしいほどの使命感、駆り立てられているような妄執だけがそにはあった。


「てめぇ、こいつら部下だろうが?!それに何しやがった」


 この場で人間らしい感情をもっているのはレンマに亡国の王子とその側近だけだった。


 挑発しすぎたの、まずかったかな?


 明らかに、この目の前で腹のたつ薄ら笑いをしている王子が何かしたのだ。この王子の祈りの言葉とともに、男たちの耐久度が飛躍的に上がっているのだ、そのかわりに感情が薄っぺらいものにかわってはいるが。


「なに、たいしたことではない。……我が神にほんの少しだけお力を借り受けただけのこと。戦の駒として挑発したギシラの民にも掛けてある呪いのひとつよ。訓練を受けていない者でもこの呪いを掛けてやればそれなりに使えるようになる。……それを我が近衛に掛けてやればこの程度に強くなれるのは当然だろう?」


 楽しそうに語る王子に、ますますレンマの口元が歪む。噛みしめられた奥歯がギリギリと音を立てる。


 確かに使える術ではある、そこは認めてやってもいい。でも、こんな異常に強制力の高い術を使ってまで戦争してるおまえの気が知れないね。


「戦争を一人で支えてるとはね、たいした奇跡使いだな。寵愛者ってやつかい?」


「そう。我こそがリシト神が地上への具現者にして最上成る神の子。《ルネサンス》の奇跡がつかえるものなどこの国家にもおらぬ。……私にのみ許された至高の力だ」


 満足気に笑う王子の笑い声が高く空に響き渡る。レンマにとってはただ不快な音でしかなかったが。


 次々と飛びかかってくる男たちを捌き、乱れくる銃弾をかわしながらレンマの視線が絶えずこの王子に固定されていた。


 さきほどの王子の話から察するに……


『つまり。このボンボンひとり殺れば、前線で戦争してる連中は止まるってことじゃないの?』


 たしかに、広域に神の奇跡を降ろすのはスゲェことだわな。《ルネサンス》っとか呼んでたっけ?たぶん、暗示か催眠みたいな力をリシトの信者に掛ける術。効果はリシトへの信仰心の増大、それによる個人個人の降りる奇跡の力の増幅ってとこか。


 よくできた術だ。


 タクミが見たら感心するだろうよ。


 だけど、その後でせせら笑うぜ。借り物の力なんぞ、誇示して高笑いしてあんたはいったい何者なんだい?王子さん。


 神の具現者?神の子?…馬鹿か。


 寵愛者なんてのはな、至高の存在なんかじゃねぇ。ちょいと神に気に入られた人間のことをさすんだよ。


 そりゃ、まともな神が選んだ寵愛者ってんなら話はちがう。選ばれた人間は、どこかに神が気に入るほどのすぐれた資質があったんだろうさ。


 だがね、王子さん。あんたは違うよ。間違いなく、動かしやすそうだったから選ばれたんだ。あんたは人形だよ。神々の操る糸に気づかない愚かな人形さ。






「そして、リシトよ。─────あんたも愚かだ。無尽蔵に与えるあんたの力がこの男を。あんたの目となり、耳となってきた男を愚かにしすぎている。すこし冷静になればわかることだ。人間を相手にどれだけ戦えようと、神に対して脅威となるほどの力をオレは今もっていない」


 神々から加護をうけることを拒み続けた自分だから思うのだろうか。


「だから、気づかなければならないんだよ。……オレは囮でしかないとね」


 殺すことを、心に決め。敵の攻撃の合間にも、そのチャンスを窺いながらレンマはほんの少し、この恵まれすぎた男を哀れだと思った。


 あんたは神に縋って何を手に入れたんだろうね。


「タクミよぅ、そろそろこの茶番にも飽食ぎみだぜ。早いとこ終わらせようや」


『わかっていますよ』


 そんな言葉が脳裏を過ぎったとき、突然、足下が歪んだ。


 赤い光がサーチライトのように天に伸び上がってくる。ひとつじゃない、二つも三つも天に浮かぶ雲を染めるほどに光り輝いている。その光の帯は、瞬く間に数を増やし、伸びていき、繋がり、雲に禍々しいほどに赤い蜘蛛の巣を描きあげた。


 最初薄い赤だった光がどんどん黒く染まっていく。


「な……貴様!!?なにをした?」


 目を見開き、激高する王子にレンマはひっそりと無害そうに笑った。


 オレは何もしてないよ。…オレはね。


 何かしたのはタクミの方さ。オレがしたのは術式の下準備だけなんだわ。


「なーに。あんたちの神様にちょっとばかり速く出てきてもらおうと思っただけさ。完全体で復活されると、殺すのが難しいだろ?ひ弱な人間が神に挑むんだ、そのくらいのハンデがあってもいいだろぉ?」


 速すぎる復活という言葉に王子の視線が大地に向けられる。「ああぁあぁ………」


 言葉にならない悲鳴が漏れた。


 大地は裂けていたのだ。地中深くという外敵の居ない安全な卵の中で生まれる時を待っていたリシトが今、自分からその殻を破って現世に舞い戻ろうとしている。


 タクミが行ったのはいわば、卵の中、羊水とも言うべき物に毒を流し込むような魔法だ。幼生体では耐えられない刺激に耐えかねてリシトは無理矢理に成体になろうとしているのだ。


 もちろん、そんな無理矢理な方法でまともに復活できるはずもない。はじめから欠陥の多かった豊穣の神の片割れ。それが未熟児として生まれたとき、どの程度の存在となれるのだろうか?


「諦めた方がいいぞ。荒神に国の守護を頼んだところで、自滅するのは目に見えている」


「……いや!まだ終わらりではない。荒神、狂神、結構なことではないか!?守護など必要ではない、信仰の要となる神さえいればいいのだ。神がいれば、我が《ルネサンス》の奇跡によっていくらでも戦を起こせる!ようは荒神の気を他にそらせばよいだけのことよ!他国を攻めればよい!荒神の悦ぶ、血と肉と戦場を捧げつつければよいだけのことよ。そうだ!何も問題はない。あっはっはっははははははっは……」


 地面を走る亀裂から漏れる光はいよいよ赤黒くかわってきていた。


 いつの間にか、天空には青い空が消え、濃い雲が重なってきていた。


 人形ような兵士を引き連れて、凶相を表した目にほんのわずかな理性を残して王子は狂ったように笑い続ける。


 その笑い声に呼応するように、大地が震えを再開した。


 亀裂の入った断層がどんどんとその間隔を広げていき、恐ろしい地割れの音が響く。地面からその中を見ると、ジクリアの茶色い粘土層があるはずの土が血色のよいピンク色を覗かせていた。よく見れば気づくだろう。それは人の肉だ。


 断層の広がる音が、いつの間にか、ミチミチっと言った肉を引ききるような音に変わっていく。










 エティマに住むすべての人間が恐怖していた。すくみ上がった身が脳が与える命令を受理してくれない。『逃げろ』と心が叫んでいるのに『無理だ』と体が叫び返している。


「何が…おこって…おお、ジクリアを守護する乾きの神よ!あなたの僕の命をお救いください」


 出来ることは、祈ることだけ。


 皆が膝を折り、神にすがっていた。


 なぜ、こんなことに?こんなことがなぜ起こったんだ?と自問しながら。


 どうにもならない絶望感で半ば諦めてしまったとき、男たちは不意に思い出した。


 一月ほどまえから花街で流れていた妙な噂。


 エティマには悪い悪魔が住んでいるらしいよ、街を離れた方がいいってさ。え?どこで聞いたかって?それは秘密なんだけどね、この情報は確かだよ。あの人の言うことに嘘はないんだ。根拠って……そりゃあの人がいい男ぶりだからさ、あれで既婚者じゃなけりゃね。


 伎楼の女たちが男たちに流していたよくある寝物語のひとつ。


 信じればよかったな。っと、ため息を付く。


 あの女はちゃんと逃げたんだろうか?たしか、オルタって名前のいい女だったが。






 遠く、東の地へと逃れたオルタの顔を男が思い出したとき、あたりに醜い悲鳴がこだました。老婆の切れ切れの悲鳴。しかし、その音が半端ではない。思わず、耳をふさいだがおかしなことにまったく音を遮断できなかった。 


 魂に直接、響いていることに男が気づく前に、エティマに這い回った断層が限界にたっし、その大地は根底から爆ぜた。


 すべての物が真下から来る衝撃で浮き上がり、衝撃で建築物が柔い物から倒壊していく。


 地盤から崩壊したエティマの街が今、紅蓮に燃え上がる。













「醜悪じゃのう。同じ女としては聴くに堪えぬな泣き声じゃ……」


 突如として発光を開始したエティマの土台は遠く離れた場所からもハッキリと見えていた。血のようにどす黒い赤が極太の光となって天へと昇っていく。


「はじまったか?ギリギリじゃがまにあったようじゃの」


 乾きの神が守護するジクリアの水気のない風が東方からの旅人の長い髪を散らしていく。


 手ぐしで髪を押さえながら歩く先にあるのはエティマだ。


 華街エティマ。一月前から続く断続的な地震そしてここに来ての謎の発光現象。旅人たちがこの色の街を避ける条件としては十分である。それに男にとっては夢の具現したような都市ではあるが、この旅人は年若い女性だったのである。いったいなんのようがあってこの街を目指すのか?




 旅人の顔立ちは美しいものだったが表情が厳しく結ばれており、固い。そして斜眼が鋭すぎてはっきり言えば怖い。唇はこの乾いた大地を旅してきたとは思えないほど艶やかだったがどうにもダーク系だった。なにより、微かに朱に染まった瞳孔が妖しい雰囲気をこの女性に与えていた。


 服装は極力露出を抑えた黒に近い紫の上着にロングスカート。それに透かしの入ったこれまた暗色の日傘を差している。蒼いほどに白い肌をした女性は日光を出来るだけ弱めようとしているようだった。しかし、その肌に汗をかいた様子などまったく見られない。


 ただ、そこまでだけ見るならば、ちょっと目つきの悪い美人さんが街を歩いているといった装いである。


 エティマを目指すこの女性の妙な点は以下にある。


 まず、歩いている場所が東国への抜け道がある険しい山道であるということ。そしてフワッと広がるロングスカートの中に納まっている細い足の先には、編み上げのジャングルブーツが収まっていること。つま先には鉛が仕込まれていたりする。


 何より、彼女が腰に下げているものが異様だった。


 旅の女性が護身用に持つにしてもあまりにも大きすぎる剣。巨人族がもつ剣と同じくらいに長くて、肉厚だった。重量にいたってはどのくらいあるのか想像も出来ない。彼女のほっそりとした手には、剣を握っても、剣に掴まっているようにしか見えないだろう。


 そんな長い得物を腰の部分に結い付けながら、サクサクと荒い山道を下っていくのだ。






 ただ視線を投げているだけだというのに見つめられれば動けなくなりそうな気がする彼女の双眸が静かにエティマを見ている。


「……対神霊用呪殺陣、血の鎖か……なかなか腕が上がってはおるようじゃが、まだまだじゃのぉ……それに、我が弟子ならばもっとじわじわと苦痛を与えてやればよかろうに。さすれば街から逃げ出す住人が逃げ出す時間も稼げるかもしれ……」


 そこまで言って、女性はこの魔法を使っている魔法使いの少年の性格を思い出してやめた。諦めたとも言う。


「……………あまり他人を気にするような性格はしておらんか。タクミもわらわの夫ほども人が好ければのぅ」


 やれやれと言うように肩を竦める。


 ほんの少しだけ、引き結んでいた眉を緩めるこの女性、それだけで先刻までの近寄りがたいほどの怖さが消えてしまった。


「しかしぃ……あの男ほど甘いのもいかんわ!なぜ、わらわがほかの女子などの仕事先の世話までしてやれねばいかんのじゃ、あの男は行く先、行く先で必ず何か拾ってきて、なんでもすべて後始末をわらわに押し付ける!」


 ついで、プリプリと怒り出す女性。


「王家の仕事がやっと終わって、夫の手伝いに行こうと思えばあれじゃ!『ここに行って仕事をもらえといわれました』じゃと~……わらわは聞いておらんぞぉ。ほんとうに次から次へと…都の一角が丸々、あやつの拾ってきた人間たちで埋まってしまったではないか」


 憤然としたように怒りを吐き出す。しかし、彼女は怒っているときのほうが先ほどより怖くない。というか、表情が外に出ている分、可愛らしい。


 一週間ほど前から次から次へと彼女のまえに現れたジクリアの難民たち。女性にとって特に気に入らないのは、その九割以上が女性であるというところなのだが。


「わらわを忙殺して動けないようにしたのじゃろうが、そうはいかん。分け身くらい使えずしてなんの魔女よ。ふっふっふ」


 ブツブツと呟きながら、さらに足を速める。


「さらに度し難いのは、…あの馬鹿は何を気兼ねしてか知らぬが丸腰で行くとはなにごとじゃ?!せっかく、わらわが婚約指輪の代わりにくれてやった《神無しの剣》を置いていくとは、それがなくてはわらわの加護すら得られぬではないか……丸腰で後れを取ったらどうすると…………」


 そこまで言った途端、女性の動きがピタッと止まった。


 静止すること五秒、きつくとも秀麗だった顔が、能面のように表情が消えてき、微かに朱に染まっていた瞳孔がハッキリと血の色に変わっていく。


「もし……わらわのレンマに何かあったら……タクミの頼みも国も関係ない。すべてを焦土にかえてくれるわ」









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