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[19]動き出す事態④



「ねぇ御爺さま、今回の戦争ってすぐ終わるのかしら?」


 すぐ終わるかとは、……戦を知らぬ娘じゃからてしょうがないのじゃろうの。


 馬上に立つ姿ばかりが勇ましい若武者姿のレイドゥースにランドルフは少し呆れた。


 その笑顔は始めての実戦を前に高潮しているのみで、戦まえの人間のそれではない。


 ランドルフが率いる周囲の騎士たち。緊張感のない私兵たちだがこれでも実戦経験者たちであり戦になれば和気あいあいとした雰囲気もピンッと張ったものになる。


「そうじゃのう。ニ三日中に片付いたとなればすぐに終わるだろうがの、そうならねば長くなるじゃうの。他国もこの機会に動くじゃろうて」


「そうか。東の南国ね」


「うむ、小国は機に悟いからの。ここぞと見れば動きはすばやい」


 そうなんだ。なるほどと、もっともらしく頷いている姿に笑みがこぼれる。


「しかも今度の戦は恐らく滅んだギシラ王家縁の者たちの仕業じゃろうて」


「ギシラ王家?」


 小首を傾げるレイドゥース、まったく聞いたことのない王家なのだろう。


 当の昔に消え去った王家じゃからの。


 致し方もあるまい。


「ワシがの、神殺しをしてのけたのがかの王家よ。まぁあの神は性質が悪ぅての、受肉する以前から悪魔にちかかったのじゃ」


 さすがに驚いた顔になるレイドゥース、それをみて自慢げにランドルフは髭を揺らした。


「そんなことがあったの?」


 ねぇねぇどんな神様だったの?自らが信奉する神以外に関する知識は乏しいらしく興味心身だ。


「うむ。双子の神様での姉は大地を慈しみ、妹は大地を腐らせておった。二神のバランスがとれている間は大地は肥え太っておったのだがの、妹の方が性悪で他の神に横恋慕しだしたのがケチの付け目じゃったのよ。妹の行為は国を守護する神霊の姿ではなかった、悪辣にすぎると諌めた姉との関係が崩れてそのまま泥沼となりおったわ。均衡の崩れた力の流れはすべてを負の方向へと押し流しギシラ国内は乱れに乱れたのじゃよ」


「双子の神様?」


「そう、かの双子の神はこう呼ばれておった豊穣の神リシトとの」


 その姉の方が今はあの若造に取り込まれておるがの、さすがにその事は黙ってておいてやってもよいじゃろうて。


 ワシの口からタクミを悪魔契約者だとは教えることは意味のないことよ。


「そうじゃ。レインよ、我がアンスカレット家の近隣は緑の力が強く、平原の他の地よりも近代兵器を頑強に拒むじゃろう?あれには実はちゃあーんと理由があるんじゃよ。驚く無かれ、我が屋敷は実は御霊の真上に建っておるのじゃ。……姉の方は性質が穏やかだったゆえ、我が屋敷の地下に移して眠らしたのじゃよ」


「妹さんの方は?」


「うむ、妹の方は我がソラステェル領内に入れられぬ理由があったので他国に沈められたのじゃよ。妹が恋慕したのがなんと我らが軍神だったのじゃ」


「アデュー神に?……以外ね、私たちの軍神さまはお顔はそんなに美しいとは思わないんだけど」


 軍神アデューは戦場を駆ける豪の者、ゆえに全身を強大な筋肉に覆われた髭もじゃで、眼元はいつでも鋭く引き締められており、食いしばった奥歯に割れた顎と戦士として最高の姿として、民に知られていた。世の女性にはそれはいろいろな美的センスがあるのだろうがレイドゥースの趣味からはほど遠いのはたしかだ。彼女の趣味は、もっと細身で、それでいて力強くて、野性的に鋭い眼光をしているのに笑うととっても親しみやすいという、まるでどこかの執事みたいな男である。


「ほっほっほ。レインのように面食いばかりが世の女子ではないということじゃ」


「め、面食いって御爺さま!」


 レイドゥースは赤くなってプイっと横を向いてしまった。


 その様には、レンドルフだけでなくシドも微笑んだ。


「話が外れたの。…どこまで話したか…」


「御屋形さま、ギシラ王家についてでございますよ」


「おう、そうじゃ。…アルベルンの北に無重力地帯があるのは知っていよう。あの地こそがその昔にリシトが守護していた国のあった場所じゃよ。のうシドよ?あの戦のころはわれ等も若かったのう。こう寄って来る敵をな、バッタバッタと切り倒しての敵陣のなかを無人の野の如く駆け抜けたのじゃよ」


 右へ左へ両手を振り回すランドルフを横目にしてレイドゥースも苦笑した。


 乗馬の背に揺られながら、楽しげに語らう姿は子供のようである。


「国内の乱れている中での出兵。しかし、そこからの負け戦の連続。民草からリシトの信仰心が薄らいでいったのもわからん事ではなかろう?人に信じられなくなった神は揺らぎだし、存在を保つために受肉する。しかし、肉を持った生き物はもう神ではない、異常な力を持ち人に仇名すものは悪魔じゃ。…………話しの山はここからじゃぞ、レイン。ワシはすべての決着をつけ、戦を終わらすために終にリシトに挑んだのじゃよ」


 人類史上に残る快挙じゃよ、っと誇らしげに語る。


 ランドルフの自慢話の中でも一番のことだ。


「さすが御爺さまね!」


 神殺しのお話はレイドゥースも子供の頃から聴いているのでこの辺は聞き上手である。


 ニコニコと笑いながら時折、合いの手をうってあげる。


 だから、剣聖ランドルフもいつになく饒舌な今日であった。


「……となっての、ワシは三日目の朝に終にリシトの首を取ることに成功し戦争は終結へと向かったのじゃよ。リシトの首を刈った剣こそが、我が流派の極意にして奥義たる『覇道』のヒントとなった型よ。神殺しという極限状態がワシにこの剣を生み出させたのじゃな」


「すごい!やっぱり剣聖の名前は伊達じゃないわ」


 そうじゃろ、そうじゃろ。と、顔を綻ばすレンドルフ、レイドゥースの褒め言葉は潤滑油のように祖父の舌をよく回らせた。


「加護する神がいなくなり、悪魔となってからかなり暴れたのでアルベルンの北は重力が狂いよってな、民草のほとんどがジクリアへと流れ込んでいたのじゃよ。その際、妹の方の骸はギシラ王家の生き残りたちとともにジクリアに移されたという話じゃ」


 ランドルフが横目でシドを見ると小さく頷いた。


 シドはタクミと同じくリシト神の姉と契約しているのですこしはそうしたことがわかるのである。もちろん、このことはレイドゥースには知らされていない。魔法使いや、魔術師は世間一般では外道と見なされており、使用人にそんな人種がいることはやっぱり上手くない。でも、知らなければレイドゥースは外に対して嘘をつかなくてもすむ、というのがランドルフとシドの気持ちであった。


「その神が今回の戦に担ぎ出されているのじゃろうな」








 ほわ~ぁ、知らない事多かったんだワタシって。


 ワタシの神様って言えばアデューだけだものね。というより、皇国には神さまはアデュー一人だけ。


 御爺さまのお話どおりなら、この戦争は信仰を武器にした元王家の権力闘争ってことね。眠ってる神様を起こすなんてなんて酷い人たちなんだろ。


 そんな王族に導かれてる民が可哀そうよ。


「宗教戦争」という言葉は特殊な意味があるのはわかってる。レイドゥースの生まれた世界は神様の世界。そこに住まわせていただいてる存在なんだから、自分達が信じる神のために生きるのは当然、というのがこの世界の常識だった。


 でも、一神教徒のワタシには、アデュー以外の神なんて遠いわ。だから、他の神様を悪魔と言って貶めようともおもわないな。


 人の数だけ神様はいらっしゃる。それこそ、その想いや祈りの数だけ。これがレイドゥースの信じる宗教の姿だった。


 だってタクミがそう言ったんだもの。


 神さまは、だれの背中にもいらっしゃるって。


 結局のところ、愛する弟だった男の言葉がレイドゥースの信仰心の傍らで、でっかくその存在を主張しているのだった。






 タクミまだエティマにいるのかな?


「つまりじゃな。我がアンスカレット家が放っておった草たちの調べによると」


 速く戦争を終わらせてあげないと仕事が終わっても帰ってくる道がないわ。


「リシトの片割れはどうやらジクリア北部に寝むっとるらしゅうての」


 あ~思い出したら、すっごく会いたくなってきちゃった。


 ギュッと握った剣がとても温かく感じる。


「今回の戦の発生点、それに神は人のいるところで力を示す性質から推測するとじゃな」


 会いたい、会いたい、会いたいな。


 何してるんだろ?危ないことになってないといいけど……。


「つまり、リシト復活の地はエティマであろうという結論に達するのじゃよ。…………うん?どうしたのじゃ?レイン。固まってしまっては馬から落ちるぞ」


 レイドゥースの乗馬が様子のおかしい主を覗うようにスピードを落として顔を捻る。


 集団から遅れていく事にも気づかないようにレイドゥースは呆けていた。




「エ、エティマ?………………………タクミィ」








「おーい。レインどうしたのじゃ?」





 孫娘を心配したランドルフが乗馬の鼻先を返したときにやっとレイドゥースに表情が戻った。


「御爺さま!」


「な、なんじゃ?」


 孫娘のあまりの勢いにランドルフも押されて仰け反る。


 レイドゥースの顔に、今までなかったピンっと一本張った緊張感が覗いている。


「私事によりワタシ先に行かせて戴きます!」


 一礼して、そのまま駆け出そうとするレイドゥース。軍用に遺伝子を弄られたグレイプニールとユニコーンの合いの子が前肢の筋肉に力を込めて飛び出した。


「ちょいと、まて!私事とはいったい何じゃ?!」


 突然のレイドゥースの言葉に呆気に取られてしまったが、遠ざかる孫の背中に手を伸ばして叫んだ。


 何事が起こったのか?まったくわからない。


 すると、レイドゥースが一度だけ振り返って叫び返してきた。


「タクミが………ワタシのタクミが危ないの!」


 その声はいつものおしとやかな孫娘のものではない。よく響く声がこの場のすべての者たちの耳に届いた。


 ランドルフとレイドゥースを隊の中ほどにおいて行軍していた騎士たちがこんどは固まる。騎士三百名全員に聞こえる、よく通った声だった。


 これはどう聞いても、ある種の特別な告白である。得に「ワタシのタクミ」のところがポイントだ。


 騎士たちの間を走り抜けていくレイドゥースの真剣な表情に冷やかす事も出来ない。ただただ、大胆な告白をした主家の娘に感心というか頭が下がってしまう。


 声に出して良くやった、と万歳三唱で送り出したくなる。


 しかし、そんなことを思えない人がいる。


「くっ…くくぅ……っくっく」


 プルプルと震えているのは騎士たちの主たるランドルフだった。その様に、恐る恐るといった感じでシドが声をかける。


「お、御屋形さま?」


 怒り狂うのか?剣聖よ!?…いくら溺愛したって娘ってのはいつか親元はなれるもんですぜ。………だから、頼みます。暴れないでぇ、剣抜かないでぇ、あんたを止められる化け物みたいな人はいないんだからぁ~。


 最前線で戦ったランドルフの勇士を知る数名の老騎士たちが、ささっと若い連中の後ろに隠れる。まっさきに隠れたのが兵隊長のカジマだったりするので、騎士たちに激しい緊張が走った。


 これって?マジでやばいの?……戦争に行く前に命のピンチ???


 しかし、皆の危惧した事態とはまた違った展開へと向かった。


「くぁっはっはっはっは。やりおるではないか若造が。……もうそうは言えんのタクミと言わねば」


 笑っている。本当に信じられないことに上機嫌で笑っている。……不気味だ。


 騎士たちの誰もが知っていること、筆頭執事殿と主家の娘とのヒッソリとした恋のような営みを。そして、これも知っている。御屋形様が心の底から孫娘を大事にしていることを、そして執事殿を認めたがっていないこと。


 それなのに、今ランドルフは目元に皺を刻んで喜んでいる。駆け去る孫娘を慈しむように見つめたまま。


「カジマ!」


 ニコリとした笑みから一転して、厳しい声を出すランドルフ。遠くに避難していたカジマだったが、ランドルフの戦士の声に戦場に立つ戦士の顔でスッと馬を寄せて控える。


「レイドゥースに付けい!アンスカレット家次期当主に毛筋ほどの傷も負わすでないぞ!今このときより、貴様達はレイドゥースの手足となり、レイドゥースの道を切り開け!」


「はっ!」


 一礼して、馬首を巡らすとレイドゥースを追ってカジマが飛び出した。当然、その後ろにアンスカレット子爵騎士団三百名が続く。彼らが追うのは、今このときよりの彼らの旗印。これ以上は無理というような全速で駆けるレイドゥースに追いつくため、騎士たちの馬も限界ギリギリの速さで飛ばしだす。


 その様を満足そうに見つめるランドルフと影のように従う従騎シド。







 国家防衛という任務を負ったアンスカレット家の任務から離れて騎士たちが動き出す。レイドゥースの向かうところは前線の遥か先、エティマと呼ばれた街だった。


 激しく跳ねる馬上のレイドゥース、息をするのさえ困難な高速での行軍もまったく気にならなかった。










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