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[18]動き出す事態③



「カジマ。……実戦なのね?」


 ゴクリといつの間にか溜まってきた唾を飲み込みながら、レイドゥースは聞いた。


「はい。何度も申し上げましたとおり、実戦です!」


 カジマもレイドゥースと同じくらい真剣な顔で頷いている。


 しかし、この男、真剣な顔をしていてもどこか道化じみているのが困りものだ。


 眉間に皺を寄せても笑っているようにしか見えない。


「ほんとに実戦なの?冗談じゃなく」


 可愛く小首を傾げて問いただすレイドゥース。


 カジマの言葉、じゃない。カジマの顔からはまったく緊張感が伝わってこず戦争が始まったと何度言われても信じられなかった。


「お嬢さま。そろそろ、信じてあげてくださいよ、隊長の顔面筋はこれ異常ないくらい必死さを表そうと努力してんですから。…これでもね」


 騎士の一人がカジマを弁護しようとするが、いまいち弁護になっていないことを言う。


 万年にやけ面のオッサン。


 っという、カジマの印象がみんなの中で落ち着いていたのは遠い昔からの事だから仕方ないとも言えるが実戦の緊張感がここまで伝わってこない顔というのも、何だと思う。




 完全武装したアンスカレット家の騎士達が御屋敷正面の広間に集合していた。


 領主のランドルフが集めさせた戦力は、騎士300人だけであった。


 従騎士など、一人もつれていない。


 領内から兵を徴収するわけでもない。


 この騎士たちの力を信じているランドルフの信頼の証。




「人数が多いと養う金が多くかかるからの。まったく戦争費用くらいお国が出してくれればもっと派手にいけるのに」




 ……では、なかったらしい。


「御屋形さま、あまりケチくさいことは言わない方が……人の目もございますし」


「かまうこともない。ワシは剣聖さまじゃ、戦の神さまの次に偉いんじゃからの」


 ほっほっほっほっほ。


 楽しそうな主従二騎は老体とは思えないシャンとした立ち姿に、勇ましく鎧を着込んでいた。


 ただ、この老人たちを軽んじる事はこの老人たちを知れば知るほどできない。


 生ける伝説。


 神殺しを為した男、剣聖の名は伊達ではないのだ。




 


 ランドルフのそばには、次期アンスカレット家当主のレイドゥースがもちろん控えていた。


 濡れたような黒髪を高く結い上げ、アンスカレット家支給の鉄の鎧を纏っているが、そこは女性の着付け方というものがあり、他の無骨な騎士たちとはちがっていて、女の匂いというか、一目でそれとわかるものがあった。


 朱塗りの大太刀だけが騎士たちのなかでも異彩ではあったが、太刀をギュッと抱くようにして抱える姿は女性的で似合っていた。


 暑苦しい男たちのなかの、一風の清涼感。


 戦士にしては可愛らしく目に写ったが、剣を握ったレイドゥースの強さは屋敷のみんなが認めるものだった。


 可愛らしくとも握られた太刀から凛とした雰囲気を醸し出されており、お祭り気分のランドルフの変わりに騎士たちの意識を高めていた。




 カジマ「おかしい。なぜだ。……なぜ、この事態にタクミ殿がおられんのだ?戦争にお嬢さまをつれだすだけでも、いかんというのに。……もし、もし怪我でもなされたら……ひじょーーにまずい!!タクミ殿に殺されるかもしれん!うぬぅ、まずいぞーー!!これは、なんとしてもユックリ行軍してできるだけ敵に会わぬようにせねば。(ヒクツだが、狙いはなかなか)もし、出会ったときは御屋形さまを前面に押し出して蹴散らしていただこう。うむ、それがいい。腐っても剣聖。敵兵などものの数ではない!はーはっはははは」




 副隊長「ああ、隊長が……隊長がものすごく、珍しくまじめな顔してる。(感激している)そっか、今回の戦にはお嬢さまも参加されるんだもんな。こっちも気合入れていかないと。おい、おまえ達、ちょっと耳かせ…ボソボソボソ……」




 騎士「わかってますよ!ちゃんとお嬢さまはお守りします!なぁ?みんな!」


 その他大勢「「「「「おおーーーーっ!!」」」」」(とりあえず、熱血)




 と、何気に士気その他もろももろ向上させていたのである。


 しかし、本人いたって呑気。


「なんだかね~。戦ってもっと殺伐とした雰囲気で進むものだと思ってたのになんでこんなに賑やかなのかしら?」


 御爺さまは、ご機嫌で笑ってらっしゃるし。


 シド爺も、あんまり何時もと変わらない。


「ねぇ、君はどう思う?ティコ」


 スッと鎧を付けた手をさし伸ばすと、このところ視線の届くところにいつも居てくれる紅い猫が飛び乗ってきた。まるでレイドゥースを守るようにそば近くに控えているのだ。


 ティコはもちろん、そのつもりでレイドゥースについている、不測の事態にたいする最後のお守りであった。


 レイドゥースもこの猫がタクミの猫だと知ってから、気安さもグンと上がっている。


 猫の長い体毛を指ですいてやるとタクミの残り香が香ってくるようで心地よいのだ。


「ナァ~オ~」


 器用に手をピョンピョンとジャンプして肩当てに飛び移る。


 髪に潜り込んでうなじの元に鼻を擦り付けてくる。


 質問に対する答えは言ってくれないらしい。


「まあ、どっちでもいいか」


 お爺様が一緒なら、もし本当に戦争だったとしても負けるはずもないし。


 なかったら、なかったで全然かまわないものね。


 それに…。


「ここにタクミが居なくてよかったわ」


 あの子は、ぜったい一緒に行くってきかないに決まってる。


 いくら、彼が立派な男性になったとしても、タクミは執事。


 戦士じゃない。


 ワタシについて戦場になんかいったら、心配でこっちの身が縮んじゃうわよ。


「さぁ、タクミが帰ってくる前に戦争なんか終わらしちゃいましょうね」


 肩口の猫が答えるように甘えてきてくれた。


「タクミ、今頃何してるのかな?……まだ、エティマに居るのかしら」


 小さな嫉妬まじりに呟いた言葉。


 このときまだ、レイドゥースは今度の戦争の本当の中心地にタクミがいるとは思っていない。


 なんと言っても皇軍の情報しかレイドゥースは知らされていなかったので危ないのは攻め込まれいる皇国側の国境線だけと思っているので、けっこう平気で居られるのだ。


 ジクリアの首都にも近いエティマに直接、戦争の波紋が伝わるほどの戦になるとも思えなかったのだ。




 そのころ、ちょうどその思いの相手タクミはエティマ外周のレストランにたどり着いていた。手に小さな童女を引いているので時間がずいぶんかかってしまう。


「つ、つかれた。………なんで、こんな遠くまで来たの?」


「真ん中は今、物騒だからね。危ないお兄さんがイーーッパイ居るんだよ」


 小さなベレッタには遠い距離だったらしく肩で息をしている。タクミも抱きかかえてつれてこようかと思ったのだが、ベレッタは恥ずかしがって固辞したのだ。 


 でも、中心部なんかでご飯食べて巻き添え食っちゃうよりいい。あの人、ほんとに喧嘩好きだしなっとタクミは思い出し笑いする。


 街の人間たちも中心部の異様な騒ぎに気がつきだしたようで、建物から通りへと出てきている。


 普通の人間でもこれだけ騒ぎが大きくなれば誰でも気がつくだろう。


 中心部には、アチコチで煙が上がりドカン、ドカンと建物が打ち砕ける音がする。明らかに砲声の音がしており突然の市街戦に市民たちが騒然としていた。


 しかし、先輩……いったいどこに大砲なんか隠してたんだろ?先輩は神通力の類は使えないはずなのに。


 ……………わかんないな。どうせ、ムチャクチャ理不尽な理由なんだろうけど。


 いくら魔法使いをやってるタクミとはいえ、まさかただ投げただけの石ころが大砲並みの威力を出すとは思えなかった。






 それなりに小奇麗なレストランの個室。


「さ、お腹イッパイ食べな……って、もう食べてるか」


「もごもぐもご」


 タクミが適当に注文したランチを涎も垂らさんばかり見つめていたベレッタは目の前に置かれると物凄い勢いで食べ始めた。


 小さな口に入りきらないくらいの食べ物を押し込んでいる。


 その表情は幸せそうというより、必死さを表している。


 このお子様は自分からは言わなかったが、そうとうお腹がすいていたらしい。


「だれも、取ったりしないからユックリ食べな」


 人買いの奴、売る前だからってんで、この子に食べ物やってなかったな。


 タクミはなんとなく、ベレッタの頭を撫でてやった。




 しかし、ほんとにこの子どうするか?ずっと、ボクが預かるのは………無理だ。


 リシトが本格的に出てきたらボクも先輩とともに打って出なきゃならない。


 ボクの力で安全な場所までこの子を運べるか?……無理だ。瞬間移動は他の神のテリトリーを犯す事になる危険な力の使い方、ボクのレベルじゃいくらなんでも危険すぎるからこの子には使えない。 


 砲弾みたいにこの子を国外まで飛ばすとか……これも無理。受け止める相手が居ないから死ぬな。


 んー、これは、どうやらボクと先輩だけの手にはあまるかも。


 この子を誰かに預けられればいいんだけど……その辺の人に預けても一緒に死ぬだろうし。


 もう一人、殺しても死なないような奴がいればよかったんだけど。


「ルクス、ティコ、カジマ」


 この辺が、ボクでも動かせる連中の中でも死にそうもない人。御屋形さまとシド爺はさすがに顎で使えないしね。


「そのなかで召喚できるのはルクスにティコ。……でも、ルクスには戦争をコントロールしてもらわないとレインが危ないし、その後にはスラムの皆と荒稼ぎしてもらわなきゃならないから動かせない。ティコもレインの傍から放すと、やっぱりレインが危ないからだめ」


 まいったな。……駒が足りなくなってきた。


タクミにとってレイドゥースとベレッタでは、やはりレイドゥースの方が大切だ。


 さり気にこの子がいなかったら悩まなくても済むじゃないか。なんて思ったりもしたが、レンマを怒らすと後が怖いのでその考えはすぐに頭から追い出した。


「結局、ボクが上手く立ち回らなきゃいけないってことか、まぁ先輩が囮になってくれてるからこっちはまだ安全だけど」


 タクミは眉間に小さな皺を寄せながら童女を見つめる。


 ただただ、無心に口を動かしつづけるベレッタはまさに飢えを満たすという感じだ。


「美味しいかい?ベレッタ」


 食べ物を詰まらせたベレッタにミルクの入ったコップを持たせてやる。


「んぐんぐ。はぁーーっ。……うん、ものすごく美味しい」


 一気に飲み干したミルクに口の周りを汚しながら笑うベレッタの笑顔は、少しずつ緊張の高まってきていたタクミから固いものを取り去ってくれる。


「そっか、いっぱい食べていいからね」


 その言葉を聞いて嬉しそうな顔をしたベレッタだったが、すぐに不思議そうな顔をする。


 ベレッタの目の前にいるタクミは食器とナイフをカウンターから持ってきていたが、その上にはなにも食べるものが乗っていなかったからだ。


 お皿を怪訝に見つめるベレッタにタクミは優しく諭す。


「お兄ちゃんは今からちょっと御呪いをするんだよ。お昼のこの時間に行なうのが習慣なんだ。だから、気にしないで食事をつづけな」


 サラリとした嘘に気づく様子も無いベレッタ。穏やかで、とても優しい顔のタクミ。その顔でサラっと嘘がつけるはさすがだ。


 納得した様子で食事を再開する童女、それを見てタクミはさらに二皿、料理を持ってこさせた。…足りなくなりそうだったからだ。




「ビックリしないでね」


 タクミはナイフを親指の腹にすっと滑らせながらベレッタに伝えた。ヌラリと肌に入った鉄が鮮血を搾り出した。赤い血にビクっとするがタクミがニコリと笑いかけると大人しくなる。


「おまじない?」


「ああ」


 そうだよと笑いかけながらタクミは心の中で呟く。


「神殺しのね」


 細めた両目の奥が妖しく瞬いた。


 滴り落ちる鮮血が丸い皿の上に落ちていく。ポタリ、ポタリと滴る朱がいつの間にか不気味な紋を描き始める。


 まるで残末魔の声を上げる年老いた老母の横顔のように醜い肖像。


 慟哭の声が聞こえてきそうな苦しみの表情。


 その絵にベレッタは気づくことは無かった。タクミの楽しい話術と初めて見るようなたくさんの食べ物、そして童女には気づけないタクミの表面上の笑み。


 すこし下を見れば、血で染まった皿を見れば、恨めしげに見上げる老女の瞳の奥に残酷なタクミの本性が映っていた。




 滴り落ちる血の一滴に人を千人殺せる魔力を込めている。それが外に洩れないために血に混ぜて練り上げているのだ。


 この街に入ってから広がりっぱなしになっているタクミの知覚意識にもタクミのやろうとしている事に気づいた輩は居ないと告げていた。


 皿の淵に血の出ていないほうの指を滑らせる。この円状の皿はエティマの街、そして老婆はリシト。


 ヒッソリと笑いながらタクミは皿の外周部をなぞり始める。


 奇襲っていうのは痛いものだよね。思いもよらないところからの痛みだよ?いくら神さまだって耐えられないよ。段取りは万全、密かに自分を信奉してくれる人たちが再び現れて敵となるものには存在さえ知られていないんだもんね。


 だからこそ、この突然の痛みは効果的なんだ。


今まさに生れ落ちようとしている瞬間に、産声を上げようとしている瞬間にボクが絞め殺してあげる。




「さぁ、動き出せ。強欲なる神を縛る鎖よ、再び生れ落ちようとする赤子に灼熱の接吻を」


 逆手に持ち変えるナイフに殺意を乗せてタクミは振り上げる。


「我が名はタカヤ・タクミ。おまえの姉に愛された魔法使い」


 勢いよく振り下ろされたナイフが皿ごと老婆の咽を貫いていた。




 エティマの花街がその土台から赤い光を放ったのはこのときだった。








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