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[2]帰郷の挨拶②


 四年ぶりの自分の寝室。


 開け放たれた窓から花の香りを抱いた風がレイドゥースの頭を優しく撫でていく。


「んん……」


 差し込む太陽の光が眩しい。


 心地よいまどろみの中から少しずつ意識が浮上してくる。


 のそのそと起きだしてベッドの端にちょこんと座る。


 肌触りの良いシーツを引き寄せて体に巻きつけると「んん~っ」とまた吐息を吐く。


 瞼が勝手に落ちてきそうなほどこのベッドは気持ちが良かった。


 長年愛用していた枕も寮の備え付けの物とはまったく違う気がした。


 目に優しいクリーム色と白で整えられた室内、精神をリフレッシュさせる効果をもつ月雫草の良い香り。


 そのすべてがレイドゥースをさらなる眠りの世界へと誘っている。


 目をショボショボさせながらベッドから立ち上がり、巻きつけたままのシーツを引きずりながら化粧室に歩く。


 パシャパシャと顔を洗ってやっと意識がハッキリした。


 姿見でレイドゥースは自分の姿を確認していると。


 急に昨日のことが思い出されてきた、自分を迎えに来たタクミの事を。


 鏡に映った自分の顔がいつの間にかタクミに変わる。


「タクミ」


 名を呼ぶとタクミがニコッと微笑んだ気がして


「ん…………。」


 レイドゥースの頬に赤みがさした。


 








 朝食の席で長机に一人でついたランドルフはコーヒーカップにコーヒーを注ぐタクミに尋ねた。


「タカヤ、レインはどうしたのだ?」


「まだ、お休みであられましたよ。昨日はずいぶんと夜更かしなされておりましたから」


 タクミはこの屋敷の主、ランドルフにシレっと答えた。


 ランドルフの眉がピクリと持ち上がる。


「……それは、ワシが夜更かしさせたと言っておるのか?」


「滅相もございません、御屋形さま。昨日はお嬢さまのお帰りの祝いの日、尽きる話がないのは当然のことでございます」


 タクミが丁寧に答えて頭を垂れる。


 ふん、相変わらずかわいげのない奴じゃ。


 ランドルフは目を細めてタクミを睨みつける。


 この若者がそんなものでは、まったく答えない事はこの数年で判ってはいたが……それでもやってしまうのだ。


 案の定、タクミはまったく頓着せずにテーブルに朝食をセッティングしていく。


 かつては聖剣の名を欲しいままにし第一線を退いた今も戦士としての能力を持つランドルフの眼光に貫かれればどの様な者でも一様に身を竦ませて動けなくなるのが普通なのである、それなのに、それなのにこの若造はランドルフに恐れを感じていないのだった。


 どうせ、夜中までレインを引き止めておったのを根にもっているんじゃろうな。


 ランドルフは夕刻に屋敷に帰ってきた孫娘を深夜をまわっても留め置いて話をしていた。


 背後に控えていたタクミがサッサと話を切り上げて休ませてやれと言う目をしていたのはしっている。


 レイドゥースが卒業前のゴタゴタから帰郷の準備、そして屋敷までのちょっとした旅で疲れていたのは誰の目からも明らかだった。


 ただ、それでも可愛い孫を放したくない、そんな老人の思いを酌んでやろうという気にならないのだろうか?


「……ならんじゃろうな」


 ボソリと口の中で呟く。


 タクミがレイドゥースを世界の中心として考えている事はレイドゥース以外の者はみな知っている。


 タクミにとっては実際の雇い主のランドルフよりレイドゥースの方がずっと大事なのである。


 自分の思い道理の反応を示さない数少ない一人、それがタクミであった。


 それは有能の証でもあるが、扱いにくさも表していた。


 無能者は嫌いだが、有能すぎる者も手に余るのである。


 ただ、タクミはレイドゥースの為にならないことは絶対にしない、それだけがランドルフにこの若者を信じさせた。














「……ところでタカヤ、なぜレインが寝ておったのを知っておるのじゃ?」


 気分を切り替えるためにタクミの淹れたカプチーノを飲みながら、ふと思いついた疑問を聞いてみる。


「ええ、朝にお嬢さまを起こしに行きましたからね。窓を開けて風を通しておきましたが良くお眠りになっておられましたからそのまま起こさずにきました」


「なんじゃと!!貴様がか!」


 サラリと言ってきたタクミにランドルフが絶叫を上げる。


「筆頭執事のボク以外の誰がお嬢さまの寝室に入れるというのですか?」


「シドはどうした!」


「今日は朝からメイド頭と一緒に街に行ってますよ。お嬢さまのために嗜好品を買ってくるようおっしゃられたのは御屋形さまですよ」


「ぬぬぬぬ……」


 真っ赤になって唸るランドルフ。


 たしかにこの若造が起こしに行ってもレインは怒らんじゃろう、しかし、しかしこのままで良いんじゃろうか?いや、よくない!断じてよろしくないぞ!


 なんとかせねば……ことレイドゥースに関してのみ、主導権をタクミに持っていかれがちである。


「それにお嬢さまの弟をしていた経験があるのはボクだけですからね。シド爺よりボクの方が適任ですよ」


 ヌケヌケとほざきおってからに…。


 自慢するように胸を張るタクミを苦い目で見る。


 だからワシは反対だったんじゃ、仮とは言え義弟とするなどと、お陰でレインはタカヤに危機感がたりんではないか!


 まったく、愚息もあれを実の息子のように扱うからレインが勘違いをおこしたのじゃ、あの腹黒を弟などと……。


 ……弟。


 弟か。


 思わず、ランドルフは二マリと笑った。


「そうじゃな、確かにおまえはレインの弟じゃったな。弟と何かがあるわけがないからの~」


 そうである、タクミはレインドゥースにとっては弟、その関係がそれ以上になるとは思えない。


 いくら、この若造が男ぶりを上げようが弟を男として見てもらえるかのう?


 機嫌を良くしてコロコロと笑う、この若造に一矢報いれる事などそうそうないのである。


「そうですね。たしかにボクは四年前までお嬢さまの弟でした。でもこれからもずっと弟で居る気はさらさらないですよ、四年前にボクを嗾けられたのは御屋形さまでした。……それまではただの弟でも満足していたのですけどね、その先を示されて手をこまねいているほどボクは馬鹿じゃない。……そのことはお忘れなく」


 静かな宣言。


 何者にも譲る気はないという覚悟と自信がその言葉から読み取れた。


 








 手の止まったランドルフの食事をタクミが手際よく片付ける、最後にタクミが再び手ずからカプチーノを淹れると一つ礼をして下がって行った。


 まったく、ここまでの男に成るとはのう。


 ランドルフは四年前、レイドゥースが皇都に発った次の日のことを思い出して思わず、ため息を吐いた。


 あの時、タクミをレイドゥースに嗾けたのはただの気紛れだった。


 戦争の気配が濃くなってきていたあの頃、年頃になって来たレイドゥースが婚期を逃しては可哀そう、そんなことを思ってランドルフは将来有望株と思われる若者たちに軒並み唾をつけていた。


 そんな中、異常にレイドゥースに心酔していたタクミにも一応のはっぱをかけたのであるが、


「まさか、あそこまで切れ者になるとはのう」


 この四年間、レイドゥースの婿候補の動向を見てきた、さすがにランドルフが目を付けただけのことはありどの者たちもそれなりに成長していた。


 ただ、ほとんど期待していなかったタカヤ・タクミが自分の予想を上回るほど成長するとはランドルフにも読めなかった。


 アンスカレット家の内も外もすでに実質的に動かしているのはこの執事なのである。


 18才の若さでこの家と領地を運営する手腕は侮れない。


「うれしい誤算なんじゃが……ワシではあれの手綱はとれんの」


 それだけが、タクミに対するランドルフの不満であった。










「お嬢さま、どうなさいましたか?」


 食堂への扉に手を掛けたまま固まっていたレイドゥースは心臓を小躍りさせながら振り返った。


「なっなにが?」


「なにって…お顔が真っ赤ですよ」


「えっ」


 思わず、自分の顔を両手で覆う。


 混乱するレイドゥースの目の前には執事服を着た、青年がたっていた。


 見たことがない人だから…自分が居なくなってから入った人なんだろうな。


 ……タクミよりは少し年上かしら。


「っ……。」


 タクミの顔を思い出してまた、赤くなるレイドゥースに青年が困惑したような顔をしている。


「ほんとどうなさったんですか?調子が悪いようならタクミさんを呼んできますが?」


「ダメ!今は絶対ダメよ!」


 思わず、叫んでしまった。


 実際、それほど大きな声では無かったがレイドゥースには食堂の中まできこえてしまったのではないかと気が気でない。


 逃げるようにその場を離れていった。







 自室の扉を後ろ手に閉めると気が抜けたようにズルズルと滑って座り込んでしまった。


 正面を向いたまま暫く、呆然としていたがゆっくりと視線を左にずらす。


 そこには昨日の夜は閉められていた窓が開け放たれている。


 窓は開いている。


 開けたのは……


「んん~~~っ」


 リンゴのように真っ赤になったレイドゥースが身悶える。


「……寝顔……見られちゃった」


 そのまま絨毯の上をゴロゴロと転がり続けるレイドゥースだが、あの場でそのまま聞き耳をたてていればもっと凄いことを聞いてしまった事だろう。


 









「……逃げちゃったよ」


 どうしたんだろ?あのお嬢さん。


 頭をポリポリと掻きながらレイドゥースの消えた廊下を見つめていると、食堂の扉が開いて中からタクミが食器を載せたキャスターを押して現れた。


 ははぁ~ん、ナルホドネ。


「ルクスどうかしたかい?変な顔して」


「いえ、なんでもありませんよ。タカヤさん」


 こんな面白いことそんなに簡単に言えないよ。


 怪訝な顔をするタクミの問いを、見習い執事ルクスはサラリとかわした。


「お食事はもう終わったんですか?」


「ああ、だが御屋形さまがまだ中に御出でだ邪魔はするなよ」


 あんな怖い爺さんの邪魔なんかしませんよ。


 ランドルフの鋭い眼光を思い出して身震いする。






「ルクス……で、仕事はうまくいったかい?」


「はい。ちゃ~んと、仕事してますよ。執事の仕事おわっちゃったんで庭の花に水やっちゃったりもしてましたよ」


「そうじゃない」


 ははは、わかってますよ。ちょっと、からかっただけ。


「小麦の買い付け、都の奥方たちが欲しがりそうな色彩都市ボンペルの貴金属に美し~ドレス、買えるだけ買い占めましたよ、二次戦力の解散で安心したんでしょうね闇にしまい込んでた小麦、農家のおっさんたちが農庫を開いたんで値段はかなり下がってましたけどこれでもうボスの財産そこをつきましたよ」


 執事見習いとはちがうもう一つの顔でルクスは答える。


「いいんですか?独占ミスったらリスクが高いっすよ。回収できなかったらスッカラカンです」


 ボスがミスるなんて考えらんないけどね。


「一月後には会戦だよ。その時に何十倍にもなって帰ってくるさ」


 どうして、そんなことサラッと言えるかな~。


 巷じゃ、みんな戦争は無いって喜んでるのに…戦争が起こるって断言しちゃうし、その情報どっから拾ってくるんだろうね。


「そうだ。ルクス、まだ君はお嬢さまにご挨拶していないだろう?後でご紹介してあげよう」




 それは……しばらく時間を置いた方がいいよね?やっぱり。





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