[17]動き出す事態②
「伯爵閣下!お下がりください。もうこの砦は維持できません!」
必死な声が上がったが、それも周りの喧騒にかき消されぎみだった。
「馬鹿を言うな!開戦時あれだけの攻撃を跳ね返した我が軍がココに来てなぜ負けるというのだ!徹底抗戦せよ。もうすぐ近隣の領主が救援に来てくれる。それまで何としても踏ん張るのだ」
吼えるような声には、屈辱が滲んでいた。
前線司令部、フェリックス要塞。
ジクリア、エルザント、アスラルの同時進攻すら跳ね返すと言われた壮大な要塞が今、陥落しようとしている。
上を見れば雨のように打ち込まれる砲撃と、ミサイルにフェリックス要塞の結界が不気味な悲鳴を上げている。
今にもガラスのように砕け散りそうな具合だ。
下を見れば蟻の大群のような敵が無心に城壁を駆け上がってくる。剣、銃、槍、果ては農具を抱えた老若男女が何かにせかされる様に攻め上ってくる。
その顔は、狂気と熱に犯されたもので、その気味の悪さは自軍の指揮を挫かせる。
「アデューよ、我等に御身の神剣を。…撃てーーーッ!!」
城壁に取り付く敵軍に神威を乗せた弓矢が雨あられと浴びせている。
しかし、その行為も、逆にこちらの恐怖を煽っることとなる。
「おのれーー!先ほどまでは擬態だったというのか?!なぜ、こうも簡単に命を捨てて挑める?」
血を流す事もまったく恐れていないのか、敵は目前の死神の鎌をものともせずに味方の死体を踏み越えて上へ上へと登ってくる。
開戦した朝より、異常な軍気を纏っていたことに警戒していたが、今このときの敵の様相は完全に上気を逸していた。
しかも、まだまだ敵の勢いは上がっているように見える。
「昇られたぞーーー!!!」
終に城壁の上に敵兵が取り付いてしまったようだ。
それを見てレシド伯爵腹心の部下たちは無言で目配せし、レシドの肩を押さえて強引に運び出した。
「なっ貴様等、放せ!放さんかーーーー!!」
「失礼。今は御自愛ください」
「放せーーー」
「あらま、落ちたかな」
せっかくオレが敵襲を教えてあげたのにダメダメじゃんか。
情けないな~レシド伯爵。
そんなだから、あんな可愛い奥さんオレみたいな悪い虫に遊ばれちゃうのよ。
「さすがに狂信者は怖いですね~、元ギシラ王家の正規軍が投入されてないのにここまでの勢いがあるとは」
小高い丘の上から、黒煙を上げる要塞を見下ろしながら気の毒そうに呟いたのはルクスだった。
執事服を脱いだルクスはかつての自分に戻っている。纏うのは死神の衣、見かたによっては喪服に見える。しかし、ルクスは死者を弔うような男ではない、死者を大量生産することに業を磨いてきた男なのだ。
「まさか、この要塞が半日持たないとは思わなかったな」
驚きの声を上げるのはルクスの隣に立って様子を覗っていた鎧の男。
「そうですね~。キギリアさん」
相槌を打つように軽く返事をするルクスをキギリアは何とはなしに見つめた。戦上に立つこの男は、キギリアが知っていたルクスではなかった。雰囲気が希薄になっているのに、危険を告げる何かがこの男から注意を許す事を許さない。ほんの少し目をそらした隙に首を掻っ切られそうな気がするのだ。
キギリアの手の平に嫌な汗が滴る。スラムの住人による監視などはどうという事もなかったが、ルクスはそうはいかないらしい。
キギリアはルクスを、その後ろに居るはずのタクミを見つめながら言葉を吐き出す。
「よく言う。……ならば、なぜワタシをこのような場所につれてきたのだ。後詰めとしてワタシを使う気なのだろう?」
ニッと笑うルクス。
そうだよ~、出来るだけお嬢さんのいるところまで敵を攻め込ませたくないんだよね♪
そのために、タレこみして敵襲にも備えさしたんだからさ。まぁ、敵が強すぎてあんまり意味なかったけどさ。あははは。
それに……。
「悪い話じゃないでしょ。キギリアさん、ここで良いとこ見せれば貴方が次の国境線の司令官になれるチャンスもグーーンっとアップすること間違いなしなんですからね~」
その言葉にキギリアは苦笑いした。図星を突かれた顔だ。
知ってるんだよ。
あんたがこの役職狙ってたの。
皇都に呼ばれて五十年も働きゃ、やっとこの役職にも手が届くかもってとこなんだろうけどさ、ここで敵軍の足を出来るだけ遅くしてやりゃ、それだけ、中央の覚えもよろしくなるってもんさ。
なにより、負け戦の尻拭いをしてやるんだから、レシド伯爵閣下に大きな借りをつくれるというものだ。
あのオッサンは結構、中央に顔も効くらしいしさ。
一石二鳥ってやつでしょ?
「それにここで、あなたの有能なとこボスに見せとくチャンスですよ?ボスは使えない悪党が一番嫌いですからね」
あんたは悪党なんだから、せめて使える悪党でいろ、と暗に言うルクス。
ニィっと笑う顔にはゾッとする物があってキギリアを振るわせた。
初めてキギリアに見せたルクスの本性だ。
「わかっている。失敗はせんよ」
平静を装うところはさすがだが、肌がチリチリと泡立つのを感じた。
狂ったように行軍していく敵兵より、明らかにこの男の方が危ない雰囲気をかもし出していた。
怖気が走り、この男から速く離れたくなった。
スッと右手を上げて振ると、丘の下に陣取っていたキギリア配下の軍が動いた。味方の敗走を助け、敵の侵攻を防ぐように展開していく。
「ではな、ルクス殿」
「頑張ってくださいね。…………御自分のためにも」
何気に言葉遣いが嫌味な物言いになってきているルクスくん。
ありゃ~逃げるみたいに行っちゃわなくてもいいのに……。
ちょっと、血の匂いに当てられたのかな?
どんな顔をしているのか、自分の手を顔に這わせて見てもわからなかったが、この場所で人が次々と死んでいくのを目の当たりにしていると心の奥底から湧き上がってくるものがあった。
「しかも、今のオレには戦う理由がある」
ボスのために戦う。
オレが心の底から、仕えたいと思った人のために、オレのもっとも得意な仕事ができる。
うわぁーーー。オレって今すごく充実してるよ~!
「戦のコントロールはまかせてくださいね。ボス。間諜に幻惑、殺しがオレの得意ですから」
ニコリと笑ったつもりのルクスだが、何気に背後を振り返ったキギリアはその表情を見てしまったことを激しく後悔させるほど凄惨な笑みだった。
「夜刃の神に願い奉る。…この戦場を、流れる血を、零れた命を貴女に捧げん。─────────いざや、来たれ。暗がりに潜む鋭き刃。堕ちよ、命を惑わす黒き闇」
自らの神に祈るルクス。
執事服を纏った男の身のうちから黒い影が広がっていく。
その影は光のごとき速さで戦場の大地を覆っていく。
「黒鳥よ。人で戯れよ。命を啄ばめ」
大地に広がった影より生まれた鴉が乱れ飛んだ。
この時より、戦場に怪異の幻が現れ、敵軍の驚異的な進行速度があきらかに鈍ったが、戦線を崩壊させるには至らず、泥沼の消耗戦が展開されることとなった。
戦略的にもまったく意味のない、敵も味方も次々と倒れていく凄惨な戦となったのだ。
「うし。これで時間は稼げる!おっけい。おっけい」
何て思っているのはこの戦場に一人だけだった。
「そろそろ、出てきそうですね」
「おう。ビリビリ感じるな」
濃密な力が大地から漏れて出している。
禍々しくって気分が悪くなりそうだった。
「ねぇ、ご主人さま。なにがでてくるの?」
男二人がなにもない地面をジーッと見つめているのを不思議そうにベレッタが尋ねてくる。
地面と二人の顔をキョロキョロと見比べている。
「……。」
「…………。」
能天気なほどに無邪気で明るい声。
「ねぇなんなの?」
小首を傾げながら、レンマとタクミの服の袖をグイグイと引っ張ってくる。
お子様には、この不気味な大地の鳴動もいつまでも止まらない大地の振動も関係が無いようだった。
雰囲気をぶち壊す幼い声に耐えられなくなったのかチロリと横目でタクミを見るレンマ、しかし半眼で待ち受けていたタクミと目が合った瞬間、慌てたように目を伏せる。
「……。」
「先輩。教えてあげたらどうですか?」
「……………世話するのは拓巳の役目ってことにならなかったっけ?」
「知りませんよ。そんなことまで面倒見切れません。ボクは今から魔法の最終調整を始めますから後よろしくお願いしますね」
「そういうなって、ほらベレッタも拓巳にかまって貰いたがってる。そうだよな?ベレッタ~♪」
「うん?そうなの?」
わけもわからず頷く童女。
例によってレンマはベレッタを抱えてタクミの目の前に突き出した。
ニコ~っ。
とした、笑顔を浮かべるベレッタにため息を付きつつ抱き取るタクミ。
「ほれ、忙しくなる前にベレッタに飯食わせてやれ。そろそろいいだろ?」
外壁沿いの飯屋は旨いぞ。
という言葉と共に背中を押されて、その場から送り出されてしまった。
「行ってらっしゃ~い」
ヒラヒラと手を振って二人を送り出したレンマ。
「ふふふ、口じゃ嫌がってるけど、かなり子煩悩っぽいんだよな。拓巳のやつ」
レンマは二人が街角を曲がるまでにこやかに見送っていたが、それが終わった瞬間に視線を細くした。
「さて」
そろそろ、仕事をしないとね。
先輩らしいとこもタクミに見せないといけないし。
あんた達も何事もなく進みすぎて張り合いがなかったから、そろそろ敵が欲しいだろ。そう思うだろ?なぁ。
秘密裏に街を覆うようにして作られた精気を喰らい続ける魔法陣、リシト復活の糧を集めるための餌場エティマ。精気食いなどのために選ばれた娼婦たちの街。いったいこの法人に何人の人間が気づきもしないうちに喰われたのだろうか、どれだけの男と女が理不尽な神の力で幸せを失い絶望を飲み込んだかしるすべはない。すべては神に餌を捧げつづけて自力で地獄から現世へと戻らせるための儀式。
それを、作った連中が息を殺してこの街に潜んでる。
視線を左右に散らせば、街のあちこちにレンマの嫌いな生き物の気配を見つけることが出来る。
古き神を復活させて昔の栄華を取り戻そうとする愚かな人間達。
この街に来た時から匂ってたぜ、オレの嫌いな性根の匂いがな。
「リシトの民、ギシラ王家の生き残りだか何か知らんが……オマエ等、他に誇れる者が無いのか、よ!?」
搾取するしか能のない馬鹿が、今さら昔を夢見てどうする?
今まで隠していた自分のエゴを解き放つ。魔法とも奇蹟ともちがうだれにも頼らない男の力がこの世界に現われる。
それだけで、レンマの存在は目立った。
何者からの加護も受けていないレンマの肢体は真っ白な世界に小さな黒い点が落ちたようによく目立つ。
「さあ、おまえ達の神の敵はここに居るぞ」
殺意が動いて迫ってくるのがわかった。
異端な存在であるレンマに誘き出されるように、リシトの民が姿を現した。
「リシト復活は誰の目にも確か」
一キロ、二キロっと街の四方から距離を詰めてくる。
直線を最短距離?…………屋根を走ってる。
「拓巳の頼みは、もう一人の豊穣の神を手に入れること」
グッと踏み込んだ足の先、親指に力を込めて。
「ならば、おまえらの存在はもう無意味」
娼館の屋根から振ってくる無数の影に向けてレンマの身体が化鳥のように舞い上がる。
握りこんだ拳が影の一つにめり込む。
「今からは、戦力を削らせてもらう!」
突き刺さった拳もそのままにレンマは高く高く飛翔した。
「ん?どうしたの?お兄ちゃん」
急に立ち止まったタクミをベレッタが不可解そうに見上げる。
グイグイと引っ張ってくる幼い手にタクミもなんでもないよっと、レンマのいるまえでは絶対にしない極上の笑みで答える。
子供が好きなのはタクミもレンマと変わらないのである。
レイドゥースがこの笑みを見たら、その肢体をとろけさせたことだろう。
「そあ、早くご飯食べにいこうね」
この後、食べられるかわかんないしね。とは言わなかった。
「いっぱい食べたいな。でも、家のパパとママにも食べさしてあげたいな」
コロコロと笑いながら優しい事を言うベレッタ。優しい言葉を紡ぐ彼女なら、売られたことに気づいたときにも両親を恨まないでいられるのだろうか。
タクミは自分の両親をほんの少し思い出して顔を歪ませたが、今はそんなことを考えている場合ではないと思いだす。
「そうだね」
相槌を打ってやりながら何気なく上を向くと屋根から屋根へと飛び移り駆けていく影が映った。
「中々の魔力。………リシトの加護の力もあがっているな」
しかし。
「先輩に向かっていくとは………可哀想な奴ら」
大陸最古の魔女ユーリテリア、その魔女が生涯でたった一人自らの騎士とした男の実力を舐めてはいけない。なんといっても、レンマは千年以上の時を生きる魔女の旦那なのである。タクミが尊敬している世界でも数少ない人間だ。
先輩のことだから心配なんかするだけ無駄だろうし、駆け戻ってこの子に怪我でもさせたら逆にこっちが怒られちゃうよ。
それに………たぶん嬉々として人を殴ってるんだろうな。
そのとおり!
地球出身でその上、神様信じない普通人、1体全体、どういう経緯を経てこんな化け物に化けたのか?
「はーはっはっはっは。弱い!弱すぎる!弱いぞーーー!!」
タクミの予想どうり、愉快そうに人をぶん殴っていた。
性格形成時のお子様にはちょっと見せられない姿である。
六階建ての娼館へと一気に飛び上がり。どっしりと構えると、そのまま飛び掛ってくる黒い影を千切っては投げ、千切っては投げ。
すでにレンマの周囲には十数人が倒れている。
はっきり言って、影が哀れに見えるほどの暴れっぷりだ。
「チっ、………撃てっ!」
接近戦の不利を悟ったのか、影たちが遠巻きにして砲撃してくる。
「仲間ごとかい?……はっ良い根性してんじゃないの。ふんっ!!」
レンマは合気声と共に、足元の屋根を拳でぶち抜いた。型も何もない力任せの一撃だが、その速さとパワーが普通ではない。娼館の壁は防音のためにかなり壁が厚い、鉄筋とコンクリートで出来た三十センチの壁はそう簡単には壊せないはずなのだが、藁葺き屋根のように容易く拳が下へと突き抜けるのだ。
崩れ落ちる瓦礫と共に内部に逃げ込む。直後、着弾した爆裂散弾が周囲を穴だらけにする。
「ここに誘って正解だったな」
人の居なくなった娼館の廊下を走りぬけながら呟く。
街には当然のことながら、人間がたくさんいる。
すさがに、スプラッタ映画を自作自演する気にはならない。
殲滅様兵器など、当たらなければ意味のないものであり。明らかに人間離れした動きを見せるレンマにはあたりそうもなかったが、普通はこれだけ弾をばら撒けば関係ない人間にあたる。
「オレのせいになりそうだしな」
苦笑とともに言う。
今、死ななくてもリシトが立てば助かるはずもないのだが、それでも自分の巻き添えを食って人が死ぬのは面白くない。
「それにしても、さっきのやつ等の間抜け顔といったら」
人っ子、一人居ない娼館に明らかに戸惑いがうかがえた。
突然出来上がった華街という名のゴーストタウンには敵さんも驚いてるんだろう。
なにしろ、何年もかけて主神復活の儀を進めてきたやつ等の本拠地だったんだからな。
さらに、娼館群で隠されたエティマ中心部には復活の魔方陣の上からレンマが一月の間に作った神殺しの方陣が組まれていると知ったらどうなるだろうか。
それを言えないのが残念だぜ。
出し抜けてやった事にニヤリと笑って、更に走るスピードを上げた。
二百メートル以上はある遊廓の廊下を二十秒で駆け抜け、さらに正面の窓をぶちやぶって隣の建物に飛び移る。
背後の廊下が外からの砲撃でドンドン削られていくが、それすらもレンマにとっては丁度よいスリルであった。
「近頃、夜も御無沙汰だったし身体、訛ってるんだよな」
少しは運動しないとね~と、それらしいことを口に出しはしたが…。
ニャハ~っと鼻の下を伸ばしてユーリの艶姿を思い出していた。
かなりの余裕である。
「まだ仕留められんのか?」
先ほどから指示だしをしてレンマを攻め立てていた男の背後に一人の声高な声が響いた。
命令することに慣れた者の声だ、しかも年若い。
「殿下。……なにも貴方様が出られるほどのことでは」
「ふん。アジエラ、そのようなことを言うが遊ばれているように見えるがな」
殿下と呼ばれた青年は覗き込むようにして爆破されていく建築物を見つめた。
追い込んでいるように見えたが、あと一歩というところで目標にスルリと逃れられている。
「うぅ」
アジエラと言われた男は、その言葉に脂汗を浮かせた。
「我らが神の降臨までどんな些細なミスも許さんといったはずだ。それなのに………この空っぽの街はどういうことだ?事前に計画が漏れたとした誰の責任かな」
細められた眼光に射抜かれてアジエラが震えあがった。
「ふん。……まあ、いい」
「で、殿下!どちらへ?!」
フワリと空を飛んだ青年をアジエラとその部下が追う。
「決まっている。あの者の正体、ワタシが問いただそうというのだ」
フッと笑って爆音と共に移動するレンマを追おうとしたその時。
レンマを追い立てていた男たちが次々と吹き飛んだ。
まるで、大砲を打ち込まれたような衝撃。
まるでというのは、砲声がまったくなかったからである。知覚範囲外から狙い打たれているのかはわからないが、とにかく大砲のような威力の攻撃である。
吹き飛ばされた瓦礫の山に赤い血と肉が飛び散っていた。
突然の反撃に動揺した男たちに次々と砲撃が見舞われていく。
「なにごとだ?!」
アジエラが問いただそうとした身を前に突き出す。それを見た青年の手がスッとアジエラの前方に差し出された。直後、ズバーァンッ!っと凄まじい音がした。
「危なかったな、アジエラ。ワタシが居らねばこの石くれで頭を砕かれていたぞ」
差し出された手の平には、握りこぶし台のコンクリートが握られていた。
「ま、まさか…こんな物で我らを…」
呆然とした呟きの声に被さるように青年の愉快そうな高笑いが響き渡った。
「なかなか戦が解かっている相手ではないか、戦など勝てるならば外見などどの様なものでもよい」
面白そうに見つめるのは石が飛んできた先。
「ナイスキャッチ」
ニヤリと笑いながらレンマが振り下ろした腕を目線にまで引上げた。
「オレのトルネード投法を正面から破ったのはおまえが始めてだぜ」
ふふふ、っと笑いながらレンマは窓枠に足を駆けてフワリと隣の娼館の屋根へと移動した。
ちなみに、レンマお兄さん。
もと少年草野球チームのエースで5番!いや~、ガキのころからタッパだけはあったからさ、デッカイと有利なんだよね♪
「こーんにちは。リシトの民のみなさん」
レンマお得意の無害そうな笑みで襲ってきた男たちに御挨拶をしてあげる。
そのふざけた態度に怒りが震えているのが何人かいるが飛び掛ってくる者はいなかった。
不用意に飛び込んでも無駄に死体を増やすだけと理解したらしい。
「ほう。やはり、貴様は我々が何者かわかっているのだな」
「……オレが何者かもわかってないのに攻撃してきたのかい?酷い話じゃないですか」
ねぇ?っと、いう風に周囲を囲む黒装束たちに同意を求める。
レンマの遊びにも憤る様子もなく青年が語る。
「我らの悲願が敵うかどうかの瀬戸際なのだ。突然、不穏な気配をあれだけの濃度で出されてはこちらも慌てるさ」
まあ、そらそうだわな。
そうじゃなかったら、「さあ、おまえ達の神の敵はここに居るぞ」なんてカッコつけて言ったのに気づいてもらえなかったらオレってただの可哀想な奴だぞ。
「それになジクリア王家にすら気づかれなかった我らなのだ。その我らの存在に気付いていた時点で君は我らにとって邪魔な存在なのだよ。君はリシト神を崇拝してくれはしないだろう?」
当然といった顔でレンマは頷く。
それを見て取り、青年は少し残念そうな顔をした。
「残念だ。君のような使える部下が欲しかったのだがね」
ヌケヌケと青年が言い切った。
周りの部下たちがギョッとした顔をしている。目の前の敵、つまりレンマはたった今、味方を何人も打ち倒しているのだ。
うぁ、酷いな手下の気持ちくらいちょっとは汲んでやれよ。これだから、金持ちっつうか、生まれのいい奴は嫌いなんだよ。
レンマは頭の悪い青年の変わりに片手で頭を覆ってやった。
「まぁ、手に入らぬものを羨んでもしょうがない。……ところで、貴様はいったい何者なのだ?この街で何をしていた?儀式も最終段階まで進んでいるのには気づいておろう。今から邪魔だてしたところでリシト神の降臨は止められんぞ。……そのわけ、殺す前に聞いておきたい」
淡々と決定事項のように話す青年にレンマがいよいよ面白そうな顔をした。
その表情とは裏腹に、内面がどんどんブラックになっていく。
この、すまし顔……壊したいねぇ。
と言うのがレンマ兄さんの少々物騒ではあるがホントのところの心の声である。
鉄面皮のような面がいよいよ気に食わなくなってきたらしい。レンマの好みはコロコロと顔色を変えるタイプの人間である。
まったく、タクミの一割も可愛げがない。
「他人に名前を聞くときは、自分から名乗れってパパに習わなかったかい?ぼ・う・や」
だんだんと柔和で無害そうな笑みが崩れてくる。
いや、笑ってはいるのだが…なんというか、太くて牙の起つ笑み。
「これは失礼した。ワタシはギシラ王家第一王子エストル。…そちは知っているようだが我らは我らが神を復活させることを目的としている」
第一王子?馬鹿だな。
ギシラはその大地ごと滅んでるんだぞ。王家だけが未だに存続している必要がどこにある。滑稽すぎて泣けてくる。
後ろのオッサンもこの手下どもも、滅んだ国をもう一度建ててどうする気だ。そんな懐古的なことは進み続ける時代が許すはずもない。
今までジクリアで生きて来たならそのまま生きていけばいい。
「さあ、貴様は何者だ?」
レンマの狙いはタクミの存在をギリギリまで隠すことにあった。リシトにタクミを知られないようにする、そうするだけで敵に対するひとつの武器になるのだ。
「オレ?……オレは神喰い推進委員会委員長、歌舞伎町のレンマだよ。目的は肩書きと一緒」
魔法使いが使う力は特殊で強力だ、レンマがエゴを解いただけでこいつらが襲ってきたようにすぐに存在がばれてしまう。
注意を引きつけ囮になる。そのためにできるだけレンマは馬鹿にしきった声で告げてやった。内心でも本当に馬鹿にしていたのでその声には演技で出せないものがこもっている。
「まぬけな回顧主義者たち、おまえ等は過去の遺物だ。静かに滅びるのが似合いだろうになぜまた世を騒がす?」