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[16]動き出す事態①



「まいったな」


「まいりましたね~」


 これからの一大行事を迎えるにあたって万全でいこう!


「って決めてかかりましたのにね~。まさか、出足で躓くとは」


「言うな」


 頭を抱える一人の男。それを、どうでもよさそうに眺める一人の男。


「どうしました?ご主人さま」


 おどおどとした様子で舌足らずに声をかけてくるのは二人の男よりはるかに背の低い女の子。


 十二、三の童女だ。


 座り込む飼い主に顔の位置を合わせて首をかしげている。


「なんで買っちゃったんですか?」


 呆れ果てたような声、というか本当に呆れている。


 その声の主は、肩辺りで切りそろえられた黒髪に切れ長の斜眼、瞳孔が微かに紅くそまっている。体は長身痩躯だがひ弱な印象はまったくない。ヒッソリと微笑む今はどこか酷薄な印象を与えている。


「だって、今日、人売りがくるなんて思ってなかったし。……それにオレが買わないと間違いなくこの子死んじまうだろ」


 頭を抱えてている男は短かく刈った黒髪に大きな黒瞳をしており、長身にガッシリトした体格をしており、細身だが体躯のあちらこちらに引き絞られたバネのような筋肉を纏っている。美しい野生の獣を彷彿とさせる、その体にどれだけの力を隠し持っているのか知れない。


 ……のだが、今の彼は下から見上げてもう一人の男の様子を恐る恐るというように覗っているだけ。まったく美しくもない。


 そんな目で訴えてきても知りませんよ。


「だからって……誰が面倒見るんですか、先輩?……女の人はみんなもういないし、下働きの男や男娼も昨日の晩に移しましたしね」


 ううう。っと唸って天を仰ぐレンマ。


 しかし、次の瞬間。


「だって!見ろ。この愛くるしい姿を!こんな子見捨てたらおまえ鬼だぞ!鬼畜だぞ!っていうか、そんな酷い男に女は振り向いてくれないぞ。……うん、そうだ。そうに決まってる。って言うことで、拓巳。オマエがこの子の面倒見てくれ!」


 がしっと童女の腰を掴むとタクミの目の前に突き出して叫んだ。


 目の前の童女は、この幼さにしてエティマで一番大きな売春会社(すでに全店買収済み、練磨カンパニー)に売られてくるだけのことはありなかなかに可愛らしい。


 お嬢さまほどじゃ、ないけどね。


 とは思っていても、このホワッとした顔でニコっと笑われると守ってやりたくもなる。


「こんにはちは、お兄さま」


 この子、売られた自覚なんてないんだろうな。


 先輩のことをご主人様なんてよんでるけど、それも意味わかってなさそうだし、人買いが教えたんだろうけど……。


 しかし、この服装。……何て言うんだっけ。たしか、ゴスロリ?


 フリルがタップリのロリータファッション、好きな奴にはたまらないんだろうけどさ。邪魔なだけだね、この服もこの少女も。







 ニコニコと笑いながら手を伸ばしてくる少女には似合っていたが、これからこの子をどうやって生かしてやればいいのか?


「ほら、ベレッタてば、もう拓巳に懐いてる。こりゃ、もうおまえに任せるしかない」


 ウンウンと深く頷くレンマにシンクロするようにベレッタも首を振っている。ってそんな勝手に決めないでくださいよ。


 ああ、二人して嬉しそうに遊ばないでください。


「そっか~ベレッタは偉いな。パパとママの変わりにベレッタが働くんだね」「そうなの。頑張って働くんだ!」なぜか、和気あいあいと抱き合っている。


「まぁ、できるだけ見てはいますが……そんな暇も余裕もあるとは思えないんですけど」


 高い高いをしてあやしている二人は、幸せそうに笑っている。ここが、せめてエティマじゃなかったら、この時代のエティマじゃなかったらその姿にタクミも呑気に笑っていられたかもしれない。しかし、魔法使いとしての自分がタクミに激しく警鐘をならしていた、この近くに魔法使いたるこの自分に匹敵する存在がいると告げているのだ。


 いいんですか、先輩………そんなに緩んじゃって。先ほどから、足元が動いてるのに気づいてらっしゃるでしょ?


 計算どうりなら、もう前線では戦が始まってるはずですよ。


 狂信者たちにとっては今日から始まるのだ、審判の日というやつが。


 レインのことは頼んだよ、みんな。


 リシト復活の地にいるということは、遠くにいるレイドゥースよりもずっと危険な事であるが、自分にかかる災厄などよりレイドゥースの方がタクミには心配らしい。













 アンスカレット家への危急の報は、さすが平原の守護を司る皇騎士ドルスというだけあり早いものだった。


 異変がおこった朝にはもう報告が届いたのである。


「国境線が崩されたと。ふむ、どこからじゃ?」


 自室で報告を受けたランドルフはさすが歴戦の勇者というだけあって、慌てたところなどすこしもなかった。


「は、ジクリア北部、アルベルン北方の無重力地帯に隣接した場所です」


 報告に赴いたのはアンスカレット家の騎士たちの長、カジマだった。どんなときでも飄々としたスタイルを貫くこの男もランドルフの前では借りてきた猫のようになってしまう。


 キビキビとした声で答えている。


「どこの軍じゃ、兵種は?」


「統一性はまったくないようです。軍神の許すギリギリのレベルの戦術兵器に重火器、それから接近戦用兵器と術式補助具などなど入り乱れておりまして戦術などもなにも、あの陣容からは読み取れないとのこと。しかし、酷く強力な軍気を挙げており、あれは宗教軍ではないのか。というのがレシド伯爵閣下の推測でありました」






 剣の国、ソラステェル皇国。


 軍神を土地神として守護を受けるこの国土は、近代兵器を嫌う性質を持っている。故にこの国では重火器、火砲の類が発達していなかったし、それらの兵器を防ぐ能力にも秀でている。アデューが作り出す戦闘フィールドなども元々は鉄砲の復旧に伴い現われた神の奇跡であった。






 報告にランドルフが軽く顎を引く。


「あの若造が今は国境線の総司令じゃったの」


 カジマが密かに汗を拭う。レシド伯爵は今年で三百幾つのしっかりとした武人だ、しかし、カジマの主にかかると未だに子供扱いである。


「で、どの辺りまで攻め寄せられたのじゃ?」


 どこか面白がっているように聞いてくる。


 ランドルフの老体は、若い頃よりは小さくなっているはずではあるが未だにその体は壮健で筋肉の衰えが見られない。滅多にあることではないが本気になったランドルフならばその眼光だけで巨大な龍が裸足で逃げ出すのである。


 このお人にかかっては実戦も遊びの一つかとカジマは舌を巻いた。


「いえ、奇襲を受けた前夜に何者かのタレこみがありましたそうで、防衛ラインもなんとか国境線沿いに押し返しているようです。ただ、警邏に出ていた貴族騎士たちが全滅したとか。しかし、全体から見れば被害は極めて軽微といえます」


「そうか」


 と、一言ランドルフ。


 湯呑みに注がれたブランデーをズズッと啜ると、ホッと一息吐いた。


 その表情は、自国の領土を侵されづにすんだ安心感がありありと見えている。


 たぶん、ランドルフを良く知らない人が見れば…………だ。




「つまらんの」


 報告を終えて退出しようとしたカジマはボソリとした呟きにさっきとは違う汗を流した。






「シドよ。どう思うかの?」


「どうとは?」


 控えていたシドが空になった湯呑みに再びブランデーを注ぐ。鶯色の湯飲みから香るアルコールはかなり妙であるが、このスタイルがこの頃の老人のお気に入りらしい。


 ランドルフは腹心の老執事に解かっていようが、といった視線をくれた。


「戦じゃよ。今度の敵はジクリアかの?」


 ニンマリとした笑みでシドの答えを求める。


 その笑みにシタリと答えるシド。その目も楽しそうに笑っている。


「そうでございますね。ジクリアというなら話は簡単ですが、草の話に寄れば、攻め込まれているのは我が皇国だけではないとか。ジクリア南部も同様に荒らされているとのこと、おそらくは南部を制した後は、同盟国のアスラントなどの近隣国にも手を伸ばすのではないでしょうか?」


 皇軍の情報より、多くを知るのはさすが剣聖の腹心といったところだ。


「なるほど、手当たりしだいか」


「はい。そうなるとジクリアが敵国とは言えますまい。いえ、むしろ今回の戦、ジクリアという国が起こしたものではないかもしれません」


 シドの推測に嬉しそうに顔を綻ばすランドルフ、先を促すように目を細める。


「それを考えるにたる証としまして、まず、一つに敵軍の軍気が強すぎます、ジクリア守護神アラマドにそれほどの力があるとは思えません。


 そして、二つ目にアラマドの乾きの奇跡が戦場に現れていないとのこと、これはアラマド信徒がいない証拠です。


 そして、三つ目にかの悪魔の地に程近い場所での変異。アルベルン北方の大地は重力の糸が切れて以来、多くの住人たちがジクリアに流れたと聞き及んでおります」


「アルベルン北方の無重力地帯とな。すでに今の治世の者には名前を忘れられたらしいの」


 ランドルフの言葉にシドも頷く。


「かの豊饒の神リシトの大地をの」


 なんということもなく、口にだすランドルフ。


 したりと頷く、シド。


「どうじゃ。すこしは感じるかの?」


「はい。我が悪魔さまが震えてらっしゃるようですな」


 ニヤリと笑う年老いた主従ふたり。


 しかし、眼光の鋭さだけが物騒なほどに研ぎ澄まされていく。







「孫娘の初陣にしては、ちと物騒じゃの」


 こちらの予想どうりの相手なら剣聖ランドルフ自ら出向いても勝てる!………とは断言できない相手が敵となる。


「戦場は選べないものです」


「それは、そうじゃが。………あの若造もこんなときに居らんとは役にたたん奴じゃ」


 ランドルフの言う若造とはもちろん、アンスカレット家の筆頭執事タクミである。レイドゥースがタクミを可愛がるので、この老人はタクミにキツイく当たろうとするところがある。シドの目からは成長してからのタクミはランドルフを軽くあしらっているようなところがあったが主人のプライドのためにそれは言っていない。


 今このときに居らんでどうするのじゃ!?


 と、憤慨するランドルフを他所にシドは苦笑いを浮かべた。


 タクミがジクリアのエティマに滞在しているといったらランドルフもこんどこそタクミを認めなくばならないだろう。


 ランドルフに心酔しているシドではあったが、ことタクミが関わるとどうも味方をしてやりたくなるのである。


 シドにとっても娘のように思えるレイドゥースをだれよりも慕っているのはそれこそ明らかとなれば、その思いもなおさらだった。













「動いた!」


 バルベスの街を中心へ中心へと急ぐ男がいた。バルベス最深部のスラムへと脇目もせずに駆けていた。


「動いた!とうとう時代が動いた!」


 暗闇の奥にドンドンと進んでいくその男は途中、化け物と何度もすれ違ったが、恐れ気もなく進んでいく。


 親愛の情さえ覗かせて、手を振りながら駆けていく。


「母さん。ドギー母さん!アンスカレット家に早馬が入ったよ」


 息せき切って飛び込んだ、元町役場の会議室に飛び込んだ青年がひときわ大きな肉塊に向けて叫んだ。


 会議室に居た男も女も元気よく掛け声を返してくれた。


「よう、坊主!よく戻った!」


「長なら奥に居るぜ!」


 荒い息を静めながら、ハットンは数ヶ月ぶりの故郷の雰囲気に戸惑いを浮かべる。


 こんなに故郷の雰囲気は明るかったろうか?


「知らせが来たかい、ハットン。ならワタシたちも今すぐ出られるようにしとかないとね。出遅れたとあっちゃタクミさまに会わせる顔が無い」


 奥から軽快な母の声がする。


「長の顔は昔っからないじゃないか」


 現れた母は、あいかわらず重度の皮膚病に犯されて酷い有様だったが……何かが違う気がした。


「うるさいねー、バレル。おまえさんが指揮官だろう!?さっさと準備しておいで!」


 母の大きな手でドンッと背中を押されて男が会議室から飛び出していく。


「かははっ。任せておけい!ドギー。レイドゥースさまはわれ等が必ずお守りする」


「期待してるよ!」


 走り抜けながら、大声で叫んでくる。


 ハットンはその様に呆気に取られて固まっていた。


「どうしたの?兄さん」


「ス、ステフ。…これはいったいどうしたってのさ?…なんか、ムチャクチャ活気があるんだけど」


「あはは、兄さん。外で働いてくれてたから知らなかったのね。みんなタクミさまのために働いてるときはこんな感じなのよ」




 ニコニコとみんなが上を向いて生きてるのをハットンは始めて見た気がした。


「信じられない。……これが、ほんとにボクの生まれた街なのか?」


 それにさっきの言葉、


「長の顔は昔っから無いじゃないか」


 顔は無いじゃないか。


 これは、一番ハットンたちが痛かった言葉だったはずなのに、それを軽口のように口に出し、それをだれも痛がっていないことが不思議でたまらなかった。




「決まってるじゃない。兄さん、これこそがあたしたちの神の作られた世界なのよ」


「ボク等の神は…………リシトだ」


 神の罪を民に被せて隠れてしまった神。母さんの綺麗だった顔を醜くした張本人。


「それは違うよ。ハットン」


 力なく呟いた瞬間、力強く抱き寄せられた。


「母さん」


「リシトは死ぬ。わたし達は呪縁から開放されて新たな神を得られるんだ」


「……タクミ様?」


 そのとうりだ。と、言うようにこの場にいた皆が頷いた。


「それにこれからは私たちもただ頼るだけじゃダメだ。タクミ様も仰られてただろう?何もせずに、得られることを待つなって、ただ縋るなって。わたし達は自分から生きようとしなきゃならないんだ。


そうすれば、もう神に依存も迫害もされることはなくなる」




「そうか。……そうだよね」


 ユックリと死に向かっていた民を導いてくれた人。


 ワザワザ光も届かないスラムに来てくれた人。俺たちに仕事をくれた人。


 恐々となぜ、自分たちに仕事をくれるのかと聞いたら「人件費が安く済みそうだから」って軽い言葉で納得させてくれた。そのくせ、賃金は今まで働いてきたなかでも一番多かった。


 でも金が入っても、この姿じゃ医者にもいけないし、物を買うにも足元見られる。そんな俺たちに気づくとあの人は賃金を物資に換えてくれて、俺たちみたいなのでも見てくれる医者を手配してくれた。


 お陰で、このスラムの新生児は死ななくなったし、年寄りも長生きできるようになった。


 俺は死にそうに痩せた妹が元気になったときタクミ様のために死のうと決意したんだ。


 ただ、それを言うと酷く迷惑そうな顔をされたのを覚えてる。


「ハットン。それは人に依存する行為だよ」


 まだ気づかなのか?と、言われた気がして酷くはずかしかった。




「母さん。俺たちは自立するんだね?」


「そうさ。私たちは共に生きる神様みたいな人に会えたけど、その神様に依存はしないで生きていくんだよ。こんどこそ、私たちの命の主人は自分たちがなるんだ」


 そのとき、ハットンにもドギーが微笑んだのがわかった。








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