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[幕間劇]アンスカレット家の新年



「ボス~!」


「こらこら、ルクス。お屋敷内で走らない!ボクをボスなんて大声で呼ばない!………その手の物、なんだい?」


 メッといった感じで廊下をバタバタと走るルクスをしかったタクミだが、ルクスの抱えたている大きな箱に目を引かれた。


 年末の大掃除もやっと終わり、屋敷の使用人たちが一息ついていたところにこの大荷物。


「まだ、何か残ってたのか」


「ちがいます!……これ!なんだか変なんですよ。御屋敷の前を掃いてたら、いきなりボワンってボワンって言うんですよーー!ボワンですよ?変でしょ?急になんですよーーーー?!!」


「……………ルクス。間違いなく変なのは君だ」


 終に壊れたか。哀れな奴といった目で見られてルクスは泣きそうな顔をした。


 それは、あんまりじゃないですか?ボス。


「だから、煙がボワンって出たんです。そしたら、そこにこの箱が置いてあったんですよ!


「……煙?煙がボワン」


 なるほど、煙と共にどこからともなくこの箱が現れたということか。


「ルクスその箱見せてくれ」


 心底、気味悪そうにルクスの抱える箱をタクミは取り上げた。


 けっこう、重いな。


 なんだろ?


「うん?……手紙だ」


「……何方からですかね?」


 恐る恐る聞いてくるルクス。魔法使いの部下をやってるくせに意外とビクビクしている。


「伎桜練磨。……先輩か…………えっと、なになに?──────」












 よう!拓巳。


 元気か?


 新年も終に明けちまったな。


 去年は色々あったようで何もなかった気もする一年だったぜ。


 俺は今からユーリといっしょにシッポリと姫初めでもして正月を過ごすとする。


 おまえも早くあの譲さんゲットしろよな。


 いいぞー。女は、いい匂いがするし、抱きしめたら温ったかいし、おっぱいは柔らかいし、あそこっていったらもう蕩けちゃいそうだし。


 ウハウハだぞ。


 まぁ、今すぐこんな正月の楽しみ方はお前には無理だわな。


 というわけでユーリに頼んで面白いものを飛ばしてもらった。これをやる。


 楽しんでくれ。













 読んだ瞬間、膝から力が抜けた。


 なんて、頭悪い文章だろ。


 先輩、年の暮れから酒でも飲みすぎたのかな。


 どっと疲れが溢れてくる。


「ボス。……いったい何が書いてあるんですか?オレの知らない文字で書かれてるんでわかんないんですけど……」


「………年始の挨拶だよ。ボクの知り合いからのね」


 あ、なんだ。ボスのお知り合いからですか。なるほど、なるほど~。


 っと、急に合点があったような顔をするルクス。


 タクミ関係の人なら、不可思議な現象もなっとくされてしまうらしい。


 恐ろしい認識である。


「じゃ、これも挨拶の引き出物なんですね」


 箱の中身を覗き込み、次々と取り出した品々に眉を顰めるルクス、タクミも同様だ。


 大箱いっぱいに入っているは小さな細長の粒。


「なんだろ?これ……米、かな?」


 確かめるように指先で転がし一粒を口に運んでユックリと噛み潰す。


 まちがいない、米だ。


 久しく口にしていない懐かしい味に、知らずタクミの口元が緩んだ。

















「タクミーー。……なにしてるの?」


 御屋敷正面の庭でティコが猛烈な勢いで大木から削りだした臼とルクスがタクミの言うままに製作した杵に満足げに微笑んでいたタクミは真上からの呼び声に顔をあげた。


「お嬢さまー!……故郷の料理ですーー。お正月にはこれをつくって食べるのが風習なんです」


 テラスからドレス姿のレイドゥースがこちらを覗きこんでいた。


「タクミの古里?!」


 いつもレイドゥースが知りたいな~っと思いつつもなんとなく聞けないでいるタクミの故郷のこと。


 ワタシもそっち行っていい?


 レイドゥースはタクミが嫌がるはずもないことをワザワザ聞いてきた。


「モチロンです。どうぞ、降りていらっしゃいませ。お嬢さま」


 レイドゥースは、その声を聞くとパタパタと足音を立てて奥に引っ込んだ。


 タクミが準備をしようと炊き上げたお米を臼に移したと時、またパタパタと足音を立ててテラスに戻ってきた。


「タ~ク~ミ~~」


 ちょっと声が泣きそうである。


「どうしました?お嬢さまー」


「一階はお客様たちがいっぱいで降りていけないの~」


 中流貴族ではあるが、超有名人の剣聖ランドルフのアンスカレット家は年始の挨拶にくる者もなかなか多い。


 その中には、あまり会っても楽しくない客もたくさんいるわけでレイドゥースは朝から自室に閉じこもっていたのである。


 タクミもわざわざ狼の群れの中にレイドゥースを差し向けたいとは思わない。


「お嬢さま」


 ニコリと笑顔と共にレイドゥースに向けて両手を差し出す。


「タクミ?」


「大丈夫、ちゃんと受け止めますから」


 え、え?えーー?とタクミの顔を見つめたレイドゥースだが意を決したようにドレスの端を端折ってヒョイッとテラスを乗り越えて、飛んだ。


 フワッとした羽の落ちるような落下音。


「お嬢さま、もう目を開けても大丈夫ですよ」


 耳元で呼ばれて、恐る恐る目を開ける。


 キョロキョロと周りを見またして最後はやっぱりタクミに視線が落ち着いた。


「あの、あの…ありがと」


 お嬢さま抱っこに赤くなるレイドゥースはタクミにとってたまらないほど可愛い。


 イエイエ、ボクにとっては嬉しい役得ですよ。


「あのね、それから………………わたし、重くなかった?」


 長身のレイドゥースだ。


 細りとした美しい体つきだが、そこは筋肉もついた身でもあり軽くはないことを自覚しているレイドゥースだった。


 そのことを思い出すと目がウルウルしてくる。タクミに重いと思われるのはなんだか辛い。


「そんなことないですよ!まるで羽みたいに軽い」


 泣き出しそうなレイドゥースに慌てるタクミ。


 魔法を使って落下スピードを殺したのでほとんど重くなかった、というのは内緒である。


 それにお嬢さまは、健康的でとっても魅力的な体をなさってるんだからこのくらいの体重は当然、って何を考えてるんだボクは!!


 お姫様抱っこというのは必然的に胸や太ももがタクミに接触してしまう。


 そう、これこそが役得。


 しかし、ウブなところがあるタクミにとって、これはちょっと予想外。









「ねぇ、ティコ。もうそろそろオレの顔からどいてくれてもいいんじゃない?」


 レイドゥースがテラスから舞った瞬間、この忠実なる毛玉はルクスの顔に袋のようになってへばり付いたのだ。


 理由はもちろん、レイドゥースがドレスを着ていたから。


 フワリと広がったスカートの端、そしてその中の白い足を拝む事はティコに見事阻止されたのだ。


 へばり付く、ティコをムンズと掴んで思いっきり引っ張る。


 ネズミ捕りみたいな粘着力、外れないんじゃないかと恐ろしく思った瞬間、この毛玉、喉をゴロゴロ鳴らして笑いやがった。


 やっぱり性悪だ。


「……なに、固まってんだろ?」


 やっとの思い出、視界を取り戻したルクスが見たのは動かない二人だった。







 抱き合ったまま真っ赤な二人が離れたのは呆れ気味のルクスに冷やかされた後だった。







「オモチ?」


「はい。お米を蒸したものを突いて作るんですよ」


 杵を持ち上げたタクミが勢いよく振り下ろして米を潰していく。


 合間にルクスがサッと水を加えていくと、程なく振り下ろした杵の下に白い糸が引き出した。


「うわーーっすごい伸びるんだーー」


 キラキラとした目でオモチの出来る様を見つめているレイドゥース。


 ルクスも初めて見る餅に興味津々である。


 突けば突くほどに伸びてくる白い餅。


 そう言えば、こっちに餅とか団子って食べ物ないんだよな。


 焼きプリンはあったのに。






 出来上がった御餅をレイドゥースが手ずから小さく千切って小麦粉をまぶして行く。


「お嬢さま、服が汚れますよ」


「いいから、いいから」


 慌てるタクミに取り合う様子もない。


 タクミも楽しそうなレイドゥースの様子に微笑んで強くは言わない。


 並んで、小餅を作るのはそれなりに楽しかった。


「できたーーー」


 手をポフッと打ち鳴らして喜ぶレイドゥース。


「いっぱい出来たね~」


 言葉どうり、やや不揃いな小餅は三人と一匹では到底食べられない量だった。


「だいじょうぶ、これは日持ちしますし、あとで御屋敷のみんなに振舞いますよ。でも、その前にボク等で出来たていただきませんか?」


 もちろん、賛成~という声が響く。


「う~ん。おいしー」


 喉越しのよい出来たての御餅を、砂糖醤油で食べるレイドゥース。


「ユックリ食べてくださいね。喉につまったら大変ですから」


 あ、お嬢さま。口元にお醤油がといって、なんやかんやと世話を焼くタクミ。


 最初、餅を楽しみにしていたくせに、どうやらレイドゥースの世話を焼く方がタクミにとっては楽しいらしい。


「お嬢さまが喜んでくれるなら何でもいいんです。先輩、ありがと。新年も良いお年となりますように」









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